#308「聖雷と星渦」
「はじめに、ひとつよろしいでしょうか?」
「え? なに?」
試合開始の太鼓が鳴り終わったタイミングで、アイナノーアは槍を構えた。
だが、これから尋常に勝負! というところで向こうから「ちょっとお待ちを」と出鼻をくじかれる。
そう言えば、この黒髪の天使は何の武器も持っていない。
格好も、ヒラヒラとした夜会服のような素材で、煌びやかなパーティ会場を思わせる。
アイナノーアも知識で知っているが、〈第二円環帯〉の占星術師はこういった衣服を正装としているらしい。
しかしどう見ても、戦いには向かない格好だ。
だからではないが、アイナノーアは思わず話を聞いてしまった。
「ありがとうございます」
ぺこり。
深く頭まで下げられる。
「あら、これはご丁寧に」
「では、改めて申し上げます。先ほども我らの長が申しておりましたが、わたくしどもは決してティタノモンゴットに味方するために代理を引き受けたワケではございません」
「はぁ」
声は拡声されていて、山王の間全体に行き届くようになっている。
黒髪の天使は慇懃にお辞儀をしながら、懇々と説くような口調だった。
「わたくしたちは中立・傍観を貫きたいのです。ですから、このように皆様の前に出るのは本意ではございません。すべては致し方ない事情ゆえなのです」
「はぁ。でも、戦うのよね?」
「はい。ですが、この戦いは出来れば最低限にさせていただければと考えておりまして、ティタノモンゴット側の推定最高戦力をトレースした結果と、同規模の攻撃を一度だけ放たせていただければと考えております」
「……はにゃ?」
何を言ってるのかよく分からない。
アイナノーアは困惑した。
「ご理解いただけたでしょうか?」
「ごめんなさい。ちょっと分からなかったわ!」
「……では、こう言い換えればご理解いただけるでしょうか?」
漆黒の天使は一拍、間を置いて。
「こちらから最強の一撃を繰り出しますので、そちらは回避するなり耐え凌ぐなりして対処してください」
「ケンカ売ってる?」
「とんでもございません。その結果を以って、わたくしどもはティタノモンゴットの代理としての責任を果たしたものと判断いたします」
「たった一回、私が耐え凌いだらこっちの勝ち? そっちは負けってコト?」
「はい。ご理解いただけたようで何よりでございます。ご納得いただけますか?」
「……言ってくれるじゃない。いいわ。見せてみなさい!」
「──ありがとうございます」
観客席から、「そんな!」とレオナルドが叫んだ。
どよめきも広がっていく。
だが、アイナノーアはこんなふうに真っ向からケンカを売られて、黙っていられるタチではない。
たった一撃。
たった一撃で、目の前の天使は片がつくと言って来た。
せっかく晴れ舞台に立った気分でいっぱいだったのに、なんて嫌な女なのだろう。
(どんな攻撃を繰り出してくるかは知らないけれど、私のこと舐めすぎてない──!?)
ムカつく。
ゆえに、挑発に乗ることにした。
大闘技決闘会一日目の初戦が、まさかこんな形になるとは思ってもいなかったが、売られたケンカは買うしかない。
それになんだこの態度。
仮にも戦いの場に足を運んでおいて、自分たちの勝ち負けに興味がないみたいな、バカにするのもいい加減にして欲しい。
聖槍に白雷を充填し、スパーク光を明滅させながらアイナノーアは「来い!」と歯を剥き出しにした。
──その瞬間、山王の間は驚愕で染め上げられた。
天井が宙に変わったのだ。
瞬く星々が綺羅とさんざめく宇宙の光景。
漆黒の翼を広げ、天使は星を詠う。
「“全ての星と星座の配置”
──“天体の徴を教え授けるモノ”
“カウカベル・カバイエル・カビエル・コカブ”
──“全天夜光大星図に航路を刻む”
“カカベル・コカブリエル・コカビエル”
──“汝の名は神の星”」
三十六万五千のしもべ、運行せよ。
星々が廻天し、渦を描きアイナノーアへ降り注ぐ。
収束するスタートレイル。
小規模ながら再現されたのは、擬似仮想天体。
その場にいた者は、皆が思った。
なにが、占星術師……
なにが、星占い師……
コレのなにが、天文学者か──!
「こんなもの……神話じゃない……!」
「ご理解いただきありがとうございます」
顕現した第二法に、アイナノーアは為す術がない──誰もがそのように思った。
「終わったな。早い幕引きであった」
ガンドバッハ王は早々に見切りをつける。
如何な至高の聖具といえども、星の大量衝突に対抗できるはずもない。
雷でどうやって瞬く星々を耐え凌ぐ?
三又に別れた槍の穂先で、突っつくのか? 切り裂くのか?
やめよやめよ。無力無力。
しかし──それはアイナノーア・エリンをあまりにも分かっていない。
白雷聖姫、アイナノーア・エリンは。
この程度の逆境で根を上げるような、大人しい姫君ではないのだ。
行儀もあまりよろしくない。
加えて言えば、周囲の者が思うよりはるかに芯の通った覚悟。
戦場に立つコトの意味をわきまえ、そこへ臨む覚悟を持っている。
したがって、
「な・め・る・な・あ──!」
アイナノーア・エリンは、一歩とて引かない。
むしろ前へ。前へ前へ。
手にした聖槍を握り締め、巨いなる聖域を解放する。
中つ星の三叉槍が有するのは、闇を遠ざけ不夜をもたらす未来電気文明。
解放に伴い、毎度掴み取る未来は担い手にすら分からないが、アイナノーアは迷わない。
自分の運と生き様を、いつだって後悔しない。
そのように在ろうと胸を張って槍を持つ。
だから、ほら。
「それ、は……」
「名前だけなら教えてあげる! 対地対空両用小惑星断片迎撃磁気加速投射砲──いつか遠い未来で私たちが作り上げるかもしれない、星すら砕く光の力!」
名を、レールガン。
大量生産・充填。
白雷聖姫は、大事な場面では必ず最良の一手を引き寄せる。
そういう星のもとに、幸か不幸か生まれている!
──聖雷と星渦が。
天と地の狭間で、衝突した。
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tips:盗賊の夜散歩・Ⅲ
星辰天秤塔への興味を失い、カプリは小国家連合にも探りの目を入れた。
特に期待はしていなかったが、聖女アイヴィが口にした〝ガンドバッハ王が用意したサプライズ〟とやらには、小国家連合も含まれていると考えるべきだったからだ。
思えば、ティタノモンゴットがどうして北方大陸の中央諸国と繋がりがあるのか?
星辰天秤塔との繋がりはあらかた察しがついたが、こちらは未だよく分からない。
ゆえに、カプリはルナールの男を探して──そこで思わぬ相手と遭遇してしまった。
「おや、まさか貴殿がここにいるとは」
「人の世が動き出しているのです。なにも不思議なことは無いでしょう」
「ご苦労なコトです」
「それは、お互い様というものですよ」
その誰かは、カプリをして正体が分からない。
男のような女のような、人間のような亜人のような、数多の顔と輪郭を持っている。もしかしたら生き物でもないかもしれない。
ただ、同僚であるコトは知っていた。あるいは、上司なのかもしれないが。
〈禁忌収容編纂目録〉──歴史が動き出したこのタイミングで、カプリだけが派遣されているはずもなく。
「では、機会があればまたいずれ」
「ええ。機会があれば」
互いにそれで背中を向けて、どちらからともなく互いを見失った。
カプリは久しぶりに、背筋を伝う冷や汗を自覚する。
「やれやれ……」
隠形中のカプリを、いまの誰かだけは容易に補足するのだ。
相手がたとえ神や魔物だったとしても、カプリは驚かない。そう、毎度毎度のたびに思う。
しかし、
「小国家連合。キナ臭くなって参りましたな」
星辰天秤塔などよりも、よほど興味深いとカプリはほくそ笑んだ。




