第135話〜つよがり〜
エータの宣戦布告から3時間が経過。
時刻は17時をまわろうとしている。
作戦が一段落ついたエータたちは、野営の準備へと入った。
日が落ちる前に山で獣型モンスターを狩り、キノコや山菜を環境に影響のない範囲で採集。
エータはそれをブバスティスの本陣に届けた後、三万の捕虜と二万の脱走者の元へと持っていく。
「ほら、しっかり食えよ」
エータは捕虜の街の各炊き出し所をまわり食料を配っていた。
「あ、あの⋯⋯俺たちも南の山に入って食料をとって来ますよ」
一人の兵士がおそるおそるエータに告げる。
「富国強兵の効果が切れてるんだろ? 途中でプリース王国の兵に見つかったら危ないし任せとけって。ただし!」
エータは肉や野菜を串に通したバーベキューセットを大量にアイテムボックスから取り出しながら言う。
「建国後は忙しくなるからな! 覚悟しとけよ!」
ニカッと笑い、次の炊き出し所へと飛んで行った。
残された兵士や民衆たちはポカーンとしながら、
「俺、エータ様好きかも⋯⋯」
と、ぽつりと呟いた。
――――――
地球とバハスティフの狭間にある魂の世界。
アアルの野。
魂の還る場所。
肉体を持たない神の遊び場。
なんの苦しみもない、楽園。
美しい女性の姿をした創造神プタラムは、芝生の上をサクサクと歩きながら、バハスティフから流れる不快な『感情の波』を感じていた。
「また人が争っている⋯⋯」
閉じられたままのその目から、一筋の涙がこぼれた。
「泣いているのね。人は懲りずにあなたを傷つける⋯⋯」
自身の肩を抱く彼女の元へ、灼熱の丸い球体がふよふよと飛んで、そっと寄り添う。
「心配してくれているのかい、ベヒモス」
その球体をそっと抱きしめ、アアルの野の天空、宇宙のような場所に浮かぶバハスティフをながめるプタラム。
その隣には、時空を挟んで浮かぶバハスティフと瓜二つの星、地球。
「私が出来ることは少ない⋯⋯」
彼女は、バハスティフへと手をかざした。
「しかし、感じてもらおう」
――あの方の『悲しみ』を。
遠く、遠く、アアルの野からバハスティフの海へと、プタラムの『悲しみ』が飛んでいく。
(プタラム様⋯⋯!)
それを感じ取る、海の守護者。
神の次に強き者【海神竜】。
彼女は暗い海の底で、そっと涙を海に溶かした。
(伝わります。あなた様の、この海よりも深い悲しみが⋯⋯)
そして、目を赤く煌々(こうこう)と輝かせ、近くをただよう巨大なクラゲを飲み込んだ。
(愚かなる人類よ。我が創造主の涙を思い知るが良い)
そう言ってリヴァイアサンは海面から顔を出し、口から海のマナを吸い込む。
(我がマナを糧とし、新たな姿となって顕現せよ! 粘液王・海満月!!)
リヴァイアサンの口が激しく光ったかと思うと『それ』は、首都パイナスに向けて高速で射出された。
――――――
ブバスティスの宣戦布告から18時間後。
朝、8時。
コクシ歴2026年。夏至。
運命の日。
「さて、夜中の間に逃げ出した国民の保護も終わったね」
ブライは地図を広げ、腕を組みながら言う。
野外に設置されたちいさなテーブルに広げられたパイナスの地図。
それをブバスティスの面々が囲んでいる。
「総勢10万人ってところか、もうちょい逃がしたいな」
エータは言う。
ブライは静かにうなずき、
「もう少し、おどした方が良いだろうね」
と、告げた。
夜中に逃げた国民の数は5万人ほど。
これは、ブバスティスの深夜部隊が護衛しながら連れてきてくれた。
護衛部隊のほとんどは、クマコーゲからお借りした屈強な戦士たちである。
亜人である彼等だったが、ブバスティス帝国が人間と亜人の混成部隊だと知っているプリース王国の脱走者たちは、それをすんなりと受け入れた。
スピルド隊が明朝、オリオンを連れて脱走兵を処罰しに行くという噂が広がったのだが、イーリンの大魔術を見ていた者たち⋯⋯特に魔道士は「それでもブバスティスに分がある」と、判断し、逃げてきたようだ。
夜中はオリオンが居ないことが確定していたので、余計に民衆を『深夜の逃亡』へと駆りたてたようである。
「王国のギコム畑や食料にはなるべく手をつけたくない。今日中に終わらせて、みんなに飯を食わしてあげないとな⋯⋯」
「君は本当に真面目だね、エータ」
アイテムボックスを使えば兵糧攻めができる。
しかし、それは最後の手段。
エータなりの美学である。
その結果、捕虜の街の食料はまったく足りておらず、ピグリアムと闇夜の影が調理のお手伝いへと向かっている。
シチューやアヒージョなど、食材から出る旨味や油をあます所なく利用できる料理で、なんとか繋いでいるが、やはり大所帯すぎて満足には行き渡らないようだ。
「さっさと制圧して、祝勝会でも開こう」
「フフッ⋯⋯勝つことが決まっているような口ぶりだね」
ブライのその言葉に、エータは、
「だって、勝つだろ?」
と、ニヤリと笑った。
「そうだね、間違いなく」
エータにつられるように、ブライも不敵に笑った。
――――――
ブライたちが話し合っている場所からすこし離れたところに、アイチェはひとり、うずくまっていた。
(シロウさん⋯⋯)
彼女はケイミィから睡眠薬を貰ったにも関わらず、ほとんど眠れていない。
(大事な戦の前に体調を整えられないなんて⋯⋯。シロウさんから叱られちゃうッスね⋯⋯)
シロウの厳しくも温かい手のぬくもりを思い出すアイチェ。
「うっ⋯⋯」
思わず目に涙が浮かんでしまう。
そこへ⋯⋯。
「アイチェ? そんなところで何をしてますの?」
異変に気付いたドロシーが心配で見に来た。
「わっ! ど、ドロシーさん!」
「ドロシー『さん』?」
「ど、ドロシーちゃん⋯⋯」
ドロシーはにこりと笑い、アイチェの隣に座った。
「心配ですわよね」
天を仰ぎながらドロシーは言う。
アイチェは「はいッス⋯⋯」と、ぽつりとこぼした。
(ドロシー⋯⋯ビートくんが捕まってるのに、いまは落ち着いてる⋯⋯)
アイチェはドロシーの胸中を測れないでいた。
「ドロシーちゃんは⋯⋯」
いつもなら、こんな事は絶対に聞かなかったであろう。
しかし、不安に押しつぶされそうなアイチェはそっと言葉を紡ぐ。
「心配⋯⋯ッスか? ビートくんのこと⋯⋯」
ドロシーはしばらく沈黙し、口を開いた。
「いいえ。かならず無事ですわ」
「ドロシーちゃん⋯⋯」
アイチェは、
(やっぱり、ドロシーとビートくんの絆はスゴいッス)
と、ドロシーの顔を見た。
その目には今にもこぼれそうなほどの涙が光っていた。
(あっ⋯⋯)
自らの軽率な発言を激しく後悔するアイチェ。
(私、バカっす⋯⋯。心配じゃないわけ無いのに⋯⋯)
しゅんと落ち込むアイチェを見てドロシーは立ち上がり、本陣に置いてある武具庫をガチャガチャとあさりはじめる。
「それって⋯⋯」
多種多様な武器が入った箱のなかから、ドロシーは蒼いブーツを取り出した。
「アイチェ、これを」
それはマスジェロから託された『海魔石』を使った魔武具。
アイチェは目が飛び出るほどに驚いた。
「いやいや! これ、ドロシーちゃんのために作られた物じゃないッスか! 私なんかが装備しても宝の持ち腐れッスよ!」
その言葉にドロシーは優しく微笑んだ。
「シロウを救出するまで、貸してさしあげます。自分の手で取り戻したいでしょう?」
(ドロシーちゃん⋯⋯私を勇気づけるために⋯⋯)
彼女の高潔な魂に触れたアイチェは、ゆっくりとそのブーツを手に取った。
「ありがとッス⋯⋯」
アイチェの目に「絶対にシロウを助け出す」という熱い意思が宿る。
「シロウさんを助けて、かならずこのブーツをドロシーちゃんに返しに行くっす!」
「その意気ですわ!!」
ドロシーはアイチェをギュッと抱きしめた。
魔武具はアイチェの決意とマナに反応し、蒼い輝きを放ちながらその足に装着された。




