第117話〜ピグリアム③〜
――パイナスの街中にて。
「おい、ピグ。どうだ? これ食えそうか?」
「し、調べてみるね、鑑定」
ボクは目を光らせて、ボロボロの革靴を見る。
「うぇぇ⋯⋯食べられるみたい⋯⋯」
「ほら! やっぱり食えんじゃん革靴!」
ボクとヒョウドルは、アーツを使い、孤児院のために食べられそうな物を探す。
――――――
数時間前。神託の儀。
マリーは身体の光が収まった二人に聞く。
「ピグリアム、ヒョウドル⋯⋯。バスティ様たちはなんと?」
「すげー、本当に神様っているんだな⋯⋯」
ヒョウドルは、神秘に触れて、圧倒されているようだ。
「あっ、すまん! 俺は、由緒ただしき原初の血、ここに覚醒せん。魔技【魔素爪】。あとは、大切な人を想い、その手が汚れることを厭わない。真の正義を追い求めるあなたに。職業【暗殺者】。武芸術【適応】って言われたぜ」
ヒョウドルがこたえる。
「アサシン⋯⋯」
「ほとんど確認されていないレアなジョブですね⋯⋯。ただ⋯⋯」
マリーとルリアは顔をしかめている。
「迫害の対象。それにヒョウドルは亜人⋯⋯。もし見つかれば⋯⋯」
ルリアはヒザをまげ、ヒョウドルの肩を抱く。
「良い、ヒョウドル。絶対にそのチカラ、バレてはダメよ?」
「あ、あぁ⋯⋯」
ヒョウドルは、いつもと雰囲気の違うルリアに気圧され、冷や汗をかきながらこたえた。
「ピグリアムはなんと言われたんだい?」
マリーが問う。
「⋯⋯⋯⋯」
「ピグ?」
「あっ、はい!!」
ボクは、バスティ様の言葉の意味がわからず、ほうけてしまっていた。
(バスティ様、なんで謝ったんだろう⋯⋯)
しかし、すぐにマリーたちに神託を伝える。
「己の弱さを知り、それでもなお、愛しい人のために尽くすあなたに祝福を。世の理を見定め、無限の愛を分け与えるチカラをあなたに。料理人、鑑定眼、食育という能力をいただきました」
――ガタンッ
その言葉を聞いて、マリーは腰が抜けて倒れてしまった。
「そ、それはキビツの⋯⋯」
ルリアも、両手を口にかざし、目を見開いている。
「アイテムボックスにならぶ⋯⋯伝説のアーツ⋯⋯」
ボクは、なぜ二人がこんなに取り乱しているのかわからなかったが『ボクのチカラが普通ではない事』は、感じていた。
――――――
そんなわけで、ボクとヒョウドルは、孤児院を抜け出して『食べられそうな物』を探すのが日課となった。
「おい! やっぱりこの木の上に鳥の巣があったぜ? へへっ、卵いただき〜!」
「持っていくのは食べる分だけにしないとね⋯⋯」
と、親鳥が帰ってきたのだろう、ヒョウドルに襲いかかってきた!
「うおっ! ちょっ! あぶねっ!」
そのままバランスを崩し、木から落ちるヒョウドル。
「ヒョウちゃん!」
ボクはヒョウドルを木の下で受け止めた。
「ひゃんっ!!」
「えっ!?」
ボクが受け止めると、ヒョウドルは変な声を出した。
「どこ触ってんだテメェ!!」
顔面に裏拳するヒョウドル。
ボクはたまらず鼻をおさえて、彼から離れた。
「いったぁ〜! 殴ることないじゃんか!」
すると、ヒョウドルはマナの爪を伸ばし、
「お、俺が変な声だしたの誰かに言ったら殺すからな!」
と、言って、街中の方へと歩いていった。
(そんなに怒らなくても良いじゃんか⋯⋯)
ボクは真っ赤になった鼻をおさえて、ヒョウドルの後をついていった。
――街中に到着し、路地裏の残飯をあさる。
「おっ、この骨とかいけんじゃね?」
「うん、庭に生えてる『シィソ』と煮込めば、骨髄が溶けて、毒素も抜けるみたい」
「っしゃ! 持って帰ろう!」
――孤児院は、ギリギリのところでなんとか持ち直した。
孤児院の子どもたちはもちろん。
マリーやルリアも、すこしずつ血色が良くなっている。
(ありがとうございます。バスティ様⋯⋯)
やはり『食』は、すべての根幹だ。
こんなステキな能力をくださるなんて⋯⋯。
ボクは、寝る前にかならずバスティ様に祈った。
――――――
だが、そんな慎ましい幸せも、長くは続かなかった。
いつものように、ボクとヒョウドルが街のゴミを漁っているときのこと⋯⋯。
「おい、そこで何やってるガキども」
「きったねぇ〜。残飯あさってんのか?」
巡回している衛兵に見つかってしまったのだ。
「やべっ! 逃げるぞピグ!!」
「うん!!」
食育でステータスがアップしていたボクたちは、子どもとは思えない速度で走る。
しかし⋯⋯。
――全速脚――
ボクたちの目の前に立ちはだかる、細くて背の高い騎士。
「は、はえぇ⋯⋯!」
ヒョウドルは冷や汗をかいている。
「お前たちもなぁ。俺様ほどでは無いけどよ」
背の高い騎士は、くるんと巻いたヒゲを触りながら言った。
「しゃーねぇ! 突破するぞ!」
ヒョウドルは、両腕をクロスさせ、マナで爪を作りだす。
――豹影爪――
爪の形をした斬撃が、男に飛ぶ。
――防護――
しかし、それは『見えない壁』によって弾かれてしまった。
「なに!? な、なんだ今のは!!」
「ヒョウドルのスキルドライブが⋯⋯!」
取り乱すヒョウドルとボクの後ろから、およそ騎士とは思えない、だらしない身体の男がやってくる。
「スピルドの兄貴〜。おケガはありませんか?」
スピルドと呼ばれた細身の男は、ニコリと笑って、
「あぁ、やっぱりお前のアーツは最高だぜ! シルドル!」
と、こたえた。
そして、スピルドの姿がフツと消えたかと思うと⋯⋯。
――虚無成――
ヤツは、ボクたちの背後に瞬間移動のように現れ、そして、ヒョウドルの背中を思いきり蹴飛ばした。
――ミシミシミシィ!!
「がっ!!!」
そのまま、3メートルは飛ばされ、壁に激突するヒョウドル。
「ヒョウちゃん!!」
ヒョウドルは頭から血を流しながら「ピグ⋯⋯逃げろ⋯⋯」と、こぼしている。
しかし⋯⋯。
「逃がさないよ〜?」
――防護盾撃――
手にマナの防護壁をまとったシルドルが、ボクの頭を殴りつけた。
まるで、ハンマーで殴られたような衝撃がボクを襲う。
ボクは、目の前が激しくブレて、頭から血を流し、その場に倒れてしまった。
「あ⋯⋯う⋯⋯」
そして、そのままシルドルに髪を引っ張られる。
「い、痛い、痛いよ⋯⋯た、たすけて⋯⋯」
ボクは痛くて、怖くて、泣き出してしまった。
「ピグ⋯⋯!」
ヒョウドルは、ふらふらになりながらも立ち上がり、
「ピグを離せ⋯⋯!」
と、漆黒のマナをまとった。
「あのスピードといい、そのマナといい。お前ら、明らかに神託を得てるな? ジョブの申告義務って知ってるか? これは重罪だぞ」
スピルドは淡々と話している。
そんな彼に向かって、黒い閃光が走った。
「ピグを泣かせんじゃねぇ!!」
――幻影爪――
ヒョウドルは高速でスピルドに突撃する。
そして、マナで作った爪でスピルドの首を狙った。
「こんな攻撃⋯⋯」
と、スピルドが回避しようとした、そのとき。
ヒョウドルの手元が、蜃気楼のようにブレた。
(なに!? 軌道が変わっ⋯⋯!)
「しまっ⋯⋯!!」
そのまま、スピルドのほおに深く傷をつけるヒョウドルの爪。
ヒョウドルはスピルドを無視し、さらに加速しながらシルドルに向かう。
「うおおぉぉぉ!!」
「ひぃぃぃぃ!!」
シルドルは無様な悲鳴をあげながら、目を見開いている。
しかし⋯⋯。
「な〜んちゃって」
――巨大盾――
そういうと、ヒョウドルの目の前に見えない壁が現れた。
「ぐぁっ!!」
壁に激突したヒョウドルは、その場にどさりと倒れてしまった。
「お前バカなの〜? さっき見えない壁を出してたじゃん俺〜」
ゲラゲラと醜く笑うシルドル。
「ヒョウ⋯⋯ちゃん⋯⋯」
身体が浮くほどに髪をひっぱられたボクは、苦して、うまく声が出せない。
「ピグ⋯⋯」
地面に倒れているヒョウドルは、そんなボクに向かって手を伸ばした。
――極楽行脚――
マシンガンのような大量の蹴撃の雨が、ヒョウドルに降りそそぐ。
「――――――っ!!」
ヒョウドルは、もはや悲鳴すらあげられないほどに、スピルドに身体中をボコボコにされている。
「あぁぁぁ! やめて!! やめてぇ!!」
ボクは、足りなくなる酸素も、呼吸すらも、なにもかもを忘れてしまうくらい、大声でスピルドに懇願した。
しかし、完全にキレてしまった彼に、ボクの声は届かない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」
――ぐちゃぐちゃと音を立てはじめる、ヒョウドルの身体⋯⋯。
スピルドはひとしきり、ヒョウドルをいたぶった後。
「あぁ〜! きもち〜!!」
と、身震いをし、
「もういいや。シルドル、手ぇ離してやれ」
と、シルドルに告げた。
その言葉に、シルドルはなんとも意外そうな顔をしている。
「えっ!? 兄貴、良いんですかい? ジョブ持ちを連れてけば恩賞を貰えますぜ?」
スピルドはにっこりとほほえみ。
「良いんだ。俺様も大人気なくやりすぎちまったしな。今日は許してやろうぜ」
と言った。
シルドルは「兄貴がそういうなら」と、ボクの髪から手を離す。
「ヒョウちゃん!!」
すぐさま、血肉の塊のようになったヒョウドルに駆け寄るボク。
「ヒョウちゃん! しっかりして! ヒョウちゃん!」
「ピグ⋯⋯」
なんとか一命を取りとめた様子のヒョウドル。
ボクは心底ホッとし、スピルドとシルドルを見た。
二人は、なにやらコソコソと話したあと。
「じゃーな、ガキども」
と言って、どこかへ行ってしまった。
どうやら、本当に帰してくれるらしい。
「立てる? ヒョウちゃん」
ボクはヒョウドルの背中に腕をまわす。
「わり⋯⋯守⋯⋯くて⋯⋯」
ヒョウドルは、ポタポタと、血とは別の、キレイな雫をこぼす。
「んーん。ヒョウちゃんはいつも守ってくれてるよ。ボクたちのことをね⋯⋯」
「ピ⋯⋯ごめ⋯⋯ご⋯⋯ん⋯⋯⋯⋯」
あまりにもヒョウドルが泣くので、ボクもつられて涙を流してしまった。
「ヒョウちゃん⋯⋯ボクもごめん⋯⋯ごめんね」
街の人たちに見られながら、ボクとヒョウドルは、よろよろと孤児院へと帰った。
――ボクたちの身体を見て、マリーとルリアはひどく動揺した。
「な、なにがあったんだい!?」
「街のゴミを漁ってたら衛兵に見つかって⋯⋯」
「だからって⋯⋯こんなちいさい子にここまでするの⋯⋯?」
ルリアは血が出そうなほど、拳に力を入れている。
「この国は終わりだと思っていたけど、いよいよみたいだね⋯⋯」
マリーの目も完全にすわっている。
二人とも、ボクたちに今まで見せたことが無い表情で、激しく、激しく怒っていた。
ヒョウドルは危険な状態で、すぐさまどうにかしなければならない。
しかし、クルトはいま、パイナスに居ないようだった。
「いまは身体をふいて、様子を見るしかないね⋯⋯」
ボクたちは、ヒョウドルの傷が化膿しないよう、何時間もかけて、ゆっくりと彼の身体をふいた。
そして、出来るかぎり清潔にした布を包帯代わりに、彼の身体をつつむ。
「ヒュー⋯⋯ヒュー⋯⋯」
「呼吸が変だ⋯⋯気管に問題が起きてるか、肺に血が入ってしまったのかも⋯⋯」
「病院か神殿に連れていかなければ危険ですね⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
そんなお金が、この孤児院にあるわけが無かった。
――――――
その日の深夜。
ドアを開ける音で目が覚めたボク。
窓を見ると、うすいドレス一枚のルリアが、蝋燭を持ち、うつむきながら街の方へ向かうのが見えた。
(ルリア⋯⋯?)
ボクは、こっそりとベッドから起き、急いでルリアの後を追う。
(ルリア⋯⋯いつもこんな夜中に出掛けてたの⋯⋯?)
見つからないよう後をつけると、彼女は、趣味の悪いゴテゴテとした装飾のついた派手な男と一緒に、馬車へと乗った。
(誰だろう⋯⋯ルリアの知り合いかな?)
――ボクは、それがなんだったのかを、大きくなってから知った。
そして、ずっと、ボクは⋯⋯。
ボクたちは、彼女の犠牲に支えられていたことを。
知ったんだ。




