22話 鳩男の襲来
ライトが気を失ってからしばらく後、街はすっかり夜になっていた。
出歩く人はほとんどおらず、家や飲食店からの光だけがポツポツと街を照らしている。
そんな静寂のなかで、
ガシャン!!
「ひいい、やめてください。」
「うるせーぞ馬鹿が!!」
ある飲食店のドアが乱暴に蹴り開けられて、中から複数人の貴族達が出てくる。
彼らは酔っ払っているのか、足をふらつかせながら互いに肩を組んだり、片手に酒瓶を持ちながらゲラゲラと笑い騒いでいた。
彼らの後にはこの店の店主が、悲痛な面持ちで彼らのことを見ていた。
彼らは飲食店に押し掛けて、店主を脅してお金も払わずに好きに飲み食いをしていたのであった。さらに、遊び半分で酒瓶を割り、周りに破片を飛び散らすなどして店内を荒らしていったのだ。店主は貴族達を止められるはずもなく、悲鳴をあげることしかできなかったのであった。
そんな店のことを気にすることもなく、貴族達は笑いながら次はどこの店に行こうか話し合っていた。
そんな中、店を出た彼らの前に1つの影が立ち塞がった。
「なんだぁ?」
彼らは、それがなんなのか一瞬わからなかった。
しかしながら、その姿がはっきりしてくると、彼らはさらに混乱することになった。
彼らの前に現れたものは、身長が2メートルを超える大柄な男だった。ズボンは履いているが、靴は履いておらず裸足であり、上半身も何も着ずに裸であった。そして、異様に筋肉が発達した肉体をしていた。
これだけでも異常な男だと思えたが、何よりも異常だったのは、男の頭が鳩のような鳥の頭をしていたことだった。
そして混乱する彼らにたいして、現れた鳩頭の男は
「君たち、お金をくれないか。」
と鳥の顔で言ったのである。
「「「あははははははは!!!」」」
それを聞いた彼らは爆笑した。
「なんだこいつ。」「すげーおもしろい。」
上半身が裸で頭に被り物をした男が突然現れて、冗談を言い始めたのである。彼らには変なパフォーマーが現れたようにしか思えなかったのだった。
彼らは鳩頭の男を囲むと、笑いながら腕を触ったり、手にした酒瓶で体を小突きだした。
「お前みたいなやつこの辺にいたっけ?」
「その被り物よく作ってあるな、ちょっと脱いでみろよ。」
「それよりせっかく鳥の頭してるんだから鳴き真似とかしてみろよ。」
貴族達は口々に鳩男に絡んだ。そして唐突に、
「ポウ。」
と鳩男が言った。
彼らは、鳩男が鳥の鳴き真似をしたのだと思い笑い声をあげた。
だが、
ドンッ!
「ぐっ、おえええええ〜。」
ハンマーで叩きつけたような音が響き、鳩男の正面にいた貴族の体が大きく折れ曲がった。
鳩男は貴族の腹に拳を打ち込んでいたのである。
腹を殴られた貴族は悶絶して先ほどまで飲み食いしていた食べものを全て胃から吐き出した。
その様子に仲間を殴られた貴族達は激昂した。
「何しやがる!」
「ふざけるなよお前!ぶっ殺してやろうか。」
怒鳴りながら鳩男に殴りかかろうとする。
しかしながら彼らはかなり酔っていて、動きが覚束なかった。そして、それとは逆に鳩男の動きは俊敏で、それでいて力強かった。
「ポウ。」
と再び鳴くと、ドン!ドン!と拳を貴族達の腹にめり込ませた。
発達した筋肉から繰り出される拳を受けた貴族は、先ほどの貴族と同様に背を大きく折り曲げて胃の中のものを吐き出すことになった。
「てめぇー!!」
ここまできて、貴族達は真剣にこの鳩男と戦わなければならないことを悟った。
あるものはナイフを抜き、またあるものは火の魔法で鳩男を燃やそうとした。しかし、
グシャリ、
トマトを叩き潰したような音とともに、ナイフを持った貴族の顔に拳がめり込み、貴族の顔を陥没させた。
さらに、鳩男は逆の腕で裏拳を出した。ゴキッ、魔法を使おうとした貴族の顎が砕け、貴族は気絶した。
「ひいい。」
仲間が次々とやられていき、他の者はとうとう逃げようとした。しかし、鳩男は彼らを1人も逃す気がないらしく、
「逃がさないよ。」
と呑気な声でいうと、背を向けて逃げようとする貴族達に素早く追いつくと、後頭部を殴り抜けていったのである。
後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けた彼らは全員地面に倒れ伏した。
「さて、じゃあ1人ずついくか。」
全員が身動きのとれない状態にあることを確かめると、鳩男は貴族の持ち物や衣服を漁り始めた。そして、貴族の持っていたお金を取り出していく。
「うぐぐ、やめろぉ。」
意識のある貴族が身をよじって抗おうとする。
「うるさい。」
しかしながら抗議の声は聞き入れられず、抗議した貴族はもう一度腹を殴られ完全に沈黙させられることになった。
全員の身ぐるみを剥ぎ終えて、鳩男はお金を地面にひとまとめにしていた。
「しまった。お金を持って帰る袋を忘れてた。」
どうやら鳩男はもとから、貴族の息子達からお金を強奪する予定だったようだが、持って帰る方法は考えていなかったらしい。
鳩男はぐるりと周りを見渡した、すると、飲食店の店主が恐る恐るこちらの様子を伺っていることに気づいた。
「おっ、そこの人。」
「ひいい。」
鳩男に声を掛けられた店主は怯えた声を出した。だが、逃げることにまで頭が回らないらしく、その場で震えている。
「別に襲わないから安心しろよ。それより何か袋を持ってきてくれない?」
「は、はいい〜。」
鳩男の頼みに従って店主は慌てて店の中に入っていく。
途中、店の中からドタン、バタンと人や物が倒れるような音が響いていたが、すぐに店主が店から出てくると、いくつかの袋を鳩男に手渡した。
「こここ、こちらでお願いします。」
「お、いいじゃ〜ん。ありがとうね。」
鳩男は怯えながら袋を渡す店主にお礼を言うと、手早くお金を袋に入れて、「ポウ。」と鳴くと、空へ飛び闇夜に消えていった。
後には倒れて身ぐるみを剥がされた貴族達と店主が残されていた。
そして翌日、
カーン、カーン、
いつものように時計塔の鐘が鳴り、朝が訪れた。
「うーん。」
ライトは遠くから小さく聴こえてくる鐘の音を聞き目を覚ました。
(なんだか地面の感触がない、それに不思議な浮遊感がある。長椅子で寝たからだろうか?)
そんことを考えながら目を開けると、ライトの体は木の枝に吊るされて浮いていた。
「え、なに?なに!?」
自分の状況が理解できなかったライトは混乱して声を上げた。
「おー、目が覚めたか。」
下からネイバーの声が聞こえる。
ライトは地面にいる人間の姿のネイバーを見つけると声を荒げた。
「おいネイバー!どうなってるんだよこれは!なんで俺が木に吊るされてるんだ!!」
「ああ、それ?その方が安全だと思ってな。」
なんでもないようにネイバーが答える。
だがライトは納得できない。
「じゃあさっさと下ろしてくれよ。というか吊るすならあらかじめ言っといてくれよ。」
「そうだな、次からそうするよ。」
ネイバーは悪く思っている様子もなく飄々と言い、鳥の姿になると木の枝に飛んで紐を外した。
ドスン
2メートルほどの高さから落とされたライトは両足で着地したが、衝撃でゴロリと地面を転がった。
「いってぇー。」
「ナイス着地。」
痛がるライトに、地面に降りたネイバーが言った。
「うるさいなもう。次からは言わずにやるなよな。」
「言えたら言うよ。」
「それって言わない奴が言うセリフじゃん。」
「細かい奴だな。それより今日はどうする?街に戻るか?」
「え、うん。一度戻ろうか。今日は仕事もあるし。」
ライトは話を打ち切られて不満を感じたが、朝になり街も開いているはずなので一度街に戻ることにした。
「よし、それじゃあお詫びに近くまで大猿で連れていってやろうか。」
ネイバーが鳥の姿でニヤリと笑みをつくる。
「え、いや、いいよ。朝から味わうには揺れが大きいし。」
「そうか。」
大猿はたしかに速いけれど、揺れがそれなりにあるし、何より他の人に見られてしまったときにどうしようもなくなってしまう。
「朝の運動がわりに自分の足で戻るよ。」
「ふ〜ん。まぁいいけどね。じゃあ俺は犬になるから、家の中に入るまでは話せないからな。」
「ああ、わかってるよ。」
そう言うとネイバーは鳥の頭を小刻みに震わせて、手早く犬の姿に変身した。だんだん鳥と犬の変身が手慣れてきているようだ。
「ワン。」
ネイバーは元気よくこちらに吠えて、さっさと行けというように首でライトを促す素振りをした。
「はいはい。」
ライトは立ち上がると、促されるままに街へ向かうことにした。
そして、歩き出す前に犬になったネイバーを見て、違和感を覚えた。
(あれ?ネイバーって少し太った?)
なんとなく、昨日の犬の姿よりも太っているような気がしたのである。しかしながら勘違いかもしれないと思い、ライトは特に気にせず街へ歩き出していったのだった。
ライトとネイバーが街へ戻っているころ、
2日前にネイバーと幽体離脱をした、ビジター・ハイウォールは、朝食を食べるために居間に移動していた。
(昨日はあの鳥、バックヤードは来なかったな。)
ビジターは昨日、ネイバーがやって来るのではないかと思い自室で待ち構えていたのだが、一夜明けてもネイバーが来なかったのでがっかりとしていた。
しかも一日中待っていたので寝不足でもあった。
「ふわぁ。」
「あ、お兄ちゃんおはよ。」
あくびをしながら居間に行くと、ビジターの妹のマイ・ハイウォールが朝食を食べていた。
「ああ、おはようマイ。朝に会うのは珍しいな。」
「そうだね。お兄ちゃんいつも朝遅いもんね。」
「ああ。」
ビジターは夜、ツレ達とお酒を飲むか、もしくは1人でもお酒を深夜まで飲んでおり、基本的に昼ごろまで寝ていることが多かった。このため、あまり朝に家族と顔を合わせることがなかったのである。
ビジターの朝食が用意されるころには、すでにマイは朝食を食べ終えていたが、兄と朝一緒になることが珍しいのか居間に残っていた。
「お兄ちゃん昨日寝てないでしょ。クマがひどいよ。」
「ほっとけそんなこと。」
フフンと笑ってマイがビジターをからかう。マイは家で最も歳の低い家族であり、マイとビジターは年齢が10歳以上離れている。そのためかはわからないが、家族は基本的にマイに甘く、マイ自身も末っ子力を活かして家族に自由奔放に接していたのであった。
久しぶりに、朝と言える時間に朝食を食べていたビジターであったが、頭にあるのはバックヤードが今度はいつ来るのかということだった。
「なぁマイ。」
「ん、なあに?」
「お前おとぎ話とか劇とか好きだったよな。」
「そうだね、よく観にいってるけど、どうかしたの?」
きょとんとした顔でマイがビジターを見つめる。
「その中で鳥が言葉を話すモノとかあるか?」
「ええ、なにそれー。」
物語や劇などに興味が全くない兄が突然、鳥が話す物語がないか聞いてきたのである。マイは「あはは。」と笑い声を上げた。
「そうだねー。あると思うよ。フクロウとかが話してるのあったと思う。」
「そうか。」
「なになに、どうしたの突然?」
「いや、何でもない。」
「私と一緒に劇を観に行きたくなったの?」
「違う。」
ビジターは、マイがバックヤードに会ったとして、鳥が話しているのを見たらなんと言うのか気になったが、マイがあの鳥と会うことはないだろうと思った。
マイはビジターの不自然な様子が気になったが、答える気のなさそうなビジターの様子を見て、しつこく絡むのはやめた。
「へんなお兄ちゃん。」
そう言うと、マイはメイドにジュースを作ってもらい静かに飲み始めた。
「おい!お前たちいるか!?」
突然、ドアを開けてドタドタと男とその家来達が居間に入ってきた。
「どうしたのパパ?」
マイが尋ねる。
入ってきたのはハブ・ハイウォール。彼はハイウォール家の当主であり、ビジターやマイの父であった。
顔を覆う髭と十分に膨らんだ腹を持ち、ゆったりとした服に身を包んでいる。
彼は街の中では3指に入る貴族の当主であり、いつでも余裕があり悠々とした態度を崩さない人間であった。
しかしながら、今はそんな様子がなく慌てた様子を見せている。
「ああ、お前たちはいるか。」
マイとビジターの姿を見て少し落ち着いたらしく、ハブはテーブルに着きメイドに水を持って来させた。
「一体どうしたんだ?」
水をゆっくりと飲み干したハブにビジターが尋ねた。
「うむ、あー。マイは部屋に戻っていなさい。」
「えー!?なんでー!?」
ハブの言葉にマイが反発する。
「いい子だから、これは大人の話なんだ。」
「やだ。私も聞く!」
「はぁ、おい、この子を部屋に行かせてやりなさい。」
ハブはマイの抗議を手早く封じて執事に命じた。
普段マイに甘いハブには考えられない態度だ。
「やだー!ずるーい。」
マイは執事に体を抱えられたまま非難の声を上げていたが、大人の力にかなうわけもなくそのまま居間から連れ出されていった。
「それで、何があったんだ?」
マイがいなくなり、改めてビジターはハブに尋ねた。
「ああ。」
ハブは頷いたが、少し話をすることを躊躇しているようだった。
「実はな、昨日の夜、貴族が何者かに殺されたんだ。」
「……そう。」
ビジターは少し驚きはしたものの、一方でそれが大事なのだろうかとも感じていた。
貴族が殺されることはたしかに珍しいことではあるが、殺人事件はまれに起きることはあるのだ。
しかしながら、ハブの様子はいつもの様子ではない。そして、続けてハブが口を開いた。
「それも、8人もだ。わかるか?8人の貴族が昨日の夜一度に殺されたんだ。それも、全員身体中を刺されていて、ひどい有様だったらしい。」
「何だって!?」
殺された貴族の人数を聞いてビジターは驚いた。殺人事件が起こるとしても、さすがに8人もの人が殺される事件など開いたことがない。それも貴族を相手にしたものならば前代未聞の事件である。
「一体、何があったんだよ。」
「詳しくはわからん。昨日、殺された貴族が直前までいた店の店主が目撃者だが、そいつが荒唐無稽なことを言っていてな……。」
「何て言ってたんだ?」
「なんでも、どこかからか、頭が鳥で上半身が裸の大きな男がやってきて、人を殺していったんだと。信じられるか?こんな与太話が。とりあえず今はその店主を捕まえて牢屋に放り込んでいるようだが。」
「鳥頭の男が人を殺していったって?」
常軌を逸しているとしか思えない話であった。しかしながら、ビジターは鳥の頭という言葉で連想するものがあった。
(バックヤード)
2日前にあったあの鳥、バックヤードならば可能なのではないか。
ビジターにあった時は完全な鳥だったバックヤードが、果たして人の姿になれるのかはわからないが、魔法に長けているあの鳥ならば不可能ではないように思える。
その一方で特段、人を殺したり、貴族に恨みがあるようには見えなかったが。
「それで、いまのところ店主の作り話の可能性が高いんだろ?」
「ああ、店で派手な飲み食いをしていたのはわかっているし、店主が自暴自棄になって貴族を殺したというほうが自然だ。ただ、1人で8人を同時に殺せると思うか?たとえ酔っ払っていても、そうそうできることじゃない。しかも、そいつらが殺されたのは店の外なんだ。店主が事に及ぶなら店の中でやるのが自然だ。」
「ふ〜ん。けど、鳥頭の男なんて聞いたこともないよ。」
「それはそうだ、だが、店の近くで調査をしたら空を飛んでいく怪人を見たという人もいたらしいんだ。」
「本当かよ。」
「わからん。わからないが、何者かが貴族を複数人殺したのは事実だ、これがさらに連続殺人に発展するのか、これで終わるのか誰にもわからん。」
「そっか、それでマイとか俺の様子を見にきたのか。、」
「ああ、他の貴族も身内や街に被害が出ていないか調べている。とにかく、この街ではありえない事件だ、しばらく気を付けろよ。とくに夜はあまり出歩くな。」
「わかった。そうする。」
やけに聞き分けのいい息子にハブは少し訝しげな顔をした。しかしながら、今後の対応を他の者とする予定が入っていたため、ハブはすぐに席を立つと足早に家を出ていった。
「ふぅ。」
ハブが出ていくと、ビジターは小さくため息をついた。
ビジターはこの事件には間違いなくバックヤードが関わっていると感じていた。
そして、バックヤードとは近いうちに会うはずであり、その時には今回の事件との繋がりを聞かなければならないと考えていた。
もしも、バックヤードが人を殺した犯人だとしたらどうすればいいか、ビジターの中で答えは出なかったが。、
1年以上かけて10万文字書けた記念。
早い人だと1月も経たずに10万文字書いたりしているらしいと言う話を聞き驚愕しています。
お読みいただきありがとうございました。




