10話 ビジターの悩みについて
「チッ」
舌打ちの音がする。
今日何度目になるだろうか。舌打ちをしたのは貴族のビジターであった。
彼は今、広く華美な装飾品が散りばめられた実家の3階にある、自室の机で本を読んでいた。
壁に飾られた極彩色の絵画や、自ら光を発しているように感じられる金箔の貼られた陶磁器とは反対に、本を読むビジターの表情は暗い。
そして、再び「チッ」と舌打ちをすると、バタン!と本を勢いよく閉じて机の上に放り、
「はぁ〜。」
と長いため息をついた。
本には『火の魔法について』というタイトルが付されている。
机の上を見ると、他にも魔法について書かれた本が平積みになっている。
ビジターは魔法について勉強していたようだ。
また、机の傍にある本棚に目を向けると、その中にも魔法に関する本が並んでおり、ビジターの魔法に対する熱意が伺える。
しかしながら、その熱意は結果に繋がっていないようだ。
「わかんねえ。」
ビジターはそう呟くと机から離れて、壁際に置かれたソファに腰を掛けた。
都市に行くまで、ビジターは普通の少年であった。
貴族と貴族以外の人を区別することもなく、それこそ、他の貴族達が周囲の人に横柄な態度をとっていることに冷ややかな目線を送っていた。
また当時、ビジターはそれほど魔法に興味を持っていたわけではなかった。村で使われている魔法はマッチ程度の火を出す魔法しかなく、彼にとって魔法は、使うことができれば多少生活に便利かもしれないという認識であったのだ。
しかしながら、都市での生活は彼を大きく変えた。
彼は都市において、自分が相手よりも身分が劣っているという屈辱を生まれて初めて味わうことになった。
都市には、都市の貴族だけでなく他の町村から来た貴族もいた。そして、都市において最下位の身分ではないものの、魔法学校においては、ビジターや彼と一緒に都市にきた村の貴族達は、田舎からきた物知らずの被差別階級であった。
都市に立ち並ぶ荘厳華麗な建物の中では、泥沼のような地位競争が繰り広げられていた。
上の立場の者からいわれのない誹りを受け、横柄な態度をとられてもこちらが頭を下げねばならない。村から出てきた彼らは心を歪めていった。
都市の貴族に立ち向かうことはできないため、他の町村から来た貴族達と、どちらが上の立場かを争うようになる。
町村単位での派閥が出来上がり、敵対派閥を非難し、派閥内においてもその中での地位を気にする日々が続いた。
そして、そんな日々が終わり、魔法学校を卒業して彼らが村に戻ったとき、彼らは村で最も高い地位にいる自分の立場を最大限に生かすようになったのだ。
村の人々にとってそれは悲劇であった。
また、都市の暮らしで心が歪む一方で、ビジターは魔法に強く惹かれていった。
村で使用されている魔法とはレベルが違う都市の魔法は、彼の好奇心を掻き立てた。
まず彼が驚いたのは車の存在であった。村でも馬車はあるが、都市では馬を必要とせず、魔法の力で車が走っていたのだ。
また、大量の人と物資を一度に運ぶ巨大な列車の存在は彼に衝撃を与えた。
他にも、夜道を照らす魔法の光を放つ街灯。雨が降っても濡れない魔法がかけられた高価な服。魔法の演出とともに行われる幻想的な演劇など、魔法と身近な生活に身を置いていることにビジターは幸福を感じていた。
しかしながら、ビジターは村にいたとき魔法を使ったことがなく、魔法を使うための魔力も有していなかった。
一方で都市でくらす多くの人は、貴族でなくとも幼い頃から魔法を学んでおり魔法を使うことができたため、彼の自尊心はそこでも傷ついた。
だが、魔法学校で学ぶことで、生まれつき魔力を有していない人でも魔力を持つことができるということで、彼はめげずに魔法の勉強に励んでいった。
魔法学校では、火や水を出す魔法魔法に始まり、高等魔法として人が空を飛ぶ魔法や、遠くにある物を動かす魔法などが授業として行われていた。
ビジターは積極的に魔法の本や道具を集め、魔法の知識を深めていった。
実際、彼と同時期に入学した村の貴族や他の貴族と比べると、彼は格段に早く魔法を習得していった。
しかしながら、彼は空を飛ぶ魔法も、物を動かす魔法も使うことができるようにはならなかった。
高等魔法ということもあって、幼い頃から魔法を学んできた者を含めても、魔法学校で空を飛ぶことのできる生徒は少数であった。
だが彼にとってその事実は慰めにはならず、彼の劣等感は増していった。
彼が高等魔法を習得したい理由は、魔法に執心していたということもあるが、他にも理由がある。
それは、高等魔法の習得が魔法大学進学の必須条件となっていたからだ。
魔法大学では、魔法の最先端技術を学び、魔法の研究をすることができる。彼にとって夢のような場所である。
そして大学を卒業してからは、村には戻らずに都市で魔法に携わる仕事に就く。それが彼の夢になっていた。
当然家族は反対するだろうが、彼の知ったことではなかった。魔法大学に入学することは村の貴族にとっても名誉な事だ。魔法大学に行くことに反対されることはないだろう。そして、卒業後は都市の仕事を学ぶとでもいっておけば数年間は家族からとやかく言われることもないはずだ。
そんな皮算用を立てていたのだが。
現実は非情であった。彼は結局、魔法学校を卒業するまでに高等魔法を習得することができず、魔法大学に行くことができなかったのだ。
彼は失意のまま村に戻ることになった。
村に戻ってからもビジターは魔法の勉強を続けた。高等魔法を身に付けることができれば再び大学を受験することもできる。
都市から新しく取り寄せた魔法の本もある。
だが、どれだけ本を読んでも魔法の習得は進まなかった。
彼は、自分自身の不甲斐なさに、自分ができない高等魔法を習得できた人々に、都市ではなく村の貴族にしかなれなかった親に、周囲にある出来事の全てに怒りを募らせていった。
そして彼は村の人々に暴力を振るうことで憂さ晴らしをするようになっていった。
村の貴族達と連れ合い、馬鹿騒ぎをしたり、周りの人を脅してその様子を見て笑う。
その下らなさに彼は余計に自分自身への怒りを感じたが、だからといってそうした行動をやめはしなかった。
「はあ。」
憂うつな気分のまま彼は頭を振り、ソファから立ち上がってテーブルの上に置いていたワインをラッパ飲みした。
今日もまた、魔法の勉強をして行き詰まり、明日にはまた村の人に暴力を振るい憂さ晴らしをするのだろう。
絶望的な気分になりながら、ビジターはそう思っていた。
だが、
「何をそんなに悩んでるんだい?」
「誰だ!?」
突然、彼は何者かに話しかけられた。
彼は部屋に1人でいたはずである。一体何者か、泥棒が入り込んだか。
慌てて周りを見渡してみるが、人の姿は見当たらない。
幻聴だったのだろうか。
「こっちだよ。こっちこっち。」
また声が聞こえた。幻聴ではない。ベランダの方からだ。
「なんだ?」
声のする方へ体を向けると、ベランダに続く窓が少しだけ開いていた。
そして、ベランダの手すりには一羽の鳥がとまっていた。
鳥は真っ直ぐにこちらを向いていた。
そして、鳥と目が合った。
「クケケ。」
鳥が笑うと、それに合わせるように風が吹き、鳥のトサカが少し揺れた。そして、
キイイ
と擦れる音を立てて、少しだけ開いていた窓がさらに少しだけ開いた。
お読みいただきありがとうございます。
評価などくださいますと嬉しいです。




