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ボクとヒミカは同い年の幼なじみ。
過疎化の影響で若い人がどんどんと減っている寂れた田舎村の出身だ。
たまたまタイミングがずれたというのもあるだろうけど、もともと人が少ないこともあって、同じ年代の子供が他には誰もいなかった。
そのため、ボクとヒミカは小さい頃からずっと一緒だった。
毎日のようにふたりで野山を駆け回って遊んだものだ。
「セスナ、あそこ」
当時、まだ五、六歳くらいだっただろうか、ヒミカが木の上を指差した。
ボクが見上げると、そこには真っ赤に熟した木の実が、枝葉のあいだから見え隠れしていた。
「食べたい。採ってこい」
「え……」
平然と言ってのけるヒミカに、ボクは言葉を失う。
ヒミカがわがままを言ってボクを困らせることは、幼い頃から日常茶飯事ではあったのだけど。
それにしたって実が生っているのは、木のかなり上のほう。
自然の多い田舎村で育ったから身軽ではあったし、木登りだってよくしてはいたけど、それでもちょっと危険すぎる。
とはいえ、一度言い出したヒミカに抵抗する手段を、ボクは持ち合わせていなかった。
「行け」
「……はいはい」
諦めて言うとおりにする。
もしこういうときにボクが落下してケガでもしていたら、ヒミカのわがままな性格も直っていたかもしれない。
そう考えることもあるのだけど、ヒミカのわがままにつき合ってどんなに無茶なことをしたとしても、どういうわけだかボクは絶対に失敗なんてしなかった。
このときも必死になって木に登り、落っこちそうになりながらも頑張って木の実をつかむことに成功する。
そして無事にヒミカのもとへと持ち帰り、木の実を手渡した。
ボクが無数のすり傷を作ってまで採ってきた木の実だというのに、ひと口かぷりと口に含んだヒミカときたら、
「不味い」
と言ってボクの頭を思いっきり叩いた。
……グーじゃなくてパーで叩くのが、ヒミカのせめてもの優しさだと思いたい。
ヒミカに叩かれたボクは、不条理だよ~! と心の中だけで不満を漏らしていた。
そう、心の中だけで。
口に出してしまったら、ヒミカの反論でボクのほうが泣かされてしまうからだ。
シャクシャク。
不味い、なんて言いながらも、ヒミカは木の実を食べ続ける。
ボクが苦労して採ってきたことはわかっているから、捨てたりなんてしないのだろう。
もちろん、体に毒だったりしたら困るわけだけど、この木の実は昔からよく食べられているものだから問題ないことは知っていた。
「不味い」
再びそうつぶやき、ヒミカは木の実にかぶりついた。
と、ヒミカはそれを口から離し、すっとボクの目の前に差し出してくる。
「ん。わちばっかり食べてるのは、悪いから」
「……ありがとう」
不味い、なんて言っていたものを差し出すのもどうかと思わなくもなかったけど。
ボクは素直にヒミカの差し出した木の実をかじってみた。
「どう?」
「……ん、確かにちょっと、不味いかも?」
「うん。不味い」
そう言いながらも、再度ボクがかじった木の実を口に含むヒミカ。
いったいなにを考えているのか、いまいち理解できないことも多い。
ただ、そういった部分も含めて、ボクはヒミカと一緒に過ごす日々を楽しく感じていた。
☆☆☆☆☆
そんな田舎村での穏やかな日常が続いていたある日。
十四歳になっていたボクたちは、村を出ることになった。
言うまでもなく、ヒミカのわがままが原因だ。
「わち、スターウィッチのホウキ星になる」
去年の秋、ヒミカは突然そんなことを言い出した。
スターウィッチというのは、魔女が速さと美しさを競う大会、ウィッチレースの最高峰だ。
そのレースに参戦する魔女はホウキ星と呼ばれ、女性たちの憧れとなっている。
ヒミカは、実は魔女なのだ。
それ自体は特別珍しいことではない。
今でこそ特殊な能力を持つ魔女は減っているものの、ホウキに乗って空を飛べる女性は少なくない。
とくに山あいの田舎に住む女性には多いと言われている。
大自然の力が影響を与えているという噂はあるけど、確かな証拠はないらしい。
なお、ホウキで空を飛べたり魔法を使えたりするのは、どういうわけか圧倒的に女性が多い。
そのため、一般的に魔法使い=女性という図式が成り立っている。
男性にもいないわけではないらしいのだけど、少なくともボクは見たことがない。
空を飛べる魔女はそれなりに多いとはいえ、誰でもウィッチレースに出場できるというわけでもない。
レースに出場するためには、魔女としての経験を積み、魔力の高さを示す必要があるからだ。
ウィッチレースには三つのカテゴリーがあり、リトルウィッチ、トゥインクルウィッチ、スターウィッチに分かれている。
リトルウィッチは十二歳未満と年齢制限があるレースで、簡単なテストだけで出場資格を得られる。
だけど、それ以上のカテゴリーに進むのは難しいと言われている。
通常であれば、リトルウィッチから順にステップアップし高い戦績を示していくことで、ようやく最高峰のスターウィッチに参戦できる道が開ける。
現在スターウィッチに参戦している魔女の多くは、そうやってステップアップしていった人たちだ。
でもヒミカは、下位のカテゴリーを経験することなくスターウィッチへの出場権を獲得した、数少ない魔女のひとりとなった。
一般にホウキ星というとスターウィッチに出場する魔女のことを指すので、ヒミカの目標はいきなり達成されてしまったとも言えるのだけど。
そのあたりの事情は、おいおい話すとして……。
ウィッチレースは、一年かけて国内各地を巡ってレースをする大会となっている。
一年のあいだに全部で六ヶ所の都市を巡り、一ヶ所に二ヶ月間滞在して、二レースずつ行う。
四月から翌年の三月までの十二ヶ月間、毎月一回のレースが開催されるのだ。
レースの出場者の多くは、期間中、魔女ホテルに宿泊する。そこは男子禁制で、ウィッチレース関係者専用のホテルとなっている。
ひとつの都市に滞在するのは二ヶ月だけだから、それ以外の期間は一般にも開放しているのだけど。
その場合でも、男子禁制という制限は徹底されているようだ。
そしてボクは今、魔女であるヒミカとともに、そのホテルに滞在させてもらっている。
ウィッチレースでは、魔女はひとりで戦うわけではない。
ファミリアーと呼ばれるパートナーの存在が必須となっている。
いつでも魔女のそばにいて支援することから使い魔のようなイメージとなり、今ではファミリアーという呼称を使うのが一般的になっているらしい。
ファミリアーとなるのは、その魔女と仲のよい女性である場合が多い。
魔女本人が認めれば、見ず知らずの人でも登録可能ではあるのだけど、一年間、苦楽をともにしながら国内各地を巡るということと、ホテルでは同じ部屋に泊まるということから、たいていは気の合った仲のよい相手を選ぶ。
というわけで、ボクはヒミカのファミリアーとして選ばれた。
そのおかげで一緒に魔女ホテルに滞在できることになっている。
ウィッチレースに出場すると、一戦ごとに出演料がもらえる。レースは国民がみんな熱狂する一大イベントでもあるからだ。
といっても、そのお金はレースのあった翌月の支給となる。つまり、開幕戦が終わったばかりの今、ボクたちにはまだお金がない。
だからこそ、飴玉ひとつでさえも買い渋ったりする気持ちがあったのだ。
もっとも、基本の出演料だって、実際には大した金額ではない。
レースの貢献度なんかによって増額もあるみたいだけど、新人のヒミカには無縁の話だろう。
田舎村から着の身着のまま、ヒミカのわがままで飛び出してきてしまったのは、さすがに無茶だったよなぁ……。
ヒミカには内緒だけど、村を出る前の晩、ボクの両親とヒミカの両親からいくらかのお金を受け取っている。
どちらも寂れた田舎村の家だから、充分な生活ができるほどの額を用意してもらえたわけではないのだけど。
そのお金がまだそれなりに残ってはいるものの、日々の生活だけでもいろいろと出費はかさむもの。
財布の紐はきちんと締めておくべきだろう。
ボクはそんなことを考えながら、商店街でのウィンドウショッピングを終えたヒミカを引き連れ、滞在先の魔女ホテルへと戻ってきた。
ところで、男子禁制であるはずの魔女ホテルにボクが泊まるのは、本来ならば許されないことだ。
フリルのついたブラウスとゆったりとしたスカートに身を包み、長い髪を揺らしながら歩くボクの姿は、はた目には女の子にしか見えないとは思うけど――、
ボクは、実際には男なのだから。
ヒミカがスターウィッチのホウキ星になると決めて飛び出してきたとき、困ったのがファミリアーだった。
田舎から出てきたばかりというのもあるけど、人見知りが激しいヒミカには、ボク以外に気の許せる相手なんていなかった。
そんなわけで、
「セスナ、ファミリアーになれ」
ヒミカから当然のごとく、そう言われたボク。
すぐさま、男だから無理だよ、と反論したのだけど、
「女装しろ」
という命令に、抗うすべはなかった。
バレたら大変だとは思うけど、ボクが男だという理由なんかで、ヒミカの夢を打ち砕いてしまうわけにはいかない。
それに、
「わちは、セスナじゃなきゃ、ダメだから」
なんて言われたら、断りの言葉を返すことなんて、できるはずもない。
そこから、ボクの女装生活が始まったのだ。




