14話 グレイス・ステラーでの話
「はぁ〜。」
「どうした、ため息なんてついて。」
ため息をついたビジターにネイバーが話しかける。
「お前が驚かせるようなこと言うからだろうが。」
建物に入る直前になってから、ネイバーが屋上のほうが厳重かもしれないと言ったため、ビジターはかなり慌てていたのである。
しかしながら建物内部に入り数分ほど経過しても、特に警報が鳴ったり警備員が来ることもなく、2人は侵入に成功していたのであった。ビジターは安心すると同時に脱力感に襲われていた。
それでも、このまま時間を無駄にするわけにはいかないし、普段の研究をしている空気を少しでも感じたいという話になり、2人は研究者が作業している部屋を探して階段を降りていったのである。
夜中のため、すでに建物の中には人の気配がない。どこの部屋も無人に近い状態になっているようだ。照明も必要最低限のものだけが点けられているようで、通路はとても暗く感じる。
「それで、中に入った感想はどうだい?」
「ああ、思っていたより中の構造は普通の建物なんだなって思う。」
実際、建物の中は普通の建物と変わらないように思えた。一つ一つの階があって、それぞれの階にいくつかの部屋があるという感じだ。
「ふ〜ん。」
「とは言っても、やってることは俺には理解できないようなことをしてるんだろうけどな。」
「そりゃあそうなんだろうさ。」
少し自嘲気味に言ったビジターにネイバーが相槌を打った。
「とにかく人間は何でもかんでも考えて何かを作ったり壊したりしてるからな、なんでそんなに考えることが好きなんだろうな?」
「さあ、知らないよ。」
警備に怯える必要がなくなり安心したのか、ビジターは先ほどのすり抜けについて訊くことにした。
「そういえばさっき扉をすり抜けて移動してたけど、あれはどこでも自由にすり抜けることができるのか?」
「扉でも壁でもすり抜けることはできるし、逆にすり抜けないこともできるよ。」
ネイバーは何ということもないように言う。
「ずいぶん便利だな、俺もできるようになれるのか?」
「慣れればできると思うぜ。」
「そうか。」
(簡単そうに言ってるけど、こいつの場合なんでも簡単そうに言うからよくわからないんだよな。)
ビジターは心の中で少し不満をもらした。
「けど、便利だと思ってると痛い目に会うかもしれないけどな。」
「そうなのか?なんでだ?」
「よくあるのは、すり抜けることとすり抜けないことを間違えて、扉をすり抜けている間にすり抜けない状態にしてしまうことだな。」
「するとどうなるんだ?」
「すごい痛い。」
「というと?」
「途中ですり抜けるのをやめるっていうことは、扉の中に無理やり体をめり込ませてる状態になるようなものだからな。大きなギロチンで体を半分に切るくらいの痛みだと思うぜ。もしくはすごく強い力で体を半分に引き裂くみたいな。」
「そんなに酷いことになるのか。それってつまり死んでしまうじゃないか?」
ネイバーの表現にビジターはぎょっとする。だが、ネイバーはそれほど気にしてない様子で答える。
「死にはしないさ。魂は意外と丈夫にできてるんだ。少しの間半分になっても自力で修復するようになってるんだよ。痛いけどな。」
「そ、そうか。そんな痛み感じたくないからしっかり練習しないとな。」
「クケケ、練習はするのはいいけど、盗みとかくだらないことに使うなよ。」
真面目に考えているビジターに対してネイバーがからかうように言う。
「やらねぇよ、金ならあるんだ。」
「ほーう。言うじゃないか。」
そんな他愛もない話をしながら研究室を探していくと、屋上から3階ほどは会議室になっているようで椅子とテーブルが並べられているだけだったが、そこから下の階まで行くとやっと、研究室のような部屋が出てきた。
研究室とはいっても、科学的な研究室のように薬品や機材が並んでいたわけではなく、また、いかにも魔法に関係していると思われるような怪しげなマジックアイテムも見当たらない。見えるのは何かしらの書物が大量に書棚に並んでいる様子であり、一見すると魔法の研究室というよりもただの図書室のように感じられる。だが、その様子にビジターは感銘を受けていた。
「はぁ〜。こういうふうになってるんだ。」
「感動したか?」
「ああ。想像してたのとは違ったけど雰囲気が伝わってきて、一目見ることができてよかったよ。表面上のこと以外は、これ以上わからないけど。・・・・・・よかったよ。」
「そうかいそうかい。」
ビジターの満足そうな顔を見て、ネイバーも満足した様子だ。
「多分他の階も作りは変わらないだろうし、とりあえず流しで見ていって、何階分か見たら壁から外に出るか。」
「ああ、そうしよう。」
ネイバーの提案にビジターの異論はなく、2人は順調に研究室を見ながら階を降りていった。
そしてさらに何階か階を降りると、それは突然目の前に生じた。
それまで1階ずつ降りていた階段が螺旋階段になったのだ。螺旋階段は周りが壁になっていて外の状況はわからない。それに階段はかなり長く続いているようで、まるでトンネルのようになっている。
「なんだ?ずいぶん変なものが出てきたな。人の感覚だと高い建物はこうなってるのが普通なのか?」
ネイバーがビジターに尋ねる。
「いや、螺旋階段自体はあるだろうけど、普通の階段を途中で螺旋階段にするのはあんまりないと思う。」
「ふーん。何か考えてこうしたのか、設計した奴の趣味か、1回使うならおもしろいのかな。それに・・・・・・。」
「それに?」
「いや、なんでもない。」
「?」
ビジターは何かを言いかけた様子のネイバーが気になったが、ネイバーは言う気がなさそうなので聞くのをやめた。
とりあえず螺旋階段を下りていくと、延々と階段が続き、いくら降りても周りが壁に覆われている状況が続く。
そして5階分ほどの高さを降りた頃、2人の目の前に閉ざされた扉があらわれた。特段なにも感じられず、ごくごく普通の扉だ。
「入ってみるか?」
「・・・・・・ああ。」
少し躊躇うが、ネイバーと共に扉をすり抜けることにする。
そして扉を抜けると、そこは開けた空間になっていた。
かなり高さのある吹き抜けのあるつくりになっていて、今まで降りてきた螺旋階段の高さ分をそのまま吹き抜けにしたような高さがある。
先ほどまでの研究室が一つ一つの部屋に区切られていたことに比べると、この広場は他に部屋も見当たらず大胆に空間が取られている。
そこいらに植物が植えられており、ベンチなども並んでいる。言うなればここは、大きな室内庭園になっているようだった。
今は夜中で照明もないため暗く感じるが、普段はここで働いている人達の憩いの場になっているのかもしれない。
ネイバーはこの庭園に興味を持ったようだった。
「へぇ〜、おもしろいことするな。建物の中に庭を作るなんて。」
「ああ、俺も建物の中にこれだけ大きい庭を作ってるのは初めて見たよ。」
ビジターは一応貴族ということもあり、入るのに資格が必要な都市の高層建物にも行ったことがある。しかしながら、数階分を吹き抜けにして庭にしているのは初めて見るものだった。
「それにこの庭、少し魔力が残ってる。」
「そうなのか?」
クンクンとまるで鼻で匂いを嗅ぐようにしてネイバーが言う。
「広い空間を活かして魔法の実験をしているみたいだ。魔力の匂いと異界の匂いがする。」
「そっか、それで空間を広く作ってるのかぁ。ここで実験するなら外に出る必要もないもんな。」
魔力とか異界の匂いってなんだ。という疑問をビジターは感じたが、聞いてもわからなそうなのでその点には触れないようにした。
「それだけではない!」
突然、庭園を轟かすほどの大きな怒声が部屋に響いた。
怒声と同時に庭園に設置された照明が一斉に点灯し、暗かった庭園がまるで昼間のように部屋全体が照らされる。
「まったく、何か気配を感じてまたバカな学生でも潜り込んだのかと思えばコソ泥とはな!貴様らのようなバカは大抵ここで立ち止まるからな。そこで自由に魔法を使えるこの庭園でまとめてバカを取り押さえる、ここはそのための空間でもあるのだ!」
ビジターが驚いて声のする方向を見ると、いつのまにか庭園の中央に1人の女性が立っていた。
輝くような金髪をショートカットにし、整った顔立ちで大きな瞳をしている。背はそれほど高くないが、今の怒声を象徴するかのように全身から覇気を出している。特に瞳の目力は力強く、その目に睨まれているというだけでビジターは気圧される思いがするほどだった。
「すでに他の者も呼んでいる。貴様らに逃げ場はないと思え!」
力強い声が2人を突き刺すように庭園に響いた。
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