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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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315/344

#315「引き分けて絆」



 勝敗は、引き分けだった。

 解放された神威、女神の死生観も織り込まれた動物魔法。

 誰の目にもセラスランカの敗北は必至であり、ダークエルフの少女は獰猛な魔獣たちが牽引する戦車に正面から衝突される。

 下手をすれば、全治数ヶ月どころでは済まない。

 命すらも落としかねない勝敗の行方。


 けれど、俺を含めた誰もが知らなかった。


 ただ唯一、メラネルガリアだけがセラスランカ・オブシディアンの超人たる真の由縁を識っていて。


 ── 一閃。ただ一閃。


 砕け散ったはずの黒剣が、再度、セラスランカの手に握られ。

 縦に、下から、逆手によって振り抜かれた。

 直後、山王の間はおろかターリアさえも脅かしていた超常現象。

 氷震は鎮まり、獰猛な獣たち戦車も消え、フェリシアの変身は強制的に解除され。

 息を呑んだのはひとりじゃない。


「……っ」

「──フン」


 尻餅をついて驚くフェリシアの喉元に、切先を突きつけたまま不敵に見下ろすセラスランカ。

 形勢の逆転。

 しかし、それは溢れんばかりに畏怖を撒き散らした神威の()()を考慮しなければならず。

 腕が震えて、足から力も抜けて。

 数秒後に、手から得物を落とし。

 ガクッと崩れ落ちるセラスランカを見れば、勝負の結末が引き分けに終わったコトを皆が理解した。


「そこまでッ! この試合、ララヤレルンもメラネルガリアも見事であったッ! どちらが勝ったコトにするかは、今宵の感想戦を以って語り合おうぞッ!」

「「「うおおおおおおぉぉぉッ!!」」」


 ドシン! ドシン! ドシン!

 巨人たちの雄叫びと勝負の内容を讃える足踏み太鼓。

 今日の試合は終わった。

 俺は観客席から立ち上がり、すぐに試合会場に飛び降りる。


「あっ! ちょっ、メラン様!」

「おお、これはまた綺麗な放物線」


 クリスとカプリの声を背中にしつつ、フェリシアとセラスランカ、ふたりの元へ着地した。

 どよめきがあちこちから漏れるが、気にせず薬箱を開けて霊薬瓶を取り出す。


「フェリシア、特に怪我はないか?」

「あ──はいっ、私は大丈夫です!」

「じゃあセラス、これを飲めるか?」

「っ……なに? 薬?」

「そうだ。飲めば治る」

「……起こして、飲まして」


 四肢が麻痺しているのだろう。

 力が入らないらしいセラスランカの上体を軽く起こして、瓶を唇に添えた。


「ん──ン!?」

「どうだ? 飲めたか?」

「何これ! ちょっとアンタッ、私になにを飲ませたワケ!?」

「治ったみたいだな」


 大丈夫っぽいので、空になった瓶を箱に戻す。

 さすがはテレジアだ。

 精霊女王の涙(超希釈済み)を、きちんと有効利用している。

 材料が材料なだけあって、どんな傷もたちどころに癒えると来た。


「カラダがポカポカする……なんか肩凝りとか、冷え性まで治ってる気がするんですけど!?」

「良かったな」

「セラス! 無事……なの?」

「お、ティアも来たか」

「ラズ──メランズール殿下。これはいったい……?」

「ララヤレルンが経済的に潤ってる理由だよ。後でいろいろ教えるから、とりあえず落ち着いてくれ」

「……分かったわ。セラス、立てる?」

「ええ」


 ティアが姉を助け起こそうとしたら、セラスはエビみたいに跳ねて手を使わず立ち上がった。

 周囲からまたもどよめきが聞こえる。

 特に、小国家連合から驚愕が大きい。


「……図らずも、同盟のメリットを見せたみたいになっちまったな」

「いいんじゃない? 昨日は結局、取り付く島もなかったみたいだし」

「さすが、メラネルガリア」


 トーリー王とザディア宰相が、なかなか苦戦している事実をすでに知っているとは。


「驚くコトじゃないわ。彼ら、特に隠す気とかないみたいだし」

「そりゃそうか。フェリシア、立てるか?」

「あ、はい。ありがとうございます、先輩……」


 手を貸して、フェリシアを立たせる。

 すると、セラスがフェリシアの前に立った。俺を押し退けて。


「おい」

「デッカいわね。昔はそんなに変わらなかったのに」

「そうかしら? 昔も今も、たくましいのは変わらないと思うわ」

「ティアッ! なぁに勝手に腕をサスサス摩ってんのよ!」

「この腕でお姫様抱っこされたのよね」

「うっざッ! あざとッ! 我が妹ながら、なんてはしたない女なのかしら。ねぇ、そう思わない?」

「え?」


 姉妹のじゃれあい(俺を挟む)を見て、戸惑ったように固まっていたフェリシアへセラスが話を振った。

 さっきまで戦っていて、しかも本人的には負けたと考えていそうな感じなので、まだ少しショックから抜け切れていないようだ。

 そんなフェリシアに、セラスは手を差し出した。


「言ったでしょ? 剣を交える前に情は交わさないって」

「あ、はい……えっと?」

「握手よ握手。急に鈍くなる子ね? それとも、私とは仲良くしたくない?」

「! いっ、いえ!」


 慌てた顔で手を握る。

 その上に、ティアがしれっと手を乗せた。


「ちょうどいいから、私も便乗させてもらうわ」

「はー? アンタはまだ戦ってないでしょうが」

「巨猪姉と違って、私は剣を交えずとも文明的かつ友好的にファースト・コミュニケーションが取れるの」

「誰が巨猪姉よ」

「セラス以外にいないわ。ねぇ、そう思うでしょフェリシアさん。フェリシアさんって呼んでいいかしら?」

「あ、えっと、はい!」

「ほぅら、フェリシアさんもセラスが巨猪(ダエオドン)的だって認めたわ」

「え!? ち、違いますよ! いまのは呼び方のほうを──」


 そこで、フェリシアがふたりの顔に気がつく。

 セラスもティアも、ただフェリシアを揶揄っていただけだ。

 息を溢すように笑い、ふたり同時に「「冗談よ」」と肩を竦める。


「そんなに緊張しなくていいわ」

「引け目に思う必要もないわ」

「私たちはダークエルフ。種族の掟に従って」

「強い者には相応の敬意を払う」

「なかなかの難敵に、ちょっと冷や汗が止まらないけどね」

「セラスに勝った以上、序列は決まったもの」

「は? いやべつに、私の完全な負けってワケじゃないでしょ……」

「そうかしら? まぁ、それは今夜の感想戦で明らかになるわね」

「この妹は……姉に対して辛辣すぎない?」

「そんなワケだから、これからよろしくお願いするわね、フェリシアさん」

「フン。よろしくね、オウルロッド」

「────はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 女たちが儀式を終えた。

 俺は「うんうん」と頷き、「それじゃ、三人も仲良くなって来たところで、そろそろ戻るとするか」と後ろを向く。

 が、


「ちょっとラズワルド? わざわざ客席から飛び降りてまで心配したクセに、歩かせて帰る気?」

「…………え?」

「私とオウルロッドくらい、簡単に抱えられるでしょ──抱えなさい。お姫様抱っこで」

「この姉と来たら……」

「セ、セラスランカさん!?」


 ティアに対する嫉妬を隠しもせず、セラスは臆面もなく要求して来た。

 まだ観衆の目もあるのに、とんでもない発言。

 フェリシアが慌てて「私なら普通に歩けますので……!」と言うが、


「あら。なら、代わりに私がお姫様抱っこしてもらおうかしら」

「いやなんでだよ」

「だって、腕は二本あるんですもの」

「腕二本でどうやってふたり一気にお姫様抱っこするんだよ」

「ダ、ダメです! う〜!」


 俺のツッコミはその場の全員に無視された。

 ティアがちゃっかり、フェリシアの権利を奪おうとしたのでフェリシアがガシっとこちらの右腕を取る。

 左腕はセラスがさらりと奪った。

 ティアはムッとしながら、「べつにいいわ。思い出は色褪せないもの」とスタスタ歩き出す。


 ……仕方がないので、いったん膝を着き、ふたりをそれぞれ肩に乗せるように担いだ。


「うっわ! 高いわね〜!」

「わっ、わっ! ちょっとこれ、怖いかもしれません……!」

「お姫様抱っこは無理なんだから、これで諦めてくれよ?」

「また次の機会を楽しみにしておくわ」

「……セラスランカさんは怖くないんですか?」

「馬で慣れてるし」

「俺は馬じゃないぞ」

「馬並みに節操無しではあるんじゃない?」


 ぐうの音も出なかったので、ムッツリ黙り込んで試合会場を出ていく。

 周囲からは、群青卿がふたりの見目麗しい戦士を讃えています! などの実況が聞こえた気がした。

 大闘技決闘会も二日目になって、ついに各国から娯楽的な楽しみ方を始める連中が出てきたようだ。

 緊張感が無いな、とは思いながらも、すべての兵士がウィンター伯やクリスのような人間ではない。

 ジャックとかも混ざっているし、ガス抜きはどこでも必要だろう。


「メラネルガリアは二戦目、三戦目をどうするんだ?」

「もうやらないわよ。役割は果たしたし、私以外に戦えるヤツもいないしね」

「そうか」

「あ、でも」

「?」

「アンタがメラネルガリアの代表戦士として出てくれるなら、このアホみたいな最強決定戦に最後まで参加してもいいわ」

「アホみたいって……」

「あによ。そうでしょ? こんなの、男のプライドそのものよ」


 言外に、ガンドバッハ王への痛烈な批判を含ませながら、セラスは「あー疲れた!」と両腕を伸ばす。

 人の肩の上でずいぶん自由なものだが、それにしても尻と太ももが大したものだ。


(お互いに成長したな……)


「先輩? セラスランカさんを支える手の位置が、少し際どくないですか?」

「そうか? まぁ、セラスのほうが重いからな。支えるのがちょっと難しいんだ」

「は?」

「最低ですね、先輩」


 ニッコリとハイライトの消えた笑みで耳を摘まれた。

 もちろん、両側から。


 どこかでジャックの「チクショー!」という叫びが聞こえた気がした。





────────────

tips:観戦席の兄弟巨人


 ララヤレルンとメラネルガリアの試合を観戦し、黒白の兄弟巨人は少なくない動揺に駆られていた。

 「まさか、起きている間に黄金瞳を見るとはな……」

 「神人か……父上も驚愕されている……」

 「アレで、初戦の代表戦士なのか……」

 「群青卿はそれよりも、さらに強いと見るべきだろうな……」

 「憤怒の剣もいるというのに、父上はオレたちに期待を寄せすぎる……」

 「……だが、戦いから逃れるワケにもいくまい」

 「そうだな、弟よ……」

 ガンドバッハ・ティタノモンゴットの子、モーディンとロフフェル。

 ふたりは王子であり、戦士であり、神具の継承者であり、我が身に伸し掛かる責任の重さを知っていた。

 ティタノモンゴットの王族として、選ばれし戦士として、その責任から逃れるワケにはいかない。

 たとえ戦いが好きではなく、神具を扱うたびに摩耗する己を自覚していたとしても、彼らは愛していた。

 愛されたから愛したのではない。ただ愛していた。

 「霊廟にいる友は……やめろと言うだろうが」

 「……同じコトだ。あのふたりにとって、罪が永遠であるように」

 「オレたちの責任も、永遠だな」

 だが、兄弟は「もしも──」とは思わざるを得ない。

 もはや夜毎に、繰り返される夢の内容は決まっていても。

 もはや夢とは、在りし日の█の記憶に過ぎずとも。

 こうして目蓋を開けて、自分が自分である事実にホッとする今日を迎えているあいだは、夢に想い描く。

 「「願わくば、オレたちの友だちが少しでも前を向けるように──」」

 モーディンとロフフェルがあのふたりと友になるのを、ティタノモンゴットは好まなかった。

 罪人の烙印は、古代から変わらぬもの。

 しかし、友情は結ばれた。なら止められない。

 友だちの未来に幸あれと望むのは、種族が異なろうと性別が異なろうと言語が異なろうと、決して違わない絆なのだ……

 「群青卿と、話をしてみるか」

 「ああ……向こうもオレたちに、用があるらしいからな」



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