#322「コールサイン」
「結局のところ、封印はギンヌンガ様が心を改め、皆に認められる存在になった頃に解けるよう、あらかじめ設定されていたのでしょう」
瓦礫の小山の上。
完全に崩れ果てた封祠堂。
泣き疲れて眠っているギンヌンガの側で、やっとこさ覆い被さっていた瓦礫を安全に撤去し終えた俺は、どっこらせと腰を下ろした。
すると、まるでタイミングを計っていたかのように、黄金の燐光が輪郭を結ぶ。
秘紋が霊体化した。
「久しぶりに出てきたな」
「我が王と、やっとふたりきりになれそうでしたので」
「コミュ障」
「……イジワルな方」
とかなんとか言いつつ、秘紋はスッと俺の隣に腰掛ける。
俺もギンヌンガも、すでに表側に帰還した。
じきにヴァシリーサが状況を察知し、影のように現れるだろう。
束の間の逢瀬だが、依然としてエル・セーレンの王の解体に勤しんでいる秘紋にとって、わざわざ姿を現したのは何か理由があってのコトだと察せられる。
「コイツの封印がどんなものだったのかは、俺も同意見だ。ただまぁ、多分にガタはキテたんだろうけどな」
「そうですね。夜の太源が如何に偉大でも、巨大彗星の衝突はさすがに想定の外だったと思われます」
かつて〈第五円環帯〉で、リングの裏側は神々の〈領域〉を意味した。
それが〈崩落轟〉によりエルノスの星に墜落し、他さまざまなモノとも混ざり合って、北方大陸を形成するに至った頃には。
一部、プロテインスムージーのダマみたいに〈第五円環帯〉のエッセンスが残って。
表と裏、それぞれに世界が存在するって特徴を色濃く顕すようになった。
ただし、かつてのように表と裏で人と神の棲み分けが行われるには、〈崩落轟〉の影響が強かったので──現在、こうして巨人たちの王国が見事に建てられているワケだな。
(で、そんなティタノモンゴットで一番裏の濃さが強かったモノと言えば、ギンヌンガの封印だ)
巨人たちは遺跡にギンヌンガが封じられているとは知らないまま、しかし、何か神々の気配(裏側の雰囲気)を感じ取って、遺跡に祠堂と命名。
時の移ろいによって、遺跡の老朽化だなんだで立ち入り禁止になり、その名は〈ギニェルガーブの封祠堂〉へと変化した。
このギニェルガーブってのが何かは俺もよく分からないが、ギンヌンガに備わった怪異っぽい能力からして、扱いとしては恐らく零落した神──
(アレだ。北欧やケルトの神が異教とされて、悪魔や怪物に置き換えられたりしたのと同じで)
ギンヌンガはとても矮小化されて、ほとんど妖怪に近い存在として認知されるようになったんだろう。
ギンヌンガ自体ではなく、あくまで〝封祠堂にいるナニか〟的な感じでな。
それでもまぁ、名前の語感が若干似ていたのは、恐らく巨人の中にも霊感に優れる者がいて、そいつがなんとなーくでギンヌンガの存在を感じ取っていたからかもしれない。
(──これが)
夜闇の王が仕掛けていた封印解除の設定のひとつ。
ギンヌンガが第五円環帯種族にとって、多かれ少なかれ〝認められる存在になるコト〟がキーになっていたんだろう。
本当はもっと、怪異っぽい感じじゃなくて良い感じの方向性で信仰されるのが条件だったとも思うが、そこはまぁガタのせいで判定がガバガバになっていた。
と、俺と秘紋は推測をしている。
(……迷惑な話だけど、内から外に強引に出ようとするのは無理でも、逆方向ならOKになっていたくらいだからな)
あとはもう、ギンヌンガが素直に改心を口にして、夜闇の王が許しを与える最低合格ラインを突破するだけで良かった。
無論、ギンヌンガの中ではとっくに精神的に合格ラインに到達していたと思われるが、そこを敢えて口に出させるのが、夜闇の王にとっては譲れない条件だったのだろう。
「あるいは、ギンヌンガ様に手を差し伸べる者が現れるコトも、条件には含まれていたかもしれませんよ?」
秘紋が心を読んで──というか、最初から共有しているので筒抜けなんだが……こちらが無言のままでも言葉を返してくる。
「エル・ヌメノス様曰く、夜闇の王は叡智の王、この宇宙の半分を理解された稀有なるお方らしいですから」
「世界神にそこまで言わせたのか? ってか、だとしたらずいぶん優しかったんだな」
自ら戦い、自ら封印した敵対者に対して。
いつかオマエにも。
そう、更生と幸せを信じてたって話になる。
「いや、そりゃあんだけ大泣きするくらいだから、大昔でも相当に分かりやすいヤツだったのかもしれんが……」
「すぴぃ……すぴぃ……」
「……ったく。あれだけ瓦礫が降ってきたってのに、なんでこんな寝てられるんだよ」
「ギンヌンガ様は我が王と同じで、規格外なお方ですから」
にしても、やっと出られたっていうのに出て早々、泣き疲れて寝ちまうとか……あり得るか?
つくづく、ヘンなヤツと縁が出来ちまったぜ。
ところで。
「さっきから、なんで様付けなんだ?」
「はい?」
「ギンヌンガに対して、なんかえらく恭しげな気がしてな」
秘紋がギンヌンガに向ける感情は、まるでそれこそ神に対するそれだった。
世界神の巫女。秘文字の奇蹟の口承者。エル・ヌメノスの尼僧。
信仰する神は、一柱のはずなのに。
「まさかコイツ、世界神に関係あるのか?」
「……ふふ。さあ、どうでしょう? 我が王も私の心を、好きに暴いてくれて良いのですよ?」
「自我が混乱するからいい」
「ほんとうに、イジワルな方……」
「それで? 話は?」
話す気が無いらしいので、出てきた理由を問う。
秘紋は一度、深く胸を上下させ一拍置いた。
意識をシリアスに切り替えた証だった。
「もしかして、ヴィクターを消化しすぎて腹でも壊したか?」
「ご冗談を」
「じゃ、どうした?」
「近くに、私を感じました」
「──いつからだ?」
「つい先ほど。我が王とともに表側に戻って、すぐ」
「湧いて出てきたワケじゃ、ないよな」
どっちだ? と問うと、秘紋は「恐らく、『髪』でしょう」と答えた。
霊体化可能になった秘紋は、以前よりも自身の遺体に関して感知力が増している。
「ティタノモンゴットに元々あったとは考えられません」
「元々あったものじゃない……それは、そうだよな」
ここに来てから数日経つが、それまで秘紋は遺体の気配を感じ取ってなどいなかった。
気になるのは、それが何故このタイミングなのかだ。
「たった一晩。たった一晩で、盗人がティタノモンゴットに現れたってのか?」
「盗人自身とは限らないでしょう。それに、盗み出された後に何らかの隠蔽を施されていれば、私でも感知できなかった可能性はあります」
「……じゃあ、この同盟会談に集まった連中のなかに?」
「いるかもしません」
盗み出された秘紋の遺体。
行方が分からなくなっているのは、残されたところ『髪』と『心臓』のふたつ。
そのうちの片方を、わざわざティタノモンゴットまで持ち込んだヤツがいるかもしれない。
あるいは、ヤツではなくヤツらか。
「たしかに、急に出て来たとしたら、瞬間移動しか考えられないからな」
「──その場合、私の『髪』は十中八九、ひとならざるモノの手にあるでしょう」
「可能性は両方ともだ。俺は今すぐ行けるぞ」
「お待ちください」
立ち上がった俺に、秘紋は制止をかける。
その視線は水晶付きの目隠し越しながらも、何処かを見通しているようだった。
「実は先ほどから、気配が薄れていくのです」
「なに?」
「これは恐らく、再び隠蔽を施しているのでしょう。そんな様子を感じます」
「オイ、逃げられそうってコトか?」
「いいえ。場所は移動していません。気配も微弱ながら感じ取れます。むしろこれは、私どもに場所を教えるため、ではないかと」
秘紋はある程度、自信がある様子で言った。
たしかに、表側に戻ってからというもの秘紋に焦りの様子は見られない。
どういうコトだろうか?
「俺たちに場所を教える?」
そんなコトをして、いったい何の得があるのだろう?
秘文字の奇蹟は世界改変の大権だ。
願いを叶える万能の流れ星。
まんまと盗み出して隠蔽まで施せる腕があるのなら、今の状況は不可解としか言えない。
わざわざ不完全な隠蔽を再度施す理由はなんだ?
「いや、いい。とりあえず、場所が分かってるなら取りに行こう」
「動く気配はありません。慌てずとも、平気かもしれませんが……」
「だとしても、逃す理由はないだろ」
「──はい」
強めに言うと、秘紋が嬉しそうに頷いた。
ギンヌンガは……どうするか。
さすがにこのまま放置しておくのは、いろいろマズいよな……
「話は聞かせてもらったわ!」
「! ヴァシリーサ!」
「ラズィ! もぅ! まぁたお姫様して王子様してきたわね!?」
「な、なに言ってるか分からん……」
「仕方がないから、私がこのギザギザオバケを見ていてあげる! あ、でも、用が済んだらすぐにお山のお部屋に行って?」
「お、おぉ……」
運命共同体と一心同体。
話が早くて助かるのは便利なのだが、スムーズ過ぎてたまに戸惑う。
秘紋が霊体化を解除した。
場所はすでに頭のなかでナビゲートされている。
「じゃあ、悪いけどギンヌンガを頼んだ」
「後でお膝の上で髪を梳いて欲しいのだわ」
「分かったよ! 皆がここに来たら、いろいろ頼んだ!」
「はーい」
瓦礫から飛び降り、急いで『髪』の在り処へ駆け出す。
仲間たちと合流して、先に帰還と無事を知らせたいところだったが、それはヴァシリーサに任せよう。
さすがにこれは、優先順位を間違えられないからな……!
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tips:魔女の観察
寝息を立てるギザギザオバケを見下ろして、ヴァシリーサはその胸の大きさに注目した。
「すごいわ。橇で滑れちゃいそう」
モサモサの髪の毛を綺麗に梳かせば、ツルツルと髪の上からでも滑れるだろう。
ほんの好奇心で、ヴァシリーサは髪の下に潜ってみた。
「すごいわ。何も着てないわ」
毛量が多過ぎてカラダが隠れているから問題ないが、なんというダイナミック。
そのままモグラのように髪の中を掻き分けて、ヴァシリーサは額のあたりから顔を出す。
「女の子なのに、どうしてお顔を隠すのかしら?」
さらりと撫でて、顔の部分にかかっていた髪をどかした。
「──まあ」
すると、そこにあったのは女神のごとき貌だった。
巨大な爪と有角の女神。
あいにく、寝ているために目蓋は閉じているが、開けばさぞ綺麗な瞳がそこにあるのだろう。
髪を戻して、ヴァシリーサは溜め息を吐く。
「イヤだわ。ツノがあるだけでもラズィ好みなのに」
これじゃあ油断ならない。
「ああ、でも……まだそういうのは、分からないお友だちかしら?」
ヴァシリーサの目にも、さすがにギンヌンガの精神年齢はよく分からない。
なんとなく、お友だちっぽいなとは思うものの。
「その気になったら、ぜんぶを壊せるギザギザオバケ」
少女の形を与えられたのは、恐るべき神謀遠慮の結実。
「神様って大変ね。いつだって世界を守らなきゃいけないなんて」
魔女は胸の膨らみのほうへ移動して、わあああ、と滑り台にした。
枝毛が多くて途中で何度も止まりながらだったが、思っていたよりも傾斜は長かった。
「……あとで、ちっちゃくしてしまっちゃおうかしら?」




