#310「晩餐と感想戦」
感想戦の夜がやって来た。
昼間とは打って変わって、山王の間はとても大掛かりな晩餐会場になっている。
もっとも、種族差によりサイズ感の違いはそれぞれあるので、同じ卓を囲っているワケじゃない。
各国・各陣営、それぞれ適当な席を用意されていて、中心にある超巨大な大皿から同じメニューを楽しむ形式だった。
巨角王冠篦鹿。
太古洞穴熊。
野生味溢れる鹿肉と熊肉が、今夜のご馳走らしい。
それが何頭も山のように積み上げられていて、巨人たちと俺たち全員の胃袋を満足させるのに、充分な量が調理済みだった。
「どのような客であろうとも、我らはもてなす! さあッ、喰らえぃ!」
「「「うわっはっはっはっはっ!」」」
巨人たちは豪快だ。
一軒家や小屋と見紛う大きさのジョッキを片手に、波々注がれた酒が溢れるのも構わず乾杯する。
「席が離れてて良かった。近くにいたら、一瞬でびしょ濡れだ」
「巨人族の肝臓は、我々のものと比べ物になりませんからな」
「先輩じゃ、きっとすぐに潰れちゃいますね」
「メラン様って、お酒弱いんですか?」
「下戸だ」
意外だ……
周囲にいる連中で、俺が酒に強くないのを知らないヤツらがいっせいに同じ反応をした。
とはいえ、急性アルコール中毒で死んだとしても、俺の場合、すぐに蘇生するんだろうけどな。
だからと言って、馬鹿みたいに酒を飲みたいとも思わないが。
「しかし、こんな時にも水を飲むのは感心しないな〜」
「群青卿。せめて果実水くらいは飲んだらいかがです?」
「あー、じゃあ、冬橘のをもらおうかな」
肉ばかりで口がコッテリしそうなので、爽やかな味を求めて柑橘系を汲んでもらう。
トーリー王が手ずから、注いでくれた。
「悪いな。こっちも注ぐぞ」
「いやいや、気にしないでくれ。ボクはウィヌに注いでもらうから」
「なんで私が」
「ウィヌ。いいだろ〜? キミだけがボクの癒しなんだ」
「キモい」
「ウィヌ〜!」
トーリー王は酔っ払ってはいないのだろうが、ウィンター伯へ絡んでいった。
男同士だが、ふたりは幼い頃からの仲だというし、きっと深い友情があるんだろうな。
ちょっとホモ臭くて、ザディア宰相もハラハラした目でふたりを見ているが、それはさておき。
ガンドバッハ王は感想戦を始める前に、まずは純粋に晩餐を楽しむ時間を設けてくれた。
と言っても、いざ感想戦──権益交渉が始まってしまえば、王や代表は満足に晩餐を楽しめない。
これは古代でも同じで、最初の三十分くらいは料理と酒に集中するのが慣わしらしい。
全体の様子を見ると、どこも豪快な肉料理に面食らいながらも、舌鼓を打ち始めている。
(一番盛り上がっているのは、やっぱりトライミッドだけどな)
試合に勝利したアイナノーアを讃えて、即興の歌なんかも聞こえてくる。
次に盛り上がっているのはティタノモンゴットだ。
巨人たちは今日の試合、敗北という苦渋の結果を受け止めたはずだが、ひとたび宴となれば心から楽しむ気質なのか。
あるいは初戦の結果など、初めからどう転んでも構わなかったのか。
余裕のある様子で、どんちゃん騒いでいる。
対照的に、静かに食事をしているのは星辰天秤塔。
自称占星術師の天使たちは、これでようやく本来のスタンスに立ち戻れると言わんばかりに隅っこで大人しくしていた。
あれだけの力を保有していることが判明したので、あいにく、どの国からも警戒と畏怖を注がれているが、そんな視線も無視している。
次いで静けさに満ちているのは、小国家連合。
ルナールの男を中心に、彼らはティタノモンゴットと最も近い席に固まりながら、身を寄せ合ってヒソヒソ話していた。
時折りトライミッドをチラチラと見ながら、今のところはやはりティタノモンゴット側に与するスタンスなんだろう。
が、彼らは今日の試合を受けて、聖地の連中にも興味を抱いているらしい。
トライミッドをチラチラ見ながら、その奥にいるパランディウムにも意味ありげな視線を投じている。
昔取った杵柄で読唇術を試みたところ、「至高の聖具」「灑掃機構」などの単語が飛び交っているのが分かった。
メラネルガリアに関しては、普通だ。
この晩餐会場で、盛り上がっても盛り下がってもいない。
アイツらにとっちゃ、この同盟会談に参加した目的はすでに達成したみたいなものなので、ここから先はもう、同盟後の行動になっていく。
先ほど、軽く今後について話したら、
「とりあえず、大闘技決闘会には一試合くらいは出るわ」
「マジで俺と過ごす時間云々を交渉する気なのか?」
「それもあるけど、いくら弱体化したとはいえ、このままじゃ大国のメンツに傷がついたままだもの」
「腐ってもダークエルフ、腐ってもメラネルガリアってところを証明してから、詳細を詰めさせて欲しいわね」
「侮られたままでは、事だからな」
セラスもティアも、テルーズも。
本格的な同盟の前に、実にダークエルフらしい意思表示を望んでいた。
すでにガンドバッハ王にも連絡済みらしい。
強気な姿勢と勝ち気な態度。
味方として本当に頼もしい限りだったが、それもあるけどて。
俺はちょっと、幼馴染の瞳孔が開きすぎていて怖かった。
「さて……では感想戦を始めるか!」
ガンドバッハ王がジョッキを飲み干し、鹿肉を食いちぎりながら立ち上がった。
山のようにデカい巨男は、少し声を張るだけでいっせいに耳目を集める。
「ではまず、余、ガンドバッハ・ティタノモンゴットが巨人を代表して、此度の試合の結果を語らせてもらおう! 勝者はエルノス人だ。異論はあるまい!」
ドシン! ドシン! ドシン!
巨人兵が賛同を示すように足踏みを繰り返した。
眉間に皺が寄ったのは、何も俺だけではないだろう。
昼の様子から、ガンドバッハ王がアイナノーアの勝利を認めているのは分かっていた。
だから、今夜の感想戦ではてっきり、ティタノモンゴットは幾つかケチをつけて、トライミッド側の勝利をギリギリなものだったと主張するものだと推測していたのに。
「意外ですね、ガンドバッハ王。ボクらの勝利を、まるまる認めてくださるんですか?」
「そうだ! 余は認めるべきものは認める! あの戦いは見事だった! 貶めようもない!」
「嘘だな」
気がつくと、テルーズが前へ出ている。
「ガンドバッハ王。いくらなんでも、貶めようもないは言い過ぎだ。トライミッドの席を見ろ。エルフの姫はいない。あの試合で消耗し、疲れを癒すためにベッドにいるからだ」
「ほほう? メラネルガリアはもう、完全にそっちに立つのか?」
「ああ。悪いが弟のおかげで、問題はアッサリ解決されたんでな」
「そうか! それは良かったな!」
「話を逸らすな、〈第五円環帯接続体〉」
ティタノモンゴットとメラネルガリアでは、呼び方が微妙に異なる。
しかし、意味合いはどちらも同じだ。
ガンドバッハ王とテルーズは、どちらも種族本来の寿命を持っている。
ただ両者に違いがあるとすれば、ガンドバッハ王のほうがテルーズより〈第五円環帯〉を知っている点か。
六千歳を超える年齢は、ガンドバッハ王がエリヌッナデルクだけでなく、〈崩落轟〉からの生き残りでものある事実を意味する。
外見も老人と幼女で対照的だ。
然れど、テルーズは堂々としたものだった。
「今日の試合、勝ったのはトライミッド。そこはメラネルガリアも認めよう。取り決めはあまりにも直前だったが、勝敗のルールを明確に定めて、正々堂々と決着をつけた」
「うむ!」
「だが、アレが本来の決闘、いいや戦争であったのなら──負けていたのはトライミッドだ」
「なんだとっ!?」
何処かからレオナルドの怒る声がする。
テルーズは一瞬、そちらに視線を向けるが……すぐにガンドバッハ王に向き直った。
「トーリー王! 異論はあるか?」
「ないね。テルーズ女王の指摘は正しい」
「そうだ。にもかかわらず、貶めようもないだと?」
いったい何を考えている?
「ティタノモンゴットは同盟に賛成の立場になったのか?」
「いいや、それは違う!」
「では何だ?」
「知れたコトよ! 余は息子たちの勝利を疑わぬだけ!」
「ほう?」
「……つまり、残る二戦でボクらに勝てば、今日の敗北を気にする必要はないと?」
「然り然り! ──だから喜べ、エルノス人。余がくれてやる。貴様らにとっては、最初にして最後の勝利を!」
うわっはっはっはっはっ!
「他に異論がある者はいるか!? いないのなら、今宵の感想戦は終わりだ!」
あまりに強引。
あまりにも自信過剰。
ガンドバッハ王は初日の感想戦を、あくまで挑発的に締め括った。
「ああ、明日の試合はメラネルガリアとララヤレルンにする! これは北方大陸で最も強きモノを決める戦い! 力を示さぬ者には、その口先にも力は宿らぬと知るがいい」
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tips:黒白の巨人兄弟と隠者ふたり
山王の間の騒がしさは、しばらくのあいだ収まるコトはないだろう。
人目を避け、喧騒からも距離を置くと決めたふたりは、ターリアの下層に移動していた。
ティタノモンゴットの王宮最下層には、過去の大戦で散っていった英雄たちが眠っている。
霊廟であれば、見つからない。
そう考えたふたりだったが、そこにガンドバッハ王の息子たちが姿を現した。
「ここにいたのか、ふたりとも」
「何もこんな陰気なところで、引き篭もる必要はないだろうに」
「そういうそっちこそ、今は感想戦なのでは?」
「代表戦士が、晩餐会に出席していなくて良いのですか?」
「あいにく、騒がしいのは苦手でな……」
「オレたちがいなくても、父は困らない」
「そんなコトはないと思いますが……」
「偉大な王の子どもに生まれると、常に己が卑小さを思い知らされる」
「だろ?」
やや気安く、片目を閉じて同意を求められ、隠者の片割れが困ったように笑う。
「僕の場合、父はすでに偉大ではなくなっていましたけれど」
「モーディン王子、ロフフェル王子、おふたりも充分に偉大かと存じます」
「ああ、すまない。よそう、こんな話は」
「オレたちも静かな場所で、ゆっくりしたかっただけなんだ」
霊廟の床に尻をつき、巨人の兄弟が互いにコメカミを抑えながら息を吐く。
「例の頭痛ですか?」
「薬は飲んでいらっしゃらないのですか?」
「飲んではいる。だが、効果が無くてな」
「病ではないんだから当然だ。これは呪いだよ」
そう。巨人の兄弟は呪われている。あるいは蝕まれている。
詳細を知っているふたりは、気の毒に思ってなんと声をかければよいのかを迷う。
それを察したのだろう。
兄弟は「気にするな」と微かに笑い、
「なに、所詮は頭のなかで、見知らぬ光景が浮かんでくるだけだ」
「胸の裡に、ワケも分からん焦燥感が湧き上がってくるだけだ」
それ以外には何もない。
しかしそれこそが、彼らを神の転生体と呼ばしめる最も大きな理由でもあった。
──いつかそのうち、自分が自分ではなくなるのではないか。
その恐怖と、彼らは今も静かに戦っている。
「神具を使うのを、やめましょう」
「今度、ガンドバッハ王にわたくしたちからも頼んでみます」
「「ありがとう」」
四人は友人と言える関係だった。




