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ヒミカが下位のカテゴリーをすっ飛ばして最高峰のスターウィッチに参戦できることになったのは、とある女性との出会いの影響が大きかった。
いや、その人との出会いがすべてだったと言っても過言ではないだろう。
なにせ、ウィッチレースのホウキ星になると言うわがままで村を出てきたボクたちふたりには、なんの準備も予備知識もコネもなかったのだから。
小さい頃から魔法には興味のあったヒミカだけど、積極的に文献をあさったりしたことはない。
もともと素質があったのか、ヒミカはほとんど独学で魔法の練習をしていた。
ボクはそれを黙って見ていただけだったけど、ヒミカのためにもっといろいろと調べておくべきだったと今さらながらに後悔している。
それに、ウィッチレースのファミリアーにも、やるべきことはいろいろとある。
この町に来てから少しは調べて、今ではどうにかこなしてはいるものの、知識不足・技量不足は否めない。
冷静になって考えれば、突発的に村を出てきたボクとヒミカは、レースに出場する以前に、路頭に迷って大変なことになっていた可能性だって高かったと思う。
運も実力のうちとはよく言うけど、それにしたって無計画すぎた。
その女性と初めてゆっくり話した際、自分たちの無計画さを反省し、ボクは項垂れながら自責の念をこぼした。
そのとき女性は、優しい笑みを浮かべながら、「今という時間がこうしてあるんだから、それを誇りに思えばいいのさ」と言ってボクの頭をそっと撫でてくれた。
包み込んでくれるような温もりに触れ、ボクは救われた気がした。
実際、優しい言葉をかけてくれただけではなく、それからボクたちふたりをいろいろな意味で支えてくれたわけだから、いくら感謝しても足りないほどだ。
ボクとヒミカにとって命の恩人とさえ言えるその女性は、フェリシアルファミーユさん――通称フェリーユさんという、気さくな口調と凛々しい笑顔が印象的な女性だった。
フェリーユさんによって、ボクとヒミカは、いわば拾われた。
それが数ヶ月前、去年の暮れの出来事だった。
☆☆☆☆☆
ウィッチレースに出場するためにはどうすればいいのか。そんな知識なんて持ち合わせていなかったボクたち。
とりあえず、ウィッチレースが開催される都市に身を寄せることにした。
とはいえ、レースのスタート地点となる競技場に向かってはみたけど、関係者以外立ち入り禁止だと門前払いを食らうだけだったため、途方に暮れていた。
ヒミカを伴い、ふらふらと町を歩きながら、ボクは道ゆく人にいろいろと尋ねてみた。
ウィッチレースは大きなイベントだから誰もがその存在を知っていたけど、どうすれば参戦できるのか、詳細に知っている人はなかなか見つからなかった。
町を歩いていると、人が溢れているからなのか、なにやら困っている人を見かけるようなことも多かった。
大きな都市だとみんな忙しいらしく、そんな場面でも見て見ぬふりを決め込む人がほとんどのようだったけど……。
とくにすることがあるわけでもないボクたちは、困っている様子があれば積極的に手を貸し、代わりに、もし知っているようならウィッチレースについての話を聞くようになっていた。
道に迷って泣いている子がいたら、その子が覚えている場所まで連れていったり、
重い荷物を背負って歩いているお年寄りがいたら、代わりに荷物を持って運んだり、
落とし物をして困っている人がいたら、一緒に探したり、
大きく蹴り上げたボールが木に引っかかって困っている子がいたら、木に登って取ってあげたり、
散歩中にペットを逃がしてしまった人がいたら、捕まえるのを手伝ったり――。
周囲に他の人がいなかったわけじゃない。
ただ、小さな田舎村では当たり前の行動だと思うけど、どうやら都会ではそうではないのだろう。
ちらりとボクたちに視線を向けながらも黙って通り過ぎていくような人たちばかりだった。
そんな日々の中で、フェリーユさんと知り合うことができたのは、まったくの偶然だったとはいえ、幸運に恵まれていたと言えるだろう。
話しかけてくれたフェリーユさんと軽く挨拶を交わし、なんとなく世間話を始めた瞬間、空腹だったヒミカのおなかが、ぐ~と鳴った。
ヒミカ本人はおなかの音じゃないと否定していたけど、よかったらご馳走するよ、というフェリーユさんの言葉に、ありがたく甘えさせてもらった。
我慢してはいたけど、ボク自身もおなかがすいていたからだ。
食事をご馳走になったボクたちに、フェリーユさんはいろいろと話題を投げかけてくれた。
人見知りの激しいヒミカはほとんど喋らず、食べ物を口に運ぶことに集中していたけど、ちらちらとフェリーユさんに視線を向けたりはしていた。
おそらく、感謝の意を伝えたいけど恥ずかしくて言えない、といった気持ちだったのだろう。
なんとなく餌づけされる猫のような印象もあって、ボクはちょっと笑ってしまった。
それはともかく、その食事の席でボクは、ヒミカがスターウィッチのホウキ星を目指しているのだということを話した。
これがボクとヒミカの運命を決定づけたと言えるのかもしれない。
「ほう、そうなのか。それならば、今すぐというのはさすがに無理だが、次の四月から参戦させてもらえるように、あたしから話してみよう」
「……え?」
フェリーユさんの言葉に、ボクは耳を疑った。
食事に夢中だったヒミカも、のどになにかつっかえたのか咳き込んで水をゴクゴクと飲み干したあと、目を大きくしてフェリーユさんに視線を向けていた。
「おや、知らないのか? あたしはこれでも、スターウィッチに参戦している魔女なんだぞ?」
ウィンクをしながら微笑みかけるフェリーユさんを見つめ返し、ボクはこんな偶然もあるんだな~と驚いていた。
思えばヒミカは昔から運がよかった。
ボクと一緒に野山を駆け回っていた幼い頃、ヒミカは何度も危険な目に遭っていた。
計画もなく気まぐれにはしゃぎ回るのが常だから、ある意味それは当然のことだったのかもしれないけど。
山の斜面から転げ落ちたり、木に登っていて足を滑らせたり、といったこともしばしばあった。
それでも、ヒミカがケガをすることは絶対になかった。
ちょっとしたすり傷くらいはあったものの、大ケガとは無縁だったのだ。
他にも、ヒミカは欲しいと思ったものが偶然手に入る、といったことも多かった。
小さな頃から空を飛ぶときに使っているヒミカのホウキだって、たまたま村を訪れた魔女さんが新しいホウキを買うからと言って、ヒミカに譲ってくれたものだったりするし。
その魔女さんが言うには、ヒミカに魔女としての高い素質を感じたから、ぜひ使ってほしいと思ったのだとか。
甘いものが大好きなヒミカに、次々と新しいスイーツを作っては食べさせていた彼女のお母さんの存在も、運のよかったことのひとつと言えるのかもしれない。
とはいえ。
いくらスターウィッチに参戦しているフェリーユさんが口添えをしてくれるにしても、たったひとりの意見で簡単にウィッチレースに出場できるほど運に恵まれているとは、さすがに考えていなかった。
ところが、あれよあれよという間に話は進み、ヒミカは今こうしてウィッチレースを戦う魔女としてこの場所にいる。
しかも下位のトゥインクルウィッチではなく、最高峰のスターウィッチへの参戦がいきなり認められたのだ。
フェリーユさんは、スターウィッチに参戦している魔女のひとりというだけではなかった。
出会った当時、二年連続でチャンピオンとなっていた、第一級のホウキ星だったのだ。
そしてそれから数戦のレースを終えたあとには、見事に三連覇をも成し遂げた。
そんなフェリーユさんの口添えがあったからこそ、田舎から出てきたばかりのヒミカが下位のカテゴリーで経験を積んだりするステップを飛ばして、スターウィッチへの出場が認められたのだろう。
フェリーユさんは、気まぐれで口添えしてくれたわけではないと言ってくれた。
彼女の言葉を借りれば、ヒミカを見て「未来を感じた」のだとか。
いまいち納得のいく理由ではなかったものの、ヒミカがスターウィッチに参戦させてもらえることになったのは紛れもない事実だ。
そんなわけで、フェリーユさんには感謝してもしきれない。
今日もボクとヒミカは、魔女ホテルのカフェテリアで、フェリーユさんとお茶を飲みながらお話していた。
☆☆☆☆☆
「ヒミカ、紅茶でいいか? 砂糖は、入れるか?」
「うん。砂糖は、みっつ」
「了解した。セスナは、ヒミカと同じでいいな?」
「……はい」
フェリーユさんと初めて会ってからもう数ヶ月ほど経つのに、ヒミカはいまだ積極的に喋ろうとはしない。
それでも少しは話せるようになっているのだから、随分と進歩したと言えるだろう。
紅茶を飲むのは日課のようになっているけど、ヒミカはその日の気分によって砂糖の量を変える。だからフェリーユさんは、こうして毎回訊いてくれるようになった。
同じ味を共有したいということなのか、ヒミカは食べ物でも飲み物でも、必ずボクも同じものにするよう強要する。
ボクが必ずヒミカに合わせるということも、フェリーユさんはちゃんとわかってくれているのだ。
「ママさんは、どうする?」
「そうね、わたくしはストレートでいただきますわ」
「了解」
フェリーユさんが丁寧な所作で、カップに紅茶を注いでいく。
ボクたちはフェリーユさんの他に、ママさんと呼ばれる女性とも一緒にお話することが多かった。
ママさん――といっても、フェリーユさんのお母さん、というわけでもないし、お店のママさんというわけでもない。
マーガレリスミルシェルマ、それが彼女の正式な名前だ。
呼び名としてはマーマさんとなるのが普通だと思うけど、みんな親しみを込めて「ママさん」と呼んでいるらしい。
その呼び名が示すとおり、まるでお母さんのように誰からも慕われている。
ママさんは、三十二歳で独身。だからその呼び方はちょっと失礼なのでは、と思わなくもない。
でもそんなことを気にする素振りも見せず、ママさんはいつでも穏やかな優しい微笑みを浮かべていた。
そんなママさんも、スターウィッチに参戦している現役の魔女のひとりだ。
しかも、フェリーユさんが最初にチャンピオンを獲るまで、実に五年連続でチャンピオンだったという、超一流のホウキ星だったりする。
「それにしてもふたりとも、髪が綺麗ですわよね」
ママさんがふと、ボクとヒミカの髪の毛を見つめながら、そうつぶやいた。
「お手入れ、大変じゃないかしら?」
「全然」
「そうでもないです」
笑顔を向けながら尋ねてくるママさんに、ヒミカとボクは声を揃えて即答を返す。
確かに髪の毛は、ちょっと自慢だった。
ヒミカもボクも、亜麻色の微かにウェーブがかった細めの髪の毛で、風に揺らめくと太陽の光を反射して黄金にも見えるほどのツヤをたたえている。
それなのにヒミカときたら、まったくケアすることもなく、洗ったら軽く拭いてほったらかし。
それでよく、こんなにサラサラな髪質を保てるな~と不思議に思う。
かくいうボクのほうはどうなのかというと、実はボクの本当の髪の毛はショートカットだ。だからあまり手入れは必要ない。
だけど普段のボクは、背中まである長い髪の毛を揺らしている。
それはどういうことかというと、長い亜麻色の髪のウィッグをつけて長髪にしているだけだった。
このウィッグは、ヒミカの髪の毛を束ねて作られたものだ。
数年ほど前、ヒミカがボクの短い髪に興味を持ち、気まぐれで自分の髪をバッサリと切ったことがあった。
そのときに切り落とされた髪の毛をオシャレ用に加工し、ウィッグとして残しておいた。
ちょうど髪の毛の色も質も似たような感じだったボクが、ファミリアーとして女装することになったため、今ではそのウィッグを使わせてもらっている。
だから、今のボクがサラサラの綺麗な髪だと言われたのは、ヒミカの髪の毛だからということになる。
それがわかっているからなのか、自分の髪の毛とボクがつけているウィッグの髪の毛を褒められて、ヒミカはちょっと嬉しそうにはにかんでいた。




