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11話 ビジターとネイバー、夜に語る

「なんだお前は?」

 いつのまにか大分酔っていたのだろうか。鳥が話す幻覚を見るなんて。それとも誰かがイタズラをしているのか。

 テーブルに置かれた半分ほどに減ったワイン瓶を横目に、ビジターはベランダに出て手すりにとまる奇妙な鳥に問いかけた。

「俺はただの鳥だよ。見ればわかるだろう?」

 手すりにとまる鳥、ネイバーは「クケケ。」と笑いながらビジターに答えた。

「ただの鳥が話すかよ。」

 ネイバーの答えをすぐにビジターが否定する。話をする鳥なんて都市でも聞いたことがない。

 イラつきながら鳥の答えを否定するビジターに対して、ネイバーは抗議するように羽を2回羽ばたかせた。

「そんなことはない。言葉を話す鳥もいるんだぞ。」

「知らないし、それじゃあお前以外に話す鳥がどこにいるんだよ、見せてみろよ。」

「それはまぁ、この辺にはいないみたいだな。」

「ほら、嘘じゃねぇか。」

 嘘というビジターの言葉に、ネイバーは器用に羽を動かして頭をかくような仕草をする。

「別に嘘じゃないけど、まぁいらいらすんなよ。鳥に腹を立ててもしょうがないだろう?」

「うるせぇよ。」

 イラついているビジターに対してネイバーは余裕のある態度をとっている。

 貴族の俺がなぜ鳥にタメ口を叩かれないといけないのか。無駄話に付き合うつもりはないし、部屋から棒を持ってきて叩きだしてやろうか。

 そう考えてビジターは一度部屋に戻ろうとする。

 すると、背を向けたビジターに対してネイバーが問いかけた。

「それよりもお前、魔法が使いたいのか?」

「はぁ!?」

 突然の言葉にビジターの足がとまる。なぜそんなことがわかったのか。

「魔法を使いたいんだろう?本を読みながらぶつぶつ呟いていたじゃないか。」

 ビジターが振り返ると、鳥のガラスのような黒い瞳がこちらを見つめていた。

 感情の読めない瞳にじっと見つめられ、ビジターは鳥に気圧されるような気がしたが、極力それを鳥に察せられないようにした。

「お前にそんなことがわかるのかよ。」

「わかるよ。俺は魔法が使えるからな。」

「へぇ。お前みたいな動物に魔法が使えるって?」

「魔法を使えるのは人間だけじゃない。お前も俺の事をただの鳥とは思ってないんだろう?なら俺は何だと思う?」

「どうでもいいよ。どうせ、・・・・・・。」

「どうせ?」

 どうせ何だろう?俺はなぜ鳥と話しているのか。

 幻覚を見ているのか。それともこれは現実なのか。

 この鳥の言うように、他の場所には話をする鳥がいるのだろうか。それにしても、こんなふうに会話ができるものなのか。

 もしくは、鳥が魔法を使って人の言葉を話しているというのか。そんなばかな。

 それならば誰かが近くにいて、鳥の動きに合わせて腹話術をしているという方がわかる。

 ビジターはネイバーから視線を外してベランダ周辺をキョロキョロと見回した。

 だが、もちろん周囲には誰もいない。

「どうした突然。」

 ネイバーが首を傾けて不思議そうにビジターを見ている。

「うるさい。」

 たとえこの鳥に魔法が使えるのだとしても、鳥ごときになめられてたまるものか。

「おい。お前魔法が使えるって?」

「使えるよ。」

「なら今この場で魔法を使ってみせろよ。本当に魔法が使えたらお前のことを認めてやるよ。」

 ビジターが挑発するようにそう言うと、ネイバーは少し困ったように頭をひねった。

「認めてもらう必要は無いけど。う〜ん。今は魔力が少ないから魔法は使えないな。」

「ふん、嘘だな。もともと魔法を使うことなんてできないんだろう。」

 この場でこいつが魔法を使わない理由は無いはずだ。それにも関わらず魔法を使わないということは魔法を使わないのではなく、そもそも魔法を使うことができないということだ。

 ネイバーが魔法を使うことができないということを聞いてビジターは安心した。この鳥は話しをすることはできるが、ただ喋るだけだ、警戒するほどのものでもない。

「おい、鳥の分際で随分上から目線で言ってくれたが、俺はお前と違って本当に魔法が使えるぞ。」

「そうなのか?」

 驚いたのか、ネイバーの目が少し開かれる。その様子にビジターは心の中で安堵する。

「そうだよ、お前みたいな鳥なんて火の魔法を使えばすぐ焼き鳥にできるんだ。」

 ビジターが片腕を伸ばして鳥に手の平を向けると、

 ボッ

 とネイバーの目の前に鳥の体がそのまま入りそうな火の玉が生じた。

 脅しの意味を込めての魔法である。

「わかったかよ、これが魔法だ。」

「これが?」

 目の前に火の玉が現れたにも関わらず、とくに驚く反応はない。動物なら火を恐がると思うが、突然のことに何が起きているのか理解できていないのだろうか。

「そうだよ。この火でこのままお前を焼いてやろうか。」

「この魔法で焼く?俺を?」

「ああ。お前なんて5秒もあれば焼け死ぬさ。」

 ビジターがそう言うと、

「クッ。」

 とネイバーは声を詰まらせて下を向き、小刻みに震えだした。

 この鳥でもようやく、自分が死んでしまうかもしれないという状況が理解できたらしい。

「なんだお前、今さらびびってるのかよ。なら・・・・・・。」

 ビジターは途中で言葉を失った。

 なぜなら、顔を上げたネイバーが笑っていたからだ。

 それも、おかしすぎて堪え切れないといった様子で。

「クケケッ、この火で俺を焼くって?アハハハ。」

 ネイバーは笑いながら、人が笑っているときに腕を振るように片方の羽をバサバサと振った。

 その態度にビジターは戸惑った。そして戸惑いをごまかすように火の玉をさらに大きくして、ネイバーに近づけた。

「何を笑ってる。」

 火が目前まで迫り、すでに相当熱いはずだがネイバーは笑い続けている。

「笑うのをやめろ。本当に焼いてやろうか。」

「やってみるといい。」

「えっ!?」

 ネイバーの言葉にビジターは耳を疑った。

 ネイバーはいつのまにか笑うのをやめて、真顔でビジターを見つめていた。

 自分を真っ直ぐに見つめる視線にビジターは息が詰まりそうなほどの圧力を感じた。この鳥を焼いてしまいたいと考えているのに、体が動かない。

 ビジターが動けずにいると、ネイバーは静かに問いかけた。

「お前、もっと違う魔法が使いたいんじゃないか?」

「何だと!?」

「だから本を読んでたんだろう?上手くいってない様子だったけどな。クケケ。」

「黙れ!」

 再び笑い出したネイバーに対して、ビジターは怒りにまかせて火の玉をぶつけた。

 ボンッ

 破裂するような音とともにネイバーの体に火の玉が直撃し、ネイバーの体が火に包まれる。だが、

「クケケ。」

 火に包まれながらネイバーは笑っていた。

 何事もないかのように手すりにとまっている。

 驚くことに、火の魔法が当たっているのに体に火が移っていないのだ。羽すら燃えていない。

 そして、ネイバーが何度か羽ばたくと体を覆っていた火もかき消されてしまった。

「嘘だ。」

 こんな鳥がいるはずがない。こんな事ができるのなんて、動物ではなく、もっと別の・・・・・・魔物ぐらいだ。

「お、お前は一体何なんだ。」

 ビジターが声を詰まらせながらネイバーに言う。

「俺は鳥だよ。最初にただの鳥と言ったけどその部分については訂正するよ。」

「そういうことじゃない。お前は、お前は魔物なのか?」

「クケケ。」

 ネイバーは笑うだけだ。

「どうなんだよ。」

「お前が思いたいほうで思っておけばいいさ。それにどっちでもお前には関係ないだろう。」

「何だと。」

「重要なのはお前が魔法を使いたいかどうかなんじゃないか?」

「魔法。」

 もっと高度な魔法を使えるなら使いたい。そのために何年間も魔法の勉強をしていたのだから。

「それを聞いてどうするんだよ。」

 ビジターが問いかけると、ネイバーは片方の羽を自分の胸に当てて言った。

「俺が教えてやろうか。魔法の事。」

「お前が?」

「ああ。」

 ネイバーがゆっくりと頷く。

 この鳥がもしも魔物で、本当に魔法について知っているのなら、俺が使うことのできなかった魔法を使うことができるようになるかもしれない。

 だが、魔物の言うことを簡単に信用していいものだろうか。

「けど、お前魔法が使えないって言っただろう。魔法が使えないのにどうやって俺に教えるつもりなんだよ。」

「それはお前の魔力を使って魔法を使えばいいだろう。」

「どういうことだ?」

「俺は今魔力が少ないから魔法が使えないと言ったよな。つまり魔力さえあれば魔法を使うことができるわけだ。それで、俺の魔力じゃなくてお前の魔力を利用すると。そうすれば今のおれでも魔法を使うことができるわけよ。」

 ネイバーは何でもないことのように言う。

「俺の魔力を使うって、そんなことができるのか?」

「できるよ。」

 ネイバーは簡単にできると言ったが、他人の魔力を利用して魔法を使うなんて聞いたことがない。

 魔物だからそんなことができるのだろうか。

 それとも何か企んでいるのか。俺の魔力を利用するのではなく、俺の魔力を吸い取ろうとしているんじゃないか。

「試しにやってみるか?」

「えっ。」

 ビジターが考えていると、ネイバーが頭を少し下げて言った。

「俺の頭に手を乗せてみろよ。」

 ネイバーが頭を下げたため、トサカがこちらに向く形になる。

 このトサカに触れろということだろうか。

 ビジターはネイバーへ近寄り手を出した。

「手を乗せるとどうなるんだ?」

「とりあえず、意識を外に出す魔法でも使ってみようかと思うわ。」

「なんだそれ?」

 何の気なしに頭に伸ばしかけた手がとまる。

 意識を外に出すとはどういう事なのか。どう考えても安全な魔法とは思えないが。

「う〜ん、なんだろう。意識を体から離して意識だけを動かすというか、別の言い方だと幽体離脱になるのかな。」

「おい、絶対危険だろそれ。」

 実際にどうなるのかはわからないが、意識を体から離すことが安全とは思えない。意識が離れたらその後に戻ってこれるのか。もしも戻れなかったら死んでしまうのではないか。それにその間体のほうはどうなるのか、無防備な状態で突っ立っていることになるのか。

 ネイバーが危険な魔法を使おうとしていると感じ、ビジターは胡乱な目でネイバーを見た。

 そもそもこいつが俺に魔法を使わせようとしている理由はなんなのか。俺に魔法を教えてこいつに利益があるのか、やはり何かを企んでいるんじゃないか。

「お前は俺に魔法を教えるって言ったけど、そんなことをする理由があるのか?それでお前に何のメリットがあるんだよ。それに、意識と体を離すっていうことは、その間俺は無防備な状態になるわけだよな。その間に何かしようとしてるんじゃないのか?俺の意識がない間に俺の体を乗っ取ってやろうとか考えてるんじゃないのか。ええ?どうなんだ。」

 ビジターが畳み掛けるように言うと、ネイバーは顔を上げた。そして感心したように「へぇ〜。」と言った。

「お前頭いいな。とくにやるつもりはなかったけど、意識がない間に体を乗っ取ることはできるよ。やるつもりはないけど。お前に魔法を教えようとしている理由は暇つぶし以外にはないな。魔法が使えない奴に魔法を教えたら魔法が使えるようになるのか見てみたいっていうだけだ。」

「本当か?俺に成り代わって貴族になりたいんだろう。」

 暇つぶしで魔法を教えるなんて考えられない。

「う〜ん。そこはお前が俺を信じるかどうかだよ。お前を見ていたら魔法の本を読みながらやけに悩んでいたから、試しに教えてみようかと思ったわけ。あと、俺からすると人間は見る分には面白いけど、自分はあんまりなりたいと思わないんだよな。何でもかんでも決まり事があって窮屈だし、人間になってやりたいこともないし。俺ぐらいになると生きるのに困ることがないしさ、どうやって暇を潰すか、っていうことがけっこう大切なんだよな。暇で困ることもないけど。」

 ネイバーは真摯な表情でビジターに答えると、2回羽ばたきをした。

「まあ、無理に今やる必要もないし、しばらくはこの村の近くにいるからそのうちまた来るよ。」

 そう言うとさらに2回羽ばたきをする。ここから離れようとしているようだ。

 その様子を見てビジターはネイバーを引き止めた。

「待て。」

「うん?」

 ビジターは悩んでいた。この鳥の様子を見る限り、言葉に裏があるようには感じない。

 魔法に行き詰まっているのも事実だ。魔法を教えてもらい現状を打開できるのなら何でもやるつもりでもある。

 だが、死ぬ可能性があるのは流石に困る。

「なぁ、魔法を教えてくれるっていうなら、それはいいんだけどよ、最初から幽体離脱なんてする必要あるのか?もう少し簡単なことからやるとかさ。」

 ネイバーは少し考えるような仕草をしてから口を開いた。

「俺が思うに、人間は現実を見過ぎだと思うんだよな。」

「現実?」

「夢を見ろっていうわけでもないんだけど、人間はなんだかいろいろな情報を持ちすぎていて、全然違うことを既成の情報に無理矢理当てはめようとしている気がする。」

「どういうことだ?」

「う〜ん、知らないことを決めつけやすいというか。多分お前に必要なのは実体験だと思うんだよな。本の文字で上手く伝えられないことを体験してみること。というか俺は言葉で教えるなんてできないし、その中で一番いいのは意識と体を離してみる体験だと思うんだよ。」

 そうなのだろうか?言っていることはよくわからないが、この鳥はそれがいい方法だと考えているらしい。試しにやってみるべきだろうか。それとも、この鳥はそのうちまた来ると言っていたしその時まで待つべきだろうか。

 ビジターは顎に手を当てて考え込み、後ろを向いて自分の部屋に目をやった。

 部屋の中では陰鬱な様子でテーブルの上にワイン瓶が佇み、机の上で積み上がった本と灯りの暗い光は自分を待ち構えている落とし穴のようだった。

 このまま、また部屋に戻り、魔法ができないことを嘆いて酒を飲むのか。冗談ではない。

「なぁ、魔法についてだけど、お前の頭に触ればいいのか?」

「ああ、そうだな。」

 ネイバーが答える。ビジターは一度大きく深呼吸をした。

「わかった、やってみるよ。頭をもう一回触らせてくれ。」

 ビジターの言葉にネイバーは意外そうな顔をして、「へぇ、よくやる気になったじゃん。」と言うと、静かに頭を下げた。そして、

「まあ、そんなに危険でもないから安心しろよ。」

 と、おどけた口調でビジターに語りかけた。

「こんなんでびびってられるかよ。」

 ビジターはもう一度深呼吸をすると、意を決してネイバーの頭に触れた。

 ネイバーの後ろでは夜空が広がり無数の星が輝いていた。

 そしてネイバーの頭に触れた直後、ビジターの意識は体を離れ、ネイバーの頭に触れている自分の姿を家の上空から見ていた。


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