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クラブを救うための最初の一歩

生徒会から電子工学部の廃部について告げられた翌日。


放課後、俺たちは再び電子工学部の部室に集まっていた。


机の上には、一枚の白い紙。


その一番上には、大きくこう書かれている。


『新入部員を集める』


問題は――。


「……で、どうやって集める?」


陽菜が白紙を見つめながら首を傾げた。


「ポスターを作るのはどうでしょう?」


麗華が提案する。


「それと、直接生徒に声をかける方法もあります」


「それが一番分かりやすいかもな」


俺も頷いた。


すると、栞は黙ったまま紙を見つめていた。


「水野?」


「はい?」


「何か考えはある?」


栞はゆっくり首を横に振った。


「……まだ、分かりません」


「どうして?」


「だって……知らない人に話しかけないといけないので」


「ああ……」


陽菜が顎に手を当てる。


「じゃあ、最初は栞があまり話さなくてもいい方法にしよう」


「例えば?」


「ポスターとか」


「それなら……」


栞が少しだけ顔を上げた。


「今まで作ったものを載せるのはどうでしょう?」


「いいね!」


陽菜が紙を指差す。


「どんなものが作れるの?」


栞は少し考える。


「近接センサー」


「それ、いいじゃん」


「自動制御システム」


「それも!」


「小型ロボット」


陽菜が目を丸くする。


「ロボットも作れるの?」


「はい」


「それ、聞いてない!」


「聞かれていませんでしたから……」


「確かに!」


陽菜が笑う。


栞も少しだけ笑った。


「他には?」


俺が尋ねる。


「プログラミング」


「うん」


「回路設計」


「うん」


「簡単な部品なら、設計して作ることもできます」


「……そんなにできるの?」


「はい」


「じゃあ、ポスターに全部書こう」


すると、栞の目が少しずつ輝き始めた。


「それなら……マイコンを使った作品も……」


「うん」


「センサーを複数組み合わせて……」


「うん」


「小型のロボットアームも作れます」


「ロボットアーム?」


「はい」


俺は思わず聞き返した。


「今から?」


「作れます」


即答だった。


俺は瞬きをする。


「水野……」


「はい?」


「何個くらい作れるものがあるんだ?」


栞は少し考えた。


「分かりません」


「分からない?」


「これまで作ったものなら……七つくらいは家にあります」


「七つ?」


俺たち三人が同時に声を上げた。


「はい」


「全部、自分で作ったの?」


「はい」


陽菜と麗華が顔を見合わせる。


そして俺を見る。


俺は小さく息を吐いた。


「……展示する場所が必要になりそうだな」


栞が少し嬉しそうに笑った。


けれど、そのとき俺はふと気になった。


「水野」


「はい?」


「どうして、そんなに電子工学が好きなんだ?」


栞の手が止まった。


少しの沈黙。


「……昔からです」


「どのくらい昔?」


栞は少しだけ笑った。


「小さい頃からです」


そして、栞は自分の過去について話し始めた。


栞は昔から、人と話すことが得意ではなかった。


友達が欲しくなかったわけではない。


ただ、どうやって近づけばいいのか分からなかった。


特に中学生の頃。


休み時間になると、教室の隅から女子たちの会話を聞いていることがあった。


「ねえ、このリップ新しいんだって」


「本当? 今度買ってみたい!」


「この前買った服、すごく可愛かったよ」


「今度一緒に買い物行こうよ」


そんな会話が聞こえてくる。


栞は何度も、その輪に入ってみようと思った。


「……私も……」


声をかけようとする。


けれど――。


「……何を話せばいいんだろう」


服のブランド。


流行しているメイク。


髪型。


最近人気のアクセサリー。


栞には、ほとんど分からない話ばかりだった。


「……私が入っても、話についていけない」


そう思うと、足が止まってしまった。


一度だけ、勇気を出して近づこうとしたこともあった。


「……あの……」


少女たちが振り返る。


「ん?」


「……」


言葉が出てこない。


何を話せばいい?


どんな話題ならいい?


頭の中で考えているうちに、時間だけが過ぎていく。


「……ごめんなさい」


それだけ言って、栞はその場を離れた。


それからは、無理に近づこうとしなくなった。


誰かと話すより、一人で好きなことをしているほうが楽だった。


そんなある日。


家にあった古いラジオが壊れた。


普通なら、そのまま捨ててしまうようなものだった。


でも、栞は違った。


「……中は、どうなってるんだろう?」


興味が湧いた。


恐る恐る分解してみる。


中には、見たことのない部品や配線がたくさんあった。


最初は何も分からなかった。


それでも、なぜか目が離せなかった。


もっと知りたい。


どうして音が出るのか。


どうして電気が流れるのか。


どうして、この小さな部品を組み合わせると機械が動くのか。


栞の父親も、彼女が電子機器に興味を持っていることに気づいた。


それから少しずつ、古い部品を譲ってくれるようになった。


栞は小さなものから作り始めた。


人が近づくと点灯するライト。


自動で動く小さなファン。


温度を測定するセンサー。


そして、線の上を走る小さなロボット。


一つ完成すると、また次のものを作りたくなった。


「初めて、自分で作った回路が動いたとき……」


栞が少し嬉しそうに話す。


「夜だったんですけど、嬉しくて、ずっと眺めていました」


「ずっと?」


「はい」


「眠くなかった?」


「すごく眠かったです」


「じゃあ、どうして?」


栞は迷うことなく答えた。


「もっと見たかったからです」


その言葉には、迷いがなかった。


「もっと知りたかったんです」


栞の目が輝く。


「どうしたらもっと速く動くのか。どうしたらもっと正確になるのか。別のセンサーを使ったらどうなるのか。プログラムを変えたら、どんな動きをするのか……」


栞は次第に話す速度を上げていった。


マイコン。


センサー。


自動制御。


プログラミング。


ロボット。


人工知能。


気づけば、俺たちは三人とも黙って栞の話を聞いていた。


もう、最初に会ったときのような遠慮はない。


栞は自分の好きなことについて、楽しそうに話している。


その姿は、とても生き生きしていた。


俺は思った。


これが、栞なんだ。


普段は人と話すことが苦手でも。


電子工学の話になると、誰よりも楽しそうに話す。


「本当に好きなんだな」


俺がそう言うと、栞は少し恥ずかしそうに笑った。


「はい」


「電子工学が?」


「……大好きです」


その答えは、とても自然だった。


そして俺は、ようやく理解した。


電子工学部は、栞にとって単なる部活動ではない。


そこには、彼女が長い時間をかけて積み重ねてきたものがある。


だからこそ、なくしたくないのだ。


「じゃあ、決まりだな」


俺は白紙を指差した。


「このクラブの魅力を、みんなに知ってもらおう」


陽菜が頷く。


「うん!」


麗華も続ける。


「まずは展示する作品を決めましょう」


「それからポスターですね」


「そして、興味を持ってくれた人に声をかける」


三人で話していると、栞が少し不安そうな顔をした。


「でも……」


「どうした?」


「人に話しかけるのは……やっぱり怖いです」


陽菜が栞の隣へ移動する。


「大丈夫」


「……陽菜さん?」


「一人でやらなくていいんだよ」


麗華も頷く。


「私たちも一緒にいます」


「……」


俺も続けた。


「俺もいる」


栞は三人の顔を順番に見た。


「……本当に?」


「もちろん」


陽菜が笑う。


「だから、少しずつやってみよう」


栞は胸の前で手を握った。


「……はい」


そして、少しだけ息を吸う。


「やってみたいです」


その言葉は小さかった。


けれど、昨日までとは違っていた。


逃げるための言葉ではない。


自分から前へ進むための言葉だった。


こうして俺たちは、電子工学部を救うための最初の作戦を立て始めた。


まずは、栞が作った作品を展示する。


その次にポスターを作る。


そして――。


興味を持ってくれた生徒に、実際に声をかける。


ただし。


最後の一つが、栞にとって最大の壁になることを、俺たちはまだ知らなかった。


人と話すこと。


それは、栞にとってどんな複雑な回路よりも難しい課題だった。

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