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麗華の夏休みの招待

七月に入ると、星嶺学園には少しずつ夏休みの空気が広がり始めた。


期末試験が終わり、成績も返却されたことで、生徒たちの話題は自然と夏休みの予定へと移っていた。


家族旅行に出かける者、親戚の家を訪れる者、友人同士で遊びに行く計画を立てる者。


そんな中、九条麗華にも一つ、実現させたい計画があった。


それは、夏休みに西園寺蓮を自分の家族が所有する別荘へ招待することだった。


しかし、いざ誘おうとすると、どう言えばいいのか分からなくなってしまう。


その日の午後、麗華は自室で一人、鏡の前に立っていた。


手にはスマートフォンを持っている。


「蓮、夏休みの予定はあるかしら?」


鏡に映る自分に向かって、そう話しかけてみる。


けれど、すぐに首を横に振った。


「……違うわね。少し堅苦しすぎるわ」


もう一度、言い方を変えてみる。


「蓮、もしよかったら、私の家族の別荘に来ない?」


今度はしばらく自分の顔を見つめた。


「……これも何だか不自然ね」


小さく息を吐き、肩を落とす。


普段なら、誰かを誘うことくらい何でもないはずだった。


それなのに、相手が蓮だと思うだけで、どうしてこんなにも言葉が出てこなくなるのだろう。


「もう少し自然に……そう、自然に誘えばいいのよ」


「麗華?」


突然、扉の向こうから声がした。


麗華は驚いて振り返る。


「お母様?」


扉のところには母親が立っていた。


「今、入っても大丈夫?」


「ええ……もちろんですわ」


母親が部屋に入ってくる。


「廊下を通りかかったら、何か話している声が聞こえたのだけれど」


「そ、それは……」


「もしかして、誰かを誘う練習をしていたの?」


麗華の頬がわずかに赤くなる。


「別に、練習というほどのことではありませんわ」


「そう? さっき、西園寺君の名前が聞こえた気がしたのだけれど」


「お母様!」


母親は楽しそうに微笑んだ。


「ふふ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。蓮君をどこかへ誘いたいの?」


麗華はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……夏休みに、家族の別荘へ招待できないかと考えていましたの」


「まあ、いい考えじゃない」


「本当ですか?」


「もちろんよ。せっかくの夏休みなのだから、麗華も楽しまなくてはね」


母親は少し考えてから、続けた。


「それなら、蓮君だけでなく、ほかのお友達も一緒に招待したらどうかしら?」


「ほかのお友達も、ですか?」


「ええ。陽菜さんや栞さんも。みんなで過ごしたほうが、きっと楽しいでしょう?」


麗華は目を伏せて考えた。


確かに、陽菜と栞も一緒なら、きっと賑やかな夏休みになるだろう。


それに、二人を誘わない理由もなかった。


「……そうですわね。陽菜さんと栞さんにも声をかけてみます」


「きっと喜んでくれるわ」


麗華は小さく頷いた。


ただし、蓮を誘うことへの緊張だけは、まだ消えていなかった。


その日の夕食時、麗華は両親に夏休みの計画について話した。


「今年の夏休みは、少し早めに別荘へ行こうかと考えていますの」


父親は食事の手を止め、娘に目を向けた。


「伊豆の下田にある別荘か?」


「はい。白浜にも近いですし、夏を過ごすにはちょうどいいと思いますわ」


「なるほど。それで、誰か友人を招待するつもりなのか?」


「はい。学園の友人たちを何人か」


母親が微笑みながら口を開く。


「麗華、せっかくなのだから、蓮君だけでなく陽菜さんや栞さんも誘ってみたらどう?」


「そのつもりですわ」


「それはいい。別荘には客室も十分にある。友人たちを招くことに問題はないだろう」


父親も賛成してくれた。


ただし、少しだけ真剣な表情になって付け加える。


「もちろん、招待する相手の家族にもきちんと確認を取るんだぞ。先方に迷惑をかけないようにな」


「分かっていますわ」


「それなら、準備はこちらで進めておこう。日程が決まったら教えてくれ」


「ありがとうございます、お父様」


麗華はほっと胸を撫で下ろした。


両親の許可も得られた。


あとは、本人たちを誘うだけだった。


その夜。


自室に戻った麗華は、ベッドの端に腰掛けてスマートフォンを手に取った。


画面には蓮の連絡先が表示されている。


「……電話するだけよ」


自分に言い聞かせるように呟く。


何度も鏡の前で練習したのだから、今度こそ大丈夫なはずだ。


それでも、通話ボタンを押す指はなかなか動かなかった。


「よし……!」


麗華は意を決して、蓮に電話をかけた。


呼び出し音が一度、二度と鳴る。


『もしもし?』


「こ、こんばんは、蓮」


『こんばんは、麗華。どうかした?』


「いえ、特に何かあったというわけではないのだけれど……今、少し時間はあるかしら?」


『うん。大丈夫だよ』


その返事を聞いて、麗華は一度深呼吸した。


「実は、夏休みのことで話があったの」


『夏休み?』


「ええ。私の家族は毎年、静岡県の下田にある別荘で夏を過ごすことがあるの。今年も七月の後半から、何日か滞在する予定なのだけれど……」


そこで一度、言葉を切る。


「もしよかったら、蓮も一緒に来ないかしら?」


少しの沈黙。


麗華はスマートフォンを握る手に力を込めた。


「もちろん、すでに予定があるのなら無理にとは言わないわ。ただ、せっかくだから一緒に過ごせたらと思って……」


『行きたいな』


「……え?」


『誘ってくれてありがとう。まだ夏休みの予定は決めていなかったし、ぜひ行かせてもらいたい』


麗華の表情がぱっと明るくなった。


「ほ、本当?」


『うん。とても楽しそうだ』


「そ、そう。それならよかったわ」


声が少し弾んでしまったことに気づき、麗華は慌てて落ち着いた口調に戻した。


『ほかにも誰か来るの?』


「ええ。陽菜さんと栞さんにも声をかけようと思っているの」


『二人も来るなら、きっと賑やかになるね』


「そうね。私もそう思うわ」


『日程が決まったら教えてくれる? こちらでも家族に話しておくよ』


「分かったわ。詳しいことは、また連絡するわね」


『ありがとう、麗華』


「こちらこそ、来てくれると言ってくれてありがとう」


その後、少しだけ他愛のない話をしてから、二人は電話を終えた。


通話が切れたスマートフォンを、麗華は両手でそっと包み込む。


「……来てくれるのね」


自然と笑みがこぼれた。


何度も練習した甲斐があった。


翌日の午後。


麗華はまず、陽菜に電話をかけた。


『もしもし、麗華?』


「こんにちは、陽菜さん。今、少し大丈夫かしら?」


『うん! どうしたの?』


「夏休みの予定について、誘いたいことがあるの」


『夏休み?』


「私の家族が所有している別荘が下田にあるのだけれど、今年はそこで何日か過ごそうと思っているの。よかったら、陽菜さんも一緒に来ない?」


『えっ、下田!?』


陽菜の声が一気に明るくなった。


「ええ。海にも近いし、温泉もあるわ」


『すごい! ぜひ行きたい!』


「本当? よかったわ」


『あっ、もしかして蓮も来るの?』


「ええ。蓮にも昨日、電話で誘ったわ」


『そうなんだ! じゃあ、もっと楽しみになってきた!』


陽菜の弾んだ声に、麗華も自然と微笑んだ。


「詳しい日程が決まったら、また連絡するわね」


『うん! 楽しみにしてるね、麗華!』


電話を終えた麗華は、次に栞へ連絡した。


栞は自宅で、電子工作に使う部品を整理しているところだった。


スマートフォンが鳴り、画面に麗華の名前が表示される。


「もしもし……九条さん?」


「こんにちは、栞さん。今、お話ししても大丈夫かしら?」


「うん。大丈夫だよ」


「実は、夏休みに家族の別荘へ行く予定なの。下田にあるのだけれど、よかったら栞さんも一緒に来ない?」


「別荘……?」


「ええ。蓮と陽菜さんも来る予定よ」


栞は少し驚いたように目を瞬かせた。


「蓮くんも?」


「そうよ。もちろん、栞さんにも来てもらえたら嬉しいわ」


しばらく考えた後、栞は小さく答えた。


「……私も行っていいの?」


「もちろんよ。来てくれたら嬉しいわ」


「それなら……行きたいな」


栞の声に、少しずつ喜びが混じる。


「ありがとう、九条さん。みんなと夏休みを過ごせるなんて、楽しみ」


「こちらこそ。きっと楽しい夏になるわ」


「うん。私もそう思う」


電話を終えた麗華は、スマートフォンを机の上に置いた。


これで、全員への招待が済んだ。


蓮も、陽菜も、栞も来てくれる。


夜。


麗華は再び自室の鏡の前に立っていた。


今度は、誰かを誘う練習をする必要はない。


すべてが決まったわけではないけれど、少なくとも一番大切なことは実現した。


「今年の夏は……」


鏡に映る自分の顔を見つめ、そっと微笑む。


蓮と一緒に過ごす夏休み。


陽菜や栞も加われば、きっと楽しい時間になるだろう。


もちろん、友人たちと過ごす時間も楽しみだった。


それでも、心のどこかでは、蓮と二人きりで話せる時間があればいいと思っている。


「……少しくらい、そんな時間があってもいいわよね」


誰にも聞こえないように、小さく呟いた。


窓の外では、夏の夜風が静かに木々を揺らしている。


夏休みの始まりは、もうすぐそこまで来ていた。

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