第119話〜ピグリアム⑤〜
――慌ただしく走りまわる、コック帽をかぶった人たち。
「これ! クマコーゲ領主の席に!」
「こっちはズオー様のメインディッシュだ!」
「おい! このソース誰が作った! やり直せ!」
その中で、必死に食らいつくように働くボク。
――鑑定眼――
「うん⋯⋯あと十秒で火を止めて、ここでモンレの果汁を少々⋯⋯」
ボクは、アーツをフル活用して料理をつくる。
その様子を、自分の仕事をしながらも料理長がチラチラと見ている。
「ピグリアム、お前、次の食事会で一品つくれ。お前のスペシャリテを出すんだ。メインでもなんでもいい。合わせてやる」
――ざわつく厨房。
「ザーユウ様! まだピグリアムには早いのでは!?」
「そ、それにザーユウ様が合わせるなどと⋯⋯」
「もし貴族の方々の不興を買ったら⋯⋯」
そんな彼らを料理長であるザーユウは「黙れ!」と、一喝。
「お前ら、ピグリアムから学ぶことは多いぞ」
そういうと料理長は、最後に「俺ですらな」と、こぼし、厨房を出た。
ボクは、長く飢えに苦しんだ毎日。
そして、革靴の味を思い出していた。
(食とは、身体だけじゃなくて、心も満たしてくれる。そういうものであって欲しい。そうあるべきなんだ)
ボクは、食べる人ひとりひとりを鑑定眼で調べ、歯や身体の健康状態。
なにを好み、なにが苦手なのか。
ステータスと、一挙手一投足を見ながら、細やかに料理を調節した。
――そして、食事会の日。
「素晴らしい」
僕の料理は、ハロルド王にいたく気に入られた。
それから、あれよあれよと忙しい日々をすごし。
――気付けば、ボクの料理は、ハロルド王すらも認める、国内随一の美食として名を轟かせていた。
しかし⋯⋯。
「さすが、あのピグリアム様の料理ですわ!」
「これを食べると強くもなれるそうで!」
「いや〜ハロルド様の料理人としてふさわしいですな」
――そうだろう。我らが独占すべき、素晴らしい美味だ。
ボクは、貴族たちに逃げ道をふさがれ。
まるで囚われるように、特定の人物たちが集まる食事会でのみ腕をふるう、専属の料理人となっていた。
そんなボクを、ハロルド王の娘。プリース王国第一王女、ロウル・ラ・プリースは、悪魔のようにあざ笑う。
「まるで宝石のように美しい料理をつくりますから、ザーユウのように麗しい殿方だと思っておりまたのに⋯⋯。顔から平民がにじみ出ておりますわね」
いきなり厨房に入ってきたかと思えば、初対面でこの一言だ。
「恐れ入ります。殿下をはじめ、貴族様の高貴な美しさに、平民である私の料理が引き立てられているのでしょう⋯⋯私など、このようにちっぽけな存在でございます」
ボクは、出来るかぎりのおべっかを使い、その場を乗りきろうと必死だ。
なぜなら、このロウルという悪女は、対応一つ間違えただけで、何人もの国民を殺してきた『悪鬼姫』と名高いからだ⋯⋯。
ボクの言葉に、ロウルは眉間にシワを寄せ、
「フンッ⋯⋯根性まで平民ですわね、あなた。興がそがれましたわ。あなたは料理だけ作っていなさい」
ロウルは去り際に吐き捨てた。
「一生、飼い殺してさしあげますわ。大きな子ブタさん」
と⋯⋯。
――――――
食事会が終了しテーブルを見ると、大量の残飯があった。
(これだけあれば、何人の命が救えるんだろう)
ボクは、二重にした麻袋のなかに残飯を捨てていく。
そして、
「こんなのでも、すこしはお腹を満たしてあげられるかも⋯⋯」
と、思い立ち、その袋を持って、スラム街へと走った。
残飯とはいえ、貴族の食べものを持ちだしたとなれば、罪に問われるだろう。
それが、虫けら以下に扱われるスラム街で配られたとなれば、なおさらだ。
ボクは、そのリスクを理解しつつも、スラム街へ向かう足を止めなかった。
――真夜中のスラム街につき、ボロボロの家屋に寄りかかる、やせ細った子どもたちを見つける。
「君たち⋯⋯」
ボクが声をかけると、子どもたちは恐れるようにして、家屋の陰へと隠れてしまった。
(そうか⋯⋯ボクは身体が大きいから、怖いんだな⋯⋯)
大人になったボクは、体格に恵まれ、すごく大きい。
いきなりこんな大男が現れたら怖くて当然だ。
そう思ったボクは、できるだけ明るく、ふざけて話しかけた。
「こ〜んに〜ちわ〜!! あっ、もうこんばんわかな〜? ボクちん、ピグリ⋯⋯ピッグマンだよ〜ん!」
咄嗟に本名を言いそうになり、あわてて取りつくろうボク。
それにしても、ピッグマンは無かったかな⋯⋯。
「お兄ちゃん⋯⋯変なの!」
「ねぇ、なんか良いにおいする」
「なんでもいーからちょうだい」
すこしずつ、距離を詰めてくる子どもたち。
ボクは、麻袋のなかでグチャグチャになった食べものを取り出すと⋯⋯。
「ちょ〜っと待ってね〜ん!」
と、言って、ポケットからナイフを取りだし。
出来るかぎり⋯⋯。
すこしでも、美味しく、見た目がキレイになるように。
心が満たされるように。
『料理』に仕上げてから、子どもたちに配った。
「わぁ、これってウサギさん?」
肉のソースがついてしまっていたフルーツを、なんとか飾り切りでそぎおとし、食べやすいようにしたもの。
それは、美食とはほど遠い、粗末なもの。
でも、少女はそれを月夜に向かって、
たからもののように掲げている。
「そうだよ〜! か〜わい〜でしょ〜!!」
少女はにっこりとほほえみ、
「うん!」
と、こたえた。
ボクは、ずっとこの笑顔が見たかったんだ。
――――――
それからボクは、予備のコック帽に穴をあけ、それをマスクにし『謎のヒーロー・ピッグマン』として、定期的にスラム街に食料を届けた。
「ピッグマン! いつもありがとう!」
「無理はするなよ⋯⋯」
「危なくなったらすぐ辞めるんだぞ」
しばらくすると、子どもたちだけでなく、大人たちも集まってきて、ボクはスラム街のヒーローとして扱われるようになっていた。
「子どもたちの笑顔が、こんなに近くで見られるなんて」
ボクは、久しぶりに心が満たされた。
しかし、それも長くは続かなかった。
――――――
「ピグリアム⋯⋯お前、スラム街に残飯届けてるだろ?」
ある日、料理長のザーユウから呼び出されたボクは、開口一番そう言われた。
「えっ⋯⋯と⋯⋯」
ボクは激しく動揺し、言葉を詰まらせる。
「次やったら、俺はお前を罪人として突き出さなきゃならねぇ」
料理長は、厨房で禁止されている紙タバコをふかしながら言う。
「⋯⋯⋯⋯はい」
ボクは、ギュッと目を閉じて、子どもたちの笑顔を思い出していた。
「だからよ、次からは残飯じゃなくて、材料持っていけ」
「⋯⋯えっ?」
ボクは、意味がわからず、ザーユウに聞き返してしまう。
「だから、ここの食材もってけって言ってんの! 残飯だと、ゴミを回収してるヤツに見つかるかも知れないし⋯⋯。街で買うのがベストなんだけどよ、それだと足がついちまうだろ?」
ザーユウは、在庫リストを片手に持ち、テーブルに頬杖をついて言う。
「多少ならごまかしも効く。やりすぎない程度に、お前がやりたいようにやれ」
ボクは⋯⋯。
ボクは、あふれる涙を止めることが出来なかった。
「はい⋯⋯!」
そんなボクを見て、料理長はニヤッと笑い、
「その代わり、俺がここでタバコ吸ってんの内緒な」
と、言った。
「ぷっ!!」
ボクとザーユウは、お互いに、尊敬しあい。
そして、笑いあった。
そんな彼が処刑されたと聞いたのは、それから一ヶ月も経たないことだった。
すぐにボクも騎士たちに捕まることになる。
ボクは、尋問を受けることになった。
――――――
暗い地下室に、ロウソクがひとつ。
対面するように座るフルヘルムの騎士がひとりと、その近くで立っている騎士がひとり。
「ピグリアム。きさまは、料理長ザーユウの指示にて、王宮の食料を持ち出していた。間違いないな?」
「ちがいます。ボクが勝手に持ち出していたんです」
「ふむ、よほど強力に洗脳されているらしい」
「ボクは洗脳なんてされていません!!」
ボクは、ゆらゆらと揺れるロウソクの火を消さんばかりの勢いでうったえる。
「そうか⋯⋯ちなみになんだが、あの日の夜のことは、誰にも言ってないな?」
「あの日の夜⋯⋯?」
「覚えてないか?」
騎士がゆっくりと、フルヘルムを外す。
「――――――っ!!」
それは、スピルドだった。
「いや〜お前がハロルド様のお抱え料理人になったときはビックリしたぜ〜。えらく出世したなぁ、ちゃんと俺様たちに感謝してるか〜?」
ボクは奥歯をギリギリと噛み締める。
「おっと、暴れんなよ? まだヒョウドルとかいうガキは預かってんだ。まぁ、死んだ方がマシって思える状況かも知れんがな」
スピルドはゲラゲラと笑った。
「スピルド⋯⋯じゃあ、後ろにいるのは⋯⋯」
ボクが入口近くに立つ騎士を見ると、
「せ〜いか〜い!」
と、シルドルがおちゃらけた。
「ボクをどうするつもりだ⋯⋯?」
そう問うと、
「な〜に、簡単なこった」
と、スピルドはにっこりと笑った。
「すべての罪をザーユウに被せて、貴族たちの飼い犬に戻れ、ピグリアム。いや、正義の味方、ピッグマンだったか?」
「それは⋯⋯!」
「お前の料理は美味すぎた。だから、ハロルドはお前を独占したい。殺したくないんだ。わかるな?」
ボクは⋯⋯。
ボクは血が出るほどに下唇を噛み締め、
頭を左右に振った。
そんなボクの頭を掴み、スピルドは言う。
「もうザーユウは死んでんだ? なにを拒否することがある」
「⋯⋯たとえそうだとしても、ボクは料理長を愚弄しない」
ガンッと、机の上に頭をおしつけられるボク。
「スピルド、どれだけ痛めつけてもムダだぞ⋯⋯ボクは絶対にウソなんかつかない⋯⋯」
その姿に、スピルドはまだ余裕な表情を見せた。
「じゃあ、いま生きてる獣人はどうだ?」
「⋯⋯なに!?」
「お前がハロルド様のお抱え料理人に戻らなければ、あの獣人のガキを殺す」
「ヒョウちゃんは関係ないだろ!」
「それを決めるのは俺様たちだ!」
そう言って、スピルドはさらにボクの頭を机に押しつけた。
「思い上がるなよガキ、主導権はこっちが握ってんだ。まぁ、よく考えるんだな」
そう言って、ボクの頭から手を離すと、
二人は部屋を出ていく。
「愛しのヒョウちゃんがどうなっても良いなら、好きにすれば良いけどよ」
最後に、そう吐き捨てて⋯⋯。
厚い鉄のトビラが、大きな音を立てて閉まる。
ボクは、自分の両手を見た。
チカラを望んで、神託を得て。
なにが守れた?
なにも守れない。
むしろ悪化している。
ボクは⋯⋯。
ボクのせいでザーユウ料理長が⋯⋯。
「うわぁぉぁぁぁあ!!! あぁぁぁ!! ああぁあぁぁぉぁぁぁぁあああぁぁああ⋯⋯⋯⋯!! ああああぁぁぁぁぁ!!! ああああぁぁぁぁ⋯⋯」
ボクはひとり、消えゆくロウソクの光の中で叫んだ。
怒りに任せた咆哮だったが。
それは、ボクの悲鳴だった。
心が痛めつけられ、死んでいく。
たすけて、という
ボクの悲鳴だった。




