第120話〜ピグリアム⑥〜
それからのことは、よく覚えて居ない。
死んだように仕事をつづけたが、ボクは相変わらずハロルドのお気に入りだったようだ。
彼らは、ホスピタリティを忘れたボクの料理を未だに絶賛している。
ハロルドだけは、違和感に気付いていたようだが。
それでも『最上の美味』であることは変わらないので、どうでも良いと言った様子だった。
「なにも、みてないじゃないか」
なんのために、ザーユウ料理長は殺されたのか。
『味が良ければそれで良いんだろ?』
そんなボクの最悪な料理を、ありがたがって食べる豚ども。
レシピさえあれば、誰でもつくれる。
誰でも良かったんじゃないか。
なんで⋯⋯。
なんでボクなんだ⋯⋯。
なんでボクは生き残ってしまったんだ⋯⋯。
ボクは⋯⋯いっそ⋯⋯。
――――――
そんなある日、ボクの家に書状が届いた。
「ダストン・ロックハート⋯⋯」
それは、騎士団長であり、ボクの第二の故郷『ロックハート孤児院』を建てたダストンだった。
「宮廷内、宮廷騎士団長室にて待つ。話がしたい⋯⋯」
いったい騎士団長がなんの用だろう?
ボクは、書状に誘われるまま、団長室へと向かった。
――――――
「すまなかった⋯⋯!」
団長室の床に頭をこすりつけ、とめどなくあふれる涙をこぼす、ひとりの男性。
「顔をあげてください、騎士団長殿⋯⋯! だ、誰かに見られでもしたら⋯⋯!」
それは、王国の英雄とうたわれ、敵国からは『無慈悲な明星』と恐れられる、ダストン・ロックハート。その人だった。
「ワシが⋯⋯ワシが不甲斐ないばかりに⋯⋯!」
うめき声をあげながら、必死に頭を下げる英雄。
数年ぶりに王国へと帰ってきた彼は、焼け跡すら残らず撤去された孤児院を見て、なにが起きたか理解できず。
街の者に話をきいてまわり、絶望したようだった。
焼死体となって発見されたマリーと、数人の子どもたち⋯⋯。
しかし、どう考えても数が合わない。
消えた子どもたちとルリアの行方を探している最中、ボクのことを知り、いても立ってもいられず手紙を出したという。
「すまない⋯⋯本当に、どう償えば良いか⋯⋯」
自責の念に押しつぶされそうになっている彼に、ボクは出来るかぎり、やさしく言葉をかけた。
「ロックハート様⋯⋯ボクは生きております」
ボクの言葉に、ハッとして、目を見るダストン。
「すべてがムダだった訳ではありません、あなたのおかげでボクは⋯⋯ボクは⋯⋯⋯⋯」
ボクは、自ら命をたとうと、一瞬でも考えた自分を恥じた。
命懸けでボクらを守ってくれた父。
身体をボロボロにしながら一緒に歩いた母。
身を削って育ててくれたマリーとルリア。
心を救ってくれた孤児院の兄弟たち。
罪を被って死んだザーユウ料理長。
いまなお、ボクのために傷ついているヒョウドル。
(そうだ。ボクは⋯⋯まだ⋯⋯)
「ボクは⋯⋯生きております、ロックハート様。あなたのおかげで⋯⋯!」
その言葉を聞いた彼は、必死に感情をおさえていたが、それでも、漏れでる熱い涙と声を、おさえられずにいた。
ダストンは、神に祈るようにボクの手を取り、目を閉じて、ひたすらに涙を流した。
「ぐっ⋯⋯! おぉぉぉ⋯⋯!!」
苦しそうな、泣き声をあげながら⋯⋯。
――団長室のトビラの前で、長い銀髪の男性が、一筋の涙を流し、痛いほどに拳を握りしめながら、それを聞いていた。
(ダストン・ロックハート卿⋯⋯彼なら味方になってくれるかも知れない⋯⋯。調べてみるか⋯⋯)
運命の歯車が、すこしずつ動きはじめていた。




