第2話 テレビ東邦は伊達じゃない
僕は慎重に奇妙な通路を進んだ。どうやら庭の方に続いているみたいだ。
通路の奥にはまた扉があった。
でも今度はドアノブや取ってがどこにも見当たらない。
困った僕が何か開ける手段はないかと思って触れると、ピッと音がして勝手にスライドした。この異様な通路の意外なセキュリティの甘さに思わず笑みが漏れる。
だけどそんな僕の余裕は、その奥に鎮座する物を見て完全に吹き飛ぶことになる。
「う、宇宙船!?」
広い庭の地下一杯に広がっていると思われる格納庫のような空間に、宇宙船としか思えない乗り物が置かれていた。
主翼とかは必要最低限を割り込んで控えめだし、派手なロケットノズルなんかもついていない。
だけど直前に変な映像を見せられた僕には、それがまるで宇宙船のように見えた。
「そんな……バカな」
よく知った幼馴染を探して、その家の地下で未知の宇宙船を発見するだなんてまるで笑えない。
だけど今日は、その笑えないことが多すぎる。
激しく動揺した僕は、それでもその宇宙船の外壁の一部がタラップのように床に向かって倒れていることに気が付いた。
「中に、入れるんだ」
ごくりとツバを飲み込むと、恐る恐るその宇宙船に近づく。
すると中からかすかに声が聞こえてきた。
それは女の子のもので、何だかすごく聞き覚えがある。僕が探しているアリサちゃんの声だった。
ようやく目指す幼馴染を発見できたというのに、素直にそのことを喜べない。
足音を殺しながらタラップをのぼると、僕はそっと宇宙船の中に侵入した。
「それでドクター。各国政府の反応はどう?」
通路と同じ見知らぬ素材でできた宇宙船の内部に足を踏み入れたところで、そうアリサちゃんの声がした。
「どこも敵国の行動か、ハッカー又はテロリストの仕業ではないかと考えているようですな」
答える声は、さっき見たあの映像の音声と同じ渋い男の人のものだった。
僕はそのことにまたまたショックを受ける。
「そんなわけないじゃない。これは全世界同時電波ジャックなのよ? おまけに市ヶ谷やペンタゴンのシステムにも侵入して流してあげたのに。もうみんなバカじゃないの!?」
可愛く怒るアリサちゃんの声を聴きながら、僕は宇宙船内部の通路を折れ曲がりコクピットと思しき方へと慎重に進む。
「ですから最初に申し上げたはずですぞ。こんなことをしても恐らくうまくいかないと。人は見たいものしか見ず、信じたいものしか信じないものです」
「それじゃあ手遅れになっちゃうじゃない。パパとママが愛したこの星が帝国に占領されちゃうでしょ!」
シートに座って、前方少し上方の大きなモニターへ話しかけている感じのアリサちゃんの後姿が見えた。シートからこぼれるあの長い金髪はもう間違いない。
「それも仕方ありません。そもそも我々の任務はこの緩衝宙域の密かな監視であり、帝国が侵入してきた場合は即時撤退が命令されていたはずです」
その正面モニターから声が聞こえてくる。どこか遠くの誰かと通信しているのだろうか。
「ドクターは人工知能だからそんな冷たいことが言えるのよ。私にとってはこの地球だけがたった1つの故郷なんだからね」
「弱りましたな。それを言われてしまうと冷酷で人でなしな私にはもう何も言えません。どうぞお嬢様のお好きになさってください」
人工知能とやらの慇懃な口調にアリサちゃんが慌てる。
「え? う、うそうそ。ドクターは小さい頃から一緒だったんだし、今や私の親代わりも同然じゃない。た、頼りにしてるからね。
そんなことよりどう? 市ヶ谷やペンタゴンの反応はやっぱり変わらない!?」
彼女は誤魔化すように人工知能とやらのドクターにそうたずねる。
「やれやれ。まったくお嬢様は仕方がないですなあ。
そうですな。市ヶ谷の一部では、どうやら本当に地球が滅亡するレベルの危機なのではないかと騒ぐ動きがあるようです」
「そ、それって、あの映像を信じてくれたってこと!?」
「それがそう単純な話でもないようです。なぜかテレビ東邦がどうのというやり取りが頻出しています。
自分たちのシステムに侵入されたことよりも、テレビ東邦が電波ジャックされたことの方がよほどショックだったようです。それでこれは尋常な事態ではないと騒いでいるみたいですな」
「ん、どういうこと。まさかそのテレビ東邦って、市ヶ谷や霞が関の息が掛かってるの? あまり頼りにならない国営放送もどきに見切りを付けて、ちょっと平和ボケしてるこの国の議論に同じ民放で対抗しようとしてたっていうこと?」
「そういうカウンターインテリジェンス的なことでもないようです。どうやらある種の人間にとって、テレビ東邦はいわば精神的支柱になっていたようです。市ヶ谷内部にもそのシンパが数多くいた、そういうことではないでしょうか」
「……よく分からない。まあ、そのことは何か他に進展があったら報告してちょうだい。
それよりも他の国の反応はどう。どこか1つくらいは帝国の脅威を信じてくれたところはないの?」
その声を聴きながら、僕は静かに宇宙船を抜け出して元来た道を戻る。
テレビ東邦が緊急特番を流し始めたら地球が滅亡するというのは、ただの都市伝説なんかじゃなかった。
僕の中の世界は、今確実に崩壊していた。