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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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323/344

#323「星占い師は語り」



 ターリア内が騒がしい。

 分厚い岩壁を挟んで、くぐもったように反響しながら、恐らくは山王の間で戦いを鼓舞する雄叫びが連続している。

 大闘技決闘会。


(今日の試合が、もう始まったのか……!)


 朝はまだ早い。

 が、どうやら俺がいなくなっても、各国は同盟会談続行を決断したようだ。

 もちろんそれは構わない。

 むしろ、たかだか俺ひとり欠けたくらいで、この同盟会談を中断されていたほうが困る。

 結果よければすべて良しとは言わないまでも、俺はこうしてすぐに戻って来られたワケだしな。

 昨日の感想戦と今日の対戦カードに関しても、まさかギンヌンガ並の想定外展開にはなってないだろうし。


 いまはそれよりも、秘紋の一部を回収するのが優先だ。


 頭のなかのナビゲーションによれば、『髪』の在り処は近い。

 幸か不幸か、行き先はターリア内で行動を許可されている階層だ。

 試合が始まっているためだろう。

 フロアにはほとんど人気が無い。

 おかげで誰にも目撃されず、俺はまっすぐその区画へ走れた。


 メラネルガリア、ララヤレルン、トライミッド、小国家連合──


 順番に通り過ぎ、最後に辿り着くのはひとつ。


(星辰天秤塔……!)


 道は、奇妙なまでに開け放たれていた。

 到着した部屋の前。

 一昨日の試合で、アイナノーアと戦った黒髪黒翼の天使がひとり、俺を出迎える。

 なるほど、差し詰め門番といったところか。

 気配はすぐそこだな。

 俺は無言で、森羅斬伐を抜いた。


「! お、お待ちください!」

「どけ」

「退きます! 退きますのでッ、どうか落ち着かれますよう……!」


 三メートル近い有翼デカ女が、慌てたようにしながらも慇懃に頭を下げる。

 妙だ。

 これまでの星辰天秤塔、第二世界の天使たちの言動とは違和感がある。

 あの態度。

 異種族、他種族に対する何処か傲慢さを滲ませる態度。

 自分たちの我を押し通そうとする極めて一方的な姿勢が、目の前の天使からは感じられない。

 眉を顰めつつ、再度言う。


「どけ」


 警戒と注意を払いながら、威圧。

 途端、黒色の天使は恐れをなした様子で部屋の扉に手をかける。


「ヒィ……! 開けます! 開けますので……!」


 そのまま、天使は本当にドアを開けた。


「どうぞ! どうぞお入りください……!」

「……」


 一瞬、罠の可能性を考える。

 しかし、すぐそこには依然として秘紋の気配。

 罠があろうとなかろうと、怖気付いてなどいられなかった。

 部屋へ入る。

 すると、


「ああっ! よかった……! よくぞご無事にお戻りになられました……!」

「な」


 金髪金翼のデカ女。

 例の代表らしき天使が、跪いて俺を迎えた。

 周囲には側近らしき天使も数名。

 そのどれもが、同じように跪いて俺を迎え入れている。

 安堵したようにホッと息まで吐いている。


 部屋の中は、占星術師の滞在場らしく、天体模型やら星図やらで雑然としていた。


 神秘的な雰囲気はあまりない。

 だが、目を引くモノはもちろんあった。

 金色の天使が両腕に抱え、まるで赤ん坊でも包むかのように布で巻かれたソレ。


(見つけました! あれです!)


 内なる秘紋が興奮した様子で叫ぶ。

 そこには木箱があり、中身は自ずと察せられた。

 俺の視線に天使たちも気がついたのだろう。

 (うやうや)しく、まるで聖なるモノに対するかのように跪拝の姿勢になった。


「ようやく──ようやく、です」

「お返しできます」

「我らが希望の星!」

「まさしく、占いの通り──!」


 何がなんだか、よく分からない。

 ただ、目の前の連中が異常なまでに喜び、興奮しているのは分かった。

 金翼がバサリと広げられる。

 代表の女が、他の天使たちを黙らせた。


「失礼をいたしました、存在の王よ」

「……知ってるのか?」

「もちろんでございます。我ら一同、この時を二千年間お待ちしておりました」


 お返しいたします、と。

 震える手で、秘紋の『髪』が差し出される。

 瞬間、すぐさま回収が行われた。

 秘紋が蠢き、包と木箱ごと存在を喰う。

 その刹那に、「おおぉ……」と感嘆の声が、部屋の内外から次々に。


 俺はてっきり、荒事が待ち受けているものと思っていたのだが……これはいったい……


「困惑されていらっしゃいますね? 無理もありません」

「……敵じゃ、ないのか?」

「はい! 味方でございます!」


 ザザザッ! と。

 代表の動きに合わせて、ほぼ土下座に近い勢いで天使たちが身を小さくした。

 と言っても、身長が三メートル近いので、俺からしたらあまり小さくなった感じはしないが。

 怪訝に思いながらも、いったん森羅斬伐の刃を床に近くする。

 状況は本当によく分からないが、とりあえず探し求めていた遺体のひとつが、アッサリと回収できてしまったのは事実だ。


(なんだこれ? 本当にアッサリだったぞ……)


 俺も職業戦士として、目の前の誰かが敵意を抱いているかいないかは、そこそこ判断できる自信がある。


 警戒は解かないものの、話を聞く体勢は作った。

 向こうも話をするつもりだろう。

 不干渉だとかなんだとか言ってたのは、今は完全に放り投げているみたいだ。


「説明してもらえると思って、いいよな?」

「はい!」

「私も同席いたしましょう」

「「「!」」」


 秘紋が、つい先ほどまでと違い、さらなる実体感を伴い霊体化した。

 もうほとんど、生きている人間と言われても違和感は無い。

 曖昧に溶けていた輪郭の端も、服装を含めてしっかりして来ている。

 天使たちの態度が、さらに畏まったものに変化した。


「尼僧様……では畏れながら──まずわたくしは、ルチアと申します。星辰天秤塔を代表して、わたくしから話をさせていただければと存じます……!」







 ルチアは語った。


「事の発端は、およそ二千年前──わたくしどもが常と変わらず、星を眺めていました頃」


 巨大彗星が再来するという結果が、すべての星詠みにて一致。


「本来、未来とは数多と枝分かれしており、どのような星詠みでも結果がひとつに収束するコトなどあり得ません。当然、原因を探ったわたくしどもは、これが何ものかによる作為だと判断いたしました」


 何ものかの正体は分からない。

 占い、占い、占い、占い、占い。

 どれだけ占星をやり直しても、結果は変わらず。

 回避する術も、見つからない。


()()()()()()で、わたくしどもにはただ結果だけが分かってしまったのです」

「……ちょっと待て、一度目と同じって──」


 その言い方だとまるで、一度目の〈崩落轟〉もが何ものかの作為によってもたらされたと聞こえる。

 ルチアは神妙に頷いた。


「そこからのわたくしどもは、ただずっと、二度目の厄災を防ぐためだけに全霊を尽くして参りました」


 セプテントリア王国が滅び、いつしか北の五大の一角に数えられるようになっても。

 星辰天秤塔は俗世と接触を断ち、ひたすらに星々との霊感を高め続けた。


「幸い、そんなわたくしどもの努力も少しは実りを得まして、あるとき何ものかの計画をほんの一瞬、ほんの一端なのでしょうが……垣間見るコトができました。サティア」

「はい!」


 扉の前にいた黒髪黒翼の天使が、部屋のなかへ振り返る。

 必然、俺も秘紋をカラダの向きを変えて、ルチアとサティア、両方の声に耳を傾けた。

 俺たちの視線に、サティアは怯んだ様子を見せるが、


「あ、あれは、今でも忘れはしません……わたくしは、その計画がとても恐ろしいものだと分かったのです……畏れ多くもッ、秘文字の奇蹟を利用したものだと!」

「つまり、()を盗み出したモノこそが、巨大彗星を再来させようとしている?」


 秘紋から怒気が発せられた。

 背中に浮かぶ形象太陽が、禍々しく震える。


「よりにもよって、私を……エル・ヌメノス様がお創りになられたこの世界を壊すために……!?」

「ヒッ!?」

「もちろん! わたくしどもは見過ごしませんでした! 先ほどお返しした尼僧様の一部は、わたくしどもが盗人から取り返し、以降、時が来るまで大切にお預かりしていたものです……!」


 怒気にアテられ、腰を抜かしかけたサティアに代わり、ルチアが庇うように声を大きくする。


「盗人から取り返した? じゃあ、アンタらは敵の正体を見たんじゃないのか?」

「い、いいえッ。誠に残念ながら、あの〝何ものか〟は正体を秘す術に長けておりましたッ」

「……どうやって取り返したんだ?」

「不意打ちでございますッ、先日の試合をご覧いただいたかと思いますが、アレをわたくしども一同にてッ」


 緊張しているからだろう。

 ルチアは口が滑ったのか、サラリと星辰天秤塔の戦力を開示していた。

 ますます「何が星占いだよ」と言いたくなって来たところだが、敵はそれすらも掻い潜って生き延びたのか。


「正体が分からないのに、どうやって戦ったんだ?」

「サティアの星詠みにより、何ものかが尼僧様のご遺体を盗み出す時と場所は分かっておりましたので、その──」

「墓所が暴かれた瞬間を狙い、いっせいに攻撃を仕掛けたのですね?」

「申し訳ございません……!」


 天使たちがさらに頭を下げて、身を縮こまらせる。

 秘紋は未だ、怒気を滲ませていたが、少しだけ声色を落ち着かせていた。

 あれだけの大質量攻撃だ。

 星辰天秤塔の行いは、この様子だと墓所すらも巻き込んだに違いなかったが、結果として『髪』はそれで守られたのだろう。

 話をまとめると、そういうコトだよな?


「でも、墓所には封印がかけられていたはずだよな。それでどうやって、暴かれた瞬間が分かったんだ?」

「封印が破られなければ、そもそも私を盗むコトも叶いません」

「ああ、そうか」


 敵の正体が不明なままでも、封印が破られれば墓所の所在は星辰天秤塔にも感知可能になる。

 逃げられる失態を犯さないためにも、ルチアたちには即座の判断が必要だった。

 もしも敵が異界の門扉を解錠できる存在だった場合、犯行現場からの逃走はほんのわずかな時間で可能だからな。

 俺たちが経緯を理解したと、ルチアらも察したのだろう。


「……あの時、わたくしどもの攻撃を受けて、何ものかはひどく驚いていたようでした」

「不意打ちだったんだろ?」

「はい。ですが、わたくしどもの攻撃が何ものかに通じている手応えはありませんでした。アレは、降る星の渦、その只中にあって……大地すら蒸発し、崩れ歪む災いのなか……()()()()()のです」


 〝フフフ、フハハ、フハハハハハハハハハ──!〟


「姿はなく、声など聞こえようはずもない状況で、アレの声は恐ろしいほどわたくしどもの耳に響き渡りました」


 ルチアは両肩を抑えて、翼で自身を隠すように囲いながら、今でもその記憶を恐れているようだった。


「〝そうか、そうか、これはオマエの仕業か! 否、否、違う! ここに至るまでの流れそのものが!? なんというコトだ──!〟……アレはそう叫んでおりました。わたくしどもの攻撃など、まるで意に介した様子など無く、ただひとりで何かを察し、その事実にこそ驚いていたのです」


 正直に言って、遺体を取り返せたのも何故なのか分からない。

 全霊による攻撃を終えて、もはや星のひとつも落とせなくなった状態になり、そこでようやくルチアたちは、何ものかがすでに消えてしまっていたコトに気がついたらしい。


「しかし、あの異様さ……アレがわたくしどもの敵であるのは、間違いないと確信いたしました!」


 巨大彗星の再来を目論む正体不明の墓荒らし。

 俺も秘紋も、話を聞いて何となく思い当たるヤツがいた。

 墓荒らし自体の容疑者ではなく、星辰天秤塔がこうして俺たちに『髪』を返還するに至った経緯に関して。


(──月の瞳)


 アイツの関与を疑わざるを得ない。

 第一、アイツの目的もまた巨大彗星の再来を防ぎ、世界を救うコトだと云う。

 たったいまルチアが語った星辰天秤塔の目的・行動と、完全に合致している。

 二千年前、アイツは星辰天秤塔を利用して、『髪』を守ったんじゃないのか……?

 そもそもだ。


「なあ」

「はい!」

「アンタらは、どうして今回、この同盟会談にやって来たんだ?」

「えっ?」

「コイツの一部を持っていた理由と、それをさっき返してくれた理由は分かったんだが、どうして此処でそれが出来ると? お得意の星占いか?」

「は、はい。わたくしどもは、此度の同盟会談であれば、尼僧様のお(ぐし)をついに返還できると詠みまして……」

「俺のコトが分かってたなら、直接、ララヤレルンに来てくれも良かっただろ」

「それは無理でした! 群青卿がわたくしどもの希望の星だと分かったのは、こうしてここに来てからなのです! お許しくださいッ、占いというのは常にハッキリしたものではなく……!」

「……まぁ、それはそうかもしれないけど」


 肝心な部分が、なんかこうフワッとしていて、イマイチ信頼できない。

 元より占星術、星占いを行動原理にしている種族だから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが。

 この様子だと、自分たちが月の瞳に干渉されて、知らず知らずアイツの思い通りに動いているって可能性には気付いてなさそうだ。

 人界同盟自体も、アイツが締結を促した張本人だしな。


 サティア、と言ったか。


(コイツらは、自分たちの星占いで未来を垣間見たと思ってるみたいだけど──)

(はい。実際には、月の瞳がビジョンを共有した可能性が高いですね)


 だとすれば、今日この瞬間、俺たちにとってあまりに都合のいい展開が起こったのは、アイツの関与によるものだと納得できる。

 月の瞳が、どうやって行方をくらませていた星辰天秤塔に接触できたのかは分からないが……それを言い始めると他にも追及しなくてはいけない謎が出てくる。

 ルカは知っているはずだ。

 だが、ルカは月の瞳の許可がなければ、あの魔物の来歴を詳しく語りはしないだろう。


 とりあえず、星辰天秤塔が味方だと分かっただけでも、この場は良しと頷いておくか。


「いったん、アンタらの言い分は理解した」

「ご理解いただけましたか……!」

「ああ。だから、アンタらを味方と見なして、さらに聞かせてもらいたいんだが」

「なんでしょう?」

「今この場での態度と、これまでの態度との違いは?」

「あっ」


 ルチアだけでなく、部屋にいた天使たちが全員まとめて気まずい顔になった。


「そうですよね……きっと、ご気分を害されていましたよね……」

「ですがいろいろ、仕方がないのです……」

「星々との霊感を維持するには……」

「俗世との関わりは、避けるのが当然でして……」


 口々に、申し訳なさそうな説明(言い訳)が聞こえてくる。


「よく分からないけど、だったら初めにそう言ってくれればいいだろ。なんであんなに一方的なんだよ」

「申し訳ございません! わたくしどもも、俗世との交流が久々すぎて、皆様とどんなふうに接すれば良いのか──少々? 分からなくなっていまして……!」

「……」


 神秘的なヴェールは、もはや感じられない。

 ミステリアスで厭世的な星占い師。

 きっとコイツらなりに、そんな仮面をイメージして被ってみた結果がアレだったんだろうが……


「そこはかとない残念種族感だ」

「ざ」


 ガーンッ!!

 ルチアたち全員が、いっせいにショックを受けて落ち込んだ顔になった。


「我が王。それよりも、他の質問を」

「ああ。次の質問だ。だいたい察しはついて来たところなんだが、アンタらはどうしてティタノモンゴットに?」

「……は、はい。わたくしどもがなぜ、ティタノモンゴットからの召集に応じたのか、でございますね?」

「そうだ。ガンドバッハ王はたしか星占いを嗜むとか言ってたけど、さすがにあれは嘘だろ」


 星辰天秤塔が、いくら星占いで「同盟会談に参加すれば遺体の返還が叶う」と分かっていたとしても、参加のためにはティタノモンゴットに入国しなくちゃならない。


「実は巨人たちとだけは、付き合いを維持していたのか?」

「いえ。そうではありません」

「じゃあ、どうしてだよ?」

「わたくしどもは、ティタノモンゴットに〝とある物〟があると知り、その受け取りを交換条件としてカタチだけの参加を叶えたのです」

「とある物?」

「はい」


 ルチアは「それがこちらです」と、いつの間にか懐から小さな箱を取り出す。

 箱はティッシュケースくらいの大きさで、ジュエリーケースのような高級感のある意匠だった。


「中身は、巨大彗星の欠片でございます」

「──は?」

「ティタノモンゴットは他よりも宙の理が強いため、〈渾天儀世界〉に数多と散った巨大彗星の破片が、当時の状態を維持して残されていたのです。と言っても、大半は小さく砕けすぎていて、このような大きさの欠片しか残ってはいなかったのですが」


 第二世界、星天楽土の星詠みにとっては、充分な触媒となり得る。

 箱を開き、隕星の砕片を覗かせながら、ルチアは紡ぐ。


「わたくしどもが今回の同盟会談に参加を決めたのは、ふたつの目的を叶えんがためでした」


 ひとつは、二千年間預かり続けた尼僧の遺体(秘文字の奇蹟)の返還。

 もうひとつは、


「巨大彗星再来に備え、星詠みの精度を高めるために巨大彗星そのものを入手するため。欠片の所在は、ガンドバッハ王が報せてくれたのです」

「どうやって?」

「古い、とても古いやり方でした。セプテントリア王国時代の、暗号を用いた狼煙です」

「なるほど……」


 筋は通っている。

 ガンドバッハ王が星辰天秤塔に召集をかけた動機は、今さら言うまでもない。

 古代の生き残りであるなら、トライミッド連合王国が知らない方法でコンタクトを図るやり方もあるだろう。

 そして、星辰天秤塔が召集に応えた理由も、ここまでの話から納得できる。


「アンタらからしたら、渡りに船だったワケだな」

「言い得て妙ですね。まさしく、わたくしどもからすればガンドバッハ王からの招待は、一度に二つの得を手にするようなもの」


 ますます、月の瞳の関与を感じる。

 アイツはいったい、この同盟会談にどれだけの手を尽くしているんだろうか?

 そうまでして戦わなければいけない敵ってのが、向こうにいるんだよな……


「分かった。じゃあ、最後の質問だ」

「なんなりと」

「一晩、俺たちがターリアから消えてたのは知ってるんだよな? それなのに、ついさっきまでわざと秘紋の気配を出していたのは──」

「無論、お戻りいただくためです!」


 食い気味で、ルチアがガバッと頭を上げた。


「わたくしどもも焦っておりました! ()()()()()()()()()()()()、このまま貴方様が戻られなければ最悪の事態もあり得ると!」

「ど、どういうコトだ?」

「つまり、私たちが裏世界に囚われていたのを、この者たちなりにどうにかしようと考えたのでしょう」

「そうでございます!」


 隠蔽を解除すれば、秘文字にゆかりある者が必ず気配を感得する。

 然れば、何処かへ消えていようとも大急ぎで必ず戻ってくるはずだと踏んで、ルチアたちは『髪』の気配を表に出した。

 その目論見は成功し、無事に返還まで済んだ。


「状況が動き出しているってのは?」

「えー、どこから申し上げればよいでしょう……! 昨夜ごろから小国家連合が不審な動きをしておりまして、それを追う聖地の者どもがいて、今日の試合ではティタノモンゴットとトライミッドが数段飛ばして決着をつける運びになっておりまして……!」

「──は!?」

「いったん! いったん外の動向はわたくしどもも監視の目を放っておりますのでッ! 取り急ぎ山王の間へ向かっていただきたく……!」


 すでに星はめぐり、天体は動勢を決す寸前。

 すなわち、ターニングポイント。


 金翼の女天使は、ついには立ち上がり叫んだ。






────────────

tips:不審な者たち


 ターリアの外に出て、ティタノモンゴットの国境線まで方々に散っていく小国家連合の亜人たち。

 その影はいずれも小さく、雪兎(スノウレプス)に代表される白毛の種が多かった。

 彼らはなるべく、人目を避けるようにして行動していたが、巨人たちの優れた視力は亜人たちの何人かを捕捉していた。

 国境線を守る衛兵の何人かは、それぞれの持ち場で亜人に声をかける。

 「そこで何をしている?」

 「あっ、あはは……いやぁ、なんでもありません……」

 「なに?」

 「ちょっと道に迷っちまったと言いますか……」

 「ターリアからはだいぶ距離があるぞ」

 「えっと……ここは何もかもが大きすぎて、どこも似たように見えるんです……」

 「……」

 どこの衛兵も、皆似たような反応をする亜人を怪しいと感じていた。

 しかし、小国家連合の情報は、彼らの王からじきじきに通達されている。

 今回の同盟会談では、一応、小国家連合はティタノモンゴットの味方。

 さらに言えば、庇護を約束した相手。

 「……道に迷ったのなら、まっすぐ元来た道を戻れ。我々を煩わせるな」

 強引に手を出すワケにもいかず、衛兵たちは迷惑だとアピールしながら亜人たちに命ずる。

 すると、亜人たちは「へ、へへへ……すいません」などと一度は引き返していくのだが、気づくと今度は違う国境線に戻っていた。

 それどころか、自ら雪に埋もれて体を隠し、姿が見つからないように工作を図る者まで。

 酔ったフリをするためか、酒を飲んでいる者も。

 「……なんだ。なんなんだ、オマエたちは!」

 怒った巨人が怒鳴っても、亜人たちは曖昧に誤魔化すような言葉ばかり。

 ──そんな光景を、聖地の騎士たちは巨人たちにすら見つからずに監視していた。

 「まだか」

 同様に、そんな光景を空から。

 星辰天秤塔の天使たちが、警戒しながら見下ろしていた。

 「いったい、何を……?」


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