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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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324/344

#324「最強の老雄」



 時はわずかに戻る。

 山王の間、大闘技決闘会三日目の朝。

 ついに開幕となったトライミッド連合王国VSティタノモンゴット。

 同盟を巡る二大対立国による、すべての慣習を取っ払った上での大決戦。


 対戦カードは、憤怒の剣VS神具の兄弟巨人の一対二。


 人界最強を謳われる英雄は、同盟会談がダラダラとした闘技大会じみたものに変化した頃から、状況を無為に感じていた。

 人々を守るための同盟。悪しき魔に対抗するための同盟。古代以来、人界で初となるかもしれない多種族同盟。

 それがいざ蓋を開けてみれば、最強の証を立てなければロクに話もできないと来た。


 ──くだらない。


 ティタノモンゴットは過去の因縁に囚われすぎている。

 トライミッドもまた、想定外だなんだに関して情報収集と調査を行いたいからと、相手の言った言葉を素直に受け入れて、チンタラチンタラ。

 努力しているのは分かる。

 最善に努めているのも分かる。

 グラディウスも、自分より賢い人間がそうしたほうがいいと判断しているならばと。

 いったんは状況を任せた。


 しかし、我慢は長く続かなかった。


 だって、そうだろう?


 ──最強なら、ここにいるだろうが。


 刻印騎士団、団長。

 人界を守る白き盾にして守護者。

 自ら最強を名乗った覚えは一度も無いが、皆が歌い語り継ぐのだから、疾うにその名を背負う覚悟は済んでいる。

 アムニブス・イラ・グラディウスは、最強だ。

 俺が、最強だ。


 ゆえにこそ、我慢ならなかった。


 同盟など、さっさと結べばいい。

 だのに、ただでさえ手をこまねいていた状況で、さらに中断?

 メランズールが行方を眩ましたのは事実かもしれない。

 しかし、それがどうした? アイツもまた英雄だ。


 ──俺に肩を並べるってんなら、何を心配する必要がある!?


 英雄とは、皆の希望でなければならない。

 英雄とは、弱き者の盾でなければならない。

 英雄とは、この目に映るすべてを片っ端から救い、この手の届くすべてを片っ端から拾い上げ、この足の踏みしめられるすべての場所に駆け付け、それでもなお取り溢してしまうしかなかった者たちのため、決して(誓い)を手放さぬ者でなければならない。


 男なら、分かるだろう。


 分かるなら、これ以上の言葉は不要だ。

 ガンドバッハ王を怒らせ、ようやく自身の出番を得られたグラディウスは、昨晩、王や宰相、養女などから次々に文句を言われた。

 しかし、そのどれをも黙らせた。


「グラディウスッ! くそぉ! あれじゃあもう、本当に勝ってもらうしかない……分かってるのか〜!?」

「まだ小国家連合と、星辰天秤塔の思惑も分からぬと言うのに!」

「団長! 勝った後の政治のコトも、少しは気にしてください!」

「──うるせぇうるせぇ! 俺が勝つ! だから問題ない! あと、ルカはそろそろパパって呼べ!」


 勝てばいいのだ。

 話は最初からシンプルなのだ。

 最強である事実が同盟の是非を決める。

 事がそういう話になった時点で、グラディウスが引っ込んでいる理由など無くなっていた。


「ハァ……まぁ、いい。正直、負けるとは思ってない」

「陛下……!」

「ザディアも落ち着いて。たしかに、ボクらが時間をかけていたのは事実だ。たった二日だけど、そもそもここまで来るのに時間をかけ過ぎてた」


 人界同盟の締結。

 こうしてティタノモンゴットに足を運ぶまで、いったいどれだけの時間がかかったコトだろう?

 それは群青卿という、ひとりの英雄が誕生し、成長するまでの時間。


「同じだけの時間を、ボクらは敵に与えてしまったとも言えるんだよね」


 よって最終的に、トーリー王も許可を与えた。

 宰相ザディアは、まだ言いたいコトがある様子だったが、若き賢君のためにグッと言葉を堪えた様子だった。


「では陛下、後で小国家連合と聖地の者どもについて、報告したい儀がございますので……」

「うん、分かった」


 愛する養女に関しては、国王と宰相が口を噤んだために、自らも引き下がるしかなかったのだろう。

 しかし、ふたりきりになったタイミングで言われた。


「……もしかして、私を心配して出番を盗んだんですか?」

「ああ? べつに、んなことぁねーよ」

「私だって、前よりずっと強くなったんですよ!?」

「ルカ。それは知ってる。でも、俺のが強ぇ」

「っ!」


 怒らせてしまっただろうか。

 養女は肩を怒らせ、それから深く息を吐いて、「ご武運を、団長」とだけ言った。

 親子関係は難しい。

 けれども、グラディウスに他の生き方はあり得ない。

 養女には、英雄の娘などではなく、別の生き方を選んで欲しかった。

 言う資格は無いので、結局は栓無き話でしか無いのだが……話が少し逸れたな。


 つまり、だ。




「娘を怒らせてまで、テメェらと戦うコトを選んだんだ。悪ぃがさっさと勝たせてもらうぜ」

「憤怒の剣、か……英雄ならば、背負っているものは多いのだろう」

「だが、オレたちにも責任がある……」

「へぇ、そうかい。だったら、太鼓を鳴らせ」




 大闘技決闘会、試合会場。

 朝早くから、大勢の観衆に囲まれて。

 黒白の兄弟巨人と、全身鎧の老人が真っ向から対峙する。








 最初に動いたのは、もちろんグラディウスだ。

 太鼓の音が鳴ったと同時に、英雄は二振りの大剣を握り締め、魂に刻んだ魔法を発動した。

 直後、大剣は焔がごとく熱光し、騎士兜を被った老雄は全身からも赤熱化する。


「!」

「来るか……!」

「遅ぇよ」

「ガァッ!?」

「ロフフェル!?」


 兄弟巨人が、およそ身構えるよりも素早く、グラディウスは白弟を蹴り飛ばした。

 人中。鳩尾。

 対戦者も観戦者も、恐らく目に捉えられたのは熱光の軌跡だけだろう。

 しかし、結果は誰の目にも瞭然だった。

 ロフフェル王子の肉体は、くの字に折れ曲がり、宙に浮いて壁まで吹き飛ぶ。

 轟音と唖然。悲鳴が始まり、目を見開いたモーディン王子が腕を振り抜き、反撃のためグラディウスを殴り落とそうとする。


「“恒星軌道(ソリス・オルビタ)”」

「なに──!?」


 が、老雄は再びその速度を上回った。

 巨人の身体駆動は、その巨大さゆえに緩慢に捉えられるコトがあるが、実際は違う。

 空を見上げ、風に吹かれる雲の動きを緩やかに感じるのと同じだ。

 遠近感の差によって、呆然と眺めて留まれば悲惨は免れない。

 王族の巨人、鍛え抜かれた戦士ともなれば、その(かいな)や拳は山崩れにすら等しいインパクトをもたらすだろう。

 衝撃波は甚大な被害をもたらす。


 それを、憤怒の剣は唱えた魔法ひとつで、容易く置き去りにした。


 グルリと回り込むように空中を走破し、軌道を描く恒星の疾走。

 山王の間全体に、本物の太陽が顕現したかのごとき熱波が吹き荒れる。

 大気すら焦がす紅蓮。

 それがもし本当に恒星の軌道速度(渾天儀世界では太陽と月が渾天儀の周りを回る)と同じ速さを誇っているのなら、グラディウスを矮小人と侮るのは愚かと言う他ない。


 蹴り飛ばされた弟を心配しながらも、モーディンは自らの目の前にいるのが、本当に太陽の化身なのではないかと錯覚した。


 遠近感の狂いが、逆転する。

 魔法とは、これほどの超常を成し得るものなのか。

 人の身で、どのような生き方を歩めば、そんな呪文を獲得できる。


(しかも、刻印魔法ではない──!)

「オマエも、もう終わりだ」


 熱光する大剣を翼のように広げ、龍種の頸すら落としてきたと伝わる鋼鉄塊が顎へ迫る。

 下から迫るそれは、間違いなく脳震盪を狙ったクリティカル・アッパー。

 防御のために手を差し込み、間一髪で両手によるガードを実現するが、


「ドゥオラああああああああああ──ッ!!」

「カっ──!!!??」


 手が、火傷する。

 火傷しながら、カラダが宙へ浮き上がる。

 生半可なガードなど意味を持たない。

 人界最強、人類最強、この時代に海をも越えて吟遊詩人に歌われる英雄の強さとは、それが荒唐無稽であればあるほど、架空(フィクション)だと思われ親しまれている面も持ち合わせている。


 モーディンは脳を揺さぶられ、白眼を剥いた。


 そのまま、黒兄は試合会場の真ん中で仰向きに倒れる。

 再度の、轟音と唖然。

 憤怒の剣はたった一度の跳躍で、ふたりの戦士を文字通り鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

 ただ鎧の袖で軽く撫でただけがごとき圧倒にて、瞬く間に勝利を手にしていた。


 巨人王、ガンドバッハが堪えられないといった様子で玉座から立ち上がり、口を大きく開ける。


「……! っ……」


 咄嗟に叫びそうになったのは、息子たちの名か。

 だが、勝敗はあまりにも歴然だった。

 グラディウスが地面に着地する。

 そして一言、


「俺が、最強だ。文句あるか?」


 数多の魔物と数多の怪物を屠りし当代最強の名にて。

 老雄は、神具すら使わせる隙を与えない〝万夫不当〟に他ならなかった。





────────────

tips:天窓から覗く観戦者


 モーディン王子とロフフェル王子が試合に出ると聞き、ふたりはこっそり山王の間を見下ろしていた。

 天窓の外側に張り付き、寒さと風に首をすくめ、襟巻きに顔を半分ほど(うず)める男女。

 ともに黒髪のふたりは、自分たちを友人として迎え入れてくれた王子たちの安否を気にかけ、然れど、衆目につくワケにもいかず。

 試合を覗き見するのに、結果として天窓の外側を選んだのだった。

 そして、観客席の全員と同じように言葉を失っていた。

 愕然はしばらく続き、

 「──まさか、あのふたりがあんなに簡単に」

 「……憤怒の剣の強さは、本当だったんですね」

 「でも、これで良かったのかもしれません」

 ふたりは友人たちの姿を見る。

 正確には、その両腕に嵌められたそれぞれの神具を見る。

 「アトラミシアとアリアンノルンを、使わずに済んだのなら」

 「これ以上、かつての記憶を夢に見るコトもありませんか?」

 「ええ、そう思います」

 ふたりは安堵の息を互いに漏らす。

 第五世界の神々──黒白の双子巨神が巨人たちに遺した神具。

 その名が双子巨神の名と同じことを、彼らはティタノモンゴットに来てからの研究で学んでいた。

 両方とも、腕輪型である。

 「神の名にはチカラが宿りますからね」

 兄弟はその腕に、神を宿していると言っても過言ではなかった。

 だからこそ、心配だった。

 責任感の強い彼らが、自らを犠牲にして仲間のために立ち上がる時。

 それはきっと、神々の無念をも刺激しかねないと知っていたから。

 「自分が自分ではなくなるなんて、本当に辛い話ですよ」

 ──ああ、それでも。

 「ぁ……」

 「……やっぱり、立ちますか」

 ふたりは見た。

 自分たちの友だちが、再度起き上がろうと両の五指に力を入れるのを。



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