19話 人生を探しながら眠るアルトの話
「それで何がそんなに嫌なんだ?」
しばらくもみくちゃにされた後で解放されたネイバーはクチバシで毛繕いをしながらアルトに尋ねた。
「何がですって?全てよ。好きでもない男と結婚させられるのよ?しかも好きどころか、二度と会いたくないくらい嫌いな奴と。信じられる?」
「わからないけど鳥にはない考えだな。そうしないといけないのか?」
「そうよ!私は死刑の執行が決められた罪人か、出荷時期の決められた家畜みたいなものよ。どうしてこんなことになってしまったの。」
アルトが沈んだ表情で語る。
「それはどうしようもないことなんだ?」
「どうしようもないわよ、親とそいつが勝手に決めてしまったんだもの。」
「自分のことなのに他の人が決めるのか?」
「そういうものなのよ。それが貴族のあり方なんですって。自分の子供達を使って他の家に取り入るの。そんな結婚をしたって不幸になるだけでしょう?子供でもわかることだわ。なのにそれを大真面目にやっているのよ。」
「ふ〜ん。俺にはわからないけど、そうやって自分達の勢力を広げたりしてるのか。本人にとったら嫌だろうけど逞しいな、感心するよ。」
「ちょっと、あなたは私の味方なんだから感心したらダメじゃない。」
アルトが素早くネイバーを非難した。
「え、そうなのか?」
「当然よ。あなただって好きでもない鳥と結婚しろって言われたら嫌でしょ?」
「まあ、たしかに。」
「ほら、そうじゃない。」
「けど俺の場合、別に逃げられるし。」
「裏切る気なの?」
「いや別に裏切るとかじゃないけど。とにかく、お前は嫌な結婚をさせられそうな上に、逃げることもできないわけだな。」
「お前じゃないわよ!」
「え?」
「女性に向かって、お前、なんていっちゃいけないんだからね!私にはアルトっていう名前があるんだから。」
「……そう。じゃあこれからはアルトって呼ぶよ。とにかく、アルトはどうにもならない状況に陥っているわけだな。」
「まちなさいよ。あんたは誰なのよ。こっちに名乗らせておいてそっちは名乗らない気なの?」
「鳥に名前なんて聞かれても困るんだけど。とりあえずバックヤードって呼んでくれ。」
「なによその名前。」
「名前に突っ込むなよ。別にいいだろう。」
「ふ〜ん、それであんたなんて言ったっけ?……どうにもならないって?……そう!どうにもならないのよ!どうにかしてよ!」
「落ち着け、落ち着けって。」
感情の起伏が激しいアルトに圧されながら、ネイバーはアルトを羽を仰ぐようにしてアルトを宥めるようにした。
「うぅ〜。行きたくない〜。」
「実際、どうしても行かないっていうことはできないのか?」
「できないわ。そんなことしたら私は勘当されちゃうもの。」
「勘当されるとどうなるんだ?」
「家から追い出されるのよ。身分だって平民になっちゃうし、私は魔法も使えないし他のこともできないから、下手したら行き倒れよ。」
「なんたる生活力のなさ。」
「うるさいわよ。」
「それで、アルトはこのまま結婚するか家を飛び出して行き倒れるかの二択を迫られていると。」
「どっちを選んでも最悪なのよ?どうすればいいのよ。」
「嫁に行くまでに手に職つけて家を出るのはどうだ?」
「そんなにうまくいくわけないわよ。やりたいことだってないし。それに、私が行かないと家も危険なのよ、相手の方が権力をもっているんだもの。場所が離れていても影響がでるわ。」
「人間の世界は難しいな。なんでそんなにいろいろな事があるんだ?」
「知らないわよ。」
「まあ話を聞くと、とりあえず結論は出ているわけだ。アルトはそいつと結婚するしかない。」
「うえぇ〜ん。やだ〜。」
「しかたないよ。なんだかんだ鳥だって悟るときがあるんだぜ。カッコウって知ってるか?鳥なんだけどあいつら他の鳥の巣に自分の卵産むんだよ。それで、他の鳥に自分の子どもを育てさせるの、しかも、カッコウのヒナって巣に他の卵があると巣から卵を落として自分だけ育てられようとするんだぜ。それで、カッコウじゃない方の親鳥はカッコウの子どもを育てるんだよ。なんとなく自分の子どもじゃないかもしれないって思ってるはずだぜ。けど、それでもカッコウの子どもを育てるんだ。これって悲しいだろう?」
「そんなこと言ったって私の苦労は消えないわよ。」
「それはそうだけど、現状だと結婚は多分避けられないわけだ。あとは、アルトにできるのは結婚生活では心を閉じて、別の人生の趣味を見つけるしかないんじゃないか?」
「あー?どういうことよ。」
アルトはネイバーの言葉に気乗りしない返事をした。
「趣味ってなによ。」
「俺なら料理を食べ回るけど、何がアルトの趣味になるかはわからないな。」
「嘘だ。あんた何か自分は人生楽しんでます。って顔してるもの。私の趣味を見つけてみなさいよ。」
「趣味を他人に強制されたら趣味じゃないだろう。」
「というか、趣味なんて見つけて何になるのよ。それで幸せになれるなんて思えないわ。」
「まあそうだ。幸せにはなれないかもなぁ。けど、どうしようもできないときにできることなんて、趣味に走るくらいしかないんじゃないか。」
「そんなぁ。」
「あとは俺の知ってる話だと、酒を飲ませまくって相手を早死にさせるのと、自分が酒を飲みまくって早死にするのがあるけど。」
「もうそっちでいいかも。」
「投げやりだなあ。」
「仕方ないじゃない。はぁ。」
ため息をついてアルトがワインを飲んだ。それに合わせてネイバーもナッツを食べる。
「例えば、料理を作ってみるのはどうだ?」
「料理?」
「何となくだよ、料理をやっとけばもし結婚をやめて家から出て行く選択をした時にも生きていけるんじゃないか。っていうくらいのこと。」
「料理ねぇ。美味しいものを食べるのは好きだけど作るのはそんなに好きじゃないのよねぇ。けど、あんまり気が進まないけど、あんたがそんなに言うなら選択肢の1つに入れてあげるわ。」
「そうかい、それはどうも。他に何かやってたこととかないのか?」
「やってきたことねぇ。」
アルトは今までやったことのある習い事を思い出してみた。
「何かあったかしら。お菓子作りは1回だけやったわね。お裁縫も1回やったかしら。あとは絵も1回やって。歌とバイオリンも1、2回やったわね。」
「ずいぶん1回が好きな奴だな。1回やったならはじめの一歩は踏み出してるんだから、何回かやってみたらどうだ?」
ネイバーがそう言うと、アルトはうんざりした顔をした。
「鳥のくせに人間みたいなこと言わないでよ。他の人にも同じこと言われてうんざりしてるんだから。大体、やってみても面白くも楽しくもないのが悪いのよ。」
そう言ってアルトはナッツを口に放り込んだ。
「ヤケになるなよ。無理に何かしろとは言ってないんだからよ。ようはアレだよ、望まない一生をどう浪費していくか考える必要はあるだろ?何もしないで監獄みたいな生活したら3日で発狂しちゃうよ。」
「そんなこと言ったって。う〜ん。」
アルトは顎を指で触り考えるような仕草を見せた。そしてすぐに指を離すと、
「よし、利き酒の専門家を目指そう。」
と言った。その目は濁りきっていた。
その様子があまりに哀れだったのか、ネイバーはアルトから目を離してキョロキョロと部屋の中を見渡した。
そして、部屋の隅に何も描かれていない小さなキャンバスがあるのを見つけた。
「お、あそこに絵を描く道具があるじゃないか。せっかくだし何か描いてみようぜ。」
そう言うとネイバーはテーブルから飛び立つと、小さなキャンバスを足で掴みテーブルに戻ってきた。
「ほら、利き酒もいいけど、暇つぶしを増やして損はないぜ。」
「うぇ〜、めんどくさい。それに描きたいものなんてないんだけど〜。」
テーブルに置かれたキャンバスを邪険にしてアルトが言う。
「じゃあ、描くものがないなら俺を描いてみろよ。人間から俺がどう見えるのか、けっこう気になってるんだよな。」
ネイバーは羽を少しはばたかせてクチバシでキャンバスを指した。
それに対してアルトはうろんな目でネイバーを見つめた。
「えぇ〜。あんたを描くの〜?めんどくさいなぁ。まぁ、どうしても、っていうなら描いてあげてもいいけど〜?ちゃんとお願いします。って言えるならだけど〜?」
「……。」
アルトのあまりな態度にネイバーはこれ以上ないほどの渋い顔をした。
それを見たアルトは突然、笑いだした。
「あはははは、何よその顔。あはははは。おもしろすぎる、うふふふ。」
そしてひとしきり笑うと、
「いいわ、おもしろかったから描いてあげる。」
と言ってネイバーに筆と絵の具を持ってくるように言った。
ネイバーは渋い顔を続けながら律儀に筆と絵の具をテーブルまで運んでいった。
「よし、これでいいか?」
道具を置いてネイバーがアルトに尋ねる。
「えぇいいわよ。じゃあ、あなたは私の正面あたりに立って。あと言っておくけど、私は1回しかやったことないんだからね。バカにしたらタダじゃおかないから。」
「オーケー。鳥の俺に絵のことなんてわからないから安心しろ。」
アルトの指示に合わせてネイバーがテーブルの上を歩いて移動する。
「そのへんでいいわよ。じゃあ描くから、あんまり動くんじゃないわよ。」
アルトが黄色の絵の具を筆にとりキャンバスに色を塗ろうとする。が、それをネイバーが止めた。
「あ、ちょっと待ってくれ。羽を整えるから。」
そう言うとネイバーはクチバシで器用に羽を整えはじめた。そして、しばらく細かく羽やクチバシを動かすと準備が終わったのか、「よし。いいぞ。」と言ってアルトの方を向き、キッ!と真面目な顔をした。
それを見たアルトは再び笑い出した。
「ぷっ、あはははははは。なに、その顔、なんで突然真面目な顔してるのよ。あははははは。あ〜おかしい。」
どうやら先程まで渋い顔をしていたネイバーが自分が描かれるために真面目な顔をしているのがおかしいらしい。
アルトは絵が描けないほど筆を持った指を震わせて笑っていた。
その一方でネイバーは二度と酔っぱらいの相手はするまいと心に誓っていた。
しばらく笑った後で、ようやく笑いの波がおさまったのか、再びアルトは指に力を入れてキャンバスに色をつけはじめた。
アルトが描いた絵はシロウトかつ酔っぱらいという要素が重なり、鳥の絵と言うよりも黄色の抽象画のようになっていたが、一応アルトとしては真剣だった。
それからしばらく無言でアルトは筆を走らせた。
そして、キャンバスの半分が黄色で埋め尽くされた頃に、アルトは強烈な眠気を感じた。
指が全く動かせず、目を開けることすらできなくなりつつある。
「ちょっと、あんたまだそこにいるの?」
「うん?なんだよ。」
アルトが目の開かないまま呼びかけると、ネイバーから返事があった。アルトはそれに安堵した。
「あんた、私が見てる夢じゃないわよね?」
「こんなめんどくさい夢そうそうないだろう。」
「じゃあ、あんたずっとここにいなさいよ。」
「え、やだよ。帰るし。」
「生意気いってるんじゃないわよ。」
「そんなこと言われてもなぁ。」
「怖いのよ!もう目が開かなくて、あんたが夢だったんじゃないかって。せっかく楽しかったのに、起きたときに夢だったことを知るのが怖いのよ。眠れなくて、やっと眠りに落ちそうなのに、今眠るのが怖いの。」
アルトは暗闇の中で叫んでいた。
そして、暗闇の中でネイバーの声が聞こえてくる。
「しかたないなぁ、アルトが眠るまではここにいるよ。」
「明日も来なさいよね。」
「え〜。」
「じゃあ次はいつ来るのよ。うぅ〜。」
「泣くなよ。まぁしばらくこの辺にいるつもりだから、近いうちには来るよ。」
「うぅ〜。嘘ついたら許さない〜。担保としてなんか置いてけ〜。」
「おいおい、俺が何を持ってるんだよ。」
「じゃあ行っちゃだめ。」
「はぁ〜。そしたら俺の羽を1つくれてやるよ。それで
俺が夢じゃなかった、っていう証拠にはなるだろう。」
暗闇のなかで、鳥の羽ばたく音が聞こえる。
そして、ヒラリと、アルトの腕に羽が1枚置かれた感触があった。
アルトはその感触を最後に完全に眠りに落ちたのだった。
「はぁ、やれやれだよ。」
眠りに着いたアルトを見てネイバーはため息をついた。
「やっとここから離れられる。全くこんなに安全なところで眠るのが怖いなんて、人間は不思議なもんだな。」
そう呟くと、ネイバーはキャンバスに描かれた絵に目を向けた。そこに描かれていたものは大量の黄色の縦線であった。とても鳥の絵とは思えない。
「う〜ん。これが俺かぁ〜?意外とこんなふうに見えてるのかな?」
そう言ってネイバーはしばらく絵を眺めていたが、クチバシで羽を整え直すと「まあいっか、帰ろっと。」と言い、窓から飛び立っていった。
お読みいただきありがとうございます。
NHKでJOJOの実写をやる時代がくるとは、時代が進んでいるなぁと感じます。




