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文化交流祭の知らせ

六月も半ばに差しかかり、私立星嶺学園にも少しずつ夏の気配が近づいていた。


窓から差し込む日差しは以前よりも強くなり、手入れの行き届いた庭園では、色とりどりの花々が初夏の風に揺れている。


そんなある日の朝、学園の掲示板の前には、いつも以上に多くの生徒が集まっていた。


「今年も開催されるんだ!」


「星嶺学園・文化交流祭。しかも、今年は例年以上に大規模らしいぞ」


「有名な卒業生だけじゃなく、企業の代表者や研究者、文化人も招待されるって聞いたわ」


「一般公開はされないんだよな。招待された人しか入れない、特別な行事だから」


掲示板に貼られた告知を読みながら、生徒たちは期待に胸を膨らませていた。


星嶺学園・文化交流祭。


それは、学園が誇る三日間の特別な催しだった。


金曜日には、オーケストラの演奏や生徒代表の挨拶、舞台発表を含む正式な開会式と招待客の歓迎会が行われる。


土曜日には、芸術、音楽、研究、料理、技術など、生徒たちが磨いてきた才能を披露する展示や交流企画が開かれる。


そして日曜日には、生徒たちが自ら考えた未来への企画を発表し、慈善オークションも開催される予定だった。


招待されるのは、生徒の家族、学園の卒業生、企業関係者、研究者、文化人など、学園が選んだ限られた人々だけ。


単なる学校行事ではない。


生徒たちが自分の努力や才能を示し、学園の外にいる人々と交流するための、大切な機会なのだ。


今年の文化交流祭には、一つの標語が掲げられていた。


『未来は受け継ぐものではなく、自ら築くもの』


その言葉を、ただの格好いい標語だと思う生徒もいれば、真剣に受け止める生徒もいた。


そして、この催しが自分たちの未来を変えるきっかけになるかもしれないと考えている生徒もいた。


そんな中、掲示板を見ていた一年生の男子生徒が、小さく呟いた。


「僕は、ただ自分の研究を発表したいだけなんだけどな……」


文化交流祭への期待は、人によってさまざまだった。


だが、誰もが少なからず、この三日間に特別な何かを期待していた。



その日の午前中。


一年一組の教室で、蓮はノートを開いていた。


隣の席の陽菜と話していたところへ、見覚えのない女子生徒が近づいてきた。


「西園寺くん」


「はい?」


「生徒会長が、放課後に生徒会室へ来てほしいとおっしゃっています。文化交流祭の運営について、お話があるそうです」


「俺に?」


「はい。それでは、失礼します」


女子生徒は丁寧に頭を下げると、教室を出ていった。


蓮はしばらく、その後ろ姿を見送っていた。


「……何だろう?」


思わず口にすると、陽菜が不思議そうに首を傾げた。


「生徒会から呼び出しなんて、珍しいね。何かしたの?」


「いや、心当たりはないけど……」


「本当に?」


「本当だって!」


陽菜はじっと蓮の顔を見つめた。


「なんだか、昔、私のおばあちゃんの家で花瓶を割ったときと同じ顔をしてる」


蓮の心臓が跳ねた。


(花瓶? そんなことまであったのか……!)


もちろん、陽菜が語る思い出の中に、悠斗自身の記憶はない。


それでも、ここで不自然な反応をするわけにはいかなかった。


「……あれは、ずいぶん昔の話だろ?」


「そうだけど、よく覚えてるよ。蓮ったら、割れた花瓶の破片をカーテンの後ろに隠そうとしてたんだから」


陽菜は懐かしそうに笑った。


「今思い出しても、ちょっと面白いよね」


「そ、そうだな……」


(本物の蓮、子供の頃に何をやらかしてるんだよ……!)


内心では頭を抱えながらも、蓮はどうにか笑顔を保った。


幸い、陽菜はそれ以上追及してこなかった。


「まあ、何も悪いことをしてないなら大丈夫だよ。頑張ってね!」


「ああ、ありがとう」


陽菜に見送られ、蓮は再びノートへ視線を落とした。


しかし、もう勉強に集中できそうになかった。


生徒会からの呼び出し。


それも、文化交流祭の運営に関する話だという。


(……何だか、面倒なことになりそうな予感がする)



放課後。


蓮は生徒会室の扉をノックした。


「どうぞ」


中から返事が聞こえ、蓮は静かに扉を開けた。


室内は広く、書類棚には分類された資料が整然と並んでいた。壁には大きな予定表が掛けられ、中央のテーブルには文化交流祭に関する書類がいくつも積み重なっている。


その中心で、一人の男子生徒が資料に目を通していた。


短く整えられた黒髪に、落ち着いた灰色の瞳。背筋はまっすぐに伸び、制服の着こなしにも一切の乱れがない。


その姿からは、几帳面で責任感の強い性格が自然と伝わってきた。


男子生徒は蓮の姿を確認すると、資料を閉じた。


「西園寺蓮くんだね。来てくれてありがとう」


「いえ、問題ありません」


「僕は如月貴大。三年生で、生徒会長を務めている」


「西園寺蓮です。本日はよろしくお願いします」


蓮が挨拶をすると、如月は小さく頷いた。


その近くには、ほかにも四人の生徒がいた。


最初に目に入ったのは、長いダークブラウンの髪と青い瞳を持つ女子生徒だった。


一年生らしいあどけなさを残しながらも、落ち着いた立ち居振る舞いには品がある。制服もきちんと着こなしており、手元の資料を確認する姿からは、周囲をよく観察する慎重さが感じられた。


「副会長の橘沙耶香です。よろしくお願いします、西園寺くん」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


沙耶香は丁寧に微笑んだ。


その隣では、肩まで伸びた栗色の髪を整えた女子生徒が、書類を種類ごとに分けていた。


丸い細縁の眼鏡を掛け、穏やかな茶色の瞳で一枚ずつ内容を確認している。几帳面な印象を受ける一方で、蓮に気づくと柔らかな笑顔を見せた。


「書記の藤本七海です。二年生です。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「ふふっ。そんなに堅苦しくならなくても大丈夫ですよ。生徒会では、気軽に話してもらって構いませんから」


そう言って、七海は手元の書類をきれいに揃え直した。


少し離れた場所では、黒髪を短く整えた男子生徒が、クラブ活動に関する書類を確認していた。


鋭い灰色の瞳と真面目そうな顔立ち。背筋を伸ばして座り、書類の細かな記載まで見落とさないように目を通している。その姿からは、規則や手続きを何よりも重視する性格がうかがえた。


蓮は、その顔に見覚えがあった。


「……以前、お会いしましたね」


男子生徒は顔を上げた。


「そうだな。二年生の神崎修平だ。クラブ管理を担当している」


やはり、そうだった。


以前、栞の所属する電子工学部について、存続審査の説明をしていた生徒だ。


あのとき、彼は規則に従って必要な説明をしていただけだった。栞を傷つけることが目的だったわけではない。


「その節はどうも」


「こちらこそ。あのクラブについては、今後も活動報告を確認させてもらうことになる」


神崎はそう言って、再び書類へ目を落とした。


そして、テーブルの反対側には、もう一人の男子生徒が座っていた。


短いアッシュブラウンの髪は少しだけ無造作で、緑色の瞳には落ち着いた知性が宿っている。制服はきちんと着ているものの、ネクタイの締め方には会長ほどの厳格さはない。


彼は分厚い会計帳簿を閉じ、蓮に向かって軽く手を挙げた。


「三枝晴希。三年生で、会計を担当してる。よろしく」


「よろしくお願いします」


「ちなみに、予算が必要なら、ちゃんとした企画書を持ってきてくれ。情熱だけじゃお金は出せないからな」


「まだ何も頼んでいませんけど……」


「それならよかった。最初から話が早い」


晴希は軽く笑った。


そのやり取りを聞き、沙耶香は小さく微笑み、七海も口元を押さえて笑いをこらえていた。


蓮は、どうやら生徒会にも個性豊かな人間が集まっているらしいと感じた。


全員が真剣に自分の役割を果たしている一方で、その性格は驚くほど違っていた。


「では、早速本題に入ろう」


会長の貴大が資料を一冊、蓮の前へ差し出した。


表紙には、大きく『星嶺学園・文化交流祭 運営計画書』と書かれている。


「すでに知っていると思うが、今年も文化交流祭を開催する。期間は金曜日から日曜日までの三日間だ」


「はい。掲示板で告知を見ました」


「金曜日は正式な開会式と招待客の歓迎会。土曜日は芸術、音楽、研究、技術などの展示と交流企画。そして日曜日には、生徒たちによる未来構想の発表と慈善オークションを予定している」


蓮は資料をめくった。


そこには各会場の配置図、招待客の一覧、進行予定、警備体制、各クラブへの連絡事項などが細かく記されていた。


(……これ、本当に学校行事なのか?)


読み進めるほど、準備の規模が尋常ではないことが分かってくる。


「文化交流祭は、星嶺学園にとって非常に重要な行事だ」


貴大は落ち着いた声で続けた。


「単に学園の名声を示すためだけではない。生徒たちが日頃の努力を発表し、学外の人々と交流することで、新しい可能性を見つける機会でもある。だからこそ、運営する側にも相応の責任が求められる」


「その通りですね」


「そこで、君に協力をお願いしたい」


蓮は顔を上げた。


「……俺に、ですか?」


「そうだ」


貴大は迷いなく頷いた。


「君の学業成績は優秀だ。人前でも落ち着いて振る舞えるし、異なる立場の人間とも適切に接することができる。学園の事情にも詳しい。今回の運営に、君の力を借りたいと考えている」


(学業成績が優秀……か)


蓮は心の中で、少しだけ複雑な気持ちになった。


悠斗が星嶺学園に通い始めた頃、学業は決して順調ではなかった。


本物の蓮が積み重ねてきた知識や学習習慣を、短期間で身につけることなどできるはずもない。


最初の試験では、学園の水準についていくことさえ難しく、成績も思うように伸びなかった。


このままでは、いつか周囲に不審に思われるのではないか。


そんな不安を抱えていた時期もあった。


だが、麗華が勉強に付き合ってくれるようになってから、少しずつ状況が変わった。


分からない部分を丁寧に説明してくれるだけでなく、理解が曖昧なところは何度でも復習させられた。間違えた問題を放置することも許されず、苦手な分野は徹底的にやり直すことになった。


おかげで、悠斗の成績は少しずつ上向き、ようやく再び学年上位百人の中に入れるまでになったのだ。


(麗華には、本当に感謝しないとな……。あの勉強がなかったら、今頃どうなっていたことか)


思わず苦笑しそうになり、蓮は慌てて表情を整えた。


「ありがとうございます。ただ、俺よりも適任の生徒がいるのではありませんか?」


「もちろん、ほかにも優秀な生徒はいる」


貴大は即答した。


「だが、君には君にしかできない役割があると考えている。すべてを一人で担当してもらうつもりはない。主要な会議への参加、いくつかの行事の調整、そして問題が起きた際の対応を手伝ってほしい」


蓮はもう一度、計画書に目を落とした。


確かに大変そうではあるが、決して不可能な仕事ではなさそうだった。


それに、ここで断る理由も特にない。


「分かりました。俺にできることなら、協力します」


「助かる。引き受けてくれてありがとう」


貴大は満足そうに頷いた。


しかし、蓮がひとまず安堵したのも束の間だった。


「もう一つ、お願いしたいことがある」


(……まだあるのか)


嫌な予感を覚えながら、蓮は顔を上げた。


「君には、文化交流祭の公式プレゼンターも務めてもらいたい」


「……プレゼンター、ですか?」


「そうだ。開会式をはじめ、主要な公式行事の進行を担当してほしい」


蓮は言葉を失った。


(待ってくれ。運営を手伝うだけじゃなかったのか?)


招待客の前で話す。


しかも、星嶺学園の名を背負う公式行事で。


普段の授業で発表するのとは、責任の重さがまるで違う。


「もう一人のプレゼンターは、九条麗華さんにお願いする予定だ」


「……九条さん、ですか?」


蓮は、思わず普段の呼び方を口にしそうになったのを堪えた。


「そうだ。彼女は礼儀作法に優れ、言葉遣いも正確だ。公式行事を任せるには申し分ない。君と二人なら、安定した進行を期待できるだろう」


隣で沙耶香も頷いた。


「九条さんなら、招待客の前でも落ち着いて対応できると思います。西園寺くんと二人なら、きっと素晴らしい進行になるはずです」


(素晴らしい進行……。俺が失敗したら、麗華に全部フォローしてもらうことになりそうだな)


「何か問題でもあるのか?」


貴大に尋ねられ、蓮は慌てて首を横に振った。


「いえ、問題ありません。引き受けます」


「よし。では、明日から台本の確認とリハーサルを始めよう。二人には、進行の流れだけでなく、各演目の切り替えや招待客の紹介についても打ち合わせをしてもらう」


「分かりました」


「一つだけ、覚えておいてほしい」


貴大は資料を閉じ、真剣な眼差しで蓮を見つめた。


「すべてを完璧にこなす必要はない。だが、問題が起きたときに冷静に考え、自分にできることを探す姿勢は忘れないでほしい」


蓮は、その言葉を静かに受け止めた。


自分ではどうにもできないこともある。


それでも、目の前で起きた問題から逃げず、自分にできることを探す。


それは、祖父から何度も教えられてきたことでもあった。


「はい。できる限り努力します」


「期待しているよ、西園寺くん」


こうして、蓮の文化交流祭に向けた仕事が始まることになった。

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