第116話〜ピグリアム②〜
それから、数年が経った。
時々、お母さんが恋しくなって、布団の中で泣く。
すると、孤児院のみんながすぐに来てくれて、みんなで傷を分かちあって、一緒に泣いてくれた。
「一人で泣くな、ピグ。俺たちが居るだろ?」
そう言って、ヒョウドルはボクを抱きしめてくれる。
「ありがとう⋯⋯ヒョウちゃん⋯⋯」
ボクも、ヒョウドルをギュッと抱きしめた。
(ボク⋯⋯みんなが大好き⋯⋯)
ロックハート孤児院は、ボクにとっての第二の故郷になっていた。
いつからか、母はあの病院で亡くなったのだと理解したが。
ボクは、心が死んでしまうことなく過ごせた。
もし、この孤児院に来てなかったら⋯⋯。
(こわい⋯⋯)
そんな考えが頭をよぎる。
思わず、身体を震わせていると、
「まーたひとりで抱え込んでんだろピグ」
「身体ばっかデカイんだからな、お前は!」
「こっちこいピグ! サッカーすんぞ!」
と、みんなが外の世界へ連れ出してくれた。
(お母さん、ボクは大丈夫だよ)
ボクは、母のぬくもりを思い出しながら、静かに祈った。
――――――
たまに、ヒゲを立派にたくわえたおじさんの騎士が、孤児院に大量のオモチャと本を持って来てくれる。
「ガキども! うやまえ!! 色々買ってきてやったぞ! ぶわっはっはっ!!」
それは、この孤児院を建てたダストンという騎士だった。
シスターのマリーは「ありがとうございます」と、頭を下げている。
そして、ダストンはボクたちに隠れるようにマリーを連れていき、ちいさな包みを渡す。
マリーは中身をチラりと見ると、
「こ、こんなに貰えませんよ⋯⋯!」
と、慌てた様子で小声でダストンにうったえた。
ダストンはニカッと笑うと、
「みんな、ワシの子じゃ。立派に育ててくれ」
と言って、すぐに孤児院を後にした。
「そんじゃー、次は半年後かのう! またなガキども! しっかり学んで、しっかり食えよ!!」
ぶわっはっはっ!!と言いながら馬車に乗り込むダストンの大きな背中。
それを、孤児院のみんなで見送る。
「ステキな方ですね⋯⋯」
ルリアは、ぽつりとこぼす。
「あぁ、まさに英雄だよ」
マリーは小包を胸にギュッと抱きしめながら言った。
「でも、本人は、自分のことを罪人だと思ってるようだけどね⋯⋯」
「罪人⋯⋯ですか?」
「そう⋯⋯だから、孤児院のこともほっとけないんだよ。いつか、彼が本当の家族を作れたら良いんだけどね」
そう言って、マリーはあふれでる涙をぬぐっていた。
(もう自分を許してあげて⋯⋯ダストン⋯⋯)
――――――
それからしばらくして、ダストンはさらに遠方へ飛ばされることが多くなった。
「ロックハート様、もう一年以上も顔を出してませんね⋯⋯」
「貴族たちの根回しが済んだのかも知れない。爵位を得てから二十年以上経つ⋯⋯彼の周りはもう敵だらけさ⋯⋯」
ボクたちが部屋で遊んでいる中、マリーとルリアは窓から遠くを見つめ、ダストンの身を按じていた。
(ダストン⋯⋯死ぬんじゃないよ⋯⋯)
マリーの目は、そう物語っていた。
――――――
ダストンへの嫌がらせだろう。
国からの支援も打ち切られ、経営が難しくなっていく孤児院。
マリーとルリアは、街へ出てなんとか日銭をかせいでくれている。
それでも、戦争で物価が高騰し続ける中、何十人といる子どもたちを養うのは限界だったみたいだ。
「今日のスープ、味がしねぇな」
ヒョウドルは、木のスプーンで透明なスープをぴちゃぴちゃと鳴らしている。
「食べられるだけ感謝しないとね⋯⋯」
ボクは、母との旅路を思い出し、ヒョウドルに告げる。
すると、遠くの方から、
「お腹すいたよぉぉー!!」
と、孤児院に来たばかりの、ボクたちよりもっと幼い子が駄々をこねているのが見えた。
「うるせー! これでも食っとけ!」
そう言って、ヒョウドルは自分のパンを、その子の口に突っ込む。
そして、スープを一気に飲み干し、
「遊びに行ってくる!」
と、足早に、孤児院の庭へと飛び出した。
「ヒョウドル⋯⋯」
「お腹すいてるくせによ⋯⋯」
その背中を、孤児院のみんなで心配そうに見送った。
ボクを含む、孤児院の子たちが食事を終え、庭に出てみると、ヒョウドルはお腹をおさえて倒れていた。
「ヒョウちゃん!!」
すぐにマリーに報告し、見てもらう。
「こ、これは⋯⋯! ルリア!! いまクルトが街に戻ってるはずだよ! 酒場をまわってみてくれないかい!?」
「わ、わかりました!!」
急いで孤児院を出るルリア。
――そして、顔を真っ赤にしたクルトを連れてきた。
「やっぱり昼間っから飲んでたね⋯⋯」
「うるせーさね〜」
「とにかく、この子を診ておくれよ」
「はいはい、診断」
クルトの手がぼんやりと光る。
「あー、腹の中で虫が暴れとるわ。この虫くだし飲んどきゃ治るさね。ほんじゃね〜」
そう言って、クルトはフラフラと孤児院を後にした。
――クルトの言うとおり、薬を飲んだらウソのように回復したヒョウドル。
どうやら、庭の葉っぱや食べられない木の実なんかを口に入れたらしい。
「なーんかカッコつかねぇな」
そう言って、ヒョウドルはボクたちに「へへっ」とほほえんだ。
――その事件があってから、マリーとルリアはさらに仕事を増やしたようだった。
特に、ルリアは朝に帰ることも増えた。
「ルリア、そのくびの赤いの、どうしたの?」
「なんでもないよ、ちょっと虫に刺されただけ」
遠くのほうで、ルリアと子どものやり取りが聞こえた。
ボクは、母のことを思い出していた。
(もしかして、ルリアも⋯⋯?)
その事をマリーに報告すると、マリーは、
「ピグリアム、この事は絶対、誰にも言っちゃダメだからね」
と、ボクとゆびきりをした。
――ボクたちの知らないところで、ボクたちを守ってくれる大人たちが、母のようにボロボロにされていくのを、ボクはなんとなく感じていた。
――――――
孤児院に来てさらに数年が経ち。
ボクは、十歳になろうとしていた。
「もう少しで神託を受ける日だね」
ルリアが、文字を教えながらボクに言う。
「うん、バスティ様。ボクにアーツを授けてくれるかな?」
そう言うと、ルリアは困った顔をした。
「私は、みんなには、なにも授かって欲しくないかな⋯⋯」
「どうして?」
「悪い大人に、利用されちゃうかも知れないから⋯⋯」
そうつぶやいたルリアは「ごめん! 今日はここまでにしよう!」と言って、本を閉じた。
――――――
やせ細っていく、孤児院のみんな。
特に、マリーとルリアは限界だった。
ほおはコケ、たまに立てなくなるほどにふらついている。
床に、ルリアの長くてキレイだった髪が抜けているのを、よく見かけるようになった。
(ルリア⋯⋯死なないで⋯⋯)
子どものボクは、なにもすることが出来なかった。
それがただ、ひたすらに悔しかった。
――――――
「おい、この靴って革だよな?」
ヒョウドルがこっそり街へと抜け出し、そこから色々な物を持ってくる。
「革って動物の皮? 穴が空いたから捨てちゃったのかな?」
ボクは、ボロボロの靴を、汚いものを触るように指先で持ち上げる。
「なんとか食えねぇかなコレ。煮てみようぜ」
「やめなよ、またお腹壊すよ」
「えー⋯⋯もう限界だよ俺⋯⋯」
そんなバカなことを話していると、
「ピグリアム、ヒョウドル。今日は神託の日よ、こっちへいらっしゃい」
と、マリーに呼ばれた。
孤児院の奥には、立派な教会が併設されている。
マリーとルリアは、元々修道院にいて、神託の儀式の方法を知っているらしい。
二人はボクたちに一枚ずつ、キレイな女性が描かれた紙を渡した。
「その紙の女性を思い浮かべながら、バスティ様への感謝をのべるの」
「なー、俺はプタラム様にも祈ったほうがいーの?」
「⋯⋯⋯⋯」
マリーとルリアは顔を見合せている。
そして、マリーは、
「良いかい、ヒョウドル。いまから言うことは絶対に、誰にもバラしちゃいけないよ?」
と言った。
「な、なんだよ⋯⋯」
と、たじろぐヒョウドル。
「本当はダメなんだけど、特別に許してあげる。バスティ様とプタラム様、両方に感謝をのべるのよ?」
ルリアは人差しゆびを口におき「しーっ」と、ジェスチャーしている。
「なんかよくわかんねーけど、わかった」
そして、ボクとヒョウドルは、一緒に神託を受けた。
(バスティ様。この世に産まれ落ちたボクに、数々の喜びと、成長のための試練を与えてくださり、誠に感謝しております。いつも、この世界から日々の恵みをいただいております)
ボクは、祈りの途中に、不敬なことを考えていた。
(ですが、ひとつ、お聞きしたいのです。なぜ、父と母は死ななければならなかったのでしょう。両親は敬虔な信徒でございました。この世に生きる生物はいつか死にます。ですが⋯⋯ですが、あまりにも⋯⋯)
そして、バスティ様への感謝よりも、強い想いに支配されていた。
(バスティ様。ボクはチカラが欲しいです。ボクを救ってくださったクルト様。身を削って育ててくださるマリー先生、ルリア先生。痛みを分かちあってくれる孤児院の兄弟たち⋯⋯ボクは、誰ひとり、救うことが出来ない。それが悔しいのです)
そのとき、ボクの身体は輝きはじめた。
「これは⋯⋯」
「こんなに強い輝き、見たことがありません」
マリーとルリアの声が聞こえる。
ボクは、構わず続けた。
(ヒョウドルはいつも無茶をします。自分だって限界なクセに、ボクたちを支えようと必死なのです。誰かが泣くとすぐに気付いて布団に入ってきます。お腹をすかせていると、迷いもせずその口に自分の食べ物を突っ込みます。でも、ボクは知っていました。彼も、よく泣いていたことを。おなかにチカラを入れて、腹の虫が鳴らないようにしていたことを)
ボクの目からは、涙がこぼれていた。
(ボクは、この世界がキライなのかも知れません。バスティ様。どうか、このあわれなボクにチカラをください。ボクは、この世界を好きになりたい。その為には、ボクはあまりにも弱く、ちいさすぎるのです。どうか⋯⋯どうか)
――そして、ボクは激しい月の光のようなものに包まれ、その隣のヒョウドルは、漆黒の光に包まれた。
(ごめんなさい⋯⋯)
ボクは、鈴の音のような、美しい声を聞いたような気がした。




