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すっかり秋めいてきた空。
うろこ雲が広く上方の視界を覆い尽くす。
スターウィッチの出場者として都市を巡るのも、第七戦の舞台となるこの町で四ヶ所目。
大きな都市であるにもかかわらず、公園など自然を目にする機会も多いグリルナッツの町は、涼しくなってきた気候に合わせて赤い色をその身にまとい始めていた。
真っ赤なトンボも、レースの開催を祝福するかのように飛び回っている。
心安らぐ光景に包まれ、穏やかな気持ちになっていたボクだったのだけど。
そんな気分を曇らせる出来事が起こる。
レース前、ヒミカのお母さんから電話がかかってきたのだ。
それは毎レース必ずのことだから、わかりきってはいたのだけど……。
「わたし、もう心配で心配でダメなの! 不安で苦しくて、押し潰されてしまいそうなのよ! セスナくん! ウィッチレースなんてやめさせて、村に帰ってきて! お願いよ!」
電話に出るやいなや、そんなお願いの声が飛び出した。
涙声で必死に訴えかけるおばさんの気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
ヒミカとボクが村を出てから、もう随分と経つ。
おばさんは娘のいない寂しさを募らせ、耐えられないレベルにまで達してしまったのだろう。
ヒミカはずっとボクのそばにいる。
いわば、おばさんからヒミカを奪った身だとも言える。
だから申し訳ないという気持ちはあった。
それでも、ここで帰るわけにはいかない。
スターウィッチのレースを、ヒミカは本気で楽しんでいるのだ。
いくら母親といえども、ヒミカがようやく手に入れた充実した居場所を奪う権利なんて、あるはずがない。
「心配なのはわかりますけど、ヒミカの夢ですし……」
ボクは思わず、軽く反論の言葉を返していた。
いや、ここはもっと強く言い返すべきだ。
そんな思いもあるにはある。
だけど、そこまで鬼には成りきれなかった。
「なによ、わたしがどうなっても、いいって言うの!?」
「そ……そういうわけじゃ、ないですけど……」
狂乱気味に泣き叫ぶおばさんの声にも、ボクは煮えきらない受け答えしかできない。
スタート時間が近づく。
「あっ、そろそろ始まるので切りますね。それじゃあ、また」
ボクは逃げるように早口で告げると、おばさんの返事を待たずに電話を切ってしまった。
☆☆☆☆☆
電話の件が気がかりではあったものの。
ボクは極力レースに集中するよう努めた。
ここ二戦の失速で気合いが入っていたからか、それとも食欲の秋でご褒美に目がくらんだのか。
……おそらく後者だろうな、とは思うけど。
ともかく、この日のヒミカは絶好調だった。
アリサさんが事故でリタイアしたあのレースと同じように、先頭争いはヒミカとアリサさんの一騎打ち。
三位以下は大きく離されている。
――バリバリバリバリバリバリッ!!
「ちょっと、ヒミカさん! 今日は負けないからね!」
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
「わちだって、負ける気なんてさらさらない」
激しい飛行音とふたりの言い合いが、スピーカーを通して流れてくる。
自動追尾カメラも、今回のレースではほとんど、アリサさんとヒミカのふたりだけを捉え続けていた。
――バリバリバリ、バリリ、バリバリ……ッ!!
「くっ……、もう、限界……でも、負けるもんですか……! はぁ、はぁ……」
すでにアリサさんも疲れきっているようで、ヒミカについていくのがやっと、といった様相だった。
とはいえ、すぐ背後にアリサさんが食らいついていたことが、逆に功を奏したと言ってもいいのかもしれない。
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
「ふぅ、ふぅ……。わちも、疲れた……。でも、頑張る」
そう言いながらも、気を緩めることなく最後まで必死に飛び続けたヒミカは、トップのままゴールラインを通過する。
見事、二度目の優勝を勝ち取ったのだ。
今年初参戦したばかりのヒミカが、七戦中二回も優勝するなんて、誰も予想していなかっただろう。
それは、ボクやヒミカ本人にとっても、驚きの結果だったわけだけど。
優勝を確信した瞬間、ボクはファミリアーブースから飛び出し、ヒミカがゴールラインを通過する姿をこの目にしっかり焼きつけようと、できうる限りコースに近づいた。
一般の観客は、防護チューブの外側からの観戦となるため、ホウキに乗って飛ぶ魔女たちに近づくことはできない。
でも、ファミリアーだけは違っていた。
ゴールラインのそばまで近寄ることが、運営側から直々に許されているのだ。
レースを終えた喜びを分かち合いたいという魔女とファミリアーの思いを尊重して、そういう特権が与えられているらしい。
ともかくボクは、ヒミカの晴れ姿を待ち望みながら、ゴールライン脇に立って最後の声援を送っていた。
ヒミカもボクの姿を確認したのだろう。
そして、優勝の喜びでテンションも最高潮にまで達していたのだろう。
ヒミカは危険があるということも忘れ、ボクの頭上近くをかすめるように飛んで通過していった。
――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!
ヒミカ特有の飛行音が激しく鼓膜を震わせる。
その瞬間――、
ブワッ!
強烈な風が、ボクの体を飛ばすほどの勢いで吹き抜けていった。
「わっ!」
いつもどおり女装して出場していたボクは、反射的にスカートを押さえる。
ただ、このときに関してだけ言えば、気にするべきはそこじゃなかった。
髪の毛が――ピンでしっかりと固定してあったはずのウィッグが、バチンと乾いた音を立て、外れてしまったのだ!
音がしたことですぐに気づいたボクは、とっさに頭を押さえることができた。
素早くピンを留め直し、どうにか事なきを得たとはいえ、もう少しで髪の毛が飛んでいってしまうところだった。
まったく、ヒミカのやつ……。
優勝して嬉しいのはわかるけど、はしゃぎすぎだよ。
あとで文句を言ってやろう。
そう思いながら表彰台のてっぺんに上っていくヒミカを見上げる。
ヒミカは控えめに微笑みながら、優勝の喜びを噛みしめていた。
飛び上がったり大声で叫んだりしないところはヒミカらしいけど、今までに見たこともないほどの嬉しそうな表情を浮かべている。
そんなヒミカの様子を見ていると、ボクには文句なんて言えなくなってしまうのだった。




