戦闘開始
荘厳な音を立てて、金造りの黒い大扉が開く。両脇に構える近衛兵は、私とお付きの男を見て、露骨に眉間に皺を寄せた。やはり――思想的に相容れないのではなく、宗教側は敵であるという意識を既に、根底にまで刷り込まれている。
だが今ここにきて、最早それは関係ない。
全てが今この日、改変される。
開かれた扉の奥に見える、廃れた王制の遺産である玉座。そこに腰かける、王様気取りのループトンのにやけた髭面を歪めてやれると思うと、今から笑いが堪え切れない。
踏み込んだ玉座の間は、形だけはどうやら整備されているようで、年季が入ってはいるが清潔な雰囲気がある。そこに立ち並ぶのは軍の側だけでなく、政治の側の重鎮たち――他でもないその頂点に立つ、クラナブスの顔も窺えた。
政治側は誰も彼も顔面蒼白で、対する軍側の将軍やループトンは、勝ち誇ったような強気な笑みを湛えている。
「聖女リア、前へ!」
驚くことに、ループトンの脇に立つ一介の兵士が私の名を呼び捨て、前へ出るように促してくる。
どうやら軍の内部では既に、宗教側と政治側の権力など、あってないものと化しつつあるらしい。私は逆らうこともなく静々と前へ歩みを進め、仮初の王の前へと立つ。
口元を緩ませた彼は、傍らの兵へ何事かを耳打ちし、頬杖を付く。
その姿を見て、ごきごきと指を鳴らして威嚇するような行動をとったお付きを視線で諌め、私は改めてループトンへと向き直る。すると兵士は大仰な書簡を取り出して、広げて見せた。
「聖女リア、貴方は我々軍の取り決めた鎖国の中、外の者を国内へ通すという責任ある立場のものとしてあるまじき暴挙を働いた! このことに対する理由の如何によって、我々は貴方を罰することとなる!」
「罰……とは?」
聞き返すと、返事を返そうとした兵士を制し、ループトンが自ら口を開いた。
「聖女殿、この国の信仰は罪に重い罰を課すと聞く。我ら軍、そして政治を司る者たちと交わした盟約を蔑にする、友を裏切るという行為への罰は如何ほどか?」
当然、彼は私の答えを知っているだろう。最早私がここに姿を現した時点で、全ての流れは決まっていたのだ。
それを知りながら、私は答える。
「裏切りには、死を」
答えを聞き、口角を吊り上げたループトンを抑えるように、私は続けた。
「ようやくです」
出鼻を挫かれた彼が眉間に皺を寄せるなか、私はゆっくりと後ろを振り向き、罅割れたステンドグラスを見上げる。それに釣られるように、その場の全ての視線が一点に集った。
王を象るステンドグラスを、一息に突き破って。
降り注ぐ色取り取りのガラス片と共に、純白の鎧を纏う騎士が降り立つ。
巨大な剣を片手に、彼は猛然と駆け抜けた。その行く先を塞ぐ近衛兵を薙ぎ払い、獣のように飛ぶ。
がしゃり、と甲高い音を立てて私の傍らに降り立った騎士は、こちらの無事を確認するや否や、申し訳なさげに低い声で呟いた。
「すまない、汚れを落とすのに時間が掛かってしまった」
そんな間の抜けた言葉を放つ彼を見て、ループトンは狼狽する。
「白の国の騎士――!? 何故こんな場所に……」
「決まっていますよ、貴方が盟約を破ったから」
嘘八丁を並べて、私は彼に微笑みかける。
「貴方の、白、赤、青、黄――国々と結んだ条約で定められた、非戦を裏切る狡猾な振る舞いの証拠は上がっているのです。貴方は前軍総統を殺し、私の盟友であるクラナブスの身内を人質にとって政治側に介入した。言い逃れられますか?」
ギリッと音を立てて歯噛みをしたループトンは、唾を撒き散らしながら叫ぶ。
「クラナブスの身内には危害を加えていない! 奴では政治を司るには足りていなかったから、多少強引な手を使ってでも強制すべきであったのだ! 度が過ぎてはいまい! それに前軍総統――アニアの件に関して、証拠など――」
「ありますよ」
即座に言い返し、私は傍らに立つ、お付きの修道士を見る。
彼はその合図を受けて、フードに隠れていた素顔を曝して見せた。その揺れるくすんだ茶髪を見て、ループトンが泡を食う。
「貴様……、エヴァンス……あの女の取り巻きが、まだ生きて……!!」
「俺が生証人だ、ループトン。お前は戦争に固執し、非戦を承諾したアニアを殺し、アニアの周囲にいた俺や、他の将軍たちも手に掛けて総統の座を奪った。お前の私利私欲のために人を殺すことは、度が過ぎてはいないのか?」
眉間に深く深く皺を刻むループトンは、やがて大声で叫んだ。
「殺せ! 全員、今すぐだ!」
予想通り、彼は全員を黙らせることで、全てを揉み消そうとしているらしい。
それもまた、自分の首を絞めるとは知らずに。
黒の国の内戦において、初めての直接的な戦いの火蓋が、斬って落とされた。
ブログURL http://syousetutamago.blog.fc2.com/?page=0.html




