30話 平民は戦いを選ぶか
「それじゃあ反対側を持ってて。」
「ああ。」
「せーの、よいしょ。」
倒れていたタンスが、ライト・ニューポートと人間の姿になったネイバー・バックヤードによって起こされる。
2人は今、兵士達に荒らされた家の中を掃除していたのだった。
突然やってきた兵士達に家を荒らされた直後は、ライトは地面にうずくまり身じろぎをする気持ちにすらなれない状態だった。
そしてそれを見かねたのか、ネイバーは犬の姿から人の姿になり、家の片付けをはじめていた。
掃除といっても、魔物のネイバーに整理整頓の考えはあまりないらしく、とりあえず床に倒された家具を元に直すくらいであった。ただそれでも、ライトがうずくまった状態から気を持ち直すきっかけになったらしく、ライトはゆっくりと立ち上がると、ネイバーと一緒に家の片付けをはじめたのだった。
「それにしても酷いもんだな。この街にいる兵士っていうのは、いつもこんな事をしてるのか?」
ネイバーがライトに尋ねる。ライトは掃除の手を止めてネイバーに応えた。
「いや、いつも嫌味とかを言われたりはするけど、ここまで酷いことをされたのは初めてだよ。あのグロウとかいう兵士も初めて見たし。」
「ふ〜ん。」
「ううう、本当に酷いよ、家を探すのはまだ良いとしても、探すために家を荒らしたなら、それを直して帰るのが当然じゃないか。」
「まあそうだな。」
「そうだよ。ううう、絶対に許せない。」
ライトは泣き言を言いながら、悲しみと怒りで血が出るような勢いで拳を握りしめていた。
「あの時、俺があいつらを叩きのめしてもよかったんだけどな。」
「え?」
「けっこうムカつく奴らだったからな、殴り飛ばして、腕の1本、2本折ってやってもよかったんだ。いっそ消してやっても……まあ、ここでやるとお前が犯人っていうことになるだろうからやらなかったけど。」
ネイバーが冗談でもなく、グロウ達を殺してもよかったと考えていることがわかり、ライトは少し引いた。
「う、うん。殴ってやりたいのは俺も同じだけど、殺しちゃうのはやり過ぎだと思うし、ここでやるのもちょっとマズイよ。」
「だからここではやらなかっただろう?」
「うん。」
「復讐はするけどな。」
「え?」
「え?じゃないよ、当然だろう。お前悔しくないのか?」
「悔しいよ!けど、相手は兵士と貴族だし、どうやって復讐なんてするのさ。」
ライトは思わず声を大きくして言ったが、ネイバーは平然としていた。
「そりゃあ直接行って殴るに決まってるだろ。あの程度の奴らなら俺なら余裕だ。俺のことなんて誰も知らないから、見つかろうが関係ないしな。」
余裕のありそうなネイバーの様子に、ライトはネイバーが大猿になった姿を思い出した。大猿の姿のネイバーなら、どんなところでも直接行って殴ることが出来そうだとライトは思う。
「それは、ネイバーならそうなのかな。」
「そうだよ。ついでにお前も来いよ。一発殴らせてやる。」
「ええ!?そしたら俺がやったってバレちゃうじゃないか。」
「大丈夫だ。気絶させるか目隠しさせとくから。」
「う〜ん、いやけど、今日ここに来た奴らが今日襲われたら、俺が犯人って言ってるようなものじゃないか。」
「……それは一理あるか。」
ライトの話を聞いてネイバーが少し考える素振りを見せた。
「復讐するのはいいけど少し日を空けるとか……。「ダメだ。」
ライトの提案をネイバーは即座に否定した。
「それはダメだ。今日やられたら今日やり返さないとダメだ、心が鈍る。今日みたいにふざけた事をされたなら特にな。……よし、俺はやってくるから、お前はどこか店とか行ってろよ。」
「店って?」
「あれだよ、アリバイっていうのが必要なんだろ?俺は実行する。お前はアリバイを作る。それでいいだろう。」
「う〜ん、けど俺、いつもは店なんか行かないよ?」
「あ〜?屁理屈言うんじゃないよ。必要なのはいつものお前の行動じゃなくて、今日何をしてるかだろ?」
「そ、そっか。それなら大丈夫かな?」
「安心しろよ、お前と俺が繋がってるなんて絶対わからねぇ。そこらへん俺はしっかりしてるからな。」
「う、うん。じゃあ、お金を出してこないとな。」
自信ありげなネイバーに押されて、ライトは出掛けるためのお金を出すことにした。
そして、ライトはネイバーを置いて寝室に行ったのだが、少しすると、ライトの悲鳴のような声が家に響いた。
「あああ!!ない!ないよ!!」
「なんだ?どうした?」
声を上げたライトの元へネイバーが歩いていく。
そしてネイバーが寝室に着いた時、ライトは寝室に置かれた机のそばで座り込んでいた。
茫然自失といった様子のライトに、ネイバーは再び「どうした?」と言った。
「ないんだよ。お金が、ここにあったんだ!それがないんだよ!確かにあったのに、誰かが盗んだんだ。あいつらの誰かが!俺の全財産なのに!!」
「おいおい本当かよ。」
どうやら、ライトが机に入れていたお金がなくなっているようだった。それも、ライトの所有していたお金の一部ではなく、その全てがなくなっていたようだった。
「本当だよ!!ど、どうしよう。他にお金なんてないのに。」
ライトは「どうしよう、どうしよう。」と言いながら周囲の床を漁った。だが、どれだけ床を探してもお金は見つからなかった。
その時、
ドサッ、
ライトのそばに袋が落ちた。
「落ち着け、どの程度の価値かわからないが、これでしばらくは食いつなげるか?」
「え?」
袋を落としたのはネイバーだった。
一体なんだろうと思いながらライトが袋を開けると、中にはお金が入っていた。それもかなりの大金であった。
「な、どうしたのこれ?」
「いいから、どうなんだよ。これでしばらく大丈夫なのか?」
「えっと、う、うん。こんなに、これだけあれば生きていけるよ。俺の今までの蓄えと変わらないくらいあるし。」
「そうか、じゃあこれを使っとけ。」
ライトはお金を盗まれたショックとネイバーからお金を渡された驚きで混乱していた。
「えっと、どうしたのこのお金?」
「稼いできた。」
「稼いできたって。一日二日で稼げるお金じゃないよ。」
「ふむ、まぁ金持ってそうな奴から巻き上げてきたんだけどな。」
何という事もないようにネイバーは言ったが、ライトは焦った。
「ちょ、ちょっとそれはマズイよ。」
「何がだ?」
「だって、それって強盗じゃないか、犯罪だよ。」
「そうか?」
「うん。」
「それでどうなるんだ?」
「どうなるって、逮捕されるし、お金も返さなきゃいけないし。いいことじゃないよ。」
「そうか?それじゃあ1つ聞くけど、俺がそいつらから金を取るまで、そいつらは店の料金を踏み倒していたみたいだった。それは犯罪か?」
「それはまあ、犯罪だよ。」
「それで、そいつらはどうなるんだ?」
「どうなるって……」
「何か罰を受けるのか?」
「いや、本当は逮捕されなきゃいけないんだろうけど。実際には何もないと思う。」
ライトはバツが悪そう言った。
「そうだろう。俺がやったのはつまり、本当は罰を受けるべき奴らに罰を与えてやったわけだ。そうだろ?」
「え、そうかなぁ。そんなことはない気がするけど。」
「じゃあ貴族は何をしても罰せられないでいいのか?」
「いやそれはよくないよ。けど、それは罰したくても罰することができないだけなんだよ。」
「だから俺が罰してやったんじゃないか。」
「そうかもしれないけど。」
「けど?」
「けど、相手に非があっても、犯罪で仕返しするのはよくないと思う。」
ライトがそう言うと、ネイバーはライトの言葉を吟味するように口を閉ざした。
「……そしたらお前、どうするんだ?」
「どうするって?」
「あの兵士と貴族に金を盗られたんだろ?盗んだ奴らに何かできるのか?」
「それは……できないよ。」
「そうだよ。多分できないんだろう。この街の奴らは多分、皆そうなんだろうなって思うよ。けどよ、お前家から追い出されそうになってるんだろ?そのうえ家を荒らされて、金まで盗まれてるわけだ、ここまでされてやり返さなかったら、お前バカだぜ。」
「……うん。」
ネイバーに反論することができず、ライトは下を向いた。実際のところ、実害を受け続けてきたライトの方が、ネイバーよりもよほど貴族達に復讐してやりたいという気持ちは強かった。
(けどそれでも、貴族を罰するために法律を犯してもいいものなのだろうか?)
ライトがネイバーに賛同しかねている理由は恐らくその一点であった。
「なぁ、この街で戦えるのは、俺たちしかいないんじゃないか?」
「え?」
下を向いたライトにネイバーが話しかける、その声は幾分か柔らかいものになっていた。
「今まで貴族とか兵士が、この街で好き勝手にやってきたわけだろう?それで他の奴らは従ってきたわけだ。けどよ、何か酷い事が行われてるなら、それに対して戦う……戦う権利っていうのがあるんじゃないのか?」
「戦う権利……?」
「そうだよそうそう。戦う権利だよ。この街の奴らは戦う力がないからずっと従ってきたんだろう。それで、歯向かう奴がいないから調子に乗った奴が余計に調子に乗っていくんだ。だからこそよ、ただ従ってるだけじゃないんだぜ、っていうのを知らしめないといけないんじゃないか?お前が言う犯罪で判断するなら、多分犯罪なんだろうよ。けどよ、何でもかんでも大人しく従ってるわけじゃないんだぜ、ていうことを、戦う力を持ってる俺たちが他の奴らに代わってやってやらなくちゃいけないんじゃないか?」
「……戦う権利。」
なぜか、ネイバーの言った戦う権利という言葉はライトの心に刺さった。
今も昔も、ライトが貴族から嫌がらせを受けてきたとき、戦う権利はあったはずなのだ。戦う力がなかっただけで。
けど今はネイバーがいる、戦う力があるはずだ。
「戦ってもいいのかな?」
「お前はどうしたいんだ?」
「……本当は、戦いたいよ。黙ってやられてるだけじゃないんだって、一発殴って言ってやりたい。」
「犯罪になってもか?この金はどうするんだ?」
「う、」
ネイバーの質問にライトは声を詰まらせた。だが、ライトは深呼吸をすると、ポツポツと語り始めた。
「使うよ。そのお金を使う。……多分、俺が言ってる事は、選択肢がある奴の言い分なんだ。一般的に良いとか悪いとか、そういうのは上の身分か、同じ身分の奴らだけで通じることなんだ。そうじゃない奴は、何を言っても上の奴らに無理矢理従わされるんだ。お前の言うとおりだよ、家を取られて、お金も盗られて、ここまでされて何もしないなんていうのはただのバカだ。このお金を持ってたのは俺と関わりのない奴かもしれないけど、この街をこんなふうにして、俺を追い詰めてきている貴族の1人なんだ。そんなのは許せない。このお金を使ってでも、そいつらと戦ってやる。」
ライトはネイバーを見つめて言った。
それに対してネイバーは頷いて返事をした。
「よし、とりあえずよく言った。これ以上ウダウダ言ってたらお前の事を殴り飛ばしてやろうかと思ってたけど、まぁいいだろう。」
「ちょっと、なんだよそれ。」
「あー?大体お前俺を召喚した時に、最初はドラゴンを召喚して街の奴らを脅そうとしてたんだろうが。今さらキレイ事を言おうとしてるのがそもそもおかしいんだよ。」
「う、たしかに。」
言われてみるとたしかに、ライトは当初ドラゴンを召喚して街にけしかけようとしていたのである。実際にそんなことをしていたら、貴族のお金を巻き上げるよりもはるかに罪が重かっただろう。
家を追い出されそうになった怒りで深く考えてはいなかったが、今思うとその時、すでに犯罪を犯してでも貴族達と戦う意志は固まっていたのかもしれない。
「とりあえず俺は今日来た奴らを殴ってついでに金を取り戻す。お前はどうする?」
ネイバーがあえてライトに何をするか尋ねる。
ライトは床にある袋を手に取って握りしめた。
「このお金を持って、アリバイを作ってくる。」
「それでいいのか?」
「うん。まだ自分のお金じゃないお金を使うなんて気が引けるけど、戦いだもんな。」
「そうだ。一発かましてやればいいんだ。」
「うん。」
あくまでも気軽な様子のネイバーに対して、ライトは緊張した顔で袋を握っていた。
「まぁそんなに気負うなよ。今日来た奴らを見ただろ?お前のお金を盗んでも何も気にしてなかったじゃないか。俺が渡した金を持ってた奴らだって、さっき言ったとおり店の料金を踏み倒してた奴らだぜ。」
「うん、たしかにそうだ。そんな奴らのお金なら罪悪感が和らぐよ。」
罪悪感が和らぐと言った口調とは逆に、ライトの顔は強張っていた。
その様子を見たネイバーは檄を飛ばすようにライトの背中を強く叩いた。
「ま、どうせ1年でこの街から出て行く予定なんだ。それまでにこの街の気に入らない所を壊せるだけ壊してやってよ、そしたらさっさと別の街にオサラバしようぜ。」
「うん。そうだ。……うん。壊してやらなきゃいけないよな。」
ライトは再びネイバーと目を合わせた。その瞳には力強さが篭っていた。
「やるよ、俺。俺の意思でやってやるんだ。」
「いいぜ。その意気だ。」
この時ネイバーは、ネイバーの言った言葉から「壊す」という言葉を抜き出して言ったライトに違和感を覚えたが、特に気にする事なく襲撃の準備を整えることにした。
もしかするとそれは、ライトが心の中で、この街を壊す事を願っていることから出た言葉なのかもしれなかった。また、ライトがドラゴンを召喚したがっていたのも本当は、脅すことなどせず、自分を虐げてきた街を壊してしまいたいという思いからなのかもしれなかった。
だが、ともあれライトはこの日明確に、貴族達と戦う事を選んだのだった。
お読みいただきありがとうございます。
なんだか犯罪を肯定するような話になってしまった気がする。犯罪は当然ダメですね。
頭がよくない人が犯罪のこととかいろいろ考えようとすると碌にまとまらないのです。
頭がよくなりたい。




