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最終戦のレースも後半に突入すると、観客たちの声援はさらに熱を帯びていく。
ボクも必死にモニターや情報を確認し、ヒミカに適切な指示を送りつつ応援していた。
先頭争いは、ヒミカたち四人。
相変わらず大声でいろいろと叫び合い、会話を楽しみながら飛んでいる。
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
「風が、心地いい」
――バリバリバリバリバリバリッ!!
「なにノンキなこと言ってるのよ! レースはバトルよ! 戦争なのよ! 気を抜いた瞬間、やられるわよ!?」
――キュイイイイイイイイイイン!!
「マッハハンドのアリサさんのぉ~、ロケットパンチが炸裂するわけですねぇ~?」
――ホワワワワワワワワワワオン!!
「にゃははっ! さすがアリサちゃん、人間離れしてるねっ! よっ、人間凶器っ!」
――バリバリバリバリバリバリッ!!
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
――キュイイイイイイイイイイン!!
――ホワワワワワワワワワワオン!!
「バ……バカなこと言わないでよ! あたいは清純派だって、前にも言ったでしょ!?」
「清純派は、怒鳴ったりしない」
「そうですねぇ~。般若か鬼か、はたまた閻魔様かぁ~。全国放送でよくそんな形相をお見せできますわよねぇ~」
「にゃははっ! 怒った顔もチャーミング、なんて書いてある雑誌もあったよっ! 全然チャーミングじゃないのにね~っ!」
「う……うっさい! あたいのファンは、本質を見抜いてるのよ! とっても清らかで純真無垢な天使のようなこのあたいの本質をね!」
「……自分で言うなんて、恥ずかしい」
「ヒミカさん! 黙らないと、体当たり食らわせるわよ!?」
「にゃははっ! アリサちゃん、怖い~っ!」
「でも、言うだけですわよねぇ~? アリサさんは、そんなことのできる卑怯な人じゃありませんわ~。ですよねぇ~、ヒミカさん?」
「………………」
「うき~~~~っ! ヒミカさん、どうして否定しないのよ!? ほんとに体当たり食らいたいの!?」
「……言われたとおり黙ってたのに、ひどい」
「にゃははっ! ヒミカちゃん、絶妙なタイミングっ! 最高なのだっ!」
相変わらず、少々呆れてしまうくらいの言い争い。
それを超高速のホウキに立ち乗りした状態で続けているのだから、彼女たちの技量の高さは本物なのだろう。
と、そんなヒミカたちの横を、ものすごい速さで通り抜けていくふたつの影があった。
――ギュウィィィィィィィィィン!!
「悪いが、先に行かせてもらうぞ!」
――シュファーーーーーーーーッ!!
「ふふっ、この先はわたくしたちが引き継ぎますわね」
フェリーユさんとママさんだ。
ヒミカたちの背後にピッタリとつき、ひっそりとチャンスをうかがっていたのだろう。
一気に追い抜いていったふたり。
ヒミカたち四人は、一瞬唖然とした表情を浮かべる。
「くっ、速……! でも、いつもいつも、そうそう負けてたまるかってのよ! 伝説級のホウキ星なんて言われてても、あたいたちと条件が変わるわけじゃないんだから!」
アリサさんの言葉の矛先が、先頭に変わったふたりに向けられる。
「あははっ! そうだねっ! だけど、ぐだぐだと喋ってるより、早く追うのが先決だと思うなっ!」
「わ……わかってるわよ!」
「わたくしだって、負けませんよぉ~!」
「わちだって」
――ギュヴォヴォヴォヴォヲヲヲヲヲヲォォォォォン!!
――バリバリバリバリバリバリバババババババババッ!!
――キュヴィウィウィウィイイイイイイイイイイイン!!
――ホヴァヴァヴァヴァヴァワワワワワワワワオオン!!
ヒミカたち四人は、全力の飛行音を響かせ、フェリーユさんとママさんに必死で食らいついていく。
されど、その差はようとして縮まらない。
さっきまでとは打って変わって無駄なお喋りをやめ、速く飛ぶことだけに専念している若き魔女たち。
にもかかわらず、前方で優雅さすら感じさせる戦いを演じるふたりに、追いつくことができなかった。
差を広げられずについていくのがやっと。
そんな状況だった。
「くっそ~、悔しいわ! あのふたり、宇宙人かなにかなんじゃない!? あっ、それとも、ホウキにロケットエンジンでも搭載してるとか!」
アリサさんが思わず叫んでしまうほど、フェリーユさんとママさんは速かった。
ヒミカはそんなふたりのホウキ星をじっと見据えている。
微かに頬が紅潮しているように見えるのは、疲れているからだけではないだろう。
フェリーユさんとママさんの華麗な戦いに目を奪われ、羨望の眼差しを向けている。
ボクにはそう思えた。
ヒミカがウィッチレースのホウキ星になると言って故郷の田舎村を出てきたのも、あんなふうに華麗になりたかったからなのだ。
目標とも言うべき憧れのホウキ星たちの戦いが、今まさに目の前で繰り広げられている。
自分がこのレースで勝つ、そんな目先の目的なんて忘れてしまうほどの圧倒的な迫力に、ヒミカたち魔女だけでなく、ボクも観客たちもみんな、目を奪われていた。
やっぱり、格が違う。
そう言わざるを得なかった。
今年のチャンピオンは、フェリーユさんとママさんのどちらかになることはほぼ確定している。
どちらがチャンピオンになっても、誰も文句はないだろう。
文句があるとすればそれはきっと、どうして両方をチャンピオンにしないのか、ということくらいに違いない。
仮にポイントが同じだったとしても、必ずどちらかが勝つ。
勝利数の多いほうが上位となる決まりになっているからだ。
もし勝利数が同じだったとしても、美しさのポイントが多いほう、減点の少ないほう、二位の多いほう、三位の多いほう……という順に判断されていく。
だから必ず決着はつく。
ついてしまう。
そうやって決着がつくこと自体を残念に思ってしまうような、そんな攻防が目の前で展開されている。
誰もが永遠に続けばいいと感想を抱くほど、それは美しき戦いだった。
レースは、先頭にフェリーユさんとママさんのふたり、続く集団として、ヒミカ、アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんの四人、という構図が崩れることのないまま、ただ時間だけが流れゆく。
やがて、再びピットインのタイミングとなった。
最終戦はコース自体が長く周回数も多いため、通常、二度のピットインが必要となる。
本日二度目の、そしてこのレースでの最後のピットイン。
それはすなわち、長かった一年間のレースにおいても最後のピットインとなることを意味する。
ボクの手は、緊張で震えていた。
ピット作業でボクが失敗なんかしたら、ヒミカのレースを台無しにしてしまう。
ボクはガチガチの表情で、ピットに入ってきた汗まみれのヒミカを迎えた。
――ギュヲンヲンヲンヲヲン……
ボクの目の前にホウキが止まる。
そのとき、普段はこちらから話しかけないとなにも言ってくれないヒミカが、不意に話しかけてきた。
「セスナ、笑え」
「えっ?」
ボクは呆然として思わず見上げてしまう。
「見上げるな、バカ」
すかさずヒミカの足の裏がボクの顔面に迫る。
「あう、ごめん……!」
「セスナは一年間、ファミリアーとして頑張ってくれた。ありがと。わち、感謝してる」
思わず謝っていたボクに、ヒミカは温かい想いのこもった言葉を向けてくれた。
「え……?」
突然のことに、ボクは驚きを隠せなかった。
ヒミカはいつも、ボクのことをまるで下僕のように考えているみたいで、たとえ彼女のためになにかしたとしても、さもそれが当然と言わんばかりに澄ました表情を浮かべるだけだった。
そんなヒミカの口から、こんなにも素直な感謝の気持ちが伝えられるなんて。
「セスナがいたから、今のわちがある」
思いもよらなかった言葉に顔を赤らめ、手を止めてしまうボクだったけど、ヒミカは叱責の言葉も忘れない。
「手、止めるな。仕事に集中」
「……ラジャー!」
そうは言われても、ヒミカのことが気になってしまい、まともに集中なんてできなかった。
でも、最後のピット作業なんだから、しっかりしないと!
ボクは気を引き締め直し、ヒミカの汗を拭き始める。
ヒミカは普段どおりの澄まし顔に戻って、ボクに身を任せた。
いつものように最後には濡れタオルを渡して、ヒミカを送り出す。
「よし、終了。最後の締めくくり、頑張って!」
「うん。わち、楽しんでくる」
軽やかにホウキを駆り、ヒミカは暖かな春の野原を舞う蝶のように、はしゃいだ笑顔を残してピットを出ていった。
さあ、ボクができるのは、ここまでだ。
正確に言えば、モニターの映像やレーダーなどの状況を見て、必要があれば指示を出すという役割はまだ残っている。
とはいえ、最後の給油を終えた残りのレースとなれば、あとはもう思いきって飛ぶしかない。
だからボクにできるのは、基本的にヒミカを力の限り応援することだけなのだ。
「ゴールまで気を抜かずにね! ラストスパート、期待してるよ! ゴーゴー、ヒミカ!」
モニターに映し出されるヒミカの笑顔に向け、ボクはこれ以上ないほどの大きな声援を送った。
「うん、任せて」
無線を通して返ってきた短いヒミカの声。
そこには、最後の戦いへの意気込みや白熱したレースを続けられている充足感、素晴らしい仲間たちとともにいることの嬉しさ、といった感情がたっぷりと含まれているように感じられた。
☆☆☆☆☆
最後のピットインも、上位勢はみんな、ヒミカと同じタイミングだった。
フェリーユさんやママさんも同じタイミングでピットに向かい、そのままの順位でコースに戻った。
現在、先頭はママさんだけど、フェリーユさんもぴったりと背後についている。
この先も、抜きつ抜かれつの熱いバトルが続いていくだろう。
続く第二集団は、ヒミカ、アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんの四人。
今はこの順番だけど、激しく順位が入れ替わりながらゴールを目指すことになるはずだ。
ヒミカたちの集団の後ろには、もう他のホウキ星の姿は見えない。
それくらい圧倒的な差をつけていた。
普段から一緒にいるボクには普通の女の子としか思えないけど、アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんの三人はやっぱり、他の魔女たちとは別格なのだ。
そこにヒミカも、最高の笑顔を浮かべながら加わっている。
本当にレースを楽しんでいるのが、モニターを通じて伝わってきた。
そしてさらに上をゆく、伝説級とも言われるフェリーユさんとママさんのふたり……。
ファミリアーとして出場する側ではあるものの、ボク自身もひとりの観客として、彼女たちホウキ星の華麗なレースに心を燃やしていた。
今年度のレースはこれで終わってしまうけど、それですべてが終わるわけじゃない。
来年度からもずっと、ウィッチレースは続いていく。
気力も体力も魔力も消耗する厳しいレースだから、いつまで続けられるかはわからないし、新しい人が出てくれば古い人は消えていく運命にある。
そんな過酷な世界なのは確かだ。
それでも、激しい情熱がある限り魔女たちは飛び続ける。
誰もがみんな、それを望んでいるのだ。
「ヒミカ、行け~~! ファイバ~~~~!」
ボクは熱い想いを胸に、声を高らかに響かせてヒミカを応援し続けた。
アリサさん、オードリアさん、ミルクちゃんとの差はないに等しい。
ただ、前方との差は広がっていた。
――ギュウィィィィィィィィィン!!
――シュファーーーーーーーーッ!!
今日のフェリーユさんとママさんの気迫は凄まじいものがある。
普段からとても凛々しいフェリーユさんが、すべての力を尽くしているかのように、
普段からゆったりした雰囲気のママさんが、たおやかなる笑顔を絶やさないままに、
見ている者を圧倒するほどの戦いを繰り広げていた。
三位以下の面々も、ふたりの気迫に圧倒され、逆転を狙おうなんて考えに至ることすらできないようだ。
もっとも、ヒミカを含めた集団の四人にしたって、し烈な争いを演じている真っ最中。
前方のバトルに目を向けている余裕なんてないのだろう。
興奮冷めやらぬ中。
レースはついに決着のときを迎えた。




