第3話 おはようからおやすみまで君の暮らしを見つめる
よろよろと自宅の自分の部屋に戻った僕は、震える手で机の引き出しを開けた。
そこには、今朝アリサちゃんを起こしにいった時にこっそり回収しておいたICレコーダーがあった。
「こ、これだ。これを聞けば、全部わかるはず……」
僕はICレコーダーにイヤホンを繋いで、いつものように音声データを再生し始めた。
『あいつったら、今日もまた風呂上がりの私をいやらしい目でこっそり見てた。兄妹同然で育った妹みたいな幼馴染の下着姿にどうして興奮できるの!?
昔はしょっちゅうお風呂も一緒に入ってたっていうのに、なんであんな変態なのよ』
吐き捨てるようなアリサちゃんの声だった。
『朝起こしに来る時だって、すぐに体を揺すってくるのは何とかしてよね。寝ぼけて寝返りをうった私の胸に手が当たったことが何度あると思ってるのよ。ちゃんと声で起こせばいいじゃない。
もう、どうしてあんな冴えないスケベが幼馴染なの。大っ嫌い』
それは普段どおりの彼女の悪態で、僕はそのことにホッとした。
地下でのことが、全部僕の気のせいのように思えてくる。
『でもブラコンを装ってれば、しつこい連中の男避けには使えるからなあ。それに何か頼めば、何だかんだ言いながら結局私のお願い通りにしてくれるし。
第一私たちの仲が悪いと私を本当の娘のように可愛がってくれてるおじさんやおばさんを悲しませちゃうから、少しくらいは我慢しないとね』
そうして僕は、かろうじて彼女のそばにいることが許される。
『まあ、忠実な飼犬へのご褒美と思えばそんなに腹も立たないかなあ。からかって困ってるあいつの顔を見るのも結構面白いし。
どうせへたれなあいつに私を襲うような度胸なんてあるはずないんだから、無垢な妹をアピールしておけばちょろいちょろい。絶対に手が出せない御馳走を前にせいぜいもだえ苦しめばいいのよ。お・に・い・ちゃん。クフフフフッ』
彼女はそれが、危険な思い込みに過ぎないことに気付いていない。
いくら鎖に繋がれた無害そうな犬でも、御馳走がいつも目の前に置かれて挑発されれば本能に目覚めることがあるし。鎖は年月とともにもろくなって、いつかは引きちぎることができてしまう。
『ああでもほんとにお兄ちゃんがあんなのじゃなくて、もっと素敵でカッコイイ王子様だったらなあ。そしたら毎日がバラ色なのに。
朝は寝てる私におはようのキスをこっそりしてきて、夜は仕返しに私がお風呂に乱入して慌てるお兄ちゃんの背中を流したりするの。
それでその時の私の裸が忘れられないお兄ちゃんは、ついに合鍵で私に夜這いを掛けてくるのよ。キャー!』
いつものように始まったアリサちゃんの妄想に、僕は地下での出来事を一旦棚上げするしかなかった。
ICレコーダーの回収と一緒に失敬しておいたアリサちゃんの下着を急いで取り出す。
『私たち兄妹なんだよって抵抗する私を、でもほんとは幼馴染だし、もう我慢できないんだって言ってお兄ちゃんは強引に抱きしめてくるの。
私は何とかお兄ちゃんの腕から逃げようともがくんだけど、ドキドキで体に力なんかとても入らなくて。結局お兄ちゃんのなすがままにされちゃうの。
声を上げようとした口はキスと強引に入れられた舌でとっくにふさがれてて。無理矢理なキスに怒った私はせめてその舌を噛んでやろうとするんだけど。でも結局受け入れちゃうしかなくて』
自らを煽るような言葉に混じって、衣擦れの音や『あっ』とか『んくっ』という押し殺した声が聞こえてくる。
自分の大切な幼馴染が見知らぬイケメンなお兄ちゃんとやらに組み敷かれ、弄ばれる様子を想像しながら僕は激しく興奮した。
アリサちゃんのブラジャーを必死に顔に押し当て、その胸の感触を想像しながら右手のパンティーで自分を慰める。
『体を好き勝手にまさぐられてもすっかり抵抗しなくなった私に、我に返ったお兄ちゃんはゴメンって言いながら慌てて離れようとするんだけど。私はそんなお兄ちゃんの手を握ってそれを引き留めるの。そしてついに、私はお兄ちゃんと…』
そうして彼女の悲鳴にも似た声と衣擦れの音が更に激しくなる。その合間に『お兄ちゃん』と切なく求める声が何度も混じった。
僕の最後は、彼女と一緒だった。
こんなところだけ相性がピッタリでまったく嫌になる。
そんな僕に、アリサちゃんのけだるげな声が聞こえてきた。
『大好きだよ……、お兄ちゃん』
僕ではない、理想のお兄ちゃんとやらに向けてつぶやかれたその言葉が更に僕を打ちのめす。
盗んで汚した下着だけが、僕が手に出来る唯一のものだった。
「それでも……、それでもこうしないと僕は、ほんとに君を襲っちゃいそうなんだ。君が思ってるより、僕ははるかに酷い変態なんだよ。
だから陰で、こうして君を想うことだけはどうか見逃して欲しい。どれだけ嫌われててもいいからさ。ね、アリサちゃん……」




