第1話 全米が泣かない
『地球は今、未曽有の危機にさらされている』
学校から帰ってきて居間でテレビを見るともなしに見ていると、突然画面が変な映像に切り替わった。
『宇宙にエネルギー革命をもたらした精神感応炉。それを独占的に操作する感応者たちの一部が突如反乱を起こし、自らを貴族と称して帝国を名乗ると、星々を次々に征服していった。
その帝国の魔の手が、ついに地球にも伸びようとしているのだ』
変だなと思ってチャンネルを替えてみても、どうやらそこも偶然同じ映画の宣伝を流しているみたいで画面からはその続きが流れてくる。
『帝国は征服した星々で過酷な圧政を敷き、人々を苦しめている。危険な強制労働を強いられ、秘密警察による拷問や密告の奨励で人々に自由や平穏はない。
帝国による支配をはねのけるには、汎銀河民主連邦に加盟し援助を求めるしか道はない。
だが帝国の偵察艦は既に太陽系の辺縁部にワープアウトを終えている。
3日後のこの時間までに、以下の連邦憲章を国連総会で決議されたい。それをもってこの惑星に連邦への加盟の意志ありとみなす』
宇宙船や強制労働らしき映像が、今度はその憲章とやらのスクロールに変わる。
「うーん、これじゃあとても全米が泣きそうにないなあ」
退屈なドキュメンタリーみたいでちっとも面白くなさそうなので、今度は受信料をしつこく集金されるチャンネルに替えてみた。
「ん? 変だな。どうしてここも同じ映像なんだろ」
替えた先でも相変わらず連邦憲章とやらのスクロールが続いている。それは、通常ではとてもありえないはずの光景だった。
なんだか急に嫌な感じがしてきた。
「で、でも、さすがにテレビ東邦なら…」
僕は一縷の望みをかけてチャンネルをテレビ東邦に替える。ここなら何があっても大丈夫なはずだ。
テレビ東邦、略してテレ東はどんな緊急事態でも通常放送を変えないことで定評があった。特にアニメ放送への信頼感は絶大で、テレビ東邦がアニメを中断して緊急特番を流し始めたら地球が滅亡するとさえ言われている。
ちょうど今なら夕方の子供向けアニメを流している時間のはずだ。
そうして僕は、正真正銘の異常事態が起こっていることを知った。
「そ、そんなバカな。テレビ東邦まで、同じだなんて……」
ショックで固まる僕をよそに、テレビ画面はまた最初に戻って同じ映像が繰り返される。よりによって、あのテレビ東邦でだ。
『地球は今、未曽有の危機にさらされて…』
やがて2回目の連邦憲章のスクロールが終わり、唐突に画面が元のアニメに切り替わった。
僕はハッと我に返ると、慌てて隣家の幼馴染の元へ駆け出す。
「た、大変だ。大変だよアリサちゃん。地球が本当に滅亡しちゃうかもしれないよ!」
僕は居間から庭に出てつっかけを履くと、隣家との高い塀にちょこんと設けられた木戸をくぐる。
そのまま広い庭を突っ切り、合鍵で手早く玄関の鍵を開けて勝手に上がり込んだ。
「ア、アリサちゃん!」
そう叫びながら、僕は1歳年下の幼馴染の女の子を探す。
でも彼女は、自室にもリビングにも、そしてトイレにもいない。
緊急事態だから仕方ないよねと心の中で言い訳しながら脱衣所の扉を開け放っても、そこには摺りガラス越しの裸とシャワーの音どころか、脱ぎたての下着一つなくガランとしていた。
トイレの中で音や残り香を気にして恥ずかしがるアリサちゃんや風呂場でのラッキースケベに遭遇できなくて僕はショックを受ける。
じゃなかった。
今日も一緒に下校して家の前で別れたのに、どうして呼んでも探しても一向に彼女の姿が見えないんだろうか。
異常事態が起こっているかもしれない状況で幼馴染が見つからないことに、僕は言いようのない焦りを感じた。
「どこにいるんだよ、アリサちゃん……」
その時、不意に地下室への階段が目に入った。
あそこは確か食糧貯蔵庫のはずだ。最近は使われていないはずだし、普段は鍵がかかっていて彼女がいるとはとても思えない。僕もこれまで一度も入ったことが無かった。
それでも僕は、なぜかそこが気になった。
レンガの壁と石段でできた階段を、僕はゆっくりと降りていく。
そうして現れた頑丈そうな鉄の扉を静かに手前に引くと、扉はキーときしみながら開いた。
「どうして……」
僕は暗い貯蔵庫に恐る恐る足を踏み入れた。
近くの壁を探り、パチリとスイッチを入れる。
天井から吊り下がった裸電球に照らされたそこは、酷くガランとしていた。作り付けの棚には何も置かれていない。
だけど、奥にもう1つ扉があった。
僕は誘われるようにその扉に近づき、再び手前に引いてみた。
「開かない、か」
やっと見つけた手掛かりが失われたような気がして僕は落胆する。
それでも諦め悪く何度かガチャガチャしていると、不意に扉は奥に向かって開いた。
「な、なんだ。そういうことか」
そう苦笑した僕の顔は、扉の奥に広がる光景を見て今度はこわばることになる。
そこには、これまでの裸電球にレンガの壁とは全く違う光景が広がっていた。
白いよく分からない滑らかな素材でできた通路が奥へと続き、天井のパネルはそれ自体が発光するように光っている。
もはや第二の我が家ともいえる幼馴染の家の地下に、どうしてこんな得体のしれない通路が存在しているのだろうか。
そしてそのことにずっと気づかないで過ごしていたことに、僕はかすかな恐怖を覚えた。
それでも僕は、ここで引き返すことはできない。僕はまだ、アリサちゃんを見つけていなかった。
「そうだ僕は、アリサちゃんを守らないといけないんだ……」




