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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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314/344

#314「神人VS超人」



 試合開始の太鼓が鳴った。

 歓声や応援、周囲の視線をすべてシャットアウトし、フェリシアはまっすぐ対戦相手の目を見る。


(先輩の幼馴染さん……)


 翠色の鋭い目。

 黒曜石のように艶やかな肌。

 長い白髪は遠目からでも手入れが行き届いていて、胸の大きさは極めて女性らしい。

 もっとも、ダークエルフの女性は肉感的な体型に成長しやすいらしいので、あのくらいはメラネルガリアでは驚くような大きさではないのかもしれない。


(おっぱい……揺れたら痛そう……)


 これから戦うにあたって、フェリシアは素直に思った。

 セラスランカ・オブシディアン。

 昨夜の挨拶でも、ものすごい美人だと思った。

 ただ艶やかなだけ、ただ色香に溢れているだけでならば、フェリシアもべつに貧しいほうではないので負けるつもりはない。


 しかし、目の前で黒曜の長剣を抜き放たれるその動作。


 佇まい、姿勢、手足の動き。

 職業戦士のなかでも、一流と呼ばれる人種に特有の洗練された一挙手一投足。

 それがセラスランカの魅力を、驚異的なまでに増大させている。

 寄らば斬る、寄らずとも斬る。

 肉体が美しいのなんて当たり前だ。

 この女性は自分自身を、まるで一枚の刃のように鍛え続けているのだろうから。


 優れた刀剣が、ときに観賞に値する美術品と目されるのと同じように。


「超人、なんですもんね」

「そうよ? ま、そのくらいはラズワルドから聞いてるわよね」

「はい。でも、先輩が知ってるのは昔のセラスランカさんですから」

「あら。事前の情報は鵜呑みにせず、きちんとこの場で見定めようって感じ?」

「そうですね。私も、見定められるつもりでここにいるので」

「──いいわね」


 いいらしい。

 ゆっくりと距離を詰めながら、ジリジリと近づいてくる鋭い戦意。

 そこから注意深く、相手の間合いに入らないよう斜めに下がりながら、フェリシアは杖を袖から落とした。

 地面に落ちる前に、右の手のひらでしっかり握りしめる。


「貴方、刻印騎士団なんですってね」

「はい」

「その杖と短剣、どっちが印具なの?」

「すいません。教えません」

「あら、そう。可愛い顔して、意外と意地悪なのかしら」

「セラスランカさんのお顔は、とっても綺麗です」

「…………アイツが選んだ女なだけあるわね」


 やや「うげっ」という顔になって、セラスランカが不意に剣を持ち替える。

 そして、ごく自然な動作で今度は逆向きに構えを取った。


(両利き? それとも、左右どっちでも同じように剣を扱えるよう鍛えてある?)


 セラスランカの脅威度を一段階上に設定し直しながら、フェリシアは様子見を続けた。

 戦士と魔法使いが戦う時、有利なのは圧倒的に魔法使いだと語られるが、戦士が超人であるなら話は別だ。

 どちらも魔力を持っているのは変わらない。

 ただ魔力の使い方が、内と外とで違う方を向いているだけに過ぎない。

 どんな異常織、どんな摩訶不思議が飛び出てくるかは、対等に分からない。


 しかし、超人はその生涯で求道的な鍛錬を積むため、通常は一戦技しか修得しないと云われている。


 手数に優れ、万能性にも優れる魔法と。

 手数に劣り、種が割れれば対策も練りやすい超人戦技。


 クリスとの修行は、フェリシアにも学ぶところが多いものだった。

 睨み合いを続け、フェリシアはセラスランカが手の内を晒すのを待つ。

 それが向こうにも伝わったのだろう。


「魔法は使わないの? ずっとそうして距離を取り続ける気?」

「いつでも攻めて来て構いませんよ」

「うっわ。明らかにカウンターする気満々の発言じゃない、それ」


 でも、と。

 セラスランカは足を止め、構えを解く。

 長剣を肩に担いで、周りの視線を意識させるようにグルリと首を回し──隙をわざと晒す。


「私たちのこの試合、どういう意味を持っているかは分かっているんでしょう?」

「……」

「昨日の試合で、私たちは最低でもアレと同程度の力を示さなければ、この同盟会談で一段も二段も劣った発言力しか認められない」


 ガンドバッハ・ティタノモンゴットは、典型的な北方大陸人らしく〝確かな強さ〟に価値を認める。

 黒白の死世界、厳寒の荒れ野で生きていくには、それだけが希望となるのだと識っているがために。

 だから、ここでフェリシアとセラスランカが惰弱な戦いぶりを見せてしまえば、もはやララヤレルンもメラネルガリアもまともに相手をされないだろう。


「私たちはもう味方同士だけど、昨夜も言った通り本気でやらなきゃ」

「感想戦に備えている方たちの、足を引っ張るだけですよね」

「ええ。分かってるじゃない。なら、どうするの?」


 誘われている。

 完全に、向こうもカウンター狙いだ。


(先輩の話じゃ、セラスランカさんの超人戦技はたぶん真空を作り出す斬撃って話でしたけど……)


 この同盟会談で再会した後、セラスランカがメラネルガリアで対魔法・魔物・異界のアンチエネミー。

 すなわち、天敵という意味で尊敬を集めているという情報も入手してくれた。

 ただ真空を作り出すだけの斬撃で、そんなコトが叶うはずがない。

 魔法で挑むのは不利かも? けれど、この身は魔法使いだ。

 直前まで、本物の魔女に魔法の手解きも受けた。恋人だって見ている。

 だったら……


(やるのか、フェリシア?)

(はい。やります)


 内なる女神(ミナ)からの問い掛けに、是と答える。

 セオリー通りの戦法ではなくなってしまうし、こんな形で誘いに乗れば、堪え性のない女だと思われるかもしれない。

 だが、どのみち全力を尽くさなければ、昨日の試合と比べて見劣りは避けられないだろう。

 本当はもっと、普通の魔法使いらしく勝ちに行きたかっけど。


(この場で普通(それ)は、たしかに弱気でした──!)


 唱える。


「“白き風と(マグナ・)黒き智慧の(マテル・)夜女神(ミナ)”」




 ────────────

 ────────

 ────

 ──




 氷震が始まった。

 ティタノモンゴットの王宮、巨人たちが築き上げた巨大な岩城。

 荘厳なる銀嶺に(うず)もれ、深溝高塁(しんこうこうるい)銅牆鉄壁(どうしょうてっぺき)を謳いしその名はターリア。

 エルノスの三種族や、ダークエルフでさえもこれほどの砦は建築できない。

 それほどの偉容を誇る。


 ──だが、いまや巨人たちは動揺していた。


 偉大なるターリアが震え、銀嶺が全身で(おのの)き、山王の間を中心に大量の水分が急速に冷凍されていく。

 地中、地表に氷河が生まれ、氷山が盛り上がり、氷塊が形成され、あまりに急激な環境変化。

 ほんのわずかな土壌の水分すらも凍結・膨張を強制され、あちこちで亀裂──ひび割れによる振動が繰り返される。

 それらは崩壊と新生を繰り返す。


 氷河性地震(アイスクェイク)弾性波亀裂(フロストウェーブ)


「ターリアを……破壊するつもりか……!?」

「試合を止めろッ! あの娘は危険だッ!」

「待て! 慌てるな!」

「ティタノモンゴットはこの程度で崩れないッ!!」

「信じろ──!」

「それに……誰がアレを止める……!」


 動揺はまさしく、氷震のように広がっていった。

 巨人たちだけでなく、ほか諸外国もまた試合会場に注目している。

 彼らは少女を見た。

 つい一瞬前まで、ただのエルノス人に見えていた少女。

 群青卿がララヤレルンから、初戦の代表戦士に選んだ魔法使い。


 名は、フェリシア・オウルロッド。


 しかし、その姿はもはやニンゲンのそれでなかった。

 廓大する黒白の大地。

 吹き荒れる北の荒れ風。

 渦巻く凍気のヴェールをまとって、少女の背には一対の翼が生えている。


 黒土の翼と白雪の翼──左右で異なる両翼を広げ。


 側頭部からは、黒と白が入り混じった斑らの飾り羽。

 足はふくらはぎの下部からフクロウを思わせる対趾足に。

 腕には肘の先から羽毛が生え揃い、手と足どちらにも鋭い鉤爪が備わっていた。


 半人半鳥(ハーピー)


 知識のある者は、咄嗟にその異界生物の名を浮かび上がらせる。

 然れど、吹雪の奥に光をひとつ。

 黄金に輝く神性の証明を目にすれば、己が愚考をただちに後悔しただろう。


 ガンドバッハ王が目を見開いて叫んだ。


「上古の……先の時代の神か……!」

「いいえ。私はあくまで、憑代に過ぎません」


 隻眼の黄金瞳。

 色を変えたのは右眼だけ。

 神人である事実を衆目の前に晒け出しながら、少女は静かに否定した。

 それを見ながら、セラスランカは冷や汗を流す。


(とりあえず、本気を出させるコトには成功したけど──予想よりとんでもないのが出てきたわ)


 さっきの詠唱は一見、魔法のようでいて実際は異なる。

 本質は変身のための解号。

 魔力は自己暗示くらいにしか消費していないだろう。


「ラズワルドと似てるわね……」

「え、ほんとうですかっ?」

「で? それで終わりじゃないんでしょ?」


 ムカついたので、無視して継戦モードを維持する。

 ただの変身だけで、ララヤレルンの発言力は充分に担保された。

 それを目の前の神様擬きが分かっているかいないか知らないが、メラネルガリアがこのまま素直に敗北を認めるとは思わないで欲しい。


 これは決闘を模した試合なのだ。


 好いた男に、成長を見せつけるチャンスでもある。


 ならば怯えはしない。

 呼吸(いき)はアツく、戦意(こころ)は研ぎ澄まされる。


「魔法でも権能でも、さっさと出しなさい。小娘」

「──さすが、先輩の幼馴染さんですね。それでは」


 行きます。

 宣言より先に、セラスランカは動いた。





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





 縮地──神足通。

 超人戦技のひとつ。

 尋常ではありえない速度で彼我の距離を埋める高速歩法。

 メラネルガリアの〈学院〉で見たときよりも、さらに速度と距離を伸ばしたそれを見て、俺は「おお……」と呻かざるを得なかった。


「セラスのヤツ、アレクサンドロ並みに速くなってやがる……」


 フェリシアの意表を突き、不意を打つ背後への回り込み。

 振りかぶられた黒曜石の長剣が、容赦なく神人の翼を切り裂こうとして、けれど。


「──なるほど。そういう呪文にしたのか」


 黒き鋭刃は虚空を薙ぐに留まった。

 刃が届く前に、呪文が紡がれるほうが早かったのだ。

 フェリシアと言えば、やはり。





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





「“獣よ駆れ(キルケ・)汝らを狩る(ディアナ・)女神の戦車を(ケリュニティス)”ッ!」

「チッ──!」


 動物魔法が詠唱され、フェリシアの足元、真黒い凍土塊から獰猛な獣が姿を現した。

 雌狼、夜梟、大蹄大野牛、白竜。

 それらが一斉に数を増して、己が主人が騎乗するに相応しい夜色の戦車を牽引する。

 独創呪文(オリジナルスペル)

 しかも、明らかに神性由来。

 荒ぶる獣たるドラゴン、竜種すらも使嗾するとは人間に許された死生観ではない。

 セラスランカは魔法使いではないが、魔法の効力が呪文に対する理解力如何で変わるのは知っている。


「まったく──これでまだ、刻印魔法(奥の手)があるなんてね──!」


 戦車が迂回し、再びセラスランカの元へ戻ってくる。

 ただし、その突撃は生命の熱を奪う白き風をも伴い、霧氷に触れれば肉体が壊死し強制的に土へ還らされるだろう。

 一瞬の接近によって、セラスランカは長剣がボロボロと砕け散っていくのを確認する。

 武器の破壊。

 つくづく、似ている。


「降参するなら、今の内です……!」


 セラスランカが得物を失ったコトを、勝機と見たのだろう。

 戦車の速度を緩めず、畏るべき神威を放ちながらフェリシアが言い放つ。

 観衆もまたララヤレルンの勝利を悟り、メラネルガリアに対する憐憫の息を漏らした。


 が、


「悪いわね。あいにく、私の剣はもともと脆いのよ」

「!?」


 黒曜石の長剣を、再び手にして。

 オブシディアン家相伝の血統魔術を発動したセラスランカは、「最悪、全治何ヶ月かしら?」と考えながら──行った。





 〝既存秩序斬殺(其の法則を斬る)






────────────

tips:霊廟にて死霊を見た者たち


 「会って話がしたい……?」

 「……これは、群青卿か」

 「罠、だろうか……」

 「闇討ち、か……?」

 「分からん。たしかあの男は、友よ。オマエたちと──」

 「いいえ、違いますよ」

 「……」

 「僕たちはもう、違うんです。祖国と関係があってはいけないし、関係を持とうとしてもいけない」

 「だが……」

 「罪は裁かれた。そうではないのか」

 「いいえ。罪は永遠です」

 「わたくしたちは、永遠に許されてはいけない」

 「「…………」」



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