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15話 2人とサンダーボルトの話

(ま、待ってくれ。)

 突然現れた女性に驚き、咄嗟にビジターは謝ろうとしていた。だが、

(なんだ?声が出ない?)

 ビジターの声は出なかった。

「まあまあ。落ち着いてくれ、誤解があるようだけど、俺は田舎からきた田舎者でたまたま不思議な建物があったから見学にきただけなんだ。別に何かを盗もうとしてきたわけじゃない。」

 ビジターが戸惑っているなか、ネイバーは平然と女性に向かって話しかける。

「ふざけるな!ならば今すぐ霊体をボヤかして虚像を作らずに実像を作ったらどうだ。」

「いやぁ、俺にはこの形が自然な状態なんだよ。むしろそっちがなんでそんなにはっきり霊体の形を作っているのかが疑問なんだよね。」

(霊体?実像?なんのことだ?)

 霊体という言葉を聞き、ビジターは女性の体を観察すると、女性の体は透き通るような透明感がある。

(これが周りから見たときの俺たちの状態なのか。)

 透明感がある以外は女性の姿は実際の姿のままだ。しかしながら、同時にこちらのことは姿をボヤかしているとも言っていた。ということは、向こうから見たこちらの姿ははっきりした形にはなっていないということか?

 ビジターの存在が気にされることなく2人は話を進める。

「貴様私を舐めているな?」

「いや、俺は正直に話してるだけなんだ、本当だ。悪いことしたと思ってるし、この建物からもすぐに出てくよ。それで許してくれないか。」

「許すわけがないだろう。犯罪者を見つけてわざわざ見過ごす奴がどこにいる。」

「それはそうかもしれないけど、間違いは誰にでもあるぜ?俺はとくにそういう都会の常識に疎いしさ。

 これ以降はここに近づかないようにするから逃がしてくれよ。」

「黙れ。」

 平然と見逃してくれと言い続けるネイバーに女性は怒ったらしい。

「貴様がどれだけ虚像を維持できるのか試してやろうか。虚像のまま10分もすれば自我を保てなくなるだろう。それとも・・・・・。」

 女性は何かを持ち上げるかのように、掌を上に向けて両手を少し上へ上げた。すると、

 バチバチバチ

 女性の周囲に何かを破裂させたかのような音が鳴り、目に見える、まるで小型の雷のような電流が女性の掌から溢れるように生じ始めた。

「それを待つ前に私の魔法を喰らわせてやろうか。」

 女性が不敵な笑みを浮かべる。

 自信のありそうな女性の様子と破裂音からして、どう見ても危ない気がする。それにも関わらずネイバーは相変わらず平然としている。

「なにそれ、魔力を使ってわざわざ電気を起こしてるの?おもしろいことするね。」

「馬鹿が、魂が耐え切れないほどの電流を喰らわせてやってもいいんだぞ。」

「うん、やってみなよ。」

「なに?」

「だからやってみなよ。それで満足したら帰らせてくれないかな。」

 ブチっ

 ネイバーの態度に女性が完璧に切れた。バチバチ!という破裂音が一際大きくなる。

「このっ!サンダーボルトの名を持つ私に舐めた口をきいたことを後悔しろ!」

 女性は吐き捨てるように言うと、掌を2人に向けて電気の魔法を叩きつけた。

 バチン!バチン!

 大きな破裂音がして、2人に電気が浴びせられる。ビジターは思わず意識の中で目をつぶった。

(うわぁああ!)

(・・・・・・あれ?何も感じない?)

 ビジターは目をゆっくりと開き、目の前のサンダーボルトという女性を見た。

 やはり、女性はこちらへ電気の魔法を放ち続けている。だが、こちらには何も感じられない。

「おお!痛いよこれ。やめてくれよ。」

 ネイバーがサンダーボルトに懇願する。電気が流れているせいかどことなく口調が震えている。しかしながら、まだ余裕がありそうな口調だ。

「ふん!ならば今すぐに虚像をやめることだな。いやならこのまま魂が消し炭になるか、警備に取り押さえられるか選ぶといい。」

「落ち着けって、出てくからやめてくれよ~。」

「黙れ。さらに魔力を強くしてやる。」

 ネイバーの余裕がありそうな口調にサンダーボルトは顔を険しくし、さらに魔力を強めた。サンダーボルトが放つ電流は周囲が眩く光るほどになる。

「アッアッアッ。」

 するとネイバーもとうとう耐えられなくなったのか、痙攣しているような声だけが発せられるようになる。

 そんな様子を見て、ネイバー達と対峙している女性、リリー・サンダーボルトは溜飲を下げた。

(まったくくだらない手間を掛けさせてくれる。)

 彼女は電気を扱う魔法使いの中でも上位に位置する魔法使いと自負している。それがどこから来たのかもわからないような不審者が自分が警備している日にグレイス・ステラーへ侵入し、さらには自分の魔法を受けても余裕がありそうだったのだ。怒り心頭とはこのことだろう。少し本気を出してやれば耐えられなかったようなので多少すっきりとした気分になったが。

 このまま気絶させて霊体をとらえるか、どうせ近くにいるであろうこいつらの体を見つけるか。すでに声すら発することがなくなった侵入者に電気を流しつつ考えていると、庭園に2人の男性が入ってきた。

「リリー、遅くなってすまない。侵入者か?」

「まったく、こんな夜中に侵入するなんていい迷惑だよ。それも俺の当番日に。」

「はい、お待ちしておりました。侵入者には電気を流して身動きを封じておりますのでご安心ください。」

 リリー・サンダーボルトは敬語で2人に応える。

 先に庭園に入ってきた男性は茶髪で短髪の凛々しい顔をしており、どちらかといえば魔法よりもスポーツのほうが得意そうな細身で引き締まった体格の男性であった。

 また、もう1人の男性は同じく茶髪だが髪は無造作に肩ほどまで伸びていて、どことなく酔っぱらっているかのようなだらしない印象を受ける。

 グレイス・ステラーは魔法の研究を行っており、生身ではなく霊体で建物に侵入しようとする者もいる。そんなとき、霊体で侵入してこようとする侵入者への警備は魔法に長けているものにしかできない。このため、優秀な魔法使いはリリーも含めて当番制で警備にあたることになっているのだ。そして今回、警備にあたっていた人間は2人ともリリーよりも地位の高い人間であったためリリーは率先して建物内の見回りを行っていたのだ。

「それで?どこに侵入者がいるんだ?」

 酔っぱらっているような印象を受ける男性、プラーク・ブラックガスはとても面倒くさそうにリリーに問いかけた。

「は?いえ、ここにおりますが。」

 問いかけられたリリーは何を言われたのかわからないというようにプラークに返事をした。

 するとプラークは大げさに「はぁ?」と言った。

「僕もわからないな。リリーがとらえた侵入者はどこにいるんだい?」

 プラークに続けて、スポーツマンのような男性、マーク・アイアンもリリーに問いかける。

 リリーはそれを聞くと驚いて侵入者に目を向けた。自分が今も電気を流し続けているはずの侵入者に。だが、

「ばかな!!」

 そこには誰もいなかった、霊体も見当たらず、ただ自分の魔法が何もない場所に放たれているだけだった。

 リリーは慌てて魔法を止めて周囲を見渡したが、侵入者がいた痕跡は何もなく、ただ胡散臭そうにこちらを見ているプラークと、心配そうに様子を見ているマークと目が合うだけだった。

「つまりお前は、何もないのに俺たちを呼び出したというわけか。」

 プラークは大げさにため息をつき、嫌味たらしくリリーに吐き掛ける。リリーは声を張り反論した。

「違います!たしかに侵入者がいたのです。」

「どんな奴だ?」

「それは、そいつらは虚像を使っていたので、姿はわかりませんでした。」

「そいつらということは、何人かいたのかい?」

「おそらく、2人いたのだと思います。」

「それはどういうことだ。」

「虚像を使っていたので不明な部分がありますが、会話をしていたように思うのです。なのでおそらく2人で侵入したのだろうと思います。」

「ふん、嘘だな。虚偽の報告で点数稼ぎでもしようとしたのか?」

「そんなくだらないこと、私はしません!」

 たしかに、侵入者を発見し捕まえたならば自分の評価は高まるだろう。しかしながら虚偽の報告をすれば逆に自分の評価を下げるだけだ。そんな無意味なことをするはずがない。プラークもそんなことは承知しているはずだが、プラークは何かにつけ揚げ足取りをする人間であった。それは自分よりも年齢が低いにも関わらず、魔法使いとして自分と同じ地位に近づきつつあるリリーへの敵対心によるものかもしれなかった。

「どうだかなぁ?だいたい、魔力探知機は作動していなかったぞ。これはどう説明するんだ。お前は自分が魔力探知機よりも魔力の探知に優れているとでも言う気か?」

「それは、私は探知機のある部屋を離れていましたし、見回りで実際に侵入者の近くにいたからこそ察知することができたのかもしれません。」

 グレイス・ステラーの内部には外からの侵入者を察知するために魔力探知機が設置されている。霊体で侵入しようとすれば大抵この探知機に察知されることになる。

「マーク、お前も見てたよな?今日魔力探知機に反応はなかっただろう。」

 プラークはマークに目線をやり問いかけた。

「そうだね。魔力探知機には反応はなかったよ。」

「しかし・・・・・・。」

「けど、リリーが嘘をついたとも思えないな。」

 リリーが何かを言うより先にマークが言葉を繋げた。

「あまりにも意味がないしね。もしも魔力探知機に察知されないような方法で侵入する手段があるなら、むしろ魔力探知機を改良する必要があるだろう。侵入の形跡がないから現状、施設管理者に提案する程度になるだろうけど。リリーが未然に侵入者を排除してくれたなら、それはそれで良かったこととして考えようじゃないか。本当に事件が起きてからではどうしようもないだろう。」

 マークは2人の仲裁として発言したのだろう。その様子にプラークは再び大げさにため息をつくと、

「時間を無駄にしたぞまったく。」と言い捨てて庭園を出て行った。

「マーク先輩、ありがとうございました。」

 プラークが出ていくと、リリーはマークに頭を下げた。

「いや、いいよ。後輩がいじめられているのを見るのはつらいしね。」

 マークは苦笑いをしてリリーに向き直った。リリーとマークは専門としている魔法が異なり、仕事でそれほど接点があるわけではないが、大学時代の先輩と後輩であり、当時仲が良かったことから今でも顔を合わせることがあった。

「それで、実際どうだったんだ?」

 マークはリリーにあらためて尋ねた。

「はい。侵入者がいたのは確かです。確かに魔法で、電気を流してやったんです。電気の魔法は得意ですし、電気は霊体に最も有力なはずですから。それに、私はかなり本気で魔法を使いました。あいつも声すら上げられないようになって、完全に拘束していたはずなんです。なのにいつの間にか消えていたようで。」

 リリーは自分の状況を再確認するかのように魔法を放った場所を見ながら話した。

「ふーん。」

 マークは腕を組みながら侵入者がいたと言われた場所まで近寄り、しばらく片手で顎先を触りながら考え事をしているようだった。

「もしも。」

「はい。」

「もしもそれが本当だったとしたら、事件が起きるかもしれないな。」

「な、なぜですか!?」

 マークから事件という話を聞き、リリーは慌てて聞き返した。

「侵入者が建物に入るときに魔力探知機では察知できなかったとする。そして、リリーだけは侵入者に気づけたわけだ。」

「はい。」

「けれど、この庭園で至近距離で魔法を使っていたにも関わらず、リリーは侵入者が逃げたことに気づけなかった。」

「はい。」

「つまりそれは、本気で侵入しようと思えば、魔力探知機でもわからず、最初にリリーに気づかれることすらなくここに侵入できたということだろう?」

「それはっ!たしかに、そうかもしれませんけど。」

 それでも自分なら侵入者に気づけるはずだ、という自負がリリーにはあったが、侵入者を取り逃がしてしまったのも事実であるためマークの話を否定することはできなかった。

「これはリリーだけの話をしてるわけじゃないんだよ。リリーは侵入者と位置が近かったから気づいたと言ったけど、位置が近かろうが遠かろうがここに侵入したのなら僕もプラークも気づくべきだったんだ。それでもリリーだけは気づくことができたんだから、リリーは誇りに思っていいことなんだよ。」

 マークが笑顔でリリーに語りかけると、リリーは少しだけ笑みを浮かべて「ありがとうございます。」と言った。

「話を戻すけど、僕は今日の警備が他の日と比べて劣っているとは思わない。それでも侵入者は、全く気付かれることなくここに侵入する力を持っている。これは恐ろしいことだよ。魔法の最先端を担っているこのグレイス・ステラーで、誰にも気づかれることなくやりたい放題できてしまうのだから。」

「そんなことが、可能というのですか。」

 マークの説明に、リリーは背筋の凍る思いをした。そんなことが起きれば、グレイス・ステラーの評判は地に落ちる。魔法の研究を行っている施設が、魔法の力で侵入者の魔法に対抗できないということを知らしめてしまうからだ。

「しかし、あいつらはもうここには来ないと言っていましたよ。ここには見学に来ただけだと。」

 リリーは侵入者との会話を思い出してマークに言った。侵入者の言葉を信じるなら、もうここに来ることはないはずだ。それは安心材料になるのではないだろうか。

 しかしながら、マークはリリーの言葉を聞くと、組んだ手を下ろしてリリーに話しかけた。

「侵入者と話したのか?」

「はい。」

「どういう会話をしたの?」

「ええと、私がそいつらを見つけて、コソ泥はおとなしくしていろと脅しをかけました。そしたらそいつらは、田舎から見学に来ただけとか、もう来ないから見逃してくれとか、そんなことを言っていました。」

「そうか。」

 そこまで聞くと、マークはゆっくりとリリーに近づき、両手をリリーの肩に置いた。そして一つため息をつくと、

「リリー。お前そういうことは早く話せよ。」

 と心底からというようにリリーに言い放った。

「も、申し訳ございません。」

 リリーは慌てて頭を下げてマークに謝罪した。そして謝罪を受け入れたのか、マークはすぐにリリーの肩から手を放し、「まあいいさ。」と言ってリリーに背を向けた。

「そいつらは、田舎からきて、もう来ないから見逃してくれと言ったの?」

「はい。そうです。」

「そうか。」

 マークはリリーに背を向けたまま再び手を組んだ。

「そうだリリー。もしかしたら侵入者が周辺にまだいるかもしれない。念のためグレイス・ステラーの周辺の通りだけ様子を見てきてくれないか?」

「わ、わかりました。すぐに行ってきます。」

 リリーはマークの指示に返事をすると、雷のように空を飛び壁を抜けて外へ飛び出した。

(恥をかかされた。畜生。あんなコソ泥相手にこんな失態をやらかすなんて。あいつら絶対に許さない。絶対に見つけて消し炭にしてやる。)

 彼女の顔はマークに叱られたことに対する怯えと、取り逃がした侵入者に対する怒りで般若のようになっていた。もしも霊体を見ることができる人がいたら、その姿はまさしく雷神のように思えたかもしれない。

 マークはリリーを見ることなく、手を組んだままゆっくりと周囲を歩き始めた。

(俺が侵入者の立場だったとして、わざわざ田舎から来たなんてことをいうだろうか?特段どうでもいい情報にも思えるが、だからこそ本当にも思える。リリーの話だと複数人でここに来た可能性もあるけれど、何が目的だったんだ。本当に見学のために来たのか。リリーと対峙した時も、もう来ないから見逃してくれと言ったのはなぜだ?リリーから逃げ切るだけの力があったなら最初から無視してもよかったはずだ。緊急的な、あまり多用できないような力だったからか。それとも、リリーが脅威にならないと判断したのか。侵入者は明らかに敵対的な態度をとっているわけではない。もし会えるなら自分で一度あってみたいが。)

 その日、マークの思考が固まることはなく、リリーも侵入者を再び発見することはできなかった。また、後日マークとリリーから警備強化の提案があったものの、侵入者の物証に乏しかったためグレイス・ステラーの警備体制が変化することもなかった。

 しかしながら、今日の出来事は2人に、マークにとっては若干の興味相手として、リリーにとっては自分に屈辱を与えた復讐相手として深く脳裏に刻まれたのであった。


 一方リリーが建物を飛び出した頃、ネイバーとビジターの2人は初めにいた大通りへと戻ってきていた。

読んでいただいた方、ありがとうございます。

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