#316「封祠堂の怪異」
夜の感想戦まで、時間がある。
今日の試合はメラネルガリアとララヤレルン、双方の力を示すコトが重要だった。
その目的はどちらも充分に達成できただろう。
なので、夜の感想戦ではどちらが勝ったコトになろうが、同盟締結に関する失点は特段無い。
メラネルガリアはすでに俺たちの味方だし、国際的な発言力も担保された。
群青卿としては、「よかったよかった」で終えていい話である。
が、俺個人としては少々問題が残っていて。
あの後、ティアに呼び出された俺はこう宣言されてしまった。
「夜は本気で行くわ」
「え?」
「私たちが争い合うのは、ラズワルド君。貴方よ」
「えーっと……マジで?」
「セラスも言ってたでしょう? ラズワルド君をうちの代表戦士……いいえ、違うわね。テルーズ女王に次ぐ正式な共同統治者、『副王』の立場に据えようと思うの」
「いやいや……」
「安心して? 特に迷惑はかけないわ。ただラズワルド君に、メラネルガリア王族としての肩書を正式に背負い直して欲しいだけ。実務とかは、ちょっとくらいしか求めないから」
基本的にはララヤレルン太公のままで構わない。
ララヤレルン太公にしてメラネルガリア副王、メランズール・ラズワルド・アダマス。
ティアはそう言って、本気で俺を〝メラネルガリア人〟に戻そうとしているようだった。
副王。副王?
なんだかどんどん、外堀を埋められていく気がする……
「つまり、試合の勝利を譲る代わりに求めるのが、それ?」
「まぁ、そうなるわね」
「そっちが勝ったコトにした場合は……?」
「勝利の褒賞として、普通に同じ要求を通すわ」
「Oh……」
俺は天を仰いだ。
「とりあえず、そのへんはカプリと話し合ってくれ……」
「あの唄うたいのヒト?」
「そう。あの羊頭人。アイツがうちの大臣だから」
「口の巧そうなヒトよね」
分かったわ、とティアは頷き、今夜は主にティアVSカプリの流れになりそうだった。
他国がどう干渉してくるかは知らないが、同盟締結に関わる対立軸同士の戦いではないので、そう大した問題は起こらないだろう。
俺がジワジワと、真綿で首を絞められるように追い詰められているだけだ。
そんなこんなで。
ティアとふたりで昼食を終えた後(ちょうどいいからと付き合わされた)、俺は仲間の元へ戻って夜までどう過ごすかを検討した。
フェリシアはセラスに連れて行かれ、俺との出会いやリンデンでの諸々の話を聞き出されている。
カプリはティアの件を伝えたら、「では一応、先方と軽く打ち合わせをしておきますかな」と調整に向かってしまったし。
トライミッドは昨日から引き続き、小国家連合をこちら側に引き込もうと忙しそうにしている。
第一印象が悪かったせいで、どうもかなり難航しているようだ。
いくら論理的にメリットを提示しても、「連合王国は利でしか人を見ていない」などと主張され、信頼の構築に時間がかかっている。
ならば、俺も一緒に交渉の席に座ろうかと提案もしたが、それはトーリー王に断られた。
「彼ら、どうも様子が妙でね」
「妙?」
「最初は魔物の力を持つキミを、恐れているだけかと思ったんだ」
けれど、どうもそれだけではないように見える。
トーリー王は言った。
「まだハッキリした理由までは分からないんだけど、ともかく彼らがキミを緊張の目つきで見ているのは間違いない」
「緊張……」
「そうだね。あるいは嫌悪とか、憎悪なのかな。キミには歯に衣着せぬ言い方で申し訳ないケド」
ありえる話だった。
むしろ、トライミッド連合王国や今のメラネルガリアが、これまでの常識からしたら異常なのであって、俺のような存在を受け入れられる者は既存世界に少ない。
だからこそ、俺はララヤレルンを作ろうと思ったワケだが。
トーリー王にそう言われてまで、無理に交渉の席に立つのも足を引っ張るだけだ。
ちなみに今日は、リンデン組も交えて交渉に臨むらしいので、ルカもウィンター伯も姿は見えない。
アイナノーアはベッドで寝てるし、ダァトのドワーフ親子は特に親交があるワケでもない。
聖地の人間は国境前での一件以来、特に問題らしい問題を起こしていないし、灑掃機構も不気味なほど沈黙を保っている。
そうなってくると、俺の目は自ずと星辰天秤塔か巨人たちに向いていくワケだが。
星詠みの天使たちは大闘技決闘会か感想戦以外では、ずっと自分たちに割り当てられた区画で籠っている。
そして、つい先ほど。
俺のもとには例の死霊が戻って来ていた。
ガンドバッハ王の息子たちに送ったメッセンジャー・アンデッドである。
モーディン王子とロフフェル王子は、どうやら俺との対話に合意してくれたようだ。
場所は向こうから指定された。
「あの古代遺跡、〈ギニェルガーブの封祠堂〉って名前らしいぞ」
「やっぱり、何かを封印してる場所なんですね」
「祠堂ってついてるから、祀ってるっぽくもあるけどな」
なんにせよ、あの謎の古代遺跡の足元で、俺たちは密会するコトになった。
クリスとともに、吹き抜けになっているエリアまで移動する。
兄弟巨人の指定では、あそこであれば俺たちが勝手に別のフロアへ移動したとは言い切れないし、下の階層であれば巨人サイズでもある。
ややグレーゾーンな理屈ではあったが、この感じだと彼らも彼らで人目を避けて話したいコトがあるみたいだな。
風が強くなり、前髪が煽られる。
到着した。
やはりこのあたりは寒さがキツい。
人気も少ないので、密談にはもってこいでもある。
柵から下を見下ろして、まだ兄弟の姿は無さそうなのを確認しながら、よっこらせ、と飛び降りようとして。
「ちょっと……!」
「うぉっ、なんだよ?」
「ナチュラルに飛び降りようとしないでください! 僕を置いていく気ですか?」
「このくらいの高さなら、平気だろ?」
「怪我をしますよ!」
目測およそ三十メートル以上。
むしろ怪我で済むのかと改めてクリスの異常性を再確認しながら、仕方がないので異界の門扉を開ける。
見える位置なら開錠範囲内だ。
「最初からそれでお願いします」
「へいへい」
小言を軽く聞き流し、上を見上げて降りてきたコトを念のため確認。
横を見れば、カラダの三倍ほどはある太ましいロープ。
張られている位置が俺らからしたら高いので、特にかがまずに簡単にくぐるコトができる。
もっとも、当然くぐったりなどしない。
その外側をグルグル歩いみるだけだ。
ティタノモンゴットにある物は何もかもが大きいので、反対側に兄弟巨人が隠れてしまっている可能性も否みきれない。
物音を立てないように注意しながら、封印の内側には決して入らないようにしつつ一周してみた。
「まだいないな」
「通路は三つでしたね。彼らが来れば、どれを通って来るにしても足音で分かると思います」
「もう一周してみるか」
「メラン様?」
クリスに訝しまれつつ、俺は今度は〈ギニェルガーブの封祠堂〉を注視しつつ封印の外側を歩く。
後ろからクリスが、「あんまりウロウロしないほうが……」と言ってくるが、実はさっきからまた視線を感じていた。
一応、ロープと鉄柱の中に入らなければ問題は無いと思うが、得体の知れないナニカに覗き見されたまま密談に臨むのも気持ち悪い。
クリスが怖がると思うので、ハンドサインで「まぁ、ついて来い」と合図する。
「なんなんです?」
「散歩だよ、散歩」
「……遺跡に、何かいるんですか?」
「どうだろうな?」
さすがに勘づかれてしまったが、俺もまだよく分かっていないので首を傾げつつ散歩を続ける。
そのときだった。
三つある通路の内、ちょうど反対側のひとつから足音が聞こえてきた。
「あ、来たみたいですよ」
「だな」
「とりあえず、戻るでいいですか?」
「ああ」
遺跡にいるナニカは気になるが、兄弟巨人に聞けば正体が分かるかもしれない。
いったん来た道を戻り、クリスともども足音を迎えに行く。
が、
「……あれ? いない? 聞き間違い、じゃないですよね?」
「──そうだな。俺の耳にも、たしかにこの通路から足音が聞こえた」
なのに、誰もいない。
困惑する俺たちに、再び、今度はまた反対方向から足音が聞こえてくる。
「オイオイ……嫌な予感がして来たぞ?」
「メラン様、とりあえず確認のため、あっちに行ってみますか?」
「……あー、そうだな」
嫌な予感が膨らんできたが、さっきのは聞き間違えで、今度こそ兄弟巨人が姿を現した足音かもしれない。
違うよな、とは思いながらも歩いていく。
封印の内側には決して足を踏み入れていない。
が、封祠堂を迂回して通路が視界に入ると、またしてもそこには誰もいなかった。
「……メラン様。罠です」
「嵌められたって? 動機はなんだよ?」
「メラン様と戦うのを恐れ、ティタノモンゴットは罠を張ったに違いありません!」
「落ち着けって、クリス。べつに俺たち、閉じ込められたとかそういうワケじゃないぞ?」
門扉は開錠可能だった。
実際に開いて見せる。
開けた先は上の階。次にララヤレルン。
うん。いつでもどこでも、この場を脱するコトは容易だ。
「これは罠っていうより、この〈ギニェルガーブの封祠堂〉にいるナニカの仕業だと思うぜ?」
人間をからかい、イタズラを仕掛ける怪異の類だろうか。
こちらの感覚を狂わせて、封印を──境界を破らせようとしているような、そんな作為を感じる。
だが意識をしっかり保てば問題ない。
「気をつけろ、クリス。こういうのは落ち着いて、冷静に何もしないコトが正解なんだ。焦ったり慌てたりして闇雲に動くと、それが事態を悪化させる」
「は、はい……ですが何故、あの兄弟はこんな場所を……」
クリスのなかでは、疑念と猜疑心が湧き上がっていくようだった。
そのとき、またしても足音が聞こえる。
ドス、ドス、ドス。
三度目の正直か?
信じて通路を確認しに行くのはやめた。
これが本当に王子たちの足音なら、向こうだって俺たちが来ているかを確認するはずだからな。
ジッとしてしばらく様子をうかがっていると、足音は案の定消える。
兄弟巨人は現れない。
遅いな、とは思うが、ここで起こっている謎の現象はそれだけだ。
危害は特に無い。
「……ほらな?」
「アハハ……」
肩に手を置くと、クリスは少し落ち着いた表情で笑った。
「すみません、メラン様。僕、あんまりこういったモノには詳しくなくて……」
「気にするな。オマエの役割はそういうんじゃないだろ?」
「ありがとうございます。……思えばメラン様がそばにいるのに、不安になるのもおかしいですよね」
「オイオイ」
それは護衛の立場が入れ替わっちまってると思うんだが。
まあ、正直なのがクリスの良いところだ。
肩をポンポン叩くにおさめておく。
すると、
「群青卿。すまない、遅くなった」
封印の向こう側。
ロープと鉄柱の内側。
〈ギニェルガーブの封祠堂〉から、ふたりの巨人が姿を現した。
黒白の兄弟は遺跡の中から顔を出し、こちらに声をかける。
「こっちに来てくれ。中で話をしよう」
「あ、あれ? 通路から来るんじゃ……いつの間にあんなところに?」
「その封印なら気にしないでくれ。こちらのほうが人目を忍べる」
「メラン様、行きましょうか。さっきの足音のなかに、実は本物が混ざってたんですかね?」
「ッ!? 待て、クリスッ!」
あまりにも軽率。
あまりにも不用心。
普段のクリス・クレイコートなら絶対にそんな行動はしなかった。
だが、クリスはフラッと封印の奥へ足を向けて、ロープの下をくぐりかける。
あり得るはずがない。
兄弟巨人が俺たちより先にこの場所に来ていないのは、最初に確認したのだ。
その後に耳にした足音が、どれも怪奇現象だったのはふたりで確認している。
間一髪。
(やばいかっ!?)
気がついた俺が咄嗟に襟首を引っ張って引き戻したが、ロープの影にクリスの爪先が入ってしまったかもしれない。
──きっと、それがアウトだったのだろう。
「や っ と こ っ ち に き た」
「!? 狙いは、俺だけかよ──!」
巨大な爪が、クリスを弾き飛ばし俺を引っ掴む。
遺跡に潜んでいたモノが狙っていたのは、最初から俺だけだったようだ。
「……あ、あれっ? メラン様!? なんで!?」
軽度の錯乱から立ち直ったクリスが、最後に俺を見失って慌てふためく声を聞いた。
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tips:消えた群青卿
それから一分後。
兄弟巨人が封印の前に現れて、群青卿の近衛から事態の経緯を聞き、騒動が起こったのは言うまでもない。
「失礼ながら、モーディン王子、ロフフェル王子。これはララヤレルンを、罠にかけたというコトでしょうか……!」
「ま、待て。違う」
「我々も困惑している……」
「では何故、メラン様は消えたんですか! ここの遺跡に、なんらかの怪異が潜んでいたのは間違いないんですよ!」
「それが、おかしいんだ」
「この古代遺跡は、昔からここにあるが……」
「ただの伝統建築物で、中には何もいない。封印は老朽化が進んでいるから張られたものだ……」
「……子どもを躾けるために、ギニェルガーブというオバケが棲んでいるコトにはしているが」
「ああ、それはだが……若い親たちが作った、躾のための嘘で……」
「貴方がたは、本当にこの遺跡で人ならざるモノを見たのか……?」
「ッ! 現に僕の主人が、消えている……! 僕だってさっきまで、妙なモノを……クソっ!」
守るべき主人に守られる。
役割が逆転してしまった失態。
クリスは俯き、後悔から拳を握りしめて巨人王の息子たちに言った。
「至急、遺跡のなかを捜索する許可をください……! そうでなければッ、これはティタノモンゴットの仕組んだ陰謀だと……トライミッド並びにメラネルガリアへ報告するッ!」
「「!」」




