第115話〜ピグリアム①〜
――プリース王国の東。スメリバ帝国の国境付近にある小さな田舎町。そこでボクは産まれた。
敬虔なバスティ信徒である両親から『ピグリアム』と名付けられたボクは、
「かわいいピグ。いつか、パイナスにある大聖堂を見に行こうね。あなたが生きているうちに戦争が終わってくれれば、神聖マクシト国にある聖地にも⋯⋯」
と、言葉の意味がわからない内から言われ続けてきた。
バスティ様がどんなカミサマなのかは知らない。
でも、こんなに優しい両親が言うのだから、きっとバスティ様を信じることは良いことなのだと、子供ながらに感じていた。
――――――
物心がついた頃、町が戦争に巻き込まれ、両親とともに首都パイナスに向かって逃げた。
そのさなか、父は背中に矢をうけて亡くなり、母は振り返らず、ボクの手をひいて逃げた。
「ピグ!! 振り返っちゃダメ! ダメだからね!!」
母からは、とめどなく涙が流れ落ちていた。
ボクは、母の言うとおり、振り返らずに逃げた。
死にものぐるいで⋯⋯逃げた⋯⋯。
――――――
着の身着のまま逃げ出したので無一文。
道中、村を見つけてもなにも買うことが出来ない。
「ごめんなさい、お腹がすいたでしょう」
「んーん、すいてないよ」
――ぐぅ。
ボクの腹の虫が、空気を読まずに鳴ってしまう。
あわてるボクを見て母はクスッと笑い、優しくボクを抱きしめた。
「ピグは本当に良い子ね⋯⋯」
そうなのかな?
だとしたら、両親のおかげだ。
ボクをこんな風に育ててくれてありがとう。
村の人から「馬小屋で良いなら泊まって良い」と言われ、母と二人、身を寄せあって横になる。
「ピグ⋯⋯ごめんね。背中、痛くない?」
「んーん、痛くないよ。お母さんと一緒なら、ボクどこでもへーき」
そう言うと、母はボクを抱きしめて、
「お母さんも平気だよ。あなたのためなら、どこだって、なんだって耐えられる⋯⋯」
と言った。
「お母さん⋯⋯大好き⋯⋯」
そのまま空腹を耐え、母のぬくもりに包まれながら、ボクはいつの間にか眠った。
――翌朝。
日の出とともに目が覚めると、母が居ない。
「お母さん⋯⋯?」
ボクは不安になって、馬小屋を出て近くを探す。
見つからない、どうしよう。
でも、ここから動くと、それこそ会えなくなるも知れない。
ボクは、母の残した上着を身体に巻いて、
(大丈夫⋯⋯きっと帰ってくる⋯⋯)
と、自分を励ましながら待った。
――太陽が十分にのぼった頃。
やっと、母は帰ってきた。
「お母さん!!」
ボクは嬉しくて、母の身体に抱きついた。
母からは、なんだか変な匂いがした。
「お腹がすいたでしょう? ごはんにしましょう」
そう言って、母はどこで手に入れたのかわからない食料をボクにくれた。
赤くて、新鮮なトマト。
「これ、どうしたの?」
「やさしい人が恵んでくれたのよ」
「くびのそれ、なに? 赤くなってる」
「⋯⋯虫に刺されちゃったの」
「お母さんは食べなくて良いの?」
「お母さんはいま、お腹が痛いから要らないわ」
「えっ!? 大丈夫!?」
ボクは、母のお腹をさすった。
「⋯⋯いたいの、ボクに分けられたら良いのに。いたいのいたいの、ボクに飛んでけっ」
そう言うと、ほおにポタポタと涙が落ちてきた。
「大丈夫⋯⋯ありがと、ありがとね」
母はボクを抱きしめて「愛してるわ、ピグ」と、言ってくれた。
――ボクも、愛してる。
――――――
幾度となくモンスターに襲われ、死にかけながらも、パイナス近くの村までやってくることが出来たボクたち。
母は全身に赤い発疹ができ、髪の毛がところどころ抜けてしまっていた。
「お母さん⋯⋯大丈夫?」
「大丈夫⋯⋯だいじょー⋯⋯」
倒れそうになる母を、白衣を着た女性がサッと支えてくれた。
それは、プリース王国内を無償で治療してまわっているという変人。
『クルト』という名の医者だった。
「これは⋯⋯」
クルトは母を見るやいなや手を光らせ、何やら難しい顔をしている。
「バカ⋯⋯! なんでこんなになるまで⋯⋯」
母はクルトにもたれかかったまま、耳元で何かをつぶやく。
「――――――っ!!」
驚いたような顔を見せたクルトは「わかった」と言い、ボクと母を村の病院まで連れていってくれた。
入口で待つよう言われ、およそ病院とは思えないボロボロの家屋の壁にもたれかかるボク。
中からは「困ります」だの「あたしゃ、あの子をパイナスへ⋯⋯」だの、途切れながら聞こえてくる。
ひとしきり揉めたあと、クルトが病院から出てきて、ボクに目線を合わせてこう言った。
「ピグリアムくん? 君のお母さん、ちょっと厄介な病気にかかっちまってるんさ。だから、この村で治療することになるさね」
「えっ⋯⋯でも、お金⋯⋯」
「お金のことは心配しなくて大丈夫さね。あたしがなんとかする。⋯⋯それで、ピグリアムくん? お母さんがね、ピグリアムくんに先にパイナスまで行ってて欲しいって言ってるんさ」
ボクは大きく頭を左右にふる。
「ボク、お母さん待ってる」
クルトは、困ったような表情を見せ、
「パイナスにはね、ピグリアムくんみたいな子どもを受け入れてくれる『孤児院』ってところがあるんさ。そこで待っててあげたら、お母さんも安心して治療に集中できる」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「お母さんのためにも、一緒にパイナスへ行こうさね」
本当は、すごく、すごくイヤだった。
でも『お母さんのためにも』という言葉で、ボクはしぶしぶ、クルトと一緒にパイナスへ行くことにした。
――――――
見たこともないほどの人の波を見る。
「ここが⋯⋯パイナス?」
クルトは「あぁ」と、こたえ。
「孤児院はこっちさ」
と、言って、貧民街の方へと、ボクの手を繋いで連れていってくれた。
――ロックハート孤児院。
王国の英雄ダストンが設立した孤児院。
クルトが、大きな玄関をノックすると、中から高齢のシスターと、キレイな若いシスターの二人が出てきた。
「マリー、ルリア。子どもたちの様子はどうだい?」
高齢のシスター、マリーは優しくほほえみ、
「みんな元気だよ、クルトが定期的に診てくれるからね」
と、こたえ。
「本当に、いつもありがとうございます」
と、若いシスター、ルリアが頭を下げた。
クルトは照れくさそうにお団子頭をかいた後、
「またで悪いんだけど、この子もお願いして良いかい?」
と、ボクの手を「おいで」とひいて、マリーとルリアに見せた。
マリーとルリアは、ボクの目線に合わせてかがみ、
「はじめまして」
「きみ、おなまえは?」
と、やさしく問いかけてくれた。
「ピグリアム⋯⋯」
ボクは、心細くなり、ちいさな声でこたえた。
高齢のシスターは、ボクの身なりをみて、色々と察しているようだった。
そして、薄汚れたボクをギュッと抱きしめてくれ。
「大丈夫だからね」
と、やさしく言ってくれた。
その言葉に、ボクは、無意識に涙を流していた。
――――――
孤児院に引き取られ、同じような境遇の子どもたちとの共同生活がはじまった。
中には、なんと亜人の子も居た。
ボクが絵本を読んでいると、頭に飛んでくる消しゴム。
「いたっ」
「なー、お前、名前なんてーの?」
それは、黒い肌に、しなやかな身体をしたクロヒョウの獣人だった。
「⋯⋯ピグリアム」
「ピグ⋯⋯? なんだって?」
「ピグリアム!」
「なんかめんどくせー名前、ピグで良いな?」
ボクは納得いかなかったけど、叩かれたら怖いし、
「うん、いーよ」
と、こたえた。
すると、クロヒョウの子は、
「俺、ヒョウドル! この孤児院のボスな! なんか困ったことあったら言えよ!」
と、ニカッと笑った。
どうやら、悪い人では無いらしい。
ボクは、ヒョウドルと、孤児院のみんなと、仲良く遊びながら一緒に暮らした。




