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12話 2人と夜の空

「俺が見える。」

 ビジターは上空で自分の体を見下ろしながら呟いた。

 今、ビジターの意識は体を離れ空に浮いていた。

 地面に立っている自分の体は、ネイバーの頭に手を乗せたまま静止している。目は開けた状態で光がなく、何も見ていない。まるで人形のようだ。自分の体を見ているのに、自分というよりも1つの物体を見ているように感じる。

 続けてビジターは、自分の意識が空中に浮いている事を認識しながら、重力を感じないことに気付いた。

 普段歩いてるときや、高い場所から飛び降りた時に感じるような、体が地面に引きつけられる感覚がない。鳥が羽を羽ばたかせて空を飛ぶ事とは異なる、重力から解放された不思議な浮遊感がある。

「どうだい?何か感じるかい?」

 近くでネイバーの声がする。姿は見えないが、ネイバーが自分の傍にいる感覚がある。一緒に魔法を使っているからだろうか。

「ああ、不思議な感覚だ。俺の体は下にあるのに、俺の意識は空に浮いている。なんだろう、夢を見ているような感覚に近いかもしれない。」

 ビジターは自分の感想を素直に言った。ネイバーはそんなビジターの様子に満足そうに笑った。

「クケケ。俺の魔法は嘘じゃなかっただろう?自分だけじゃなくて周りも見てみたらどうだ?」

「周り?」

 ネイバーに促されてビジターは体から目を離し、周りを見渡した。上空からは自分の家の屋上や周囲の家の窓や屋上が見える。カーテンを閉めている家が大半であったが、窓を開けている家からは中で寛ぐ人の姿を見ることができた。家から目を離して道に目を向けると、町を歩く人の姿や見回りをする兵士の姿も見える。顔までは見えないため、誰が歩いているのかまではわからない。しかしながら、どことなく普段よりも夜目が利いているような気がする。

 視線を上げていくと、目線の高さほど、遠目に時計塔が見えた。普段下から見上げることしかない時計塔を今は真横に見ている。そして空を飛んでいるからだろうか、時計塔は遠くにあるはずなのに、それほど距離を感じない。今すぐにでも時計塔まで飛んで行けそうな気がする。

 時計塔から町の外に目を向けると森が見える。風が吹いているのか森の木々が一斉に揺れている。

 森が揺れる方向を追っていくと山が見えた。町の人もよく行く何でもない山だ。しかしながら、森は風に吹かれて揺れているのに、山はビクともせずにその場に鎮座している。その佇まいはやけに神聖なものに感じられた。畏敬の念を抱くというのだろうか。昔話か何かで山には神様がいるという話を聞いたことがあるが、意識だけの状態になった今、山には確かに何かがあると感じられる。それが神なのかはわからないが。

 山の向こう、さらに先には地平線が見えた。空と地面が並行に重なって限りなく続いている。地平線の先には何があるのか。少しでも先が見えるように地平線の先に目を凝らす。

「おいおいちょっと待て。上に行き過ぎじゃないか?」

「えっ?」

 ネイバーの声にビジターは我に返った。

 ビジターが周りを見渡すと、周辺には空気以外のものがなにもなく、ビジターの横を雲の塊が流れていた。

 ビジターが気づかない間に、いつの間にかビジターの意識は遥か上空、雲の近くまで飛んでいたようだ。

 ビジターが下を見ると、先程まで近くにあったはずの自分の姿は遥かに遠くにあり、米粒ほどの大きさになっている。

 こんな高さから地面に落ちたら確実に死んでしまうだろう。

 ビジターは自分の意識が雲の高さまで飛んでいることに恐怖した。

 どうやってここまで上がってきたのかもわからず、下に戻る方法もわからない。

「お、おい。どうすればいいんだ。」

「何がだ?」

 ビジターは慌ててネイバーに聞いたが、ネイバーは何を聞かれたのかわからないといった様子だ。そんなネイバーの様子に若干イラつきながらビジターはさらに言った。

「下に戻るにはどうすればいいんだよ。」

「・・・・・・そうか。」

 ビジターの言葉に対して、ネイバーはやけに間を置いて呟くように言った。

「何がそうか、何だよ。」

「いや、お前が普通に上がって行ったから、下りるのも問題ないと思ったんだよ。」

 平然と言うネイバーにビジターは言葉を詰まらせた。

「あ〜。そんな事言われてもよ。」

 たしかに乗昇していったのは俺の意思によるものかもしれない。だが意識してやったことではないし、たとえ今地面の近くにいたとしても、もう一度上に行くことはできないだろう。

 ビジターは下に降りる事が出来ないか試しに念じてみたが、一向に動くことはできず、ビジターはその場でウンウンと唸るばかりだった。

 ネイバーはそんなビジターの様子を見ていたが、

「まあ動くのもコツがいるかもしれないし、突然やるのは難しいかもな。俺が下に連れていこう。」

 そう言うと、ネイバーが魔法を操作したらしく、ビジターの意識が少しずつ下に降りていった。

「はぁ〜。」

 安定した速度で降りていく様子にビジターは安堵し溜め息をついた。

「どうした?疲れたか?」

 溜め息をついたビジターにネイバーが問いかけた。

 ビジターはここで弱気を見せてはならないと感じ、強がりを言った。

「いや、疲れたわけじゃない。きっと慣れてないだけだ。」

「そうそう、慣れだよ、慣れ。」

 ネイバーはビジターの様子を気にすることなく、ビジターに合わせるように慣れだと言った。

「慣れ、か。」

 ビジターは少しの間沈黙し、自分で言った慣れという言葉を頭の中で反芻しながら近づいていく地面をじっと見つめていた。

「なぁ、本当にこういう魔法を使うことに慣れるのかな?」

「あ〜、多分大丈夫だろ。」

「そうか。」

「ずいぶん弱気だな。鳥にもできることだぜ。」

 少しからかう様な調子でネイバーが言う。

「おっ・・・・・・。」

 ビジターは咄嗟に言い返そうとしたが、すぐに言葉を止めて言い直した。

「お前にとっては何でもない事なんだろうけどよ、俺にとってはけっこう大きい事だぜこれは。」

「ふ〜ん。けど、諦める気はないんだろう?」

「それはあたりまえだ。諦めるわけはない。」

 今日突然に魔法を体験する機会ができたので驚いてはいるし、自分に魔法を使うことができるようになるのか不安もあるが、諦めることなどできない。

 諦められないからこそ、突然やって来たネイバーの誘いに乗ったのだから。

「諦めることなんてしないけどよ、ちゃんと俺に魔法を教えてくれよ?」

「きっかけになる経験はさせてやるよ。人間がやってる授業みたいな教え方は出来ないけどな。」

  「あ〜、まあ魔法が使えるようになればそれでいい。」

 会話を続ける内に、ビジターとネイバーの意識は2人の体がある付近まで来ていた。

 2人の姿は先程と変わることなく、まるで石像のように固まっている。

「よし、元の位置まで戻って来たな。」

 ネイバーがビジターに向けて言った。

「ああ、自分の体が元のままで良かった。体に何かあったら大変だよな。」

「確かにそういう事もあるな。体に何かあったら大抵気づくけど、殴られたりすると痛い上に反撃もできないし。」

 物騒な言葉にビジターは不安を感じた。意識を飛ばしている間に襲われたりしたらどうすればいいのか。

「本当かよ。大丈夫なのか?」

 ビジターが質問するとネイバーは何ともないように答える。

「ある程度対処はできるよ。けどそんな事は今のお前が心配することじゃないだろう。」

「それはそうかもしれないけどよ。」

 ビジターが粘るとネイバーはさらに言葉を加えた。

「そうだな、実際自分の安全を確保してからやるもんだっていうのは言っておくわ。それ以上のことは魔法を使えるようになってからやろうぜ。いつまでも話が進まないからよ。」

「わかったよ。できるようになってから考える。」

 ネイバーの言うとおり不安材料を粗探ししても自分に利益はないだろう。とりあえず今回は新しい経験もできたし、素性は怪しいがネイバーは信用してもよさそうだ。これでやっと鬱屈とした日々から解放されて魔法を使えるようになることができる。

  「それじゃあもう一回行くか。」

 ネイバーが唐突に言った。

「えっ、またやるのか?」

「当然だろう。まだ魔法を使ってから30分もたってないんだし。」

「う、そんなもんしか経ってないか?」

 魔法を学ぶ意気込みはあるが、今この魔法で恐怖を感じたばかりなのでビジターは躊躇した。

 ビジターが尻込みしていることを悟ったのか、ネイバーが語気を荒げてビジターに迫る。

「ああ?今やったことなんて上がって下りてきただけだよな?その程度だって思うだろ?この程度でやめてらんないよな?」

「う、まあそうか。そうだよな、やってやるか。」

 ネイバーに当てられてビジターも覚悟を決めた。

「そうだよ。やる気でてきたじゃないか。まあ安心しとけよ、俺がいるんだからよ。移動も俺がやってやるよ。」

「あ〜、そうだな。とりあえずお前の力は本物だったし信用する。頼んだぞ。」

「まかせな。」

 ネイバーがそう言うやいなや、再び地面が遠ざかっていく。

 先程は、気づかない内に上空へ行き、ゆっくりと地面に降りていったが、今回は鳥が飛んでいくかのように素早く意識が上昇していく。

 しかしながら、急速に意識が上昇していくにも関わらずその動きは安定している。この動きは経験によるものなのだろうか。

 すぐに町を一望できるほどの高さまで辿り着くと、そこでネイバーは上昇をとめた。

 そしてビジターに問いかけた。

「そういえばお前、どこか行きたいところあるか?」

「行きたいところ?」

「ああ、せっかくだから海の向こうでもどこでも連れていってやるよ。お前の魔力もけっこうあるし、山を越えても5分もかからないぜ。」

「突然行きたいところって言われてもな。」

 山を越えるのに5分かからないというのは驚異的な速さだ。

 それに海を越えるなんてどれほど遠くまで行くことができるのだろうか。

 ビジターは驚いたが、しかしながら、行きたいところと言われてもすぐには思いつかない。

「周りを一周するだけっていうのもつまらないからさ。どこでもいいんだけど何かないの?」

「う〜ん。」

 どこか行きたいところ。

 しばらく考えて、ビジターの頭に浮かんだのはビジターが魔法を学んだ都市のことだった。

 ビジターが都市を離れてもう何年にもなる。今あの都市の様子はどうなっているのだろうか。あの時共に魔法を学び、そのまま魔法に携わる仕事に就けた者達はどうしているのだろうか。

 行けるものならばそこへ行きたい。

「なぁ、本当に遠くでも行けるのか?」

「行けなそうだったら途中で戻るかもな〜。」

「おい、行きたいところをきいておいて他人事だな。」

「臨機応変なんだよ。それで?行きたいところが出てきたのか?」

「ああ。俺が前に魔法を学んだ都市に行きたい。」

「お、いいじゃん。俺も気になるわ。どこにある、なんていうところなんだ?」

「この町からしばらく進むと、線路が通っている町がある。その線路を辿っていくとそのうち着くはずだ。都市はフロートクラウンていう名前で、この町にある時計塔をずっと立派にしたような塔や建造物が林立している魔法の先進都市なんだ。」

 ビジターの頭にかつて暮らしていた都市の姿が思い浮かぶ。

「いいねぇ、よし行くか。」

 ネイバーも都市に行くことにやる気が出ているようだ。

「ああ。」

 そして、掛け声とともに2人の意識は急速に空を飛んでいき、地平線の先へ消えていったのだった。


お読みいただいた方ありがとうございます。

久しぶりに続きを書くことができました。

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