27話 友情のはじまりについて
「はぁ、はぁ。」
スミの荒い息遣いが店に響く。
スミは店の奥に体を向けたままアルトとクルルの方を振り返ろうとしなかった。
そこへアルトが声を掛けた。
「スミ。こっちを向いて。」
「……はい。」
スミはゆっくりと体をアルトの方へ向けた。
「すみませんアルト様。見苦しいところを見せてしまいました。」
「いいえ。あなたカッコ良かったわよ。」
「え?」
アルトのカッコ良かったと言う言葉にスミは戸惑った。家族で怒っているところなど、どう考えても恥ずかしい場面だとしか思えなかったからだ。
しかしながら、クルルもアルトに賛同してスミを誉めた。
「私もカッコ良かったと思いましたよ。だってお父さんに向かって、私達を庇ってくれたじゃないですか。」
「そんなことないと思います。」
「私達を守ってくれて、私は嬉しかったわよ。」
「……はい。」
2人の言葉を聞いて、スミは小さく微笑んだ。
それからしばらく時間を空けて、アルトは躊躇いがちにスミに話しかけた。
「ねぇ、スミ?」
「はい。」
「その、あなたが言いにくかったら言わないでほしいんだけど、お父さんのこと苦手?」
アルトの言葉を聞いたスミはバツが悪そうな顔をした。
「そういうふうに見えましたか?」
「なんとなくね。けど、嫌っているのとは違うようにも見えたわ。」
「そうですか。」
「ええ。」
スミは押し黙ってしまった。
その様子を見ていたクルルは、2人の間に入って何かを言うべきか迷った。しかしながら何か、アルトとスミの間に目に見えない繋がりのようなものを感じたため、2人を見守ることにした。
「……そうですね。嫌いではないですよ、お父さんのこと。むしろ好きだと思います。けど、父と娘ですから、全てのことについてお父さんが好きとは言えないですよ。」
スミは目を伏せてポツポツと話した。
「……ありがとう。」
それに対してアルトはお礼を言った。そして、アルトもまた話し始めた。
「実は、私もそうなの。お父様の事は好き。けど、絶対に許せない事があるの。」
「アルト様がですか?」
スミは驚いてアルトを見つめた。
「ええ。そこで悩みになっていることがあって、それで私はずっと夜に眠れなくなってるの。不眠症になってるのよ。」
「ほんとうですか!?」
「本当よ。けど、許せないことなのに、そのことについて私はお父様に逆らうことができないの。だから、さっきスミが自分の父に向かって怒ったのは本当にカッコよく見えたわ。」
スミの目を見返してアルトが言った。
一方で、スミはその視線を受けて目を伏せてしまった。
「そうですか。けど、私がこんな事をしたのは今日だけです。いつもは、お父さんの言うことに逆らったことなんてないんです。」
そう言って下を見つめるスミに対して、アルトは優しい口調で語りかけた。
「ねぇスミ。私、あなたと友達になってもいいかしら?」
「え?友達、ですか?」
「そう、さっきまではパンの作り方を教えてもらえればそれでいいと思っていたのだけど、もっとあなたと話したいと思って、ダメかしら?」
「いえ、そんなことありません。」
「それじゃあ、パンの事がなくても会いに来てもいい?」
アルトがどことなく上目がちにスミに尋ねた。
「はい。それはもちろん。」
「やった。本当に?」
「ええ。それにわざわざここまで来なくても、私の方からお伺いしますよ。」
「それはダメよ。それって上下関係を作るって言ってるようなものでしょう?……そうだ、スミの仕事がお休みの日を教えてよ。そうしたら、ここでも私の家でもない場所で会いましょう。」
目を輝かせて言うアルトに、スミはたじろいでいた。
「えっと、あの。」
「私、また強引になっていたかしら?」
「いえ、その、私でよければよろしくお願いします。」
「……ありがとうスミ。私、普段は人と仲良くしようなんて全然思わないの。けどあなたと、あなたのお父さんの様子を見たときに、失礼だけど私と同じようなモノを感じて、もしかしたらあなたとなら仲良くなれるんじゃないかって思ったの。」
アルトの言い分は実際失礼に思えたが、真摯だった。スミはもう何度かアルトと話してみてもいいかもしれないと感じていた。
「あの、よろしくお願いしますアルト様。」
そう言ってスミが頭を下げたところへ、クルルも加わってきた。
「待ってくださいよスミさん。私も一緒に友達になってもいいですか。1人だけ除け者にしないでくださいよ。」
「え、ええ。それはもちろん。」
「アルト様もいいですよね?」
「私は構わないわよ。」
スミとアルトから返事を聞くと、クルルは2人の側に近寄って2人の肩に手を置いた。
「ふふ、ありがとうございます。そうしたら友達になった記念に、みんなで円陣組みましょうよ、円陣。」
クルルが意気揚々と言った。
「え、円陣ですか?」
「円陣って何?」
スミとアルトは円陣という言葉にピンとこないようだった。しかしながらクルルは自信満々な様子で語った。
「3人で輪になってお互いの肩を抱くんですよ。そしたら一緒に、エイ、エイ、オー!って掛け声を上げるんです。私の教習時代は仲間と気合入れるときにいつもやってたんですから。仲間といえば円陣しかないですよ。」
「仲間の絆なのかしら?私はいいけど、スミはどう?スミが嫌じゃなかったら、やってもいい?」
「私は全然。その、やりますか?」
「やりましょうか。」
「やりましょうよ、もっとこっちに近寄ってください。」
そう言ってクルルが2人の肩を抱いて引き寄せた。それに合わせるようにして、おずおずとアルトとスミもお互いの肩を抱いた。
「それじゃあいきますよ?私が「いくぞー!」って言うので、そしたらみんなで「エイ、エイ、オー!」ですよ。いいですか?」
「ええ。」
「はい。」
「それじゃあいきます!……いくぞー!!」
「「「エイ、エイ、オー!!!」」」
クルルの声に合わせて3人が声を出した。それと同時に、
ぎゅうう!!
クルルがアルトとスミを強く抱き寄せた。
「痛い、ちょっとクルル。何なのよ。」
本気で痛そうにしているアルトに対して、クルルは笑っていた。
「だって嬉しいじゃないですか、アルト様なんて今までほとんど引きこもりだったくせに、突然パンを作るなんて言って、それで主人とメイドと平民で友達になるなんて。」
「クルルさん落ち着いてください。」
「そうよ、それに私は別に引きこもりじゃないわよ。あまり外に出る必要がなかっただけで。」
アルトが肩に掛けられたクルルの腕を引き剥がしてぶつぶつと言った。
その様子を見ながら、スミは少し笑った。
「ふふふ。あの、アルト様、クルルさん。もしよかったら外でもう少し話しませんか?」
「いいの?」
「はい。今は1人だとここに居ずらいですし、今日はもう閉店の札を出しておきます。」
「そう?私は大丈夫だけど、クルルはどう?」
「もちろん大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。そしたら今出してるパンをいくつか持っていっちゃいましょう。日持ちのしないパンがありますし。」
そう言うとスミは、てきぱきとパンを袋に入れ始めた。
「いいの?ありがとう。」
「はい。口に合うといいですけど。」
「何言ってるんですか、もともとここのパンが美味しいからここに来たんですよ。美味しいに決まってますよ。」
「そうよ。食べるのが楽しみね。」
「はい。ふふふ。」
そして準備を整えた3人は笑い合いながら店から出て行ったのだった。
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