26話 貴族への反抗とゴートについての話
アルトとスミはパン屋でスミと話していた。しかしながらその最中、突然に貴族の男たちが手荒に入ってきたのであった。クルルは店の奥に進もうとする男たちの前に立ちふさがり、2人の男を投げて気絶させたのだった。
「お、おい!ふざけるなよお前!!」
仲間が2人気絶させられた事に怖気づいたのか、他の2人はクルルに殴りかかることができず、距離を開けて怒鳴り声を上げた。
「お前!俺たちが誰だかわかってるんだろうな!!?」
「ええ、わかっていますよ。あなたがた全員の名前もわかりますし、どこの貴族なのかもわかっています。」
「な、なに!?」
男達はクルルの様子に戸惑った。
男達は貴族だった。そして、街の人間が貴族に逆らうことなど許されないことであった。
彼らは貴族ということ目の前の女に知らしめて、女に抵抗できなくさせるつもりだったのである。
だが彼らの思惑は外れ、この女は自分達が貴族だということを知っているというのだ。
「あなたこそ。私達に手を出したらどうなるかわかっているのでしょうね。」
「なんだと!?」
男が驚いてクルルの姿を見る。どうみてもどこかのメイドだ。メイドごときに貴族の行動をどうこう言われる筋合いはない。
だがそのとき、男は自分達を見つめるもう一つの視線に気が付いた。
そちらを見ると、銀色の髪を長く伸ばした女がこちらを冷ややかに見ていた。
「なんだお前は!!」
もう1人の男がアルトに向かって行こうとする。
「ま、待て!」
それを男が引き留めた。
もう1人の男はアルトのことを知らなかったが、男は目の前の女性がシルバーシーリング家の人間だと知っていたのである。
彼ら4人の家系よりもシルバーシーリング家の方が地位が高い。シルバーシーリング家の娘に手を上げたということになれば、彼らは一族ごと街から追放されてしまうだろう。
「ら、乱暴な態度をとってすまない。ここには、別に暴れに来たわけじゃないんだ。」
先ほどまでの態度から掌を返すようにして、男はアルトとクルルにへりくだった。
「おい、なんでだよ。」
もう1人の男も貴族だが、頭はあまりよくないらしく怒りを抑えられないといった表情をしている。
「バカお前黙ってろ。」
男がもう1人の肩をバシンと叩いた。
「すいません。こいつバカなもので。」
男は愛想笑いをしながら言った。
「謝罪はいりません。許すつもりもありません。サンドパーク家が今後どうなるか思い知るといいでしょう。」
愛想笑いを浮かべる男に向けて、クルルがピシャリと言い切った。
「うっ。」
クルルの態度に男は身を硬直させた。しかもこちらの名前を知っているというのも事実のようだ。
「た、頼む。許してくれないか。オレ達にできることは何でもする。」
男は完全に態度を切り替えて謝罪することにした。
もう1人の男も状況が理解できてきたらしく、口をつぐんで様子を見守っている。
それに対してクルルは静かに言った。
「一つ聞きますが、あなたは何にたいして許しを請いているのですか?」
「それは、ここであまり良くない態度をとってしまったことに対してです。」
「誰に謝っているのです?」
「それはあなたや、アルト様に対してです。……それと、この店の人に対しても。」
「それなら早く謝るべき人に謝ったらどうです?」
「うっ。」
クルルの迫力に押されて、男はまずアルトの方へ向き、「すいませんでした。」と言った。そして次にクルルへ謝罪を行い、最後にスミの方を向いた。
そこで男は苦虫を噛み潰したような顔でしばらく黙りこむと、アルトにしたものよりも小さな声で「すいませんでした。」と言った。
「ひっ。」
謝罪されたスミは悲鳴を上げると身を縮めるようにした。話しかけられるだけでも怖いらしい。
それについてクルルは何も言葉にしなかった。
「気はすみましたか?それでは早く帰ってください。」
クルルは冷たく言い放ち、男たちに帰るように言った。
「ま、まってくれ。」
男はこのまま帰るとまずいことになると思ったのか、慌てた様子で弁明をはじめた。
「さっきも言った通り、ここには暴れにきたわけじゃないんだ。知らないか?今朝、貴族が複数人殺される事件が起きたんだ。」
「それで?」
クルルはその事を知らなかったため内心驚いたが、それを表情には出さなかった。
クルルの様子を気にせずに男は言葉を続けた。
「ああ、なんでも犯人は鳥の頭の被り物をした大男だったらしい。けどまだ犯人は見つかっていないんだ。それで今、街の人間を調査してるんだよ。男の情報とか、もしくは家の中に鳥頭の被り物が隠されてないか探してるんだ。ここに来たのもそのためだったんだよ。」
男は早口で説明した。
「調査のためなら乱暴をしてもいいのですか?」
「う、いや、そういうわけではなくて、い、威嚇のため。もし犯人がいたときのこともあるので、威嚇のためでもあったんです。」
しどろもどろになりながら男が言い訳を言った。
「とにかく、これ以上あなたたちがここにいることは許しません。立ち去りなさい。」
「あ、ああわかった。すぐに出ていくよ。ほんとうに悪気はなかったんだ。すまない。」
これ以上話すのは逆効果だと考えたらしく、男は話をやめた。そして、もう1人の男の肩を再び叩いた。
「お前もボサッとしてるんじゃねえ。早くこいつら引っ張って出るぞ。」
「あ?ああ。」
もう1人の男は2人の話を全く聞いていなかった様子だったが、肩を叩かれて何か行動しないといけないということに気が付いたらしく、2人で気を失っている男達を引き摺って外へ出ていった。
男達が出て行きしばらく時間がたった。男達が戻ってくる様子はない。
もう大丈夫だろう。そう判断してクルルはようやく警戒を解いた。
そして努めて笑顔をつくり、
「はぁ〜。アルト様、スミさん。もう大丈夫です。」
と2人に向けて言った。
アルトは今の出来事に怯えた様子がなく、平然としていた。
「そう、ありがとうクルル。あなたがいてくれてよかったわ。」
「はい。」
「スミ、あなたは大丈夫?」
「あ、は、はい。大丈夫です。」
アルトに話しかけられたスミはハッとした表情をしてアルトに答えた。平然としているアルトと違って、スミは今でも胸の前で両手を握り合わせて細かく身を震わせていた。
アルトとクルルは互いに目配せをすると、スミを刺激しないようにゆっくりとスミに近づいていった。
「大丈夫ですか?スミさん。」
「は、はい。大丈夫です。ただ、びっくりしてしまいまして。」
話をしながら、クルルはスミの手を引いて近くにあった椅子まで誘導した。スミは誘導されるまま椅子に座った。
スミは椅子に座ると危険が去ったという実感が出てきたのか、先ほどよりはしっかりした様子でクルルとアルトにお礼を言った。
「ありがとうございます。クルルさん、アルト様。私だけだったらどんな酷いことをされていたかわかりません。」
「いえいえ、スミさんみたいな良い人が酷い目にあっていいはずがありません。ここにいることができてよかったです。」
「私もそう思うわ。とりあえず床に落ちてしまったパンはこちらで弁償しましょう。ほかにも壊れてしまったものがあったら弁償させて。」
「そ、そんなことまでしてもらうわけにはいきませんよ。アルト様がやったことでもないですのに。」
アルトの申し出に驚いて、スミは慌てて手を振った。
「いえ、貴族がやった事なのだから私に無関係じゃないわ。それに実は、ここにくる前にクルルから、『最近は貴族の態度がとても横柄になっているから私も気を付けろ』って言われてたの。まさかここまで酷いなんて思ってなかったけど、スミに私のことを、そんな酷い貴族の1人だと思ってほしくないの。だから、これくらいのことはさせてちょうだい。」
「アルト様を酷い貴族だなんて思いませんよ。けど、本当にいいのでしょうか?」
「もちろんよ。それよりも、これからも仲良くしてね。」
アルトの優しげな笑顔を見て、ようやくスミも笑みを浮かべた。
「はい。もちろんですアルト様。」
そしてアルトとスミが笑顔を向けあっているなか、クルルが言葉を発した。
「とりあえず周りを整えてみましたが、これくらいでよろしいでしょうか。」
クルルに話しかけられてスミは周りを見渡した。
「えぇ?いつのまにか床が片付いてる!?」
驚いたことに、先ほどまでパンが散乱していた床がきれいに片付けられていた。
どうやらスミとアルトが話している短い間にクルルが床の片付けを終えてしまったらしい。
「すみませんクルルさん。片付けまでさせてしまいまして。」
そう言ったスミに対してクルルは笑顔で返した。
「大したことありませんよ、シルバーシーリング家の掃除に比べれば準備運動みたいなものです。」
「本当にありがとうございます。」
スミはクルルに再度お礼を言った。
「さて、とりあえず今の出来事はさっさと忘れることにしましょう。家に帰ったらお父様に話して、あの人達が二度と来ることがないようにするから、安心してね。」
「はい。」
アルトが場を仕切り直そうとスミに話しかける。
「どうしようか。あの人達が来るまでは、そろそろ帰ろうかと思ってたけど、スミが怖かったらしばらくここにいるわよ?」
「本当ですか?」
スミがアルトの様子を伺うように言った。実際、男達の姿が消えてもまだ恐怖心があるのだろう。アルトの様子は儚げだった。
アルトに予定はないので、ここに留まることに問題はない。
「もちろん。」とアルトは答えようとした。
しかしながらその時、アルトが答えるよりも先に店の奥から人が現れた。
「いったい何を騒いでるんだ。」
現れたのは1人の男性だった。何か、全身から陰のような空気を発している。
「お父さん。」
静かにスミが言った。どことなく緊張しているように思える。
アルトは心の中で、(これがスミのお父さんか。似ている気もするけれど、性格は反対なのかも)と思っていた。
スミの父、ゴート・ホワイトバードは不機嫌そうな様子で店内にいる3人を見渡した。
「いったい何だこの人達は、さっきから何を騒いでいるんだ。」
どうやらゴートは先ほどまでの騒動に気付いて店の奥からここに来たらしい。
「お父さん。さっきまで貴族の人達が来て、ここで暴れようとしていたの。アルト様とクルルさんが私と店を守ってくれたんだよ。」
「ふん。」
スミがアルトとクルルを庇ったが、ゴートは何か気に入らないといった様子で鼻を鳴らした。そして、
「店を守ってくれたことはありがたいと思う。だがね。ここで騒がれるのは迷惑なんだ。あんた達も早く帰ってくれ。」
と、本当に迷惑そうにアルトとクルルに向けて言った。
「お父さん!!なんてこと言うの!」
あまりの言いぶりにスミが怒り声で言った。
しかしながらゴートはスミに対して、
「お前は黙ってなさい!」
と怒鳴りつけた。
「っ……。」
怒鳴られたスミは一瞬声を詰まらせた。
しかしながら次の瞬間、スミは激昂してゴートに声を上げた。
「黙ってなさいじゃないわよ!!お父さんなんて、さっき私が怖い目にあってるときも助けに来てくれなかったくせに!危険が去ってからノコノコ出てきて、助けてくれた人に早く出ていけなんて、一体何様のつもりなの!!」
「お、おい。」
ゴートはスミの様子に戸惑っていた。いつも笑顔を絶やさず、親の言うことに基本的に反対することがない。そんなスミが今までに見たことがないくらい怒りを自分にぶつけてきたのである。
「お父さんなんて、いつも……いつも自分のことばかりじゃない!!。もういいから奥に行っててよ!!早く行ってってば!!」
声を荒げて、スミは座っていた椅子から立ち上がり、ゴートの体を両手で押してゴートを店の奥に追いやっていった。
「な、何なんだよ。」
ゴートは戸惑いが隠せない様子のまま店の中に消えていった。
「はぁ、はぁ。」
ゴートがいなくなった店内で、スミの荒い息遣いが店に響いていた。
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