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「セスナ、ちょっと涼しい」
ヒミカがボクに寄り添いながら、そうつぶやいた。
それなりに活気を見せている商店街を並んで歩くボクとヒミカ。
辺りはそろそろ夕焼け色に染まり始める時刻。
春先のこの時間だと、確かに少し肌寒く感じられる。
ミラージュムーン国内で、首都のミラージュムーンに次ぐ第二の都市と呼ばれるここブルースノーは、かなりの大都市。
そのわりに人通りが若干少なめに思えるのは、やはり今日の気温の低さも影響しているのだろう。
「ヒミカ、大丈夫?」
ボクは若干前かがみになって、ヒミカの顔色をうかがいながら尋ねてみた。
ヒミカはいつもどおりの無愛想な表情を崩さないまま、さらりと言葉をつなぐ。
「腕を組め」
命令口調。
しかも、そう言い終わるか終わらないかのうちに、すでにボクの腕は絡め取られていた。
「……はいはい」
いつものことだし、ボクは気にせずヒミカのしたいようにさせてやる。
ヒミカは腕を組んだだけではなく、体重を預けるように寄りかかってきた。
ボクと同じくらいの背丈だから、頭と頭がコツンと軽い音を立ててぶつかってしまう。
ヒミカの前髪が夕風に揺れてボクの鼻先をくすぐり、ほのかに甘い香りを漂わせる。
首筋をかすめるふたりの後ろ髪は、まるで抱きしめ合うかのように絡まっていた。
ボクとヒミカの髪の毛は艶めく亜麻色で、髪質も色もほとんど変わらない。
長さとしては、肩に少しかかるくらいのヒミカに対し、ボクの髪はもっと長く、背中の辺りにまで達している。
「やっぱり、肩に手」
「……はいはい」
腕を組むだけではまだ涼しく感じたのか、ヒミカは再び命令口調の短い言葉を放った。
ボクは言われるがまま、絡め取られていた右腕を解いて背中へと回し、肩に手をかける。
満足そうに頷くヒミカの温もりを感じながら、ボクは商店街を歩き続けた。
長いスカートがふわりと揺れる。
可愛いフリルつきのブラウスとスカートに身を包んでいるヒミカとボク。
淡い桃色を基調としたヒミカのスカートと、薄水色を基調としたボクのスカートが、風にもてあそばれながらお互いの身を寄せ合うかのように揺らめいている。
ちょっとベタベタしすぎではあるけど、町ゆく人々には、仲のよいふたりの女の子が商店街でショッピングを楽しんでいるようにしか思えないだろう。
ボクはセスティリアフォルナ。
長ったらしい名前だから、普段はセスナと呼ばれることが多い。
べつにそう決まっているわけではないのだけど、ボクたちの住むミラージュムーン国内では十文字以上ある長い名前をつけるのが通例となっている。
一文字一文字にそれぞれ心が宿るという考えがあり、大昔には、名前は長ければ長いほどよいとされていたらしい。
さすがに覚えられないということもあり、今の長さに落ち着いたみたいだけど。
それでもやっぱり長いため、通常は短縮された呼び名を使う。
短縮する規則もまた、とくに決まっているわけではないものの、最初の数文字と最後の文字を合わせるパターンが多いだろうか。
例えば、今一緒に歩いている女の子の名前はヒミリエリュフィーカという。
彼女の場合、最初の二文字と最後の一文字を合わせてヒミカと呼ばれる、といった具合だ。
この習慣は、首都やそれに順ずる大都市だけでなく、ボクたちの生まれ育った辺境の田舎村でも変わらない。
どのようにして広まっていったのかは不明だけど、どうやら今では国全体に根づいているようだ。
「なんか美味しそうなの、ないかな」
ヒミカがつぶやく。
商店街でのショッピング。女の子なら、服とか可愛いらしい小物とか、そういったものを物色するのが普通かもしれないけど。
ヒミカの目的はいつも、甘~いお菓子類だった。
甘いものに目がないのも女の子らしい部分だとは思うけど、いまいち色気の足りないヒミカだから、せめてオシャレにくらい気を遣ってほしいところ……。
と、ふと一軒の店の前でヒミカが立ち止まった。
肩に手を回して寄り添い歩くボクも、当然ながらつられるように足を止める。
ヒミカの視線は、店先に整然と並べられた、木製の細い棒の先端に突き刺さる色とりどりの綺麗な丸い玉へと向けられていた。
色とりどりの丸い玉――それは、飴玉だった。
店先を彩るように立てられた飴玉は、夕焼けに照らされてキラキラと輝きを放ち、主に小さな子供たちを中心として、通りを歩く人々の目を惹きつけている。
そしてその飴玉に、子供たちよりも強く惹きつけられたのが、ボクの隣に寄り添っているヒミカだった。
いつも言葉少なに話すヒミカだから、もちろん、大はしゃぎするなんてことはなかったのだけど。
「わち、あれ食べたい。ピンクの。セスナ、買って」
ヒミカが指差したのは鮮やかなピンク色の飴玉だった。
なんだか、すごく甘そうだ。イチゴ味だろうか。
「ちょっと甘すぎないかな?」
一応ヒミカの健康を考えて否定の言葉を向けてみる。
それに今のボクたちは金銭的にもあまり余裕がない。だから無駄遣いは極力控えなければならない身の上とも言える。
だけど――、
「買え」
ヒミカの命令口調に、ボクは決して逆らえない。
小さい頃からずっとそうなのだ。もう脳髄に刻み込まれてすらいるのかもしれない。
「……はいはい」
飴玉ひとつくらい我慢しても、あまり節約にはならないし。
そう自分に言い聞かせ、店に入って飴玉を買う。
ボクがそれを差し出すと、ヒミカは奪うように棒の部分をつかみ取り、すぐさまピンク色の飴玉を頬張った。
「美味しい」
相変わらず、口調には感情が乗せられていないように聞こえるけど、ヒミカがご満悦なのは顔を見ればよくわかる。
なにせ、青空にきらめく太陽みたいに満面の笑みを浮かべているのだから。
不意に。
ちゅぽっ、と音を立てて飴玉を自分の口から引き抜くと、ヒミカはそれをボクの目の前に差し出してきた。
「……え?」
「はい。わちばっかり舐めてるのは、悪いから」
戸惑うボクにそう言うと、ヒミカは濡れた飴玉をボクの口へと近づける。
「でも……」
でも、これって、間接キス……。
恥ずかしさから遠慮の声を上げるボクに、ヒミカは睨みつけるような視線を返す。
「でもじゃない。いいから舐めろ」
ヒミカの命令には逆らえない。
次の瞬間、ボクは差し出しされた飴玉を口に含んでいた。
もっとも、ヒミカが命令の言葉を発したと同時に、飴玉はボクの口の中に押し込まれていたわけだから、抗うすべなんてあるはずもなかったのだけど。
ほのかに甘酸っぱい味が、口の中いっぱいに広がる。
……これはイチゴじゃなくて、さくらんぼの味か。
ヒミカが棒の部分を持っている飴玉を舐めている状態のボク。
ちょっと気恥ずかしくて、頬に飴玉のピンク色が移ってしまったかのようにすら思えた。
ボクがしばらくぼんやりとしたまま甘酸っぱい味を楽しんでいると、突然飴玉は、ちゅぽっと引き抜かれた。
「次は、わち」
ヒミカはボクの口から引き抜かれたばかりの飴玉をためらう様子もなく口に含み、
「美味しい」
と、心からの笑顔をこぼしていた。




