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第7話 黒のレースか縞パンか、それが問題だ

 僕は静かにアリサちゃんの部屋に侵入した。

 穏やかに寝息を立てて眠る彼女は、まるで本当に白雪姫のようだ。

 いや、朝日に金髪がキラキラときらめく姿は、お姫様というよりやはり天使に見える。

 寝息の聞こえる距離でジッと彼女を見つめていると、本当に白雪姫やアリサちゃんの妄想のようにキスをして起こしたくなる。

 その時、アリサちゃんが「んっ」と小さく声を上げてむにゃむにゃと唇が動いた。

 彼女の唇に引き込まれかけていた僕は、それでハッと我に返る。


 危ない危ない!


 僕はとっさにアリサちゃんから距離を取ると、ようやく彼女に声を掛けた。


「ア、アリサちゃん。早く起きないと、遅刻するよ。もう朝ご飯もできてるからさ」


 一度ではダメなので何度か声を掛ける。それでようやく彼女の反応を引き出すことに成功する。


「うーん、あと5分」


「そう言って本当に5分で起きてくれたこと……、ないよね。お願いだからもう起きてよ、アリサちゃん」


「だから、あと5分…」


 やはりアリサちゃんは起きようとしない。

 一応ICレコーダー越しにちゃんと声で起こせという要望を聞いてはいるものの、やっぱりうまくいかない。

 だけどこのままではどうしようもないので、仕方なく僕はいよいよ実力行使にかかる。

 といっても、ここで変な所を触るわけには当然いかない。僕はたとえ変態であっても、紳士たらねばならないのだ。

 だから僕は、パジャマに包まれた彼女の肩をそっと揺すった。


「起きてよ、アリサちゃん。ほんとに遅刻するよ」


「うーん」


 そう言うとアリサちゃんは寝返りをうった。 

 残念ながら、僕に背中を向けるようにだったので彼女の胸が僕の手に当たってくれたりする幸運には恵まれなかった。

 そのことにひそかに落胆しながら、僕は逃げていった彼女の肩をもう一度揺すろうとする。

 すると彼女が再び寝返りをうった。今度は僕に向けてだ。

 僕が伸ばした両手は、その動きに巻き込まれるようにアリサちゃんの胸に抱きとめられる。

 気が付けば、僕の両手は何か柔らかくてフニョフニョしたものを触っていた。

 その違和感にか、アリサちゃんがパチリと目を開ける。


「……おはよ、お兄ちゃん」


「お、おは、よう」


 これまでで最大級の遭遇事故ラッキースケベに、完全に思考停止した僕は乾いた声でそう返すしかなかった。

 自分の胸に当てられたままの僕の手を見て、アリサちゃんがニコリと笑いながら僕に告げる。


「ところでお兄ちゃん。そろそろ私の胸から手をどけてくれる? 私もう、ちゃんと起きたから」


「ち、ちちち違うんだ! これは違うんだよアリサちゃん!? ぼぼぼ僕はただ君を起こそうとしただけで…」


 ガタタタッと部屋の反対側まで後ずさって僕は何とかそう言い訳しようとした。

 そんな僕にアリサちゃんがクスリと笑う。


「分かってる。肩を揺すって起こそうとしたら、寝返りをうった拍子に私がお兄ちゃんの手を抱きとめちゃったんでしょ。

 私とは物心つく前からの幼馴染なんだから、そんなことでいちいち大げさに反応しないでよ。お・に・い・ちゃん」


 内心では相変わらず揺すって起こしたあげく過去最大の事故をやらかした僕に盛大に毒づいているはずなのに、そんなことはおくびにも出そうとしない。

 そう、あくまで偶然なら彼女はその怒りを今みたいに仕方なく飲み込んでくれる。そして兄妹同然という関係性に落とし込んで、僕の思いや劣情を道ばたの石ころように無視してくれるのだ。

 だから僕は、まだ彼女のそばにいることができる。


「う、うん。ごめん……。か、母さんが、もう朝ご飯できたって、さ」


「そうなんだ。じゃあ食べてこようっと」


 アリサちゃんは枕元のペンダントを身に着けると、そんな僕を残してあっさり部屋から出て行った。

 彼女がトントンと階段を下りていく音がする。それでようやく僕の体の硬直が解ける。

 僕は慌てて彼女のベッドに近づくと、仕掛けておいたICレコーダーを回収した。そして代わりのレコーダーをポケットから取り出して同じ場所にまたこっそり仕掛ける。


「あとは、これか」


 僕は丁寧に丸めておいたアリサちゃんの下着をもう1つのポケットから慎重に取り出した。

 汚してしまったパンツの方は、夕方のいつも家に誰もいない時間帯に風呂場で丁寧に手洗いして、ドライヤーでちゃんと乾かしてある。

 僕は衣装ダンスの下から2段目を開けた。そこには下着がぎっしりと詰まっていた。

 その端の方に持ってきた下着をそっと紛れさせる。そして次の下着を急いで物色した。


「あ、黒なんて買ったんだ」


 縁にレースが使われたその下着に思わず手が伸びる。それはアリサちゃんの金髪と白い肌にとてもよく似合いそうだった。


「だ、ダメだダメだ。いくら細かいことをあまり気にしないアリサちゃんでも、目立つ新しい下着がなくなってたらさすがに気付くかもしれないじゃないか」


 すんでのところで思いとどまると、僕は水色の下着を手に取った。白との縞々(しましま)になっている奴で、これなら似た色の奴がもう1つあるから気付かれにくい。


しまパンかあ。アリサちゃん、僕のツボをよく心得てるよなあ」


 黒のレースといい、まさかアリサちゃんが僕を喜ばせるために買ったわけでは決してないのに、お気に入りの下着を手にして僕は少し浮かれた。

 さっきのささやかな胸との幸せな遭遇といい、今日の僕はなんだかついている。昨日の奇妙な放送や地下での衝撃的な発見のことを思わず忘れてしまいそうだ。


「……そうだった。僕はこんなことをしてる場合じゃなかったんだ」


 地球の命運がかかっているかもしれないこの場面で、悠長に下着ドロをしていていいはずがない。

 今となっては重要な情報源となったICレコーダーの運用だけに、僕は細心の注意を配るべきだった。今度こそ何か貴重な音声が録音されているかもしれない。下着ドロがキッカケになってこの盗聴がバレるような愚をおかすべき場面では決してなかった。

 冷静になった僕は、急いで手に取った縞パンとお揃いのブラをズボンのポケットに突っ込みながらアリサちゃんの部屋を後にした。

 うん、まあ、いつもの行動を崩すと逆にミスをするかもしれないからね?







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