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礼儀作法の次は、ダンス

それから数日間。


放課後になると、俺はいつものように教室へ向かっていた。


礼儀作法の練習は、すっかり日課になっていた。


挨拶。


姿勢。


歩き方。


会話の仕方。


椅子への座り方。


ティーカップの持ち方。


名刺の受け取り方。


相手によって変える言葉遣い。


そして、社交の場で避けた方がいい話題まで。


毎日のように新しいことを教えられる。


最初の頃は、何をするにも頭の中で考えなければならなかった。


けれど、何日も繰り返しているうちに、少しずつ身体が覚えてきた。


「かなり良くなりましたね」


ある日の練習を終えたところで、九条が言った。


「本当?」


「はい。以前よりずっと自然です」


「やった」


「ただし、まだ細かいところに問題があります」


「……やっぱり?」


「ええ」


九条は淡々と答えた。


「ですが、覚える速度は思っていたより速いです」


「じゃあ、俺って意外と才能あるんじゃない?」


「調子に乗らないでください」


「はい」


即答する。


九条は小さく息を吐いた。


それでも、その表情には笑みが浮かんでいた。


そんな日々が何日か続いたある日。


いつものように教室へ入ると、九条がこちらを振り返った。


「今日は少し内容を変えます」


「何をするの?」


「ダンスです」


「……は?」


俺は固まった。


「ダンス?」


「はい」


「どうして?」


「社交の場では、ダンスをすることもあります」


「……俺、踊ったことないんだけど」


「知っています」


「どうして知ってるの?」


「見れば分かります」


「何それ……」


九条はため息をついた。


「西園寺家の人間として参加するのであれば、踊れた方がいいでしょう」


「でも、本当に一度も踊ったことないよ?」


「だから、今日から練習するのです」


「……分かった」


俺は覚悟を決めた。


「よろしくお願いします」


九条が教室の中央へ移動する。


「まずは基本のステップからです」


「はい」


「右足」


右足を出す。


「左足」


左足を出す。


「前へ」


一歩進む。


「後ろへ」


一歩下がる。


「そしてターンです」


身体を回す。


「……」


「……」


「……どうだった?」


九条は黙って俺を見ていた。


「……もう一度お願いします」


「はい」


もう一度。


右。


左。


前。


後ろ。


ターン。


今度は――


自分の足を踏んだ。


「……」


「……」


「今のは事故」


「二回目ですね」


「二回目は……」


俺は考える。


「練習の一環」


九条が目を閉じる。


「もう一度」


「はい……」


それから何度も繰り返した。


最初は動きがとにかく硬かった。


右足を動かせば左足が遅れる。


方向転換をすれば身体まで大きく傾く。


止まろうとすると、一歩遅れてしまう。


そして一度、勢い余って近くの机にぶつかりそうになった。


「危ない!」


九条が俺の腕を掴む。


なんとか転ばずに済んだ。


「……ありがとう」


「前を見てください」


「見てたよ」


「見ていたなら、どうして机に向かっていくのですか?」


「……机が近づいてきた」


「机は動いていません」


「……はい」


完全に俺の負けだった。


九条は呆れたように息を吐く。


けれど、その口元は少しだけ緩んでいた。


「何?」


「いえ」


「今、笑っただろ」


「笑っていません」


「絶対笑った」


「少し面白かっただけです」


「やっぱり笑ってるじゃん!」


九条が小さく笑う。


「礼儀作法はあれほど早く覚えたのに、どうしてダンスになるとここまで不器用になるのでしょう」


「俺だって知りたいよ!」


「ふふっ……」


「笑うなよ!」


「すみません」


そう言いながらも、九条は笑っていた。


その後も練習を続けた。


一回。


二回。


五回。


十回。


何度も失敗した。


それでも、少しずつ動きが変わっていった。


最初は一つ一つの動きを考えながら足を動かしていた。


しかし、何度も繰り返しているうちに、少しずつ身体が覚えていく。


右。


左。


前。


後ろ。


ターン。


今度は――


転ばなかった。


「……できた」


思わず声が出る。


九条がこちらを見る。


「はい」


「今の、ちゃんとできたよな?」


「ええ」


「やった!」


思わず拳を握る。


「やっとできた!」


「まだ基本のステップだけですよ」


「それでもいい!」


九条は小さく笑った。


「確かに、最初よりかなり良くなりました」


「だろ?」


「はい」


「じゃあ、次はもっと難しいやつを――」


「その前に」


九条が俺を見る。


「今度は一緒にやってみましょう」


「一緒に?」


「はい」


「……大丈夫?」


「何がですか?」


「俺、また足を踏むかもしれない」


「踏まないようにしてください」


「努力します」


九条が手を差し出した。


一瞬だけ迷ったが、俺はその手を取った。


「準備はいいですか?」


「たぶん」


「たぶんでは困ります」


「じゃあ、頑張ります」


「それで十分です」


九条がゆっくり動き始める。


俺もその動きに合わせる。


一歩。


二歩。


三歩。


ターン。


最初は少し遅れた。


けれど、九条の動きを見ながら合わせていく。


もう一度。


一歩。


二歩。


三歩。


ターン。


今度はうまくいった。


「……できた」


「はい」


「今の、ちゃんと合ってた?」


「ええ。かなり良かったですよ」


「よし!」


嬉しくなって、思わず笑ってしまう。


九条も笑っていた。


「この調子なら、社交の場でも最低限は対応できるでしょう」


「最低限か……」


「まだ完璧ではありませんから」


「まあ、それはそうだよな」


俺は苦笑した。


本物の西園寺蓮なら、きっと最初から自然にできるのだろう。


俺は違う。


何度も失敗して、何度もやり直して、それでようやく少しずつできるようになる。


それでも――


できなかったことが、できるようになるのは悪くない。


そして最近は、礼儀作法の練習そのものも、以前ほど嫌ではなくなっていた。


九条が教えてくれるからだろうか。


俺が失敗すると呆れながらも、最後には笑ってくれる。


その笑顔を見ると、もう一度頑張ろうと思えた。


「では、もう一度」


「まだやるの?」


「もちろんです」


「……分かった」


俺は再び九条の手を取った。


そして、もう一度ステップを踏み始める。


右。


左。


前。


後ろ。


ターン。


今度は、さっきよりも自然に動けた。


少しずつだけど――


俺は確実に前へ進んでいた。

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