第127話〜混乱〜
パイナス北西、スラム街。
闇夜の影へと帰還するエータとイーリン。
「俺たちの他に誰か帰ってきてないか!?」
勢いよく帰ってきたかと思えば、大声でさけぶエータ。
一同は驚きつつも、顔を横に振る。
「どーしたのエータ。そんなにあわてて」
ピグリアムはキョトンとしている。
どうやら、爆心地から遠く、アジトが地下にあるため、闇夜の影にいた人たちは状況がわからないらしい。
――エータは東のほうで爆発が起きたこと。シロウから逃げろと連絡があったことを話した。
「確実に悪鬼姫だな⋯⋯」
腕を組んで、ヒョウドルは言う。
「悪鬼姫って、ピグリアムが宮廷料理人だった頃、悪態ついてきたヤツか」
ピグリアムは無言でうなずく。
そして、ヒョウドルは口を開いた。
「大神官のねーちゃんが回復してくれた亜人たちが居ただろ? アイツら、ほとんどが悪鬼姫にやられたんだ。ちょっとでも不興を買えば、腕や足は簡単に飛ぶ⋯⋯」
「なっ⋯⋯!」
ヒョウドルは腕を組み、続ける。
「悪鬼姫⋯⋯ロウル・ラ・プリースのジョブは【踊子】。アーツは【身体強化】、【観察眼】⋯⋯。相手の挙動から、嘘偽りを見抜くアーツだ。悪鬼姫の能力が高すぎて、もはや心すら読んでくるなんて言われてる」
「観察眼⋯⋯それでシロウが亜人だってバレたのか⋯⋯?」
エータは冷や汗をかいている。
ヒョウドルは「だろうな」と、つぶやいた。
「悪鬼姫の厄介なところはそれだけじゃねぇ。ジョブと二つのアーツを上手く使って、一度戦った相手の技を盗んでくる」
「技を盗む!?」
ヒョウドルはこくりとうなずき、
「そうだ」
と、こたえた。
「肉弾戦で戦うのは無謀だ。ステータスも異常に高い」
「じゃあ、遠距離から戦うしか無いのか⋯⋯」
「⋯⋯いや」
ヒョウドルは難しい顔をしている。
「悪鬼姫もその弱点は理解してる。それを補うために、ヤツは貴重な炎魔石を使った魔武具『紅孔雀』ってアイテムを持ってる。爆炎を巻き起こす魔法の扇子だ。ハッキリ言って隙がねぇよ」
「炎魔石⋯⋯」
「悪鬼姫は亜人狩りが趣味でなかなか王都に居ねぇ。居たとしても、王都のどこかにある遊び場にこもってるって話だ。そんなヤツと鉢合わせるなんて、タイミングが悪すぎるぜ⋯⋯」
と、二人が話していると、地下のアジトにつむじ風が発生。
「エータ!」
フィンだ。
ロウルの元から逃げきれたらしい。
「フィン! よかった! 無事だったのか!」
人差し指でフィンの頭を撫でるエータ。
フィンは目をつむって、それを気持ち良さそうに受け入れている。
「って! いまはそんな事してる場合じゃないの! シロウが大ケガしてる! 早く助けないとヤバいよ!」
エータはギュッと拳を握りしめ、
「外のブライたちに相談しよう。バラバラに動くのは危険だ」
と、告げた。
フィンはこくりとうなずき、エータの手のひらにつむじ風となって、フィエルと繋がった。
――――――
外の本隊に事の顛末を説明するエータ。
「そのまま作戦を続行しよう」
ブライから来たのは、意外な提案だった。
「シロウはどうするんだ!?」
「こちらとシロウの関係はバレていない。すぐに作戦を練って、ハロルドとの交渉に持ち込めば、脅しには使われないはずだ。それに⋯⋯」
通信の向こうからも、ブライの苦悩が伝わってくる。
ブライは重々しく、口を開いた。
「自分のせいで作戦が頓挫したと知ったら、シロウがどんな気持ちになるか。わかるだろう? エータ」
責任感の強い彼のことだ。
きっと⋯⋯。
エータは、ギリリと奥歯を噛み締め、
「わかった⋯⋯」
と、こたえた。
すると、通信の向こう側がなにやら騒がしい。
「エータちゃ〜ん!」
ケイミィの声だ!
「ケイミィ! 無事だったのか! ディアンヌは!?」
通信の奥から「ほらほら〜心配してるよ〜」と、聞こえてくる。
「わ、私も無事です!」
照れたようなディアンヌの声が聞こえ、ホッと肩をなでおろすエータ。
「エータちゃんに報告〜街中でヤバめなモヒカン男を発見したよ〜! マナの感じからして、ブバスティスの主戦力と同等の実力者かも〜」
「そんな強いヤツが⋯⋯」
「しかも〜そいつ、エルフを奴隷にしてたんだ〜。楽しそうに鞭を振ってね〜⋯⋯」
通信の奥から、かすかにフィエルの怒りの声が聞こえた。
「それでね〜、エータちゃんに謝らないといけない事があるんだ〜」
「謝らないといけないこと?」
「そのモヒカン男、街中でエルフを虐待してたんだけど〜、街のみんなは見て見ぬふりをするどころか、心を痛めてる様子すら無かったんだよ〜」
「⋯⋯⋯⋯」
エータは言葉を無くしている。
鞭とは、この世でもっとも残酷な武器だと言われている。
破壊という点に置いては、刃物や鈍器には劣る。
しかし『苦痛』という点において、他を寄せつけない残酷さを持ち合わせているのだ。
獲物を殺すことなく、効率よく、いたぶる。
人間の業が作り出した最低最悪な武器。
それが鞭。
時には『苦痛によるショック死』すら引き起こすそれを、街中で振るっていて誰も気にも止めない。
それがどれだけ異常なことなのか、エータはひしひしと感じていた。
「だからね、エータちゃ〜ん。本当にごめん。ウチとノバナのために話し合いをするってなったけどさ〜、この国はもう救えないかも〜⋯⋯。一度、徹底的に破壊しないと⋯⋯」
と、突然、通信の向こうが騒がしくなった。
そして、途切れ途切れに、
「ドロシー! どうしたんだ!?」
「ビートは!?」
と、聞こえてくる。
通信が「ザザッ!」と乱れたかと思うと、めずらしく余裕のないドロシーの声が聞こえてきた。
「エータぁ! ビートが! ビートがぁ!」
「ど、ドロシー!? どうしたんだ! ビートに何かあったのか!?」
「ビートが私を逃がそうとして⋯⋯ろ、ロウルにやられちゃったぁぁ!」
「なんだって!?」
子どものように泣く彼女を、周りが必死になだめているのが聞こえる。
「シロウだけじゃなくて、ビートまで⋯⋯」
わなわなと、生気が無くなっていくエータ。
(ビート⋯⋯)
心の支えであるビートの捕縛。
それは、エータの心を深く動揺させた。
そんなエータの状態を察し、ブライが言う。
「しっかりしろ! エータ!!」
その言葉に、ハッと顔を上げる。
「君が迷うとみんなに不安が広がる! いまはやるべきことをやるんだ!」
「ブライ⋯⋯」
エータは「ふぅ⋯⋯」と、深呼吸をし、心を落ち着かせた。
(そうだ⋯⋯俺は皇帝なんだ⋯⋯! 迷うな。迷うな。それに⋯⋯)
エータは、ビートとシロウの顔を思い出していた。
ブバスティス帝国・最強の騎士。
エータの相棒。
単独でコクシ大陸中を駆けまわり、時には人間の国にも侵入する隠密のプロ。
彼らが簡単にやられる訳がない。
エータは、深く呼吸を整えた。
そして、どっしりとみんなに言う。
「シロウ、ビートの救出は後にする! 一部、作戦を変更! ハロルド王と対談する! 交渉が決裂したら一発ぶちかますぞ!!」
エータは、この空気を打破せんと、大声で叫んだ。
「みんな、俺を信じてアーツを託してくれ!!」




