海辺の雫
渡辺は水江のことを想いながらも、ギリシャでの仕事に励んでいた。
ひとときも忘れることはなかった。
ある日のことだった。
社長であるミレーゼの父親と打ち合わせをしていた。
渡辺は父親に、日本への帰国を相談した。
内心、水江に会いたいという気持ちがあったからだ。
社長は、渡辺の真剣な眼差しを見て、帰国を許可した。
渡辺は帰国することになった。
渡辺は想い悩んだ。
水江に再会するべきかどうかだった。
未練があった。
渡辺はためらいがありながらも、自分の想いと事実を伝えたかった。
方法を考えたあげく、水江が働く工場の工場長に手紙を託した。
その手段しかなかった。
工場長は早速、水江に手紙を渡した。
水江さんへ
水江さん、僕はあなたを忘れられません。
実は僕はギリシャに住む女性と婚約しています。
水江さんを騙すつもりはなかったのですが、いろいろと事情があったのです。
婚約しなければいけないという事情がありました。
でも、僕が本当に愛しているのは水江さんだけです。
こんなことを手紙に書くべきではありませんが、書かずにいられませんでした。
水江さんのことは忘れません。
どうか、元気に暮らしてください。
渡辺
水江はいてもたってもいられなかった。
偶然にも琴音は水江が手紙を読んで涙を流しているのを目の当たりにした。
「お姉さん、どうして泣いているの?」
「ううん、何もないの。気にしなくていいから」
「お姉さん、嘘でしょ。きっと川崎先生からの手紙でしょ」
「違うわ」
「お姉さん、手紙を見せて」
「駄目よ」
「どうして?」
「ごめんね、実は渡辺さんからの手紙だったの」
「なんて、書いてあったの」
「それだけは秘密よ」
水江は手紙の内容を教えることはなかった。
琴音の気持ちを知っていたからだ。
水江は気づくと、思い出の海辺へ向かっていた。
心の中で渡辺と決別するためだった。
琴音は、水江に気づかれないように後を追った。
渡辺は帰国すると、早速、思い出の海辺へ向かった。
そして、海辺に到着した。
想いが波とともに揺れていた。
偶然だった。
波が二人を呼び寄せたのかもしれなかった。
水江は海辺にピンクの貝殻を集めて、一列に並べた。
そして、叫んだ。
渡辺さん、さよなら。
お元気でいてください。
その姿を、琴音は遠くから眺めていた。
琴音も小さくささやいた。
水江と同様に決別するためだった。
川崎先生。
好きです。
忘れません。
一方で渡辺は水江の声に気づいた。
声の方へと走った。
水江の姿に気づいた。
「水江さん、どうしてここに……?」
「渡辺さんこそ、どうして……」
気づかれないように追っていた琴音も、渡辺と水江の姿に気づいた。
「水江さん……」
「渡辺さん……」
渡辺は水江のそばへ寄り、抱きしめた。
自らの気持ちを抑えることはできなかった。
「水江さん、僕は忘れられなかった」
「私もです……」
琴音は、その姿を目撃してしまった。
「川崎先生の馬鹿……」
大きな声で叫んだ。
その声に、水江と渡辺は気づいた。
「琴音ちゃん……どうして」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿……」
琴音は走った。
必死で走った。
馬鹿、馬鹿、馬鹿。
心の中で何度も叫んだ。
第2部へと続く




