第124話〜狂気が溶けた日常〜
次のグループはディアンヌ、ケイミィ。
「ウチらは南西に行こうか〜」
「脱出する場合、そちらに向かうことになりますからね」
真面目な二人は、大通りにある出店に目もくれず、まっすぐ南西にむかう。
――――――
「ケイミィ、見てください! 美味しそうですよ! クレイプというらしいです! あちらはフルーツ大福!? おもちの中に果物が!」
「んな〜! 見てよディアンヌちゃ〜ん! 魔法薬店だって〜〜!! ちょっと見てって良い〜!?」
訳がなく。
二人の偵察は、それはもう寄り道に寄り道を重ね、散財に散財を重ねた『女子二人のウィンドウショッピング』へと変わっていた。
闇夜の影からいただいたお小遣い⋯⋯もとい、軍資金を使い果たした二人は、やっと南西エリアへと到達。
「世界にはさらなる誘惑があるのですね⋯⋯」
我にかえったディアンヌが、いっぱいになったお腹をさすりながらバスティ様に「お許しください⋯⋯」と祈っている。
「ディアンヌちゃんって〜人一倍、誘惑に弱いよね〜」
そんな彼女の横を歩きながら、ケイミィは『アルターの調合書』という本を読んでいる。
「そ、そんなことは⋯⋯! あら? ケイミィ、調合書を買ったんですか?」
「ん〜! ウチの知らない素材の錬成法が乗っててね〜!」
「錬金術のアーツって、錬成法がわかるんじゃありませんでした?」
「えっとね〜、目にマナを込めて現物を見ないといけないし〜、高位錬成になると『完成品は見えるけど道のりが見えない』〜ってこともあるんだよね〜。錬金術師としてのレベルが上がれば道のりも見えるんだろうけど〜」
「なるほど⋯⋯レベルを上げるためにも書物で知識を得ないといけないんですね」
「そゆこと〜」
ケイミィがよく調合をしているのは、アルケミストとしての知識と経験を蓄積していたことを知ったディアンヌ。
彼女は、
(私も聖典買っておけば良かったかも⋯⋯)
と、すこし後悔していた。
――――――
さて、二人が南西から南東へ向かっている最中のこと。
貧民街からスラムの近くへと移動することもあり、街の様相は華やかなものから、退廃的で物悲しい雰囲気へと変わっていった。
奴隷の亜人が、露天商の荷物をせっせと運んだり、権力の誇示として首に鎖を繋がれて歩いたりしている。
「あまり気持ちのいい場所じゃないね〜」
「人が人を使役するなんて⋯⋯」
二人はボロボロの奴隷たちを見ながらヒソヒソと話している。
(これを見て、街の人たちは何も思わないのかな〜)
ケイミィは、道行く人の顔を見る。
しかし、誰一人として、歯牙にもかけていないようだ。
(日常の中に溶け込んでるんだね〜、彼らにとっちゃ当たり前のことなんだ〜)
「⋯⋯クズが」
ケイミィは思わずポツリとこぼした。
と、二人の近くで、傷だらけの女性が倒れる。
汚れでくすんでいるが金色の髪。
そして、長い耳が見える。
どうやら、エルフの奴隷のようだ。
およそ服とは呼べない、ボロ布を一枚着ている。
――治癒――
ディアンヌは、そのエルフの前で片膝をつき、治癒をした。
「大丈夫ですか⋯⋯?」
ディアンヌは小声でたずねる。
「余計なことを⋯⋯!」
「⋯⋯っ!」
エルフの女性は、ディアンヌのことを恨めしそうににらんだ。
その言葉の意味を、彼女は痛いほど理解することになる。
「あら〜〜〜! 治癒してくれたのォ〜?」
エルフの後ろから、身長190センチはある、モヒカンの男性が現れた。
男性の顔にはケバケバしいほどの化粧がほどこしてあり、がっしりとした長い手には鞭が持ってある。
「ありがと〜〜! 今日はも〜っと可愛がってあげられそうだわ〜ん!」
「えっ⋯⋯」
ディアンヌが呆気に取られていた、次の瞬間。
「おら!! この子にちゃんとお礼言ったのかよブス!!」
ヒュッという風切り音とともに、皮膚を破るほどの鞭打ちがエルフを襲う!
「アッ!!」
あまりの痛みに、地面でうずくまるエルフ。
「や、やめてください!!」
思わず両手を広げて立ちふさがるディアンヌ。
そんな彼女を「あぁ〜ん?」と、怪訝な表情で見つめるモヒカン男性。
「あんた⋯⋯この街のモンじゃ無いわねぇ?」
突如、禍々(まがまが)しいオーラと殺気をはなつ男性。
(この人は⋯⋯!)
ディアンヌは、この男性がブバスティスの特記戦力並みの実力者であることを肌で感じていた。
「あ〜! ディアンヌ〜! こんなところに居た〜!」
と、ディアンヌにわざとらしく抱きつくケイミィ。
「あれ〜? このキレイな人誰〜? 知り合い〜?」
ケイミィの言葉に、
「ヤダー!! キレイだなんて! わかるぅ〜?」
と、男性は身体をくねらせ、まんざらでも無い様子だ。
「私たち〜、クマコーゲからのおのぼりさんなんだけど〜、その独創的でパッショナブルなファッションと〜、鍛え抜かれた美しい身体がステキなことはわかりますぅ〜! さすが王都〜!!」
(け、ケイミィ?)
(いまは話を合わせて⋯⋯!)
そっと、耳打ちをするケイミィ。
ケイミィに褒められた男性は、さらに気分をよくし、
「んふ〜! 私の美貌はね〜、ジーニアス魔道国の最新技術を使ってるのよ〜!」
と、語り出した。
ケイミィは「へぇ〜」と相槌をうっている。
「私もよくわかんないんだけど、エルフの生命力を物質に変換してね〜! それを飲みやすい錠剤にしてるんですって! 効くわよ〜!」
「えっ?」
「は?」
耳を疑うような言葉に、思わず声を漏らしてしまう二人。
奴隷のエルフは、身体と心の痛みに耐え、涙を流しながら話を聞いている。
ケイミィは素に戻ってしまった顔に、また笑顔を張り付け、
「す、すご〜い! どうりでキレイなワケだ〜!」
と、返した。
しかし、男性は、二人が恐怖しているのを察しているようだった。
「んふふ〜、興味があったらあなたも買ってみなさ〜いな。んまっ、それなりに値は張るけどね〜」
そういうと、彼はエルフの奴隷にもう一度鞭を打ち、
「オラ! 行くぞブス!!」
と、街の中央へと向かって行った。
「これが⋯⋯人間のやる事ですか?」
ディアンヌは杖をギュッと握りしめてつぶやく。
「エータちゃん、ごめん。もうぶっ潰しちゃおう、こんな国⋯⋯」
ケイミィは、壁に囲まれた王都の空をあおぐ。
ノバナの為とはいえ『王国をチカラでねじ伏せるな』と言った自分を、彼女は許せないでいた。
そして、視線を落とし、前髪の隙間から街ゆく人の顔を見た。
誰一人として、ケイミィたちのやり取りを気にしている人が居ない。
(もし、革命が上手くいったとして。ひとりひとりの意識を変えるなんて出来るのかな⋯⋯)
彼女たちは、チカラだけではどうにも出来ない大きな障害があることを、まざまざと見せつけられている気がしていた。




