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ソラボシ! ~青空(そら)駆けるホウキ星~  作者: 沙φ亜竜
第3翔 わち、悪くない
18/37

-2-

 梅雨も明けた七月。

 初夏の強い日差しが辺りの空気を急速に暖めていく。

 観客たちの熱気も、余計に暑さを助長させているかのようだった。


 早いもので、ウィッチレースも第四戦。

 序盤の締めくくりとして、重要な戦いとも言えるレースを迎えていた。


 これまでも汗だくになって戦っていた、ヒミカを初めとするホウキ星たち。

 それに加えて七月ともなると太陽は容赦なく照りつけ、灼熱の中での戦いとなることが予想される。

 高速で飛ぶことによる風を直接全身に受けるため、ある程度の涼しさは得られると思うけど、そうであっても暑さは凄まじいはずだ。


 もともとホウキ星たちは魔力を極限まで消耗する。

 そして体力的にも厳しいレースとなるのは必至。

 毎年、夏のレースで体調を崩し、チャンピオン争いから脱落する者が続出する、そんな過酷な時期なのだ。


 ボクは自分の体調はもとより、ヒミカの体調管理をもしっかりしないといけない。

 それがファミリアーとしての務めとなる。


「ヒミカ、体調は大丈夫?」


 レース前、ボクからの問いかけにヒミカは、


「ん、ばっちり」


 と、普段どおりの抑揚のない口調ではあったけど、ハッキリとそう答えてくれた。




 ボクがヒミカと別れ、ファミリアーブースへと足を踏み入れる頃には、いつものようにヒミカのお母さんから電話がかかってきた。


「今日は暑いけど、ヒミカは大丈夫? 倒れちゃったりしない?」


 何度も確認するように尋ねてくるおばさんを、ボクは大丈夫ですよと言ってなだめる。

 ヒミカのことが心配なのはわかるけど、過保護すぎなのは困りものだ。

 それなのに、ヒミカ本人とは直接話そうとしないなんて、矛盾しているような気もする。


 母親の声を聞いたら甘えてしまって気を抜く結果につながるから、というおばさんの言い分もわからなくはない。

 それでも、少しくらいはヒミカに温かい言葉を送ってあげてもいいのに、とボクは思っている。


 ……だったらボクもそれを口にすればいいものだけど。

 ヒミカのお母さんとはいえ、目上の人に対して意見するのは、なかなか難しいもので。

 結局、心配そうなおばさんをなだめ続けるだけで、今回の電話は終了となってしまった。



 ☆☆☆☆☆



 レースが始まると、やはりいつも以上に厳しい戦いなのだということが、ひしひしと伝わってきた。

 モニターでレースの状況を見ているボクでさえ、だらだらと汗が流れ出て止まらない。

 それほどの厳しい暑さ。


 ファミリアーブースやピットのある大きなエリアには、一応空調が効いてはいる。

 魔女たちが安全に出入りできるよう、閉めきることのできない構造となっている関係上、空調の効果もあまり感じられないけど、無いよりはマシなはずだ。

 外気はいったい、何度くらいまで上がっているのだろうか。


 防護チューブの素材は熱を溜め込まない性質ではあるらしいけど、直射日光が当たるわけだから、そのチューブの中はかなりの高温だと考えられる。

 激しく風を受けてるにしても、熱による魔女たちの苦痛がどれほどのものとなるのか、ボクには想像もつかなかった。


 今年のスターウィッチには、二十人のホウキ星が参戦している。

 普段のレースでは、リタイアする人はほとんどいない。

 それだけホウキに乗って飛ぶ能力に長けた優秀な魔女たちが集まっているということだ。


 でも、この第四戦と次の八月に行われる第五戦では、暑さで体調を崩し気味な人が多いからだろうか、ひどい年には半数近くがリタイアすることもあるらしい。


 今年もそんなサバイバルレースの様相を呈していた。

 下位の魔女たちが、次々と脱落していく。


 どうしても無理だと自分で判断し、ピットに戻ってリタイアを告げる人が多い中、飛行中に気を失ってしまったのか、そのまま防護チューブに激突する魔女もいた。

 安全性の高い防護チューブのおかげで大きなケガを負うことはないはずだけど、熱中症になっていないとも限らないから心配だ。


 そういった心配は、順調に飛んでいるヒミカにだってある。

 だから、一瞬たりとも気が抜けない。


 ピットに入ってきたヒミカに、いつもよりも冷たくした濡れタオルを渡し、全身の汗をいつもより念入りに拭う。

 ボクにできることなんて、ピットではそれくらいしかないというのが、ちょっともどかしい。

 そんなボクの思いに気づいたのか、ヒミカはホウキの上から微かな笑顔を向けてくれた。




 暑さで厳しいのではないかという懸念はあったものの。

 今日のヒミカは、予想に反して絶好調だった。

 序盤からずっと先頭争いを演じている。


 対するはアリサさん。

 ふたりのトップ争いは、レースも中盤を迎えた今現在まで途切れることなく続いていた。


 ――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!

 ――バリバリバリバリバリバリッ!!


「くっ! ヒミカさん、やるじゃないの!」

「……うん」

「だけど、そろそろ失速してもいいんじゃないの?」

「イヤ」

「なによ、一応あたいのほうが、ホウキ星としては先輩になるのよ!? 後輩なら、しっかりと先輩を立てなさい!」

「レースに先輩も後輩もない」


 そんなふたりに続く三番手と四番手につけているのは、いつも最後にはトップ争いをしているフェリーユさんとママさんだ。


 ――ギュウィィィィィィィィィン!!

「アリサ! スターウィッチのレースにそんな八百長は許されん! 実力で奪い取れ!」


 ――シュファーーーーーーーーッ!!

「ふふっ、そうですよ。勝負の世界は厳しいものです。先輩だから、年上だからなんて言っていても、いつの間にやら簡単に追い越されてしまうものなのですよ」


 そしてそのあとに、オードリアさんとミルクちゃんが続いている。


 ――キュイイイイイイイイイイン!!

「とるすとぉ~、わたくしたちがママさんやフェリーユさんを追い越すのも時間の問題、ということですわね~」


 ――ホワワワワワワワワワワオン!!

「にゃははっ! それはちょっと、図々しすぎる気がするけどねっ!」


 やっぱりこの六人は他の魔女たちとは格が違うのだろう。

 今回のレースでも、七番手以降を大きく引き離していた。


 彼女たち六人にとっては、過酷な灼熱のレースだということなんて関係ないのかもしれない。

 そう思えるほどの清々しい戦いが繰り返されていた。


 やがてレースは終盤へと差しかかる。

 相変わらずトップ争いを演じているのは、ヒミカとアリサさん。それ以下の順位も変わっていない。

 ともあれ、先頭のふたりと三位以下との差はかなり広がっていた。




 ――バリバリバリバリバリバリッ!!

「ヒミカさんっ! はぁ、はぁ……。そろそろ……諦めなさいな!」


 ――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!

「……ふぅ、ふぅ、そ……そっちこそ」


 レースの終盤ともなると、随分息が荒くなってくる。

 そんな状況でも、声を飛ばし合うことは忘れない。

 そういった部分も含めて、レースを見ている観客たちに期待されている……という意識は、おそらく今のふたりにはないだろう。

 単順に相手とのバトルに燃え、勝負を楽しんでいるのだ。


 ヒミカの心拍数や体温を示すモニターの数値は、異常なほど高まっている。

 限界ギリギリの状態と言っても過言ではない。

 はたして無事に最後まで飛び続けることができるのか。

 それはボクにもわからない。

 レース前の電話で、ヒミカのお母さんも心配していた。


 だけど、途中でやめるわけにはいかない。

 それがホウキ星としての使命なのだから。


 もっとも、ヒミカが失神してしまうとか事故でクラッシュしてしまうとか、やむを得ない状況に陥る可能性もゼロではないわけだけど……。

 ボクは手に汗を握り、「頑張れ! ファイバ!」と、無線で声をかけ続けることしかできなかった。




 先頭争いはさらに激しくなり、お互いのホウキがぶつかりそうなほど近距離での接戦が繰り広げられていた。

 いや、相手はアリサさんだから、たびたび軽く接触している。

 いつ激しくぶつかり合って両者ともにバランスを崩し、リタイアしてしまわないとも限らない。


 アリサさんも無駄に強くぶつけてきたりはしないし、ヒミカもホウキを上手く操り接触の衝撃を和らげているのは確かだけど……。

 モニターで見ているボクでさえ、息を呑む展開が続いていた。


 去年からスターウィッチに参戦しているアリサさんだけど、これまでに優勝の経験は一度もなかった。

 当然ながら、ヒミカにだって優勝経験はない。

 このまま行けば、どちらが勝っても初優勝となる。

 観客の盛り上がりも最高潮に達し、その熱気が付近の温度を上昇させているのではないかと思えるほどだった。


 ラスト一周。

 ファイナルラップへと入る。


 ヒミカとアリサさんは熱いバトルを続けている。

 ゴールまで、あとコーナーを三つ曲がるのみ。


 この時点でトップはアリサさん。

 歯を食いしばって猛追するヒミカが、二番手に追いすがる。

 レースはもう残り少ない。


 ――バリバリバリバリバリバリッ!!

「はぁ、はぁ……。もう少し……。このまま、行くわ!」


 ――ギュヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲン!!

「ふぅふぅ……。追いつけない……でも、わち、最後まで諦めない……」


 これはこのまま、最後まで順位は変わらないだろう。

 誰もがそう思っていた。

 そのときだった。


 アリサさんの体が、不自然に揺れた。

 と思った次の瞬間には、アリサさんは大きくバランスを崩してしまう。


 ――バリバリバババッ!! バリッ!!


 不自然な飛行音が響く。

 アリサさんは一直線に、曲がり角の先の防護チューブへと突っ込んでいった。


 激しい衝撃音などはない。

 たとえ超高速で真正面からぶつかったとしても、その衝撃のほとんどを吸収する安全性の高い素材が、アリサさんの身をしっかりと守ってくれているはずだ。


 ――ギュヲヲヲヲヲヲンヲンヲン……

「…………!?」


 急に目の前からライバルの姿が消え戸惑いの表情を浮かべながらも、ヒミカは首を後ろに向ける。

 アリサさんが防護チューブの餌食となったことに気づいたようだ。


 ライバルとはいえ、仲のよい友人でもあるアリサさんが、透明な防護チューブに絡め取られるように埋まっている。

 そんな光景を目の当たりにして、ヒミカが心配しないはずはない。

 ただ、防護チューブの安全性の高さは、誰もが疑いを持たないくらいに信頼できるものだ。


 ――ギュギュギュヲヲヲヲヲヲン!!


 一瞬だけ速度を緩めてはいたものの、ヒミカはキッと真剣な表情で前方を見据えると、再び速度を上げる。

 そして、追いつきつつあったフェリーユさんとママさんよりも前で、颯爽とゴールラインを通過した。

 大歓声が沸き起こる。


 ヒミカの初優勝の瞬間だった。


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