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名門校の成績順位と、知らないお嬢様

 西園寺家の屋敷で暮らし始めてから、しばらくの日々が過ぎた。


 陽菜との休日を過ごし、幼い頃の蓮について少しずつ知っていく。


 そして俺は、ある重大な事実に直面していた。


「……難しい」


 放課後。


 俺は教室の机に向かい、一冊の問題集と睨めっこをしていた。


 目の前にあるのは数学の問題。


 数字と記号が並んでいるだけなのに、まるで暗号を見せられているような気分になる。


「えっと……ここをこうして……いや、違うか」


 消しゴムで答えを消す。


 もう一度計算する。


 そして、また間違える。


「…………」


 俺は無言で天井を見上げた。


 この学校、レベルが高すぎないか?


 私立星嶺学園高等部。


 全国でも有名な名門校。


 ここに通っている生徒たちは、幼い頃から家庭教師をつけていたり、進学塾に通っていたりする。


 もちろん、勉強だけがすべてというわけではない。


 でも、周囲を見れば分かる。


 授業についていくための準備が、俺とはまるで違う。


「悠斗、まだやってるの?」


 隣の席から声がした。


 顔を上げると、陽菜がこちらを覗き込んでいた。


「……ああ。これが全然分からない」


「どれ?」


 陽菜が俺の机の横に立つ。


 問題集を覗き込み、数秒。


「これなら、こうじゃない?」


 陽菜は俺のノートにさらさらと式を書いていく。


「……え?」


「ここを先に整理して、それからこっちを代入するの」


「…………」


 説明を聞けば分かる。


 だけど、俺一人ではそこに辿り着けなかった。


「陽菜、お前……頭いいんだな」


「今さら?」


 陽菜は少し得意そうに笑った。


「だって、私たち中等部からずっとここだよ?」


「……そうだった」


 俺は改めて思う。


 この学校では、俺が知らないことがあまりにも多い。


 礼儀作法だけじゃない。


 勉強も、生活も、人間関係も。


 俺が今まで普通だと思っていた世界とは、何もかもが違う。


「でも、悠斗……じゃなくて、蓮」


「ん?」


「最近、ちゃんと勉強するようになったよね」


 陽菜が嬉しそうに笑った。


「前の蓮なら、こんなに必死になって問題集を解いてるところ、あんまり見なかったかも」


「……そうなのか?」


「うん」


 陽菜は少し考えてから続けた。


「蓮は勉強できたから。授業を聞いてるだけでも、だいたい分かってたし」


「…………」


 俺は心の中で冷や汗をかいた。


 それは困る。


 本物の西園寺蓮がどれだけ頭が良かったのか、俺は知らない。


「でも、今の蓮もいいと思うよ」


「え?」


「分からないところをちゃんと頑張ってるから」


 陽菜はそう言って、俺のノートを指差した。


「それに、前より話しかけやすいし」


「……そうか」


「うん」


 陽菜は笑った。


 その笑顔を見ると、少しだけ肩の力が抜けた。


「じゃあ、もう一回やってみるか」


「そうそう。その意気!」


 陽菜が俺の隣で応援してくれる。


 俺はもう一度、問題に向き直った。



 ――そして、その数日後。


 校内に一枚の掲示物が張り出された。


『月間成績上位100名』


「……月間成績?」


 俺は廊下に集まっている生徒たちの後ろから、掲示板を覗き込んだ。


 どうやら毎月行われる定期的な校内順位らしい。


 上位百名の名前が、順位とともに掲載されている。


「うわ……」


 思わず声が漏れた。


 上から順番に名前が並んでいる。


 一位。


 二位。


 三位。


 その下にも、ずらりと名前が続いている。


「……これ、俺が載ってるわけないよな」


 まだ入学したばかりとはいえ、ここ最近のテストを思い出せば分かる。


 俺がこの中にいるとは思えない。


「蓮、何してるの?」


 陽菜が後ろから顔を出した。


「成績順位を見てる」


「ふーん」


 陽菜は掲示板を見ると、慣れた様子で名前を探した。


「……あ」


「どうした?」


「私、ここ」


 陽菜が指差した先には、自分の名前があった。


「結構上じゃん」


「まあまあかな」


「まあまあって……」


 俺は苦笑した。


 俺とは世界が違う。


 そう思ったときだった。


 少し離れた場所で、周囲の生徒たちが自然と道を空けた。


「……?」


 何人かの生徒が、小声で話している。


「九条さんだ」


「今回も一位かな」


「たぶんね」


 その声につられるように、俺もそちらを見る。


 そこに、一人の少女が立っていた。



 長い髪が、背中の中ほどまでまっすぐに伸びている。


 色は黒に近い、深い藍色。


 光が当たると、わずかに青みが浮かぶ。


 整った顔立ち。


 白くきめ細かな肌。


 そして、見る者を静かに引き込むような濃い紫色の瞳。


 身長は161センチほど。


 細身で均整の取れた体つきで、制服の着こなしにも一切の乱れがない。


 背筋は自然に伸びている。


 歩き方にも無駄がなく、立っているだけなのに不思議な存在感があった。


 彼女の名前は――。


 九条麗華。


 十五歳。


 日本でも有数の巨大企業グループを率いる九条家の令嬢。


 幼い頃から厳格な教育を受け、勉強だけでなく礼儀作法や社交についても徹底的に身につけてきた少女だった。


 性格は誇り高く、真面目。


 何事にも妥協を許さない完璧主義者。


 それでいて、人前で感情を大きく表に出すことはない。


 誰かに見せるためではなく、自分自身が納得できるかどうか。


 それが、彼女にとって重要だった。



「……」


 麗華は掲示板の前に立つ。


 そして、一番上に書かれた名前を見る。


『一位 九条麗華』


 麗華は特に驚くこともなく、自分の名前を確認した。


「……いつも通りね」


 小さく呟く。


 だが、彼女が確認したかったのは、自分の順位だけではなかった。


 視線を下へ。


 二位。


 三位。


 十位。


 そこまで確認しても――。


 ある名前が見つからない。


「…………」


 さらに下へ視線を移す。


 二十位。


 三十位。


 五十位。


 そして、百位。


 それでも。


 その名前はどこにもなかった。


 麗華の眉が、ほんのわずかに動く。


「……西園寺蓮」


 その名前を、静かに口にした。


 西園寺蓮。


 中等部時代、何度も成績順位を競い合った相手。


 総合順位では、ほとんどいつも彼が一位。


 麗華は二位になることが多かった。


 もちろん、個別の教科や試験によっては麗華が上回ることもあった。


 それでも総合成績では、最後に彼が上にいる。


 だからこそ――。


 この学園に入学した今も、彼が上位にいることを麗華は当然のように思っていた。


「…………」


 もう一度、掲示板を見る。


 ない。


 百位まで確認しても、ない。


「どういうこと……?」


 麗華は小さく呟いた。


 彼女は周囲を見回す。


 生徒たちはいつも通り成績順位について話している。


 誰も特別に騒いでいる様子はない。


 だからこそ、余計に気になった。


「一体、何があったのかしら……」


 麗華はもう一度、掲示板へ視線を戻した。



 一方その頃。


「…………」


 俺は教室で、机に突っ伏していた。


「悠斗……じゃなくて、蓮。大丈夫?」


「大丈夫じゃない……」


「そんなに?」


「俺、この学校でやっていけるのかな……」


 俺の目の前には、今日返却されたテスト。


 そこには、俺が見たくなかった数字が並んでいた。


「まだ始まったばかりだよ」


 陽菜が苦笑する。


「これから頑張ればいいじゃん」


「……そうだな」


 俺はテストを見つめた。


 西園寺蓮として生きるなら、勉強も避けては通れない。


 礼儀作法だけじゃない。


 学力も必要だ。


「よし……」


 俺は顔を上げる。


「次はもう少し頑張る」


「うん。その調子!」


 陽菜が笑う。


 俺はまだ知らなかった。


 この学校には――。


 俺がまだ一度も話したことのない少女がいることを。


 そして、その少女が今、俺の名前を探していることを。

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― 新着の感想 ―
陽菜が何度か悠斗の名前出してますけど蓮と別人だと気付いてる場面ありましたっけ
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