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ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部 宣戦編

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#309「一勝と月」



 山王の間を吹き荒れていた光と風。

 ターリアをも震撼させた轟音と衝撃波。

 聖雷と星渦の衝突は、時間にしてどれだけの空莫を生んだだろうか?

 すべての観客が落ち着きを取り戻した頃には、第一試合の結果は決まっていた。


「わたくしの負けですね」

「……っ、く……アイナちゃん、大勝利……ッ!」


 クルリと背中を向けて、試合場から立ち去る漆黒の天使。

 一方で、地に膝を着いて息も絶え絶えになりながら、槍を頼りに意識を保つ白雷聖姫。

 この光景を見れば、どちらに余裕があるかは明白だったが、事前に取り決めた勝負の内容に従い、勝利を掴んだのは誰が何と言おうとアイナノーアだ。


「担架を用意しろ!」

「プリンセスは負傷している!」

「急げ!」

「姫様……!」

「アイナッ!」


 連合王国から、大勢がバタバタと駆け出す。

 その様子を見守りながら、トーリー王は拳を握りしめてガンドバッハ王に言った。


「ボクらの一勝です」

「……フン。まだ夜の感想戦があるわ」


 巨人王は負け惜しみを口にしつつも、玉座を立ち山王の間を出ていく。

 だが去り際、彼はチラとアイナノーアを振り返り、


「エルノス人ながら、見事」


 そう、賞賛を残した。

 認めるべき戦士の誉れ。

 讃えるべき英雄への敬意。

 老いてはいるが、そこから目を逸らして醜態を晒すほど、愚かではないのだろう。

 内心はかなり悔しくて堪らなそうだけどな。


 初日から、すごい戦いだった。

 

「先輩。さっきの、どうでした?」

「驚いたよ。一瞬、エンディアが復活したのかと思ったくらいだ」


 でも、すぐに見劣りした。

 あの黒髪の天使がどれくらい本気だったかは分からないが、やはり死界の王の“荘厳鳥葬界フュネラティオ・コルニクス”のほうが圧倒的だ。

 アレは森羅斬伐が無かったら、どうにもできない代物だったからな。

 それと比べて、今しがた目にした占星術……占星術でいいのか? アレ? ……よく分からんが、終わってみればそう大した被害は出ていない。

 アイナノーアが相殺したというのも大きいが、余波がまったく大惨事を起こしていないのだ。


 宙という発射装置を作り、そこから星を廻転させて収束させながら撃ち放つ。


 やっているコトは大したものだったが、字面ほど中身は伴っていなかったように思う。

 概念的な脅威も無さそうだったし、超規格外級の物理・質量攻撃と言ってしまっていい。

 ただそのぶん、迎撃可能な()()も生んでしまっていて、職業戦士の視点から見ればお粗末な一手だと言う他ないかな。


 少なくとも、俺が同じ能力を持っていたとしたら、決して切り札には選ばないだろう。


「まぁ、あっちは自称占星術師みたいだからな。戦うコトを本旨にしてないでアレなら、充分ヤバいと思う」

「そうですね。アレが彼女たちの標準能力なのか、それともさっきの黒翼の方だけの能力なのかで、こちらも対応策を考えておく必要がありそうです」

「……知ってはいましたが、なんでこのふたり、さっきの〝スタートレイル〟を当たり前みたいに受け入れているんでしょう」

「それはまぁ、経験の為せる技と言う他ありませんな」

「僕はもう驚きません」


 ルカ、カプリ、クリスが何か言ってるが、仕方がないだろう。

 俺だって人生のなかで〝大量の星が自分目掛けて降ってくる〟とか経験したくなかったよ。

 でも、一度経験しちゃったら、もう元の人生観には戻れないじゃん?

 むしろこれは、今この場にいる皆にとってめちゃくちゃ良い機会だったと思うね。

 これから臨む戦いでは、きっとこのくらいの異常識は当然になる。最低でも、そのくらいの気構えでいてもらわないとキツイ。


「アイナノーアの負傷は、大丈夫そうか?」

「後で様子を見に行きましょう。意識はありましたし、担架にも乗らずに自力で歩いています」

「少し、フラフラはしてるみたいですね……」

「ええ。でも、大きな怪我はしていない」


 聖槍トライデントは、所有者の身体機能を極限状況下でも維持可能にする。

 逆に言えば、今の試合はアイナノーアを極限状況下に追い込むほどの激戦だったという証拠だが、それでも勝利を拾ったのは掛け値なしに尊敬に値した。


 アイナノーア・エリン。


 ここぞという時には、常に魂を光り輝かせる女。

 魔物が相手なら、アイツは本当に心強い味方になる。


「とりあえず、一勝だな。価値ある一勝だった」

「ですが、まだ気は抜けませんぞ」

「感想戦もありますもんね」

「はい。しかしワタクシが言いたいのは、あの漆黒の占星術師が言っていた──」


 ──ティタノモンゴット側の推定最高戦力をトレースした結果と、同規模の攻撃を一度だけ放たせていただければと考えております。


「あの発言か」

「然り。あれが冗談でなければ、ガンドバッハ王のふたりの息子たちは、どちらもともに」

「神話級の武威を誇っているか」

「同等の権能なりを所持しているってコトですね」

「神具の継承者なら、そういうコトになるんだろうな」


 俺たちは自ずと、ルカを見てしまった。


「……まぁ、皆さんが言わんとしているコトは分かりますよ?」


 銀縁のメガネを手で掛け直し、ルカは「次戦は私ですからね」と淡々と頷く。


「安心してください。たしかに、私はアイナノーア様のように神話級の攻撃を凌ぐ技は持っていませんけど」

「持ってないのかよ」

「代わりに、違う手段を持っています」

「月の瞳の能力か?」

「ええ」

「未来視だろ?」

「おっとっと。実はそれだけじゃなかったんですよねぇ」


 とりあえず、見ていてくださいよと。

 ルカは飄々と自信ありげだった。

 何だろう? 月の瞳が持っている能力と言えば、未来視に等しい演算能力のはずだ。他にもなにか、別の能力があったのか? いや待て。


「……そういえば、アイツが全部の目を開いているとこ、見たコトないな」

「いつも、私たちに気を遣って閉じてくれてますもんね」

「深淵的な気配、精神を汚染しそうな邪視だと思いますので、そのほうがありがたい」

「じゃあ、邪視系の能力で戦うってコトか?」

「ふふふ。どうでしょう……?」


 ルカは謎に明言を避けた。

 直観だが、こういう顔をしてる時のコイツは、なかなかエグい思考をしている場合が多い。

 リンデンではよく、ポルターガイストとかをどれだけ効率的に水晶魔法で退治できるか、機械的な作戦を立案していた。


「あの、そもそもどうして月の瞳なんでしょうか?」

「ん?」

「瞳はまだ分かるんです。見た目が見た目なので……でも、月ってどこから?」


 クリスが不意に、もっともな疑問を口に出す。

 言われてみれば、それはたしかに気になる話だ。

 月の瞳は大魔ではない。

 だから異名も、他称ではなく自称だと考えるべきだが、これまではあの独特な存在感に納得が勝って、あんまり気にしてこなかった。


 深淵の叡智、悪魔の頭脳、月暈の啓蒙光。


 月の瞳といえば、このあたりのフレーズがセットになる。

 月。月か。〈渾天儀世界〉でもいろいろ、月にまつわる曰くは多いが……


「アイツって、そもそもどうして魔物に転じたんだ?」

「ルカさんは、知ってるんですよね?」

「はい。契約してますからね。でも秘密です」

「秘密ぅ?」

「彼女にも他人に秘したい過去がありますし、みだりに言いふらしても気持ちのいい話ではありませんから」


 ルカは固く口を閉ざした。

 気になるが、人が魔物に転じる切っ掛けなんて、悲劇だと相場は決まっている。

 機会があれば、そのうち打ち明けられるコトもあるだろう。


「分かった。とりあえず、ルカに秘策ありってところで、この話はおしまいだな」


 そろそろトライミッドとメラネルガリア、両方と合流して今晩以降の話をしないといけない。

 明日の対戦カードが、どことどこになるかも確認しないとダメだ。

 今日の試合は、まだティタノモンゴットVSトライミッドの初戦が終わったに過ぎない。

 明日はララヤレルンが指名される可能性もある。


 俺たちは席を立ち上がり、皆のもとへ移動を開始した。






────────────

tips:脳吸いの魔


 その会話を、月の瞳は聞いていた。

 人目を避け、人知れず千のまなこを開眼し、憎き叔父が放つ絶え間のない介入に抵抗しながら、人智を超越した思考演算を続けている最中。

 かつて己が奈落に沈んだ経緯・原因に、ほんの数瞬ばかり脳のリソースを割く。

 月の瞳と名乗る前、その女は『脳吸い』と呼ばれていた。

 いや、もっと前には別の名前もあったが、自ら人としての生を捨てた以上は思い出すのも憚られる。

 優れた知恵者の脳を啜り、その叡智を己が糧とし新たな瞳を得る邪法。

 一族の中でも歴代最高と褒め称えられた叔父が、人魔転変の一端を解明した。

 しかも、特定の魔物へ転じる術を、自ら実践し証明した。

 一族の半数から、脳を啜り。

 掟を破り、使命を捨てて。

 許されざる裏切りであり、命を以って贖わせなければならない。

 だが魔物へ転じた叔父は、もはや尋常の手段では決して報いを与えられなかった。

 何をしても、すべて見透かされ。

 ならば、残された道はひとつだけ。

 一族は女に託した。

 ゆえに、この身にはもはや器に収まり切らぬほどの月暈の啓蒙光。

 身の毛がよだつのと同時に、冴え冴えとしたヒカリがもたらされ。

 「……叔父上。貴様の身儘には、うんざりだ」

 憎き敵と、同じ奈落へ沈んでいる。


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