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第七戦のレースから数日が経ったある日。
ボクとヒミカはいつものように、街へと繰り出してウィンドウショッピングを楽しもうと考えていた。
そんなボクたちが魔女ホテルを出ると、待ち構えていたかのように、というよりも実際に待ち構えていたのだろう、フレイムさんとキララさんが目の前に立ち塞がった。
「やぁ、おふたりさん。今日も仲よくお出かけかい? 邪魔しちまって悪いんだが、ちょっとつき合ってもらえねぇかな?」
フレイムさんは鋭い視線でそう訊いてきた。
可否をうかがう形ではあったものの、その口調には抗えないような威圧感が漂っていた。
ボクは、ヒミカがぎゅっと握ってきた手を握り返しつつ、フレイムさんの威圧感に負けないよう力強く頷いてみせる。
フレイムさんはヒゲで覆われた口もとを満足そうに緩め、ついて来いよと目で促し、すたすたと歩き出した。
裏路地にある寂れた喫茶店に、フレイムさんは黙ったまま入っていく。
キララさんもそれに続いた。
真っ昼間だというのに薄暗い裏路地。
男のボクでも怖気づいてしまう、そんな場所……。
でも、行くしかない。
ごくりとツバを飲み込み、ボクはヒミカの手を引いて喫茶店のドアをくぐった。
席に着くと、フレイムさんが四人分のコーヒーを頼んだ。
ウェイターがコーヒーを持ってきてテーブルに置くと、
「おごりだ。飲めよ」
フレイムさんはそう言ってカップのひとつを手に取る。
続けてキララさんもカップを取り、コーヒーを飲み始めた。
ふたりとも、ブラックのまま飲んでいた。
ボクとヒミカはカップに手を出せないまま、黙ってふたりの様子を見守る。
その視線に気づいたのだろう、フレイムさんが声をかけてきた。
「ほら、ミルクと砂糖もあるぞ。お前らみたいなお子様なら、たっぷり入れるべきだろうな」
バカにされているようでムッとしたけど、言われたとおりにミルクと砂糖を手もとに引き寄せ、カップに入れる。
最初に引き寄せたカップには多めのミルクと砂糖を入れて、ヒミカの前に差し出した。
自分のカップには、フレイムさんへのささやかな抵抗の気持ちもあってか、ほんの少しずつだけミルクと砂糖を入れると、ボクはほとんど黒いままのコーヒーをすする。
にが……。
そうは思ったけど、ここでミルクや砂糖を加えたら負けたみたいで悔しい。
ボクは我慢して一気にコーヒーを飲み干した。
「ふっ……。無理することもないだろうに」
苦々しい顔になってしまっていたボクに視線を向けて、フレイムさんはお得意のいやらしい笑みを浮かべていた。
ボクがコーヒーを飲み干したあとも、しばらくのあいだ、黙ったままゆっくりとコーヒーを飲んでいた残りの三人。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
全員が空のカップを置いたところで、フレイムさんがそう切り出した。
すっと、一枚の写真をテーブルの上に乗せる。
そこに写っていたのは……。
「セスナだ」
ヒミカがつぶやく。
そう、そこに写っていたのは、ボクだった。
「そのとおりだ。だが、よく見てみろ。手で押さえてはいるが、完全に髪の毛がずれてるだろ? これはいったい、どういうことだ?」
フレイムさんは身を乗り出すようにして、ボクに詰め寄ってくる。
その写真は、先日のレースでヒミカが優勝したときに撮影されたものだった。
ゴールラインを通過するヒミカに、なるべく近くから声援を送ろうと近寄りすぎていたボク。
テンションの上がったヒミカが至近距離を飛行し、突風によってウィッグが吹き飛ばされそうになった、あの瞬間に撮られていたのだ。
完全に外れてしまった一瞬を撮られるのは免れていたとはいえ、その髪の毛のずれは、ごまかしようもないほどで……。
どうしたものか……。
ボクは必死に考えを巡らせていたのだけど。
「セスナは髪が伸びない病気」
ヒミカは唐突に、そう言い放った。
「……病気?」
怪訝そうな表情で、フレイムさんが訊き返してくる。
「そう。病気。絶対に長くまで伸びない。せいぜいショートボブくらいまで。でもセスナだって女の子、髪を伸ばしてオシャレくらいしたい。だからわちが昔切って残しておいた髪の毛を、ウィッグにしてセスナにあげた。ただそれだけ」
ヒミカはためらうことなく、そんな話を語った。
普段からボクとふたりだけのとき以外は、あまり積極的に喋らないヒミカが、ここまで一気にまくし立てるなんて。
フレイムさんは驚きの表情を隠せない様子だった。
……いや、ボクだって驚いていた。
ヒミカがこんなに一気に喋り、しかも、嘘八百を並べ立てるとは。
ボクのためだからというのはあるだろうけど、基本的にまっすぐな性格のヒミカにしては非常に珍しいことだ。
だからこそ、信じるしかなかったのだろう。
「そうか……。つらいことを聞いちまって、悪かったな。……キララ、行くぞ」
「あっ、はい」
フレイムさんは写真を内ポケットに仕舞って素早く立ち上がり、そそくさと会計を済ませると、キララさんを引き連れて喫茶店を出ていってしまった。
ヒミカはボクの手をぎゅっと握り、
「買い物、行く」
とだけ言って、すたすたと歩き始めた。
☆☆☆☆☆
それからさらに数日後のことだった。
『セスティリアフォルナは、実は男性!?』
そんな見出しの記事が、発行部数もさほど多くないマイナーなゴシップ雑誌に掲載された。
ホウキ星本人の話題ではなくファミリアーの話題だからということもあるのか、それとも確信があるわけではないからなのか、真意のほどはわからないけど、記事はたった一ページだけだった。
掲載されている写真も一枚きり。
ただその写真は、フレイムさんの持っていた写真とは違い、ウィッグが外れてボクの頭からわずかに離れた瞬間をばっちりと捉えていた。
角度的には前方からの撮影だったため、ピンの部分までは見えてないし、ぱっと見であればこの髪がウィッグだとはわからないかもしれない。
だけどボクの髪の毛は、どう考えても不自然なほど離れているように見える。
そしてその写真の横には、こんな内容の記事が添えられていた。
『セスティリアフォルナの髪は、カツラなのか?
その下はまさか、丸坊主!?
さすがにそれはないだろうが、どう考えてもかなりの短髪に違いない。
とすると、実は男だという可能性も、あるのかもしれない!
もしそうだとしたら、大変なことになるだろう。
ウィッチレースは、女性だけの世界なのだから!』
発端はそのマイナー雑誌だったけど、噂は瞬く間に広がっていった。
ウィッチレースの出場者が泊まるホテルは、従業員も含めてすべて女性。
運営委員会のメンバーも全員が女性で構成されている。
無論、レースの出場者もすべて女性であることが前提になっているはずだ。
魔女とファミリアーのふたりに同じ部屋を使わせているのも、その前提があってこそだと考えられる。
そんな出場者の中に、男性がいたとしたら……。
しかもそれが、女装して紛れ込んでいたのだとしたら……。
大問題となるのも、ごく当たり前の結果と言えるかもしれない。
実際に運営委員会側はすでに問題視し始めていて、事実関係の調査に乗り出す準備をしているらしい。
もし本当にボクが男ならヒミカは失格となり、ウィッチレースの世界から永久追放される。
そんな処分が検討されていると噂されていた。
ボクはどうしていいかわからず、魔女ホテルの部屋に閉じこもるばかり。
ヒミカもただ黙ってボクの手をぎゅっと握っていた。




