蓮が語る、幼馴染との思い出
「俺は、いつまで『ただ蓮を演じているだけ』だと言い続けられるんだろう」
そんなことを考えながら、俺はしばらくキーホルダーを見つめていた。
すると、向かいにいる蓮が口を開いた。
「それで……今日はどうだった?」
「どうって?」
「桜井家だよ」
「ああ……」
俺は今日の出来事を思い出す。
「楽しかったよ」
「それはよかった」
「陽菜の両親も優しかったし」
「父さん……いや、恒一さんは相変わらずだった?」
「相変わらず?」
俺が聞き返すと、蓮は少しだけ嫌な予感がするような顔をした。
「何か言われなかった?」
「……言われた」
「何を?」
俺は少し黙ってから答えた。
「いつ陽菜と結婚するんだって」
「…………」
蓮が固まった。
そして――。
「ははははは!」
突然、大声で笑い始めた。
「笑うなよ!」
「だって……!」
蓮はお腹を押さえながら笑っている。
「父さん、まだそんなこと言ってるのか!」
「まだ?」
「俺が小学生の頃から言ってたよ」
「マジか……」
「『大人になったら陽菜ちゃんをよろしくな』とか、『二人が結婚したら両家の関係ももっと深くなるな』とか……」
「……」
俺は頭を抱えた。
「だからあんなに自然に聞いてきたのか」
「たぶんね」
蓮は笑いながら答える。
「陽菜は昔から、その話をされるたびに怒ってたけど」
「今日も真っ赤になってたぞ」
「それも変わってないな」
蓮は楽しそうに笑った。
しばらくすると、蓮は少し落ち着いた。
俺はふと思ったことを尋ねる。
「なあ、蓮」
「ん?」
「お前と陽菜って……実際、どんな関係だったんだ?」
蓮の表情が少し変わった。
「どんな関係って?」
「いや……」
俺は言葉を選ぶ。
「今日、昔の写真をたくさん見せてもらったんだ」
「うん」
「二人とも、本当にずっと一緒だったんだなって思って」
蓮は少し考えるように視線を落とした。
「まあ、そうだね」
そして、ゆっくり話し始めた。
「俺たちの家は昔から付き合いがあったからね。両親同士も仲が良かったし、子供の頃から一緒にいることが多かった」
「旅行も?」
「うん。誕生日とか、家族同士の食事とか。夏休みに一緒に出かけたこともあった」
「なるほど」
「陽菜は昔から明るかったよ」
蓮が笑う。
「俺が何か考え込んでると、勝手に隣に来て話しかけてくるんだ」
「今と同じだな」
「そうだね」
「他には?」
「負けず嫌い」
「それも今と同じだな」
「あと、意外と寂しがり屋」
「……それは今日、少し分かった」
俺がそう言うと、蓮は少しだけ笑った。
「陽菜は、俺にとって……」
そこで蓮は一度言葉を止めた。
「大切な幼馴染だった」
その言葉には、今までとは少し違う重みがあった。
「俺が小さい頃から、ずっとそばにいてくれたから」
「……」
「俺が西園寺家の跡取りとして扱われるようになってからも、陽菜だけはあまり変わらなかった」
「どういう意味?」
「俺がどんな服を着ていても、どんな立場になっても、陽菜は俺を普通に叱ったり、笑ったりしてきた」
蓮は少し照れたように笑った。
「だから、陽菜と一緒にいると楽だったんだ」
「楽?」
「うん」
蓮は窓の外を見る。
「陽菜の前では、『西園寺家の跡取り』じゃなくて、ただの蓮でいられたんだ」
その言葉を聞いて、俺は少し考えた。
それは、なんとなく分かる気がした。
俺も陽菜といるときは、少しだけ肩の力が抜ける。
「……それなら、分かるかもしれない」
「何が?」
「俺も、陽菜といるときは楽なんだ」
蓮が俺を見る。
「学校ではずっと気を張ってるだろ?」
「ああ」
「言葉遣いとか、態度とか、周りの目とか……」
「うん」
「でも陽菜と話してると、そういうことをあまり考えなくていい」
俺は少し笑った。
「たぶん、あいつは俺のことを『御曹司』として見てないんだろうな」
「そうだと思う」
蓮も笑った。
「それが陽菜だから」
「なるほど」
少し沈黙が流れた。
すると、蓮が突然こちらを見る。
「じゃあ、悠斗」
「ん?」
「お前は陽菜のこと、どう思ってる?」
「……は?」
予想していなかった質問だった。
「どうって……」
「好き?」
「なっ……!」
俺は思わず顔をしかめる。
「なんでいきなりそうなるんだよ!」
「いや、気になっただけ」
蓮は笑っている。
「どうなんだ?」
「……いい子だと思う」
「それだけ?」
「それだけじゃない」
俺は少し考える。
「明るいし、一緒にいて楽しい」
「うん」
「それに……」
俺は少しだけ言葉を探した。
「話しやすい」
「なるほど」
蓮は頷いた。
「それなら十分じゃない?」
「何が?」
「いや、別に」
蓮は意味ありげに笑った。
「お前、意外と鈍いんだな」
「何の話だよ」
「秘密」
「おい」
俺は思わずため息をついた。
本当にこいつは、時々分からないことを言う。
しばらくして、俺は別のことを尋ねた。
「蓮は……学校に戻りたいか?」
蓮の表情が少しだけ変わった。
「うん」
迷いのない返事だった。
「戻りたい」
「……そうか」
「もちろん、今すぐは無理だけどね」
蓮は自分の足を見る。
事故によって大きな怪我を負った両足。
今も自由には動かせない。
それでも、その目には諦めた様子はなかった。
「医者もリハビリ次第だって言ってる。時間はかかると思う」
「……」
「だから、いつになるかは分からない」
蓮は少し笑う。
「でも、いつか自分の足で学校に行きたい」
「そうだな」
「そのときは……」
蓮が俺を見る。
「俺がちゃんと戻るよ」
「……ああ」
俺は頷いた。
それがいつになるのかは分からない。
数か月後かもしれない。
一年後かもしれない。
もっと先かもしれない。
それでも、蓮は自分の未来を諦めていなかった。
俺は立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ戻るよ」
「うん」
扉へ向かう。
そのとき、蓮が俺を呼んだ。
「悠斗」
「ん?」
振り返る。
蓮は穏やかな表情をしていた。
「一つだけ言っておく」
「何?」
「俺の代わりになるからって、俺と同じ人間になろうとしなくていいから」
俺は黙った。
「言葉遣いや礼儀作法は必要だけど、それ以外まで無理に真似する必要はない」
蓮は笑う。
「お前は、お前のままでいい」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ驚いた。
祖父の言葉を思い出す。
――別人のふりをするのは構わん。だが、自分まで別人になるな。
まさか、蓮からも似たようなことを言われるとは思わなかった。
「……分かった」
俺は笑った。
「ありがとう、蓮」
「うん」
俺は部屋を出た。
扉を閉める直前、もう一度だけ振り返る。
蓮は笑っていた。
その姿を見て、俺も自然と笑った。
俺たちは同じ顔をしている。
けれど、歩んできた人生はまったく違う。
それでも今は――。
少しずつ、互いのことを理解できるようになっている気がした。




