新しい繋がりと、思いがけない呼び出し
帰りの車の中。
俺は窓の外を眺めながら、今日の出来事を思い返していた。
特に頭から離れないのは――。
九条麗華。
今日は彼女と一緒に勉強をした。
それだけではなく、最後には二人でお茶まで飲んだ。
今までの俺なら、そんなことになるなんて絶対に想像できなかっただろう。
「……ずいぶん考え込んでいますね」
運転席から神崎さんの声が聞こえてきた。
「え?」
「学校を出てから、ずっと窓の外を見ています」
「そんなに分かりやすかった?」
「かなり」
神崎さんは前を向いたまま答えた。
俺は小さくため息をつく。
「今日、知り合った人がいるんだ」
「知り合った人?」
「うん。九条麗華っていうんだけど」
その名前を口にした瞬間、神崎さんの表情がわずかに変わった。
「……九条?」
「うん」
「九条家のご令嬢ですか?」
「たぶん、そう」
神崎さんは少しだけ黙った。
「どうして九条様と?」
「廊下でぶつかった」
「……なるほど」
「それで、俺の姿勢とかネクタイとかを注意されてさ」
「いかにも九条様らしいですね」
「やっぱり有名なの?」
「礼儀作法には非常に厳しい方だと聞いています」
「やっぱりか……」
俺は苦笑した。
それから、今日あったことを神崎さんに話した。
勉強が上手くいっていないこと。
麗華が俺の勉強の弱点を見抜いたこと。
そして、これから勉強を教えてくれること。
「つまり、九条様が悠斗様の勉強を見てくださることになった、と」
「そういうこと」
「それは興味深いですね」
「何が?」
「いえ。良い機会だと思います」
「良い機会?」
神崎さんはバックミラー越しに俺を見る。
「悠斗様は、同年代の方と交流する機会がこれまであまりなかったでしょう」
「……まあ、そうだけど」
「これからは、西園寺蓮として学校生活を送る必要があります」
「うん」
「でしたら、同年代の方と普通に関係を築くことは大切です」
俺は黙って聞いていた。
「それに、九条家は西園寺家とも非常に関係の深い家です」
「……家同士の繋がりってこと?」
「はい」
神崎さんは淡々と続けた。
「九条家との良好な関係を築くことは、西園寺家にとっても決して悪いことではありません」
「でも……」
俺は少し考えてから口を開いた。
「俺は、家同士の関係を作ろうと思って麗華と話してるわけじゃないよ」
「分かっています」
「俺にとっては、ただ勉強を教えてくれる同級生だよ」
「それで構いません」
神崎さんは穏やかに答えた。
「むしろ、その方が自然でしょう」
「自然?」
「最初から家同士の関係を意識して近づけば、相手にも伝わります」
「……確かに」
「ですが、友人や同級生として自然に接していれば、結果として両家の関係が深まることもあります」
俺は窓の外を見た。
確かに、神崎さんの言っていることは分かる。
俺自身はそんなことを考えていなかった。
ただ勉強を教えてもらう。
少し話をする。
それだけだ。
でも、人間関係なんて、そういう小さなことの積み重ねなのかもしれない。
一つのことが、次のことへ繋がっていく。
「……そういうものなのかな」
「そういうものです」
「まあ、俺はそこまで考えてないけど」
「ええ。そうでしょうね」
「なんだよ、その言い方」
「いえ」
神崎さんの口元がほんの少し緩んだ。
「ただ、九条様と交流すること自体は、私は良いことだと思います」
「それなら、まあ……これからも勉強を教えてもらうよ」
「ぜひそうしてください」
俺は再び窓の外へ視線を向けた。
もし父親――いや、西園寺家の当主である雅宏さんが知ったら、きっと悪い話ではないと思うだろう。
九条家の令嬢と学校で親しくしている。
それだけでも、家同士の繋がりという意味では価値があるのかもしれない。
でも、俺自身はそんなことを考えて麗華と一緒にいるわけではない。
ただ、勉強を教えてもらっている。
そして、少しずつ彼女のことを知っている。
それだけだ。
……まあ、こういうのも一つのことが次のことへ繋がっていくということなのだろう。
「……九条さんか」
俺は小さく呟いた。
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
車はそのまま静かに走り続けた。
しばらくして、俺たちは西園寺邸へ到着した。
「送ってくれてありがとう、神崎さん」
「お疲れさまでした、悠斗様」
車を降り、俺は屋敷の中へ入った。
今日はもう部屋に戻って休もう。
そう思っていた。
しかし、玄関を入ったところで使用人の一人が近づいてきた。
「若旦那様」
「ん?」
「旦那様がお待ちです」
「父さんが?」
「はい。執務室でお待ちになっています」
俺は足を止めた。
「今から?」
「はい」
「……分かった」
俺は廊下の先を見る。
雅宏さんの執務室。
これまで何度も顔を合わせている。
けれど、蓮の身代わりとして学校へ通い始めてから、二人きりで話したことはほとんどなかった。
俺は少しだけ緊張しながら、執務室へ向かった。
扉の前に立つ。
そして、軽く息を吸った。
コンコン。
「入れ」
中から雅宏さんの声が聞こえた。
「失礼します」
扉を開ける。
広い執務室。
その奥の机には、西園寺雅宏さんが座っていた。
雅宏さんは手にしていた書類から顔を上げ、俺を見る。
「座れ」
「はい」
俺は向かいの椅子に腰を下ろした。
雅宏さんはしばらく俺を見つめていた。
その表情は、いつもより少しだけ真剣だった。
何か大事な話がある。
そんな気がした。
「……父さん?」
俺が尋ねると、雅宏さんはゆっくりと口を開いた。
「蓮について話がある」
「……蓮?」
俺は思わず目を見開いた。
雅宏さんは静かに頷く。
「そうだ。私の息子について、君に伝えておかなければならないことがある」
胸の奥に、嫌な予感が走った。
俺は黙って雅宏さんを見つめる。
一体、何があったんだ?
その答えを、俺はまだ知らなかった。




