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16話 都市見学の終わりの話

 ビジターはネイバーに誘われて魔法都市を訪れていた。さらに魔法研究を行っているグレイスステラーへ侵入したが、そこでサンダーボルトと名乗る女性に見つかってしまい攻撃を受けたため、2人は研究所から街灯が照らす大通りまで逃げてきたのであった。




 2人はすでに研究所を離れていた。そしてしばらく時間がたっても追っ手がくる気配もない。ビジターはサンダーボルトに見つかってからここに来るまで、まるで生きた心地がしなかったが、とりあえず危険が去ったと感じたことからやっと、「ふ〜。」とため息をついた。

 ビジターが息も絶え絶えといった様子の一方で、ネイバーは余裕の表情で笑みを浮かべている。

「なかなか面白いところだったな。」

「全然面白くない。」

 ビジターはネイバーの振りを反射的に否定した。

「そうなのか?けどお前、あそこに行ってみたかったんだろう?」

「そうだけど、見つかったらどうしようもないだろうが。」

「ふーん、見つかっても大したことはなかったんだから、結局変わらないと思うけどね。」

「お前に大したことなくっても、俺には大したことあるんだよ。というかお前……。」

 ビジターはそこで一度言葉を切った。

「お前、あそこにあの女がいるってわかってただろ。」

 ビジターがそう言うと、問いかけられたネイバーは少し驚いた様子を見せた。

「お前、意外と鋭いな。」

「意外と鋭いな、じゃないんだよ。俺がどんだけびびったと思ってるんだよ。ていうかなんでわざと見つかりに行ってるんだよ。バカなのか?」

 ビジターがまくし立てるが、ネイバーは気にした様子もなく「クケケ。」と笑った。

「わざと見つかったのはたしかだぜ。ここにいる奴らの中でも優秀な奴らがいるんだろ?そいつらがどの程度なのか見てみたかったからな。まぁ、見る前から大した程度でもない、っていうことはわかってたからさ。実際お前が考えるほど危険でもなかったんだよ。魔法を受けても何ともなかったし、俺たちがあの女の真横を通り過ぎてもなにも気づいてなかっただろう?」

「それはそうだけど。」

 たしかに、サンダーボルトが放ってきた電撃を受けても何も感じなかったし、そのまま研究所を出てきても誰も気づいていなかった。

(こいつがそれだけ凄いのか?)

「けど、それなら俺に一言言っておいてくれよ。それにあの時、俺が声を出そうと思っても出せなかったんだけど、何をしたんだ?」

「クケケ。スリルがあったほうが面白いだろう?お前の声を封じたのは親切心だよ。あの時魔法を工夫して、あの女に俺たちがどんな奴なのかわからないようにしたのさ。そこにお前の声が出てくるとあんまりよくないと思ったんだけどなあ。あの時声を出したかったのか?」

「いや、そういう訳じゃないけどよ。」

 あの時声を出していたら状況が悪くなっていたかもしれない。そういう意味では助かったのだろう。しかしながらビジターには釈然としない気持ちが残った。

(それだって俺に一言言っておいてくれたらいい話だよな。けど、こいつはそれも含めて面白がってるんだろうな。ムカつく。)

 ビジターの不満そうな様子が伝わったのか、ネイバーはそれを打ち消すかのように笑い声をあげた。

「クケケ、悪かったって機嫌直せよ。それに多少嫌な思いはしたかもしれないけど、ここにいる奴らがどんな魔法を使うかお前も知りたかっただろう?そういうときは実際に自分で受けてみるのが一番いいんだよ。むしろこれで、俺の脅威になるような奴はいないってわかってよかっただろ?お前だって俺がどれくらい危険な状況でも対応できるのかわからないと不安だよな?それがさっきので、大抵の状況でも大丈夫なんだっていうことがわかったよな。その中で俺がこの状況を少し楽しんだって、それはパンを買うときに支払う対価みたいなもんだろう。違うか?」

「うう、違わない……と思う。」

「そうだよ。わかってくれればいいんだよ。」

 ネイバーは「うんうん。」と頷いた。

 ビジターはネイバーにてきとうに丸め込まれたように感じたが、文句を繰り返すのは無意味だと考えた。

(性格はたちが悪いけど、そこいらの魔法使いとは比べ物にならない奴が俺に魔法を教えてくれると考えて、この程度の嫌がらせは些細な事だと思う事にしよう。)

 ビジターはさらに文句を言ってネイバーの機嫌を損なうのは悪手と考え、話題を変えることにした。

「まあ終わったことはいいか。それで、この後どうする?」

「う〜む、今日のところはそろそろ帰るかぁ。もういい感じに楽しんだだろ。」

「もう帰るのか?まだやることとかあるんじゃないか?」

「やることって?」

「いや、それはわからないけど。」

(文句を言ったからやっぱりムカついてるのか?)

 帰ると言ったネイバーにビジターは焦った。2度あるかわからない機会で、少しでも多くのことを体験しておきたいと考えたからだ。

 だが、ネイバーはやんわりとビジターの意見を否定した。

「まあ、これくらいがちょうど帰る頃合いだよ。最初からなんでもしようとすると大抵失敗するもんだ。」

「……そうか。」

 決定権を持っているのはネイバーだ。ネイバーが帰る意思を固めている以上、ビジターは従うしかない。ビジターは軽くため息をついた。

「わかった、帰ろう。帰るときはどうやって帰るんだ?」

「そりゃあ来たときと同じように帰るよ。来たときより速いけどな。」

「えっ、来たときよりも相当速かったのに、あれより速くなるのか?なんでだ?」

「そうだなぁ、なんで速くなるのかっていうと、糸とか釣りを考えるといいかもしれないな。」

「糸とか釣り?」

「ああ、体から霊体になってここまで来たわけだけど、体と霊体は繋がってるんだよな。それで、どこかに行くときは自分で進んで行くわけだけど、体に戻るときは体から霊体を引っ張り上げてもらうわけだ。だから、霊体のときは行きより帰りのほうがずっと速いんだな。」

「へぇ。そういうもんなのか。」

「そういうもんだ。」

 ビジターには今自分の体と霊体が繋がっていることすらわからなかったが、糸のように繋がっているならたしかに戻るときの方が速そうだと感じた。要するに伸ばしたロープを引き戻すということだろう。

「じゃあ行くぜ。」

「ああ。」

 ネイバーがそういうと、2人の姿は魔法都市から消えた。正確には、とてつもなく速く魔法都市から移動していた。

(なんだこれ?)

 ビジターはなにか、自分が光の中にいるような感覚になっていた。

 行きの時はまだ周りの景色を見ることができたが、今戻りのときは周りの景色を見ることもできない。速すぎて周りの全てが放射線状に伸びた光のように感じる。それが1分ほど続いただろうか、ビジターは突然ネイバーに話しかけられた。

「おう、着いたぞ。速かっただろう。」

「うぇ?」

 ネイバーに話しかけられて、ビジターは状況に理解が追いつかず変な声をあげた。

 ビジターが気づくと、目の前には奇怪な鳥が立ちこちらを見ていた。そしてビジターはその鳥の頭に向かって手をかざしていたのである。

「そろそろ手をどかしてくれよ。」

 ビジターの前に立つ鳥は翼をゆっくり上げると、ビジターがかざしていた手を払った。

「おわ!」

 手を払われたビジターは驚いて一歩後ずさった。

「あ、ああ。戻ってきたのか。」

 一歩後ずさって周りが見えるようになったのか、ビジターは自分の状況を冷静に判断できるようになり、自分が魔法都市から戻ってきたことに気がついた。

 ネイバーは呆然とした様子のビジターを見て笑った。

「戻ってくるのは速かっただろう。」

「ああ、速すぎて何が起きたのかわからなかった。」

 ビジターはそう言いながら周りをキョロキョロと見渡し、さらに自分の片手を見て、自分が体に戻っていることを確かめるように手を握ったり広げたりした。

 そんな様子をみていたネイバーは大きく口を開けてあくびをした。

「ふあ〜あ。とりあえず今日はこんなところで終わるか。それでさっきも聞いた気がするけど、初めての魔法体験はどうだったよ?」

「あー、今の移動で全部の感想が吹っ飛んだ気がする。」

「クケケ、しっかりしろよ。まあ俺は今日けっこう楽しかったよ。」

 そういうとネイバーは2.3回羽ばたいて手すりから飛び立とうとする様子をみせた。

 それを見たビジターは慌ててネイバーを引き留めようとする。

「お、おいちょっと待てよ。」

「なんだよ?」

「魔法を教えるって言ったよな。今日だけで終わりっていうことはないよな?」

 尋ねられたネイバーは羽ばたくことをやめると、少し頭を傾けてビジターに答えた。

「ああ、まぁまた来るわ。」

「次はいつ来るんだ?」

「別に決めてないけど近いうちに来るから楽しみにしとけよ。1年くらいはここら辺にいるから、それまでは面倒みてやるよ。」

(本当は具体的な日付を決めさせたかったけど、仕方ない)

 具体的な日付を決める気がないらしいネイバーの様子にビジターは少し不満を感じたが、ここで粘っても仕方がないと考えた。

「……そうか。早めに来てくれよな。そうだ。そういえば今更だけど、俺たち名乗ってないよな?俺はビジター。ビジター・ハイウォールだ。お前は名前ってあるのか?あったらなんていう名前なんだ?」

「行けたら行くよ。俺の名前?言ってなかったっけ?」

「ああ、聞いてないな。」

「そうか。じゃあバックヤードって呼んでくれ。」

「バックヤードか。わかった。」

「よろしく。この名前に飽きたら改名するかもしれないからそこんとこもよろしくな。」

「なんだよそれ。」

「人間じゃないんだからいつ名前を決めようが鳥は自由なんだよ。」

「えぇ。」

 ネイバーはそう言って無理矢理話を終わらせると、毛づくろいをするようにクチバシで自分の羽を撫でた。そして、

「記念にこれやるよ。」と言うと、体から羽を1枚引き抜いて、ビジターに差し出した。

「いいのか?」

 ビジターは羽を受け取りながらネイバーに尋ねた。

「いいよ別に、友情としてな。ただの羽だし。逆にその羽に魔法の意味合いはないから勘違いするなよ。」

「ああ。……俺も何か渡すか?何かほしいものがあるなら大抵のものは用意できるぞ。」

「う〜ん、別にお前に欲しいものはないなあ。」

「まじかよ。」

 魔法を教えてもらう対価を渡したいと思ったのだが、貴族の自分に望むものがないと言われて、ビジターは傷ついた。

「ああ、けど1つあるな。」

「なんだ?」

「とりあえず魔法は教えるけど、それをくだらないことに使うなよ、っていうことかな。」

「別にくだらないことに使う気はないけど。」

「ふ〜ん、まあそれならいいけど、なんだかこの街にいる奴らは弱いモノいじめに魔法を使っているみたいだからな、せっかく教えた魔法がそんなくだらないことに使われてたら、教える側からするとやる気なくすからよ。」

「うっ。」

 そう言われるとビジターは言葉に詰まってしまった。自分に心当たりのあることだったからだ。

「いや、たしかに今までは俺もそういう部分もあったと思う。けど、これからは俺はそんなくだらない事に魔法を使わないって誓うよ。」

 苦し紛れにそう言うと、ネイバーは特に気にした風もなく再び羽ばたきをして、

「そうか。そうしてくれよな。じゃあ次来るまで元気にしとけよ、あばよ。」

 そう言うと今度こそ手すりから飛び立って夜の空へ消えていった。

 ビジターはネイバーの姿が見えなくなるまでベランダに立っていたが、しばらくすると部屋に戻っていき、手に握っていた羽を貴重品をしまっている棚にしまった。

 そして、無言のままじっと立ち尽くしていたが、急激に疲労感に襲われたのかベッドへ倒れこむようになだれ込むと、そのまま気絶するように寝入ってしまった。








 それからさらにしばらくの時間がたち、空が少し明るんできた時間。


 寝静まった街が、これから少しずつ起き始めようかというときに、未だに部屋に灯を点け、起きたまま日をまたいでいる人間がいた。

 それは、貴族の娘である銀髪の女性、アルト・シルバーシーリングであった。

(また今日も眠れないまま夜が明けてしまった。)

 彼女はイラついた様子で舌打ちをして、忌々しそうに部屋の窓から見える空の様子を睨みつけていた。

 彼女が座るテーブルの前にはワインの空き瓶が数本並んでおり、テーブルに突っ伏した彼女の様子からも大分酔っているということがわかる。

 すでに足を動かすことも覚束ないのに、眠ることを願う一方で彼女の脳は決して彼女を眠りにつかせようとはしていなかった。

(いっそうのこと、ここから逃げ出してどこかで暮らすことができればいいのに。)

 そんな事を考えたアルトであったが、それができないということを知っている彼女は、逃げ出したいという考えと、そんな事はできないという考えを交互に繰り返し続け一夜を明かしていたのだった。

「なんだぁ?この時間にまだ起きてる奴がいるのか?」

 突然、窓から声が聞こえてきた。

「誰よ!」

 アルトは酔いながらも大きな声で侵入者に叫ぶ。

 だが、侵入者は平然とした声で返事をしてきた。

「俺か?俺は空を飛ぶすてきな鳥さんだ。」

 アルトは侵入者の返事に思わず「はぁ?」と言ってしまった。そしてさらに、

「あんたが鳥なら姿を見せてみなさいよ。」と言ってしまっていたのだ。

「ああいいぜ。」

 相手がそう言うと、バサッという羽ばたくような音が聞こえた。そして、静かに窓が開き、開いた窓枠には奇怪な姿をした鳥が立っていたのである。





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