17話 寝付けないアルトの話
(今日もまた、眠れないまま夜が明ける。)
チッ、とイラついた様子で舌打ちをする。アルト・シルバーシーリングはテーブルで1人ワインを飲んでいた。
アルトは灯りの照らすテーブルの上で片手にグラスを掴み、もう片方の腕で頬杖をつきながら、睨みつけるように窓を眺めていた。
(夜に眠れなくなってからもう何日経つのか。いっそのこと、一度眠りについたら二度と起きることができなくなってもいいのに。)
そんなことを考えながらグラスに口をつける。
アルトはかなりお酒を飲んでおり、すでに体は酔っ払っていたが、どうにも眠ることだけは出来なかったのである。
その原因はひとえに、彼女に迫っている結婚という問題にあった。
ネイバーを召喚した青年、ライト・ニューポートや、アルト・シルバーシーリングが暮らす街の名前はミルスという。
ミルスは都市から離れた僻地にある街である。奴隷はいないが貴族と平民がおり、貴族の中でもハイウォール家、シルバーシーリング家、フラット家の3つの一族が強い権力を持ち、他にある8つほどの貴族が3家におもねることで貴族の権力構造が出来上がっていた。
そして、ミルスの貴族達は権力と魔法の力で平民を従わせ、街を我がモノとしていたのである。
そんな中で、ミルスで暮らすアルト・シルバーシーリングは、ミルスにおける3家のひとつ、シルバーシーリング家の三女であった。
アルトは銀髪であったがこれはシルバーシーリング家においてアルトだけであり、他の者は全員茶髪であった。
このことについてある者は祝福だと言い、ある者は呪いだと言ったが、アルトは特段その陰口を気にしたことはなかった。そして、アルトの両親はアルトの銀髪を祝福だと判断していたようであり、他の子供達と同等かそれ以上にアルトを大切に扱っていたのである。それは、自分達が呪われていることなど受け入れられないという意識からかも知れない。
また、アルトには友人と呼べる間柄の人間がいなかった。アルト自身が人付き合いが好きな人間でないということもあるが、他の者はアルトを御三家の人間だと知っているためか、やけにへりくだった態度でアルトに接していたのである。大人であっても子供であっても、そのように接してくる人に対してアルトはどうしても親しみを持つことが出来なかったのだ。
一方で、アルトの姉や兄は生来、リーダー気質というか、取り巻きを従えて行動することを自然と行う人間であった。性格においてもアルトはシルバーシーリング家において異質な人間であったのだ。
とはいえ家族仲が悪いわけではなく、姉や兄はアルトに会えば気さくに話しかけ、また、アルトも肉親に対しては普通に受け答えをしていたのである。一方でそれ以外では1人でいることが多く、メイドや執事とも1日に2、3回、言葉をかわせばいい方であった。
また、アルトの兄や姉が都市へ魔法を学びに行ったことがある一方でアルトは都市へ行ったことがない。魔法に興味がなく、都市に集まる貴族達とのコネクション形成にも興味がなかったためだ。実際、都市で子供に魔法を学ばせることはかなりお金のかかることなので、末っ子は都市へ行かせないということはよくあることでもあった。このため、アルト魔法都市へ行くことを嫌がったときに、両親も無理に都市へ行かせようとはしなかったのであった。
そのようにして、アルトは魔法は使えなかったが、貴族らしく高価な服に身を包み、メイドに身の回りのことをさせて不自由なく生きていたのである。
今までは。
アルトに転機が訪れたのは18歳の誕生日を迎えてから程なくして、パーティーに参加したときの事だった。
ミルスの貴族や、他の都市から離れた場所に暮らす貴族達は、年に一度都市から鉄道が直結している地方都市に集まりパーティーをすることが恒例行事になっていた。
他の街の貴族と話をする貴重な機会ということもあり、シルバーシーリング家も総出で参加しているパーティーである。もちろん、アルトも嫌々ながら毎年参加している。ただ、アルトは他の貴族に興味がないため、他の人が積極的に会話をするなか1人、壁際でじっとしていたのだが。
とはいえ、アルトの銀髪は他の街においても珍しく、またアルトの容姿も綺麗だったため、パーティーに参加している男性から声を掛けられることはよくあった。しかしながらそれに対してもアルトは毎回気のない返事をして相手を遠ざけていたため、何回かパーティーに参加しているとアルトに声を掛けるものは誰もいなくなっていた。
そしてそれは、18歳になってからのパーティーでも同様になるはずだったのである。
しかしながらこのパーティーでは例年と異なる事があった。それは、いつもなら参加することのない、パーティーの開催地となった街の貴族が参加していたことであった。
都市に近い街にいる貴族は基本的に田舎の貴族と会う事がない。それは、田舎の貴族を明確に下に見ているからである。このため、自分のいる街で田舎の貴族達が集まりパーティーを行なっていようとも、わざわざ自分達のような本当の貴族が参加してあげることはないと考えているのだ。
だが、今回はパーティー開催地となった地方都市の貴族のなかでも、指折りの貴族の長男、バレル・マルマインが参加していたのである。建前上は貴族同士の絆を深めるものとして、実際には女漁りを目的として。
そして運の悪いことに、アルトはバレルの好みに合った女性であった。
「綺麗な銀髪だ。まるで私が所有する宝石のように。すぐに私のところへ来なさい。可愛がってあげるから。」
「は?」
声をかけられたとき、アルトは何を言われたのかわからなかった。
その時アルトは壁際で1人物思いにふけっており、バレルが会場に到着してから他の貴族達が我先にとバレルの元へ行き媚び諂う態度をとっているときにも、今日は一段と騒がしいなとしか思っていなかったのである。
それが、喧騒が自分の近くに来たと思ったら突然、声を掛けられたのである。
アルトは驚いて目の前に現れた人物を見た。
歳は40代くらいだろうか、長い髪と長い髭をしていて、口角を上げて笑みを浮かべているが目はアルトの体を舐め回すかのように見つめている。ゆったりとした服を着ているが、お酒の飲み過ぎなのかお腹の部分は突っ張っていた。
はっきりと言って、セリフとしてもバレルの容姿としても、アルトの答えはノーであった。そして、地方都市の貴族だと気づかないままアルトが拒否の言葉を叩きつけようとしたとき、アルトの父、イーグル・シルバーシーリングが2人の間に素早く割って入った。
「いや〜、流石マルマイン様お目が高いですな。いや失礼、私はここにいる娘の父、イーグル・シルバーシーリングと申します。ほらアルト、お前もご挨拶しなさい。」
「はぁ、はじめましてマルマイン様、お目にかかる事ができて光栄です。」
父の様子に自分達よりも地位が高い人物ということを察したアルトは、拒否の言葉を飲み込んでバレルに挨拶をした。
「アルトと言うのかい。かわいい名前じゃないか。」
バレルはアルトの父イーグルに一瞬目を移すと、それ以上は興味をなくした様子で再びアルトに目を向けた。
「ええ、ありがとうございます、光栄ですわ。」
アルトは顔を引きつらせながらも笑顔をつくりバレルに答える。
「ははは、よかったなアルト私も鼻が高いよ。」
「えぇ。」
本当に嬉しそうなイーグルに対してアルトは呻くように相槌をうった。
「うーむ。」
そんな様子を気にすることもなく、バレルは髭をさすりながらじっとアルトを見つめていた。まるで獲物を見つめる肉食動物のような視線に晒されてアルトは逃げ出したい気持ちでいっぱいであった。
「それじゃあ君、今から私のところへ来なさい。」
冗談でもなんでもなく、バレルは平然とそう言い、アルトの肩へ手を置いた。
「なっ!?」
バレルの言葉にアルトは絶句した。会って5分も経っていない女性を家に連れ込んで何をするつもりなのか。これ以上耐えられないと思い、アルトはバレルの手を払って会場から逃げ出そうとした。
だがアルトが実行に移す前に、再びイーグルが間に入った。
「これはおめでたいですな、マルマイン様に呼んでいただきアルトも感無量でしょう。ですが少々お待ちいただけますかな?」
「なんだ?」
話しかけられたバレルはめんどくさそうにイーグルの方へ顔を向けた。
「アルトは私のかわいい娘です。それにまだ成人もしておらず幼い子でございます。誠実で知られるマルマイン様のこと、間違いなど起きようはずありませんが、もし万が一娘とマルマイン様の間に何かがあるような事ですと、敬虔な私どもでございますから、マルマイン様にも私どもが仕える神様にも顔向けができなくなってしまいます。」
表面上申し訳なさそうに言うイーグルに対して、バレルは若干イラついたようにイーグルを睨んだ。
「何が言いたいんだね。」
「つまり誠実な間柄となっていただかなければ困るというわけですな。」
「君、自分の身分がわかっていないんじゃないかね?」
バレルの声が大きくなり、アルトの肩を掴んだ手に力が込められる。
「いえ、私どもは誠実でありたいだけなのです。みだりな行いをせず、1日を誠実に生きなさいというのが神の教えでございますから。」
イーグルは突き刺すようなバレルの視線に対して飄々と答えた。
バレルはしばらくイーグルを睨みつけていたが、イーグルの様子が揺らがないものとわかるとアルトに向き直った。
そして、掴んだ手にさらに力を込め、目を血走らせてアルトを見つめた。
(痛い。それになんで私をそんなに見てくるの?)
掴まれた肩に痛みを感じながらアルトはイーグルの視線に耐えた。そしてどれくらいの時間がたったのか、ふと、アルトの肩の痛みがなくなった。バレルがアルトから手を離したのだ。
「いいだろう。成人を迎えたらこちらにこの子を送りなさい、誠実な相手としてな。第4、第5だったかな?妻として迎えてあげようじゃないか。」
ふんっ、と鼻から息を発してバレルが言った。それに対してイーグルは破顔して答えた。
「ははは。そうですか!それはおめでたいですな!これは立ち話をしている場合ではありませんな。場所を移しましょう。おいマリア来なさい。アルトを先に家に帰しておきなさい。」
「はい。来なさいアルト。」
イーグルの妻、つまりアルトの母マリア・シルバシーリングが足早にアルトのそばに来ると、マリアはアルトの手を引いて素早く会場からアルトを連れ出した。
アルトはすでに自分がどのような立場に置かれてしまったのか理解できていなかった。
ただ、それからイーグルとバレルの間にどのような話があったのかはわからないが、その日をもってアルトは成人とともにバレルのもとへ嫁ぐことが決定したのであった。
そして後日、それを知らされたアルトは泣き叫んだ。絶対にあのバレルと結婚などしたくないと。
だが、アルトの両親であるイーグルとマリアは結婚に大賛成であった。
本来なら田舎の街の貴族など相手にもされないところ、地方都市の貴族の第7婦人として迎えられることになったのだ。(第4、第5どころか第7婦人である。とても愛情があるとは思えない。)
イーグルとしては、これを契機にミルスにおける権力も高めることにもなり、地方都市とのパイプを作ることもできるのだ。こんな貴重な機会を逃す手はない。
バレルとの結婚を拒否するアルトに対してイーグルはそれを許さなかった。
むしろ、今から結婚を拒否しようものならどんな嫌がらせがマルマイン家からくるものかわかったものではない。
シルバーシーリング家にとってアルトの結婚は覆すことのできない決定事項となっていた。
このため、アルトに対してかなり寛容な態度をとっていたイーグル達であったが、結婚の拒否だけは絶対に認めず、むしろ地方都市の貴族の一員になれることに何の不満があるのかと、アルトは逆に叱られることになったのである。
(何の不満があるかですって?不満しかないわよ!)
ワイングラスを握る手に力がこもる。あの日の出来事を思い出す度に叫びをあげたくなる。1時間にも満たない時間で自分の運命を決定づけられた不条理、バレルの嫌らしい目線、自分よりも父の方が年齢が近い男と一体何をさせられるのか、体目的としか考えられない第7婦人などという立場を与えられて、田舎出身の自分がマルマイン家でどのような扱いをうけるのか、アルトにとってその悪夢のような出来事は、確実に起きることが決定されている恐怖の予言書であった。
そして、今年アルトは20歳を迎え成人になった。
あとは結婚の準備ができるとともに、自分はマルマイン家に送られてしまうのだ。
キュウ、とアルトの胃が縮まる。
(お腹が痛い。最近ずっとだ。)
ストレスのせいか、アルトは最近胃に痛みを感じていた。
そして、刻一刻と迫る結婚期日に怯えて、アルトは不眠症に陥っていたのであった。
(苦しい。苦しくて息が詰まりそう。いっそこの街を出ていってしまおうか。)
そう考えたアルトだったが、結局そんなことができるはずはないのだ。
「ふ〜ん。それであんまり眠れてないわけか。」
「そうよ、……ってあんた誰よ。」
いつのまにかアルトの目の前、テーブルの上に一羽の鳥が立っていた。
この街では見ないような派手な色をしている。
「誰って、そっちがここまで来いって言ってきたんだろう?」
「そうだったかしら?」
テーブルの鳥が羽を少しはためかせてアルトに向かって言うが、アルトは酔っているせいかあまり記憶がはっきりとしない。
「そうだよ、それで話を聞けって言うから聞いてたんじゃないか。」
「う〜ん、そう言われるとそうだったかしら。」
アルトはなぜ鳥が話しているのかとも思ったが、色々なことに対して嫌気が差していたこともあり、鳥が話をしていることなどどうでもいいと思いなおした。
「それであなたは何しに来たのよ。」
「別に何も。明かりが見えたから来てみただけだし、正直そろそろ帰ろうかと思ってる。」
「はぁ?何言ってるのよあんた私が眠れないって知ってるんでしょ。それにあんたどうせ暇でしょ。少し付き合いなさいよ。」
鳥は勝手に帰ろうとしているが、そうするとまた部屋に1人になってしまう。この際話し相手が鳥でもいいだろう、何かしら話をしていれば気が紛れるだろうし、むしろ鳥の方が気を遣わなくていいかもしれない。
「う〜ん、まあいいけどな。」
鳥は羽を広げて飛び立とうとする様子を見せていたが、羽を畳むと首を何度かブルブルと震わせた。
「じゃあ何か食べ物くれないか?」
「その辺においてあるものは食べていいわよ。」
すでに動くことが億劫になっていたアルトは食べ物をせがむ鳥に対してテーブルの上に置いてあるナッツやチーズを示した。
「サンキュー。」
そう言って鳥がナッツを食べ始める。
(とりあえず暇つぶしの相手ができたわね。)
一心不乱にナッツを食べる鳥を見ながらアルトはそう考え、自分のグラスが空になっていることに気づきワインを注いだ。そしてこれだけでは寂しいと思い、手近にあったもう1つのグラスにもワインを注ぎ鳥の前に置いた。
なんの話か忘れそうになっている危ない。
私は人に助けてほしい人ですが、なろうの主人公は多かれ少なかれ人を助けようとするので根が優しいんだなぁと思う今日この頃。
追記、9月26日に誰かから評価入れていただいたみたいです。ありがとうございます。




