第121話〜闇夜の影〜
王都・パイナス。
スラム街、秘密の地下室。
スラムの王・ヒョウドルがまとめる革命軍『闇夜の影』のアジトにて。
「ピグリアムにそんな過去が⋯⋯」
「壮絶ですわね⋯⋯」
「あの変なしゃべり方ってわざとだったのかよ」
「私たちを元気づけるための物だったんですね」
ピグリアムとヒョウドルの話を聞き、言葉を無くす一行。
「ボク、ヒョウちゃんが捕まってるって聞いてたんだけど⋯⋯無事に逃げられたんだね」
ピグリアムは胸に手を当てていう。
「は? 捕まってねぇよ俺」
「えっ!?」
話が食いちがう二人。
「だ、だって、スピルドとシルドルが⋯⋯!」
「シルドル⋯⋯」
シルドルという名前を聞き、顔が曇るドロシー。
そんな彼女の手を、ビートがこっそり握った。
(ビート⋯⋯)
ドロシーは目をつむり、ビートの手を握り返した。
ヒョウドルはしばし考え込み。
「あのクズどもから騙されたのかもな⋯⋯」
と、話を切りだす。
「俺ァ、孤児院を焼かれた後。アイツらから逃げて、すぐ中に戻ったんだ」
「えっ!? 中って⋯⋯燃える孤児院の中!?」
すると、ゴロツキの一人が口を開く、
「ピグ、そうなんだよ⋯⋯俺たち、ヒョウドルに助けられて⋯⋯」
ゴロツキたちの脳裏には、およそ動けるはずのない大ケガをしながらも、炎の中で必死に子どもたちを救出する、幼いヒョウドルの姿が映し出されていた。
「助けるっつっても、窓からぶん投げたりしちまったけどな」
ヒョウドルは笑いながら言う。
「ただ、シスターマリーは助けられなかった⋯⋯。あの人、最後まで子どもたちを炎から守って⋯⋯」
ピグリアムとゴロツキたちは、目に涙を浮かべる。
「それで、生きてるのがバレたらやべーってんで、そのままスラムに逃げ込んだんだ」
「スラム?」
ピグリアムは首をかしげる。
(スラムにはボクが食べ物を持っていってたはず)
すると、別のゴロツキが口を開く。
「ヒョウドルも俺たちも、傷が深くてな⋯⋯まともに動けるようになるまで、数年かかった。いよいよやべーって時もあったんだが⋯⋯」
ヒョウドルが懐かしむように語る。
「スラムに食料を配る変人が出てな。そいつの料理を食ってなんとか持ち直したんだ。なんだっけ? なんとか仮面?」
「謎のヒーロー⋯⋯ピッグマン⋯⋯」
ピグリアムは、大粒の涙をこぼした。
ずっと、過ちだと思っていた行いが、孤児院のみんなと、親友ヒョウドルの命を繋いでいたのだ。
「動けるヤツも居たんだが、俺たちは衛兵に見つかるリスクがあるからな。他のヤツに持ってきて貰ってたんだ⋯⋯って、なに泣いてんだよピグ」
ゴロツキたちはあわてている。
「⋯⋯なんでもないよ。みんなが生きてたのが嬉しかっただけ」
あまりにも泣くピグリアムに、ヒョウドルは頭をポリポリとかき、話題を変えた。
「そういや、すまねぇな姉ちゃん。さっきの戦闘と関係ないヤツらも治療してもらっちまって」
と、ディアンヌに告げる。
「いえいえ、お互いに敵では無かったみたいですし、傷ついた人を癒すのはバスティ様の信徒として当然のことですから」
ディアンヌは、先ほどの戦闘で傷ついた者をはじめ、奴隷への酷い仕打ちで大ケガをし、そのまま捨てられたスラムの住人たち、すべてを治療していた。
「スゲェ魔素量だな⋯⋯マナ切れを起こしてる様子もねぇし」
「ふふっ⋯⋯なんてったって私! 大神官ですから!」
えっへん!というポーズを取るディアンヌ。
「女神だ⋯⋯」
「あぁ、なんと美しい」
「俺ファンになっちゃうかも」
ゴロツキたちの視線は、ダボダボのローブからでもわかるディアンヌの大きな山へと集まる。
エータは、咳払いをしながらディアンヌの前に立ち、
「それで、こっちの話なんだけど」
と、切り出した。
「俺たちは、どうにかしてハロルド王と面会し、一つ『ブバスティス帝国を国として認めてもらう』。二つ『各国への侵略行為を停止し、和平条約を結んでもらう』。三つ『亜人種への奴隷制度の撤廃』。これらをお願いしようと思ってる」
ヒョウドルは背もたれのないイスの上で、腕を組み、しばらく考えたあと。
「まぁ、ムリだろうな」
と、言い
「スラムの状態を見てもらえばわかると思うが、ハロルドも貴族たちも、もはや人間じゃねぇ。人の皮を被った悪魔だ。要件を飲んでもらうどころか、話しあう事すら出来ねぇだろうな」
と、告げた。
一同は「そうだろうな⋯⋯」という表情でうつむく。
しかし、エータは続ける。
「例えそうだとしても、彼らと話がしたい。最後まで、血を流さずに終戦することを諦めたくないんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
どこの馬の骨ともわからないヤツなら、
「幸せに生きてきたんだな」
と、軽く嫌味でも言って無視したヒョウドルだったが。
決意の炎が灯ったエータの目、彼らを信頼しきっている様子の狸人たち。
そして、なによりも、ピグリアムの仲間であることが、ヒョウドルの判断を迷わせた。
「わかった」
ヒョウドルは口を開く。
「もし、話がこじれて戦闘状態になった場合、お前たちをサポートしてやる。ただし、騎士団は強ぇ。正面からやり合うな、かならず逃げろ。山まで逃げきればモンスターにまぎれてなんとかなる」
ヒョウドルはゴロツキに「おい、アレを」と言って、パイナスの地図を持ってこさせた。
「王宮は、パイナスのど真ん中にある。その周りをぐるっと貴族街が広がって、そのさらに周りを商店街、平民街と続いてる。城門は、西、南、東の三つしか無ぇ。北は海に近くてリヴァイアサンのナワバリだからだ」
ヒョウドルはちいさなテーブルの上に置いた地図を、指でなぞる。
「いま俺たちが居るのが北西。城壁に近いところだな。城門から中心に向かうまでの大通りは、西南東、三本ともキレイに整備されてるが、道を一本はさめば、貧民街が広がってるってワケだ」
ヒョウドルの説明を静かに聞いている一同。
「南東のほうにもスラム街があるんだが、あっちはもっとひでぇ⋯⋯。もはや、人が生きてるかどうかも怪しいって話だ」
人間のゴロツキが口を開く。
「俺は元々南東に居たんだが、本当に酷かった。もう生きてるヤツなんか居ないだろうな⋯⋯。俺は数年前、北西のスラムには食べものを恵んでくれる義賊が居るって聞いてな。およそ信じられなかったが、このままじゃくたばるってんで、命がけで渡ってきたんだ」
そして、ヒョウドルを尊敬の眼差しで見つめる。
「そしたら、本当に居たんだ。闇夜にまぎれて、貴族たちから汚ぇ金を盗んでまわってるヒョウドルの兄貴が⋯⋯」
ヒョウドルは目をつむって腕を組んだ。
「俺は、いつかこの手で革命を起こそうと準備してきた。裏で取引されていた違法な金と魔装具もある。多少なり、力になれるはずだぜ」
そんな彼の言葉を、エータは頭に入れることが出来なかった。
「⋯⋯⋯⋯やっぱり」
「ん? どうした?」
ヒョウドルは、自分の説明に変なところがあったのかと首をかしげる。
「い、いや、なんでもない」
エータは(いま考えるべきじゃない)と、思考を切り替えた。
だが、心のざわめきはおさまってくれない。
(やっぱりそうだったんだ⋯⋯この世界は⋯⋯)
パイナスの地図を見て、ほぼ確信するエータ。
この世界に来てから感じていた違和感。
その正体の片鱗に、エータは触れていた。




