#309「一勝と月」
山王の間を吹き荒れていた光と風。
ターリアをも震撼させた轟音と衝撃波。
聖雷と星渦の衝突は、時間にしてどれだけの空莫を生んだだろうか?
すべての観客が落ち着きを取り戻した頃には、第一試合の結果は決まっていた。
「わたくしの負けですね」
「……っ、く……アイナちゃん、大勝利……ッ!」
クルリと背中を向けて、試合場から立ち去る漆黒の天使。
一方で、地に膝を着いて息も絶え絶えになりながら、槍を頼りに意識を保つ白雷聖姫。
この光景を見れば、どちらに余裕があるかは明白だったが、事前に取り決めた勝負の内容に従い、勝利を掴んだのは誰が何と言おうとアイナノーアだ。
「担架を用意しろ!」
「プリンセスは負傷している!」
「急げ!」
「姫様……!」
「アイナッ!」
連合王国から、大勢がバタバタと駆け出す。
その様子を見守りながら、トーリー王は拳を握りしめてガンドバッハ王に言った。
「ボクらの一勝です」
「……フン。まだ夜の感想戦があるわ」
巨人王は負け惜しみを口にしつつも、玉座を立ち山王の間を出ていく。
だが去り際、彼はチラとアイナノーアを振り返り、
「エルノス人ながら、見事」
そう、賞賛を残した。
認めるべき戦士の誉れ。
讃えるべき英雄への敬意。
老いてはいるが、そこから目を逸らして醜態を晒すほど、愚かではないのだろう。
内心はかなり悔しくて堪らなそうだけどな。
初日から、すごい戦いだった。
「先輩。さっきの、どうでした?」
「驚いたよ。一瞬、エンディアが復活したのかと思ったくらいだ」
でも、すぐに見劣りした。
あの黒髪の天使がどれくらい本気だったかは分からないが、やはり死界の王の“荘厳鳥葬界”のほうが圧倒的だ。
アレは森羅斬伐が無かったら、どうにもできない代物だったからな。
それと比べて、今しがた目にした占星術……占星術でいいのか? アレ? ……よく分からんが、終わってみればそう大した被害は出ていない。
アイナノーアが相殺したというのも大きいが、余波がまったく大惨事を起こしていないのだ。
宙という発射装置を作り、そこから星を廻転させて収束させながら撃ち放つ。
やっているコトは大したものだったが、字面ほど中身は伴っていなかったように思う。
概念的な脅威も無さそうだったし、超規格外級の物理・質量攻撃と言ってしまっていい。
ただそのぶん、迎撃可能な距離も生んでしまっていて、職業戦士の視点から見ればお粗末な一手だと言う他ないかな。
少なくとも、俺が同じ能力を持っていたとしたら、決して切り札には選ばないだろう。
「まぁ、あっちは自称占星術師みたいだからな。戦うコトを本旨にしてないでアレなら、充分ヤバいと思う」
「そうですね。アレが彼女たちの標準能力なのか、それともさっきの黒翼の方だけの能力なのかで、こちらも対応策を考えておく必要がありそうです」
「……知ってはいましたが、なんでこのふたり、さっきの〝スタートレイル〟を当たり前みたいに受け入れているんでしょう」
「それはまぁ、経験の為せる技と言う他ありませんな」
「僕はもう驚きません」
ルカ、カプリ、クリスが何か言ってるが、仕方がないだろう。
俺だって人生のなかで〝大量の星が自分目掛けて降ってくる〟とか経験したくなかったよ。
でも、一度経験しちゃったら、もう元の人生観には戻れないじゃん?
むしろこれは、今この場にいる皆にとってめちゃくちゃ良い機会だったと思うね。
これから臨む戦いでは、きっとこのくらいの異常識は当然になる。最低でも、そのくらいの気構えでいてもらわないとキツイ。
「アイナノーアの負傷は、大丈夫そうか?」
「後で様子を見に行きましょう。意識はありましたし、担架にも乗らずに自力で歩いています」
「少し、フラフラはしてるみたいですね……」
「ええ。でも、大きな怪我はしていない」
聖槍トライデントは、所有者の身体機能を極限状況下でも維持可能にする。
逆に言えば、今の試合はアイナノーアを極限状況下に追い込むほどの激戦だったという証拠だが、それでも勝利を拾ったのは掛け値なしに尊敬に値した。
アイナノーア・エリン。
ここぞという時には、常に魂を光り輝かせる女。
魔物が相手なら、アイツは本当に心強い味方になる。
「とりあえず、一勝だな。価値ある一勝だった」
「ですが、まだ気は抜けませんぞ」
「感想戦もありますもんね」
「はい。しかしワタクシが言いたいのは、あの漆黒の占星術師が言っていた──」
──ティタノモンゴット側の推定最高戦力をトレースした結果と、同規模の攻撃を一度だけ放たせていただければと考えております。
「あの発言か」
「然り。あれが冗談でなければ、ガンドバッハ王のふたりの息子たちは、どちらもともに」
「神話級の武威を誇っているか」
「同等の権能なりを所持しているってコトですね」
「神具の継承者なら、そういうコトになるんだろうな」
俺たちは自ずと、ルカを見てしまった。
「……まぁ、皆さんが言わんとしているコトは分かりますよ?」
銀縁のメガネを手で掛け直し、ルカは「次戦は私ですからね」と淡々と頷く。
「安心してください。たしかに、私はアイナノーア様のように神話級の攻撃を凌ぐ技は持っていませんけど」
「持ってないのかよ」
「代わりに、違う手段を持っています」
「月の瞳の能力か?」
「ええ」
「未来視だろ?」
「おっとっと。実はそれだけじゃなかったんですよねぇ」
とりあえず、見ていてくださいよと。
ルカは飄々と自信ありげだった。
何だろう? 月の瞳が持っている能力と言えば、未来視に等しい演算能力のはずだ。他にもなにか、別の能力があったのか? いや待て。
「……そういえば、アイツが全部の目を開いているとこ、見たコトないな」
「いつも、私たちに気を遣って閉じてくれてますもんね」
「深淵的な気配、精神を汚染しそうな邪視だと思いますので、そのほうがありがたい」
「じゃあ、邪視系の能力で戦うってコトか?」
「ふふふ。どうでしょう……?」
ルカは謎に明言を避けた。
直観だが、こういう顔をしてる時のコイツは、なかなかエグい思考をしている場合が多い。
リンデンではよく、ポルターガイストとかをどれだけ効率的に水晶魔法で退治できるか、機械的な作戦を立案していた。
「あの、そもそもどうして月の瞳なんでしょうか?」
「ん?」
「瞳はまだ分かるんです。見た目が見た目なので……でも、月ってどこから?」
クリスが不意に、もっともな疑問を口に出す。
言われてみれば、それはたしかに気になる話だ。
月の瞳は大魔ではない。
だから異名も、他称ではなく自称だと考えるべきだが、これまではあの独特な存在感に納得が勝って、あんまり気にしてこなかった。
深淵の叡智、悪魔の頭脳、月暈の啓蒙光。
月の瞳といえば、このあたりのフレーズがセットになる。
月。月か。〈渾天儀世界〉でもいろいろ、月にまつわる曰くは多いが……
「アイツって、そもそもどうして魔物に転じたんだ?」
「ルカさんは、知ってるんですよね?」
「はい。契約してますからね。でも秘密です」
「秘密ぅ?」
「彼女にも他人に秘したい過去がありますし、みだりに言いふらしても気持ちのいい話ではありませんから」
ルカは固く口を閉ざした。
気になるが、人が魔物に転じる切っ掛けなんて、悲劇だと相場は決まっている。
機会があれば、そのうち打ち明けられるコトもあるだろう。
「分かった。とりあえず、ルカに秘策ありってところで、この話はおしまいだな」
そろそろトライミッドとメラネルガリア、両方と合流して今晩以降の話をしないといけない。
明日の対戦カードが、どことどこになるかも確認しないとダメだ。
今日の試合は、まだティタノモンゴットVSトライミッドの初戦が終わったに過ぎない。
明日はララヤレルンが指名される可能性もある。
俺たちは席を立ち上がり、皆のもとへ移動を開始した。
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tips:脳吸いの魔
その会話を、月の瞳は聞いていた。
人目を避け、人知れず千のまなこを開眼し、憎き叔父が放つ絶え間のない介入に抵抗しながら、人智を超越した思考演算を続けている最中。
かつて己が奈落に沈んだ経緯・原因に、ほんの数瞬ばかり脳のリソースを割く。
月の瞳と名乗る前、その女は『脳吸い』と呼ばれていた。
いや、もっと前には別の名前もあったが、自ら人としての生を捨てた以上は思い出すのも憚られる。
優れた知恵者の脳を啜り、その叡智を己が糧とし新たな瞳を得る邪法。
一族の中でも歴代最高と褒め称えられた叔父が、人魔転変の一端を解明した。
しかも、特定の魔物へ転じる術を、自ら実践し証明した。
一族の半数から、脳を啜り。
掟を破り、使命を捨てて。
許されざる裏切りであり、命を以って贖わせなければならない。
だが魔物へ転じた叔父は、もはや尋常の手段では決して報いを与えられなかった。
何をしても、すべて見透かされ。
ならば、残された道はひとつだけ。
一族は女に託した。
ゆえに、この身にはもはや器に収まり切らぬほどの月暈の啓蒙光。
身の毛がよだつのと同時に、冴え冴えとしたヒカリがもたらされ。
「……叔父上。貴様の身儘には、うんざりだ」
憎き敵と、同じ奈落へ沈んでいる。




